社会学

『炎の中の図書館』スーザン・オーリアン

ロサンゼルス中央図書館が火事で焼け落ちた。7時間以上燃え続け、110万冊の本が燃えるか損傷した。幸い死者は出なかった。
以前より、中央図書館は消防署から20箇所もの不備の指摘を受けていた。その日(1986年4月29日)も火事が起きる前に火災報知機が誤作動し消防署に連絡している。
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炎の中の図書館 110万冊を焼いた大火

スーザン・オーリアン/羽田詩津子
早川書房
2019年 ✳︎10

火事が起こった日に、年配の女性は図書館内で金髪で口ひげを生やした青年が足早に歩いてきてぶつかり、青年は動揺しているように見えたが、彼女が起き上がるのに手を貸してくれた。それから大急ぎでドアに向かったと証言した。
その男ハリー・ピークは、火事の後口髭を剃り落とし、友人に放火をほのめかす話をした。ハリーはハリウッド・スターを夢見る虚言癖が著しい人物だった。ハリーは供述をころころ変え捜査を翻弄した。状況証拠からハリーが放火犯であることは間違いないとみられたが、ふたりの宗教家がハリーと一緒にいたと証言した。この宗教者たちの証言もハリーの証言に呼応するように変わったが、起訴はされなかった。

本書は単なる火事の記録ではない。
出火原因の調査の記録、アメリカにおける図書館の歴史、ロサンゼルス市と中央図書館の黎明期から現在に至る歴史、アメリカで公立図書館が果たしている役割、世界の焚書の歴史などが、鋭い分析と明快な文章で綴られている。
著者が直接インタビューした人もしなかった人も、そしてすでに亡くなった人も、多くの人々がいきいきと登場する。
図書館がどれだけ魅力的で希望が満ち溢れている場所かを余すことなく伝え、著者の図書館への愛が行間から滲み出ている好著である。

日本とは違い地域における図書館の役割は多い。
地域で問題が起こると、図書館が利用される。工場からメタンガスが流れたとき、自宅を追い出された住民の集まる場所となった。鉛汚染が起きたとき、住民の血液検査の場所となった。
移民国家アメリカでは図書館が、福祉や教育に大きく踏み込んでいる。外国人たちの会話クラスや識字クラスが運営されている。教えるのはボランティア。電話の請求書、学校からの通知、税金関係の申請書が理解できるように手を貸し、読み書きを知らない人には個人的な手紙を読んであげ、返事を書くのを手伝うこともあるという。市民権を得る方法を週に2時間指導している。
今は、ホームレスの溜まり場になっているという。

〈図書館では時間がせき止められている。ただ止まっているのではなくて、蓄えられている。図書館は物語と、それを探しに来る人々の貯蔵庫なのだ。そこでは永遠を垣間見られる。だから図書館では永遠に生きることができるのだ。〉という言葉が印象的だ。→人気ブログランキング

学校に入り込むニセ科学 左巻健男

教える内容が真実であるべき学校にニセ科学など入り込む余地があるのか?と思って本書を開いた。宗教団体が絡んでいて敵は巧妙である。代表的なものは「水からの伝言」と「EM菌」だという。

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学校に入り込むニセ科学

左巻健男(Samaki Takeo
平凡社新書
2019年 ✳︎8

 

 

「水からの伝言」とは、一部の教職員グループにより学校に持ち込まれたニセ科学だ。
「ありがとう」と「ばかやろう」と書いた紙を、水の入った容器に貼って凍らせると、「ありがとう」と書いた紙が貼られた氷は綺麗な結晶になるが、「ばかやろう」の方の結晶は汚いという、なんともわかりやすいもの。冷却温度によって氷の結晶の形が異なるが、書かれた文字が氷の形に影響を及ぼしたと説明する。これは手品のテクニックだ。

コンポストという箱の中に野菜くずや残飯を入れておくと、「EM(Effective Microorganisms)菌」が分解して良質の肥料になるという。EM菌は、琉球大学教授の比嘉照夫が推奨するもの。もともと「世界救世教」という宗教団体が関係した微生物資材(農業用)である。世界救世教は、国内に100万人の信者をもち、手かざしの儀式、自然農法を推奨、芸術活動を行うことを特徴とする宗教団体。

