社会学

『人はなぜ不倫するのか』亀山早苗

ベッキー騒動に端を発し、マスコミは『週刊文春』を筆頭に、不倫報道合戦が過熱気味である。以前なら週刊誌の片隅に掲載されるにすぎなかった瑣末な不倫の記事が、大々的に取り上げられている。本書では、著者がインタビューする形で、8人の専門家がそれぞれの見地から不倫を論じている。宗教学者の島田裕巳は、不倫を罰するのは日本人特有の「世間体」であると指摘する。ベッキーは相手の両親に会いに行ったことで、この「世間体」という地雷を踏んでしまったという。
専門家の誰もが、不倫を否定できない根拠を提示している。

人はなぜ不倫をするのか (SB新書)
亀山 早苗
SB新書
2016年8月

・上野千鶴子(女性学・ジェンダー研究者):結婚を「自分の身体の性的使用権を生涯にわたってただ一人の異性に譲渡する契約のこと」と、身も蓋もない定義を披露している。不倫するのが当たり前、なんで不倫をしないのかとまでいう。
・丸山宗利(昆虫学者):人間は社会に適応しようとするあまり、自らの遺伝子を残そうとする本能が薄れていった。封印された本能の発露として不倫を位置づける。
・竹内久美子(動物行動学研究家):メスの本能として、今つがっている相手より質のいい相手がいれば、その遺伝子を取り入れたいと思うもの。女性はアラフォーになると女性ホルモンが激減し、相対的に男性ホルモンが増加することになり、性欲が増す。オスは常に交尾の機会を狙っている。中年の浮気は当然であるという。
・島田裕巳(宗教学者):宗教もなく家族制度が崩れた日本では、隠れた規範のひとつとして「世間体」がある。日本人が規則に厳しいのは、学校の清掃の時間にあるという説を唱えている。
・福島鉄郎(心理学者):「愛は4年で終わる」という(ヘレン・フィッシャー著『愛はなぜ終わるのか』)。恋愛は錯覚から始まることが多い。
不倫は独身同士と違って結婚という目的がないから、ふたりの愛情だけを頼りに進んでいく。ある意味、不倫は純愛だといえるという。
・宋美玄(産婦人科医・性科学者):中年期以降は、夫はライフパートナーでセックスパートではなくなっている。日本では数%が夫の子どもではないと、驚愕の数字をあげる。産婦人科という職業上、女性の目線で論じている。
・山元大輔(行動遺伝学者):人間の相性を判断するときに唯一根拠があるのは、100個の遺伝子が関わるMHCとよばれるタンパク質(ヒトではHLA抗原とよばれる)である。MHCの型が似ているカップルは子どもができにくい。妊娠を気づく前に自然流産してしまうという。MHCの型が異な者同士の相性がいい。
ヒトはそこそこ浮気しながら、一夫一婦制"風"で生きている。
・池谷裕二(脳科学者):恋愛には絶対的愛情が存在するが、絶対的愛情は基本的には子どもに向かうもの。恋愛感情は、子どもを愛する回路が転用された脳のバグだという。

『あなたの人生の科学』デイヴィッド・ブルックス

白人の上流家庭に育ったハロルドと、うつ気味の中国系の母親と家に寄りつかないメキシコ系の父親の家庭で育ったエリカの一生をたどりながら、主に人間の意思決定の仕組みを解き明かしていく。著者は、脳科学、社会学、心理学、医学、生物学、遺伝学、政治学、経済学、ギリシャおよびドイツ哲学、小説、戯曲、映画などについての旺盛な知識に基づいて解説を加えていく。

あなたの人生の科学(上)誕生・成長・出会い (ハヤカワ文庫NF)
デイヴィッド・ブルックス
夏目 大 訳
ハヤカワNF文庫
2015年11月 ✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

ジャン・ジャック・ルソーの教育学の名著『エミール』の手法を真似たという。ルソーはエミールと家庭教師のやりとりを通じて幸福とはいかなるものかを論じた。
本書の最大の目的は、人間が幸福になるうえで無意識がいかに重要な役割を果たすかを論じることだという。著者は、日常生活における私たちの行動を支配しているのは意識ではなく無意識であると、無意識の重要さを強調している。
上巻では、ハロルドとエリカが登場する前に、それぞれの両親の出会い、結婚、子育て、そして家庭環境が語られる。

大学を卒業しコンサルタント会社に入社したエリカは、頭脳明晰であっても目の前の問題にうまく対処できない同僚の男たちに愛想をつかす。エリカは一念発起してコンサルタント会社を起業し、大学院を卒業して職に就ていなかったハロルドに出会う。
ここで下巻にバトンタッチされる。

