ノンフィクション

『フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン

本書は美術史上における最悪の贋作事件を引き起こしたハン・ファン・メーヘレンの半生を描いたノンフィクション小説である。美術界は贋作との戦いであり、その根絶は絶望的であることを知らしめている。

第2次世界大戦が終焉した1945年7月、オランダのファン・メーヘレンは、敵国ドイツのヘルマン・ゲーリングに絵画を売った容疑で国家反逆罪を問われ逮捕された。フェルメール作とされる「姦通の女」の売買証明書が提出できなかったからだ。この絵はさる貴族の婦人からファン・メーヘレンが極秘裡に売却を頼まれたものということになっていたが、実はファン・メーヘレンが描いた贋作であった。

フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件 (ちくま文庫)
フランク ウイン
小林賴子/池田みゆき 訳 
ちくま文庫 
2014年3月

ファン・メーヘレンは、キュビズムやシュールレアリズムなどの美術史の流れに逆らうようにヴァン・ダイク風の肖像画を描いていた。写実を追求する彼の絵は古典主義の寄せ集めと批判された。生まれた時代が悪かったのだろうか。

フェルメールの作品にはまだ発見されていない宗教画が何点かあるはずだというフェルメール作品待望論に、ファン・メーヘレンは目をつけたのである。
美術評論家や鑑定家を欺くためには、フェルメールらしい題材でなければならない。さらにキャンバス、絵の具は17世紀の物でなければならないし、作品が描かれてから300年が経過している経年的変化、つまりヒビ割れがなければならない。ファン・メーヘレンは、古い絵画の修復の仕事に携わっていたことがあった。また絵の具を原料から作り出す技術を、高校の美術クラブで身につけていた。さらに、彼は実験を重ねた結果、それらしいヒビ割れを作る老化技術を編み出したのである。
(左:姦通の女  右:エマオの食事)

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こうして怠りなく下準備をした後にファン・メーヘレンが描いた「エマオの食事」は、当時の高名な美術評論家が真作と褒め称えたのだった。その見立てに従った研究者たち、センセーショナルに煽り立てたジャーナリズム、そして美術コレクターや愛好家たちによって、「エマオの食事」はオランダの国宝級の作品に祭り上げられてしまった。
法廷で、ファン・メーヘレンは「エマオの食事」はじめとするいくつかのフェルメール作とされていた作品を、自分が描いた贋作であると証言した。しかしオランダ美術界はその自白を受け入れることができず、ついには、ファン・メーヘレン自身が法廷で贋作を描いてみせたのだった。

本書の序説では、本題とは別の、これも世紀の贋作事件と呼ぶにふさわしいヒェート・ヤン・ヤンセンの事件に触れている。
1994年、ヤン・ヤンセンはシャガールの贋作の来歴書にスペルミスをしてしまい、それが原因でフランス警察に逮捕された。
ところが絵画の所有者が名乗り出ず、裁判を開くまで6年もかかっている。贋作者が逮捕されても、贋作を所有している人物からの協力が得られないことが多い。その理由は所有者は本物と思っているか思おうとしているからである。贋作だとすればメンツが潰れる。あるいは贋作だとしてもその作品が気に入っている、という理由で名乗り出ないのである。
ヤン・ヤンセンは、ピカソやマチス、デュフィ、ミロ、ジャン・コクトー、カーレル・アベルなどの画家の作品を偽造したことを認めている。この事件で押収された作品は1600点であったが、それは彼が20年間に製作した贋作のわずか5%にすぎなかった。「ピカソの作品総目録を開くと必ずそこに私の絵が載っている」とうそぶいたという。

著者が紹介する、バルビゾン派の画家テオドール・ルソーの次の言葉は贋作についての象徴的な言葉である。「われわれはみな、見抜かれてしまう出来の悪い贋作についてしか語れないということを知っておくべきだろう。出来のよい贋作はいまなお壁にかかっているのだから」。→ブログランキングへ

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