EM菌で作った肥料によって土が改良され、作物がよく育つとされたが、調べてみると他の肥料に比べて効果が弱い結果も出た。
北朝鮮がEM菌を導入し、比嘉は北朝鮮をしばしば訪れて指導していた。比嘉は「北朝鮮は21世紀には食料輸出国になる」と宣言していたが、北朝鮮はEMの使用をやめてしまった。
かつて、EM菌をネットで調べたが、すっきりした回答が得られなかったことを思い出す。現在もコンポストとともにEM菌培養液が、アイリスオーヤマが販売している。さらに、地方自治体で推奨しているところもある。
EX菌は乳酸菌や酵母などの複合体らしいが、詳細は明らかにされていない。

TOSS(Teachers' Organization of Skill Sharing 教育技術法則化運動) は、教師が自分の教え方の力量をあげ、より良い教育をし、立派な子どもたちを育てることを目標にした団体ということになっている。TOSSは「水からの伝言」を抜きにして語れないという。また、EM菌も推奨している。このようなところから、授業のノウハウを得ている小中学校の教師がいるのである。なんだか背筋が寒くなる。

ニセ科学は、科学を装い、科学っぽい雰囲気を出しているが科学ではないものを指す。ニセ科学は科学への信頼を利用してだます。→人気ブログランキング

学校に入り込むニセ科学/左巻健男/平凡社新書/2019年
給食の歴史/藤原 辰史/岩波新書/2018年

『パンティオロジー』秋山あい

著者はパンティのイラストを描いている。
そう自己紹介して、相手に手持ちのパンティから、セクシー、リラックス、お気に入りの3枚を選んでもらい、パンティにまつわる思いを語ってもらう。夫や交際相手のことも訊ねていて、文章からはパンティ提供者の私生活がかいま見える。

33名の対象者は、国籍も人種も、年齢もバラバラ。著者はフランスと日本を行き来しているので、いきおい日本人とフランス人が多いが、アメリカ、イタリア、ポーランド、イランなど多岐に渡る。

Image パンティオロジー

秋山あい
集英社インタナショナル
2019年 ✳︎10

 著者が描くパンティのイラストは写真と見紛うがごとくに写実的である。

真新しいものもあるが、大半は中古物件の佇まいが漂うものである。イラストには、パンティとそれを身につける人物から感じ取ったものを著者が咀嚼して具現化した小宇宙がある。パンティは生きていると言わざるを得ない。
著者が命名したパンティオロジーという造語は深遠な学問の響きがあり風格を感じさせる、ユーモアあふれる単語だ。
帯の「パンティは女心の充電器である」は的確なキャッチコピーであるが、匹敵するしっくりくるフレーズをひねり出したい。「パンティは女心のスイッチである」はいかがだろう→人気ブログランキング

『世界の危険思想』丸山ゴンザレス

著者は、日本や海外の裏社会やスラムや治安が悪いとされる場所で取材をしてきた。そこで出会った悪い人たちの頭の中がどうなっているのか。危険な考え方の根幹の理解に近づくことが本書の目的であるという。強面の著者は、危険な地区でよく現地の人間に間違われるという。取材には好都合だったろう。

世界の危険思想 悪いやつらの頭の中 (光文社新書)
丸山 ゴンザレス
光文社新書
2019年5月 ✳︎8
売り上げランキング: 16,504

ジャマイカで殺し屋に会う。恥をかかされた女を殺して欲しいという依頼が、クライアントから電話で入る。殺し屋はその日暮らしに困るような貧乏人だった。

次に、フィリピンの邦人殺害事件に触れる。
犯人像は、警察を味方にすることができる、わずがな報酬で殺人を請け負う、刑務所に入ることも厭わないような人物であるという。フィリピンでは、交通事故で重症を負わせて治療費を請求されるより、殺す方を選ぶという。