エリカはハロルドをパートナーとして雇い、やがてふたりは恋に落ち結婚する。会社の経営は順風満帆にみえたが、不況によりあえなく倒産してしまう。エリカはケーブルテレビ会社へ就職し、ハロルドは博物館に勤める。エリカが勤めた会社はM&Aを繰り返し大きくなるが、拡大しすぎて経営危機に陥る。エリカはその会社のCEOに就任し、会社を立て直す。
やがて、エリカはマイノリティ出身の優秀な人材を探していた大統領候補の陣営からスタッフとして請われ、選挙運動に加わる。候補の当選後、エリカはホワイトハウスに入り、次席補佐官や商務長官の公職で目覚しい働きをし、ダボス会議にも出席する。
一方、ハロルドはエリカのおかげでホワイトハウスのシンクタンクで働くことになる。ワシントンDCに来てハロルドが気づいたのは、社会学や心理学の最新の研究成果が、政治の世界にはほとんどといっていいほど取り入れられていないことである。
ハロルドはシンクタンクが発行する専門誌にエッセイを連載する。テーマはテロの脅威、軍事戦略、エイズ問題、アメリカの住宅問題など多岐にわたる。ハロルドの目を通じて、著者の理想の社会づくりが語られる。

ハロルドは仕事に忙殺され家を空けるエリカとのあいだに距離を感じるようになり、アルコール依存症になる。エリカは魔がさして不倫に走るが、この危機をふたりはどうにかやり過ごす。ここで著者はエリカの行動を心理学的に分析し、道徳と無意識について触れる。ある行動が道徳にかなうか否かは、直感により反射的に判断されることが多いと説く。

ふたりは引退し、ヨーロッパの名所旧跡を尋ね歩くツアーを企画して、ハロルドがガイドを務める会社を起こす。やがて、それからもふたりは引退し、著者の都合により波乱万丈の人生を送らされる羽目になったエリカは、ハロルドの最期に立ちあうのである。

本書は、早いころに熟読していれば、人生が少し違ったものになっていたかもしれないと思わせる処世の手引書である。

『はじめての不倫学』坂爪真吾 

不倫について、心理学的アプローチを極力排し、社会学的見地から分析するのが本書の目的。不倫は当人だけでなく家族や職場にも影響を及ぼし不利益をもたらす。だから予防が必要であるという。

はじめての不倫学 「社会問題」として考える (光文社新書)
坂爪真吾
光文社新書 
2015年8月

著者は不倫をウイルス感染にたとえている。
不倫の被害を減らすには、いつどこで感染しやすいかを知り、感染を減らすための予防ワクチンを開発し、感染した場合は重症化をどう防ぐか、また周りへの被害拡大をどうすれば抑えられるかを検討するという。

まずは当たり障りのないところで、配偶者との性生活が充実したものであればワクチンになりうる。そのために妻がエロティックになるエロ活をせよと説く。
次に、オープンマリッジ、スワッピング、高級会員制交際クラブについて、ワクチンになりうるかを検証しているが、オープンマリッジ、スワッピングはインモラルな要素が多分にあり、交際クラブは違法性を否定できない。

オープンマリッジの進化した形であるポリアモリーは、複数恋愛を容認し婚外性交を認めることである。ポリアモリーには、守らなければならない事項がいくつかあり、それを守る限り不倫ワクチンになりうるとしている。

著者の結論は次のとおりである。
法律で規定されている一夫一婦制を守るためには、信号の黄色に相当する婚外性行為、つまりグレーゾーンを社会的に認めることがワクチンになりうると主張する。青や赤だけでは事故が起こる。
<現行の夫婦関係を維持するための(=不倫ワクチンとしての)ポジティブ婚外セックスは、条件付き(期間限定・回数限定)で社会的に受容されるべき」となる。受容されるための条件とは、「個人間の関係ではなく、システム=文化制度の下で行うこと」「対象と回数を限定して行うこと」の2点である。>

婚外性交渉を社会に是認させようとする論調は、条件を設けたところで、大方には受け入れられないだろう。
あとがきで、本書も不倫ワクチンであると書く著者の自信のありように、脱帽する。→人気ブログランキングへ

『キラキラネームの大研究』伊東ひとみ

本書は、現代の軽佻浮薄な風潮のひとつと捉えることのできるキラキラネームを、日本語の歴史から解き明かそうとしている。
キラキラネームから見えるのは、「漢字」が過去の歴史とのつながりを断ち切られ、イメージやフィーリングだけで捉える「感字」になりかけていることであるという。
「漢字」を「感字」にしてはならないというのが著者の主張。