ケニアの窃盗団の話。窃盗団は一人を除いてすべて警察に射殺された。警察の言い分は、取り調べにはひとりいれば十分。殺してしまえば調書は取らなくて済む。残業するくらいなら殺してしまうという発想である。

著者のスラムの定義は、「貧しい人たちや、問題のある人たちが密集して住んでいるエリア」。スラムには普通の人々の暮らしがある。スラムでは富を再分配しなければ、周りから襲撃されることもある。スラム社会と裏社会を同一視する人が多いが、別である。
裏社会のルールは、縄張り、ボスへの忠誠、アンチ警察である。「その通りを越えたら殺されても文句を言えない」という縄張り意識がある。忠誠心を植え付けるには、通過儀礼として、殺人の手伝いやとどめを刺させたりする。

ドラッグの最大消費地はアメリカと中国。
MDMA(エクスタシー)やコカイン、LSDはパーティドラッグとしてノリやテンションをあげるために使われることが多い。これらは線引きのこちら側にあるドラッグ。
線引きの向こう側にあるドラッグは、ヘロインとメス(覚せい剤)でるという。
向こう側に行った人たちの頭の中はやられているので、聞いても無駄であるとする。

フィリピンのドゥテルテ大統領は、麻薬中毒者、売人を逮捕し、抵抗する者の射殺を許可した。国民は大統領を支持した。ところが、麻薬ビジネスに関係していない、警察にとって都合の悪い人間も射殺されるようになり、警察に殺されるくらいなら監獄の方がマシだと、監獄が人で溢れかえっているという。

ボリビアではコカの葉は嗜好品として合法である。精製すれば麻薬になって違法になる。ボリビアでは平均月収が3万円程度、運び屋は1回30万円、捕まれば8年の刑。
運び屋は運転免許があれば誰でもできる。ところがつかまりやすい。捕まっても簡単に替えがきく。

相手を甘いと思ってナメることが、人類の持つ感情の中で最も恐ろしい危険思想だというのが著者の考え。危険思想の持ち主は、際限なく自分の感情を押し付ける権利を持っていると錯覚してしまう。相手に対する敬意のなさが原因であるとする。

ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史 カート・アンダーセン

なぜ、アメリカはドナルド・トランプを大統領に選出するようなとんでもない国になってしまったのか。本書はそれを解き明かすアメリカの精神文化史である。
 
2016年の大統領選が始まったときに、著者は本書を書き出して2年が経っていて、トランプが共和党の予備選で先頭に立ったのには驚きかつぞっとしたが、満足感を覚えたという。それは著者の理論が正しかったことが政治の場で証明されたからだ。大統領になるとトランプは、自分にとって不都合な報道を、すべて「フェイク・ニュース」と呼ぶようになった。大統領就任式の観衆数がメディアの発表と大幅に違った際には、オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)という言葉を使った。このような政治を「ポスト真実」の政治と呼ぶ。ポストには「脱」という意味があり、客観的な事実よりも個人的信条や感情が重視される政治である。


ファンタジーランド(上): 狂気と幻想のアメリカ500年史
ファンタジーランド(上): 
カート アンダーセン /山田美明・山田文


ファンタジーランド(下): 狂気と幻想のアメリカ500年史
ファンタジーランド(下): 
東洋経済新報社
2019年✳10

著者は、アメリカではトゥルーシネス(本当らしく聞こえる嘘)、つまり直感的に物事を真実だと信じることが1960年代に爆発的に広まったと見ている。エリートを嫌悪し、科学的事実を否定し、主観的に物事を判断する傾向である。やがて、この傾向は数世紀にわたって形成されてきたことに気づいたという。
 
ピルグリム・ファーザーズは、プロテスタントのうちの急進派であるピューリタンのそのまた過激な分離派ピューリタンである。著者は、アメリカは常軌を逸したカルト教団によって建設された国であると諧謔的な言い方をする。
 
アメリカは宗教国家である。アメリカ人の70%以上がキリスト教徒で、そのうち70%はプロテスタントである。アメリカ人のうち、天国の存在を信じる人は85%、地獄の存在を信じる人は75%いるという。天国や地獄を信じるということは、取りも直さず悪魔を信じることであり、その他の摩訶不思議な出来事も信じるということである。アメリカ人はどの先進国に暮らす人びとより、はるかに強く超自然現象や奇跡を信じている。