キラキラネームの大研究 (新潮新書)
伊東ひとみ (Itoh Hitomi
新潮新書  2015年5月

キラキラネームは、1990年代中頃、団塊ジュニア世代の子どもたちから始まった。
団塊ジュニア世代以降(当用漢字第三世代)は、カジュアルに漢字を捉えていて、漢字の捉え方にそれ以前の世代と違いがあるという。
キラキラネームの共通項は、奔放な漢字の選択と日本語離れした音の響きゆえに他人が読めないところにある。
人に読まれたら負けという「俺様化」が「真性キラキラネーム」で、読みにくいけれどなんとかギリギリセーフ、名付けた親にはキラキラネームのつもりはないというのが「偽性キラキラネーム」である。ほとんどの親はギリギリセーフの感覚でつけているという。

キラキラネームの根底には、「国語国字問題」による世代間の断層があるという。
戦前戦中派は「国語国字問題」とともに歩んできた「当用漢字第一世代」であり、その子どもたち、特にベビーブーマーは当用漢字によって制限された漢字表記で育った「第二世代」であるとする。団塊ジュニア世代以降の「第三世代」になると、祖父母父母世代の頃まであった漢和辞典的な規範の引力が弱まったという。

1947年(昭和22年)に交付された戸籍法により「子の名には、常用平易な文字を用いなければならない」と定められた。これによって子供の名前には当用漢字表にある1850字しか用いられなくなった。その後、1981年に当用漢字に95字が加えられて、常用漢字(2136字)となった。
現在、名前に使える漢字は、常用漢字と名前用漢字299字(1952年に52字が定められ、その後削除されたり追加されたりしている)と決まっている。ただし読み方は定められていない。この曖昧さがキラキラネームが生まれる素地なのである。

「国語国字問題」は、文字をもたなかった日本語に、「漢字」を取り入れたことから始まった「漢字」と「やまとことば」の融合とせめぎ合いにより醸成されてきたハイブリッド言語ゆえの運命であるという。→人気ブログランキングへ

『フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人』 速水健朗

著者は、『ラーメンと愛国』(20011年)で、ラーメンと日本文化について革新的な検証を行った。本書は、毎日繰り返される食と普段は遠いところにあると思われがちな政治とを、斬新な視点で結びつけた画期的な社会学のテキストである。

フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人
 
速水健朗(Hayami Kenrou
朝日新書
2013年12月 ★★★★★

フード左翼とは、野菜中心の低カロリーな健康食を嗜好し、安全のためにお金をかけることを厭わない人たちのことである。地産地消の地域主義で健康思考の側に立つ人たちをフード左翼と呼ぶ。
一方、フード右翼とは、安全や健康を度外視して安さと量を求める。結果として、メガ盛りを好みカロリオーバーの品目を愛する人たちである。ベジタリアンは左翼、ジロリアンは右翼ということになる。
フード右翼とフード左翼の対立軸のひとつは、競争原理が持ち込まれる大量生産・大量消費を選ぶか、大量生産を批判し食の安全性を追求するかである。

アメリカの低所得者に対して食料配給クーポン制度が行われているが、このフードスタンプを利用する負け組が購入するのは、低価格で高カロリーな食品である。アメリカのあとを追いかける日本が、同じ図式に向かっていることは否めないが、日本の場合は必ずしも単純ではないという。

例えば、食の安全を語ることで原発の賛否のスタンスが問われる。その論争は家庭内でも起こりうると指摘する。
また、右翼から左翼になり得ても、左翼から右翼にはなり得ないという。実際、著者は本書の執筆中にフード右翼からフード左翼にスタンスを変えたという。→ブログランキングへ

【食に関する本】
とことん!とんかつ道/今柊二/中公新書ラクレ/2014年
美食の世界地図  料理の最新潮流を訪ねて/山本益博/竹書房新書/2014年
フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人/速水健朗/朝日新書/2013年
クスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力/にむらじゅんこ/平凡社  新書/2012年
冬うどん 料理人季蔵捕物控/和田はつ子/ハルキ文庫  2012年
ラーメンと愛国/速水健朗/講談社現代新書/2011年
世界ぐるっと肉食紀行/西川治/新潮文庫/2011年
高級ショコラのすべて小椋三嘉/PHP新書/2010年
チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石/武田尚子/中公新書/2010年
グルメの嘘/友里征耶/新潮新書/2009年
吉田類の酒場放浪記/TBSサービス/2009年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社新書/2004年
食べるアメリカ人/加藤  裕子  /大修館書店/2003年
至福のすし「すきやばし次郎」の職人芸術/山本益博/新潮新書/2003年
フグが食いたい!―死ぬほどうまい至福の食べ方/塩田丸男/講談社プラスアルファ新書/2003年
カラ-完全版  日本食材百科事典/講談社プラスα文庫/1999年
インスタントラーメン読本/嵐山光三郎/新潮文庫/1985年
アメリカの食卓/本間千枝子/文春文庫/1984年