神と進化について、アメリカ人は大体、三つに区分できるという。進化論を信じている人が1/3、神が長い時間をかけ、おそらくは進化を利用して生物を創造したと考えている人が1/3弱、そして人間やそのほかの生物はこの世が始まって以来、現在の形で存在していると確信している人が1/3以上である。
 
アメリカは熱狂的なキリスト教信者と夢想家、あるいは詐欺師とそのカモによって、まるでファンタジーランドのようになってしまったという。アメリカの狂気と幻想は次のような人びとや現象によって作り上げられていったとする。それは、セイラムの魔女裁判(1692年)、モルモン教を創始した(1830年)ジョセフ・スミス、「バーナム効果」で有名な興行師のP・T・バーナム、超越主義を主張したヘンリー・デヴィット・ソロー、異言(学んだことのない異国の言葉を話すこと)、ハリウッド、サイエントロジー、陰謀論、ウォルト・デズニー、伝道師のビリー・グラハム、ロナルド・レーガン(選挙演説でハルマゲドンという言葉を繰り返し使い、政治日程を妻のナンシーが占星術で決めていた)、絶大な人気を誇るトーク番組の司会者オプラ・ウィンフリー、トランプなどである。さらに、ワクチン不要論やホメオパシー。礼賛、銃へのこだわりやドラッグ依存、カルト的プロテスタント教団の隆盛などがある。インターネットの登場は、はびこる狂気と幻想により一層の拍車をかけた。

アメリカ人が一時的に道を外しただけならいずれ正しい道に戻ってくるが、もはやこの傾向はアメリカ国民のDNAに深く刻み込まれているという。現在、トランプの支持率はおよそ40%、共和党内では9割に達する。矛盾が持つ力で最も恐ろしいのは、繰り返し矛盾に接すると、真実を重視する感覚が鈍ることだ。次もトランプだろうか?

ちなみに、トランプはドイツ系移民の子孫であり、著者の祖先はピルグリム・ファーザーズの次にアメリカにたどり着いた清教徒であるという。

ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史/カート・アンダーセン/山田美明・山田文/東洋経済新報社/2019年
食の実験場アメリカーファーストフード帝国のゆくえ/鈴木透 /中公新書/2019年
ノマド― 漂流する高齢労働者たち/ジェシカ・ブルーダー/鈴木素子/春秋社/2018年
アメリカ/橋爪大三郎×大澤真幸/河出新書/2018年
ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち/J.D.ヴァンス/関根光宏・山田文/光文社/2017
ルポ トランプ王国―もう一つのアメリカを行く/金成隆一/岩波新書/2017年
沈みゆく大国アメリカ/堤未果/集英社新書/2014年
ルポ 貧困大国アメリカII/堤未果/岩波新書/2010年
沈黙の時代に書くということ―ポスト9・11を生きる作家の選択/サラ・パレツキー/山本やよい/早川書房/2010年
アメリカン・デモクラシーの逆説/渡辺靖/岩波新書/2010年
現代アメリカ宗教地図/藤原聖子/平凡社新書/2009年
ルート66をゆく―アメリカの「保守」を訪ねて/松尾理也/新潮社新書/2006年
小説のアメリカ 52講ーこんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史/青山南/平凡社ライブラリー/2006年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社/2004年
インディアンの夢のあと―北米大陸に神話と遺跡を訪ねて/徳井いつこ/平凡社新書/2000年

『ノマド』ジェシカ・ブルーダー

アメリカでは、季節労働者として重労働に従事し、キャンピングカーで移動する「ノマド」と呼ばれる高齢者が増えている。ノマドとは遊牧民という意味だ。
著者はノマドの生活を体験する目的でキャンピングカーを購入し、ビーツ(砂糖大根)の収穫やアマゾンの倉庫で働き、3年間にわたるフィールド・スタディーを行って本書を書き上げた。著者が出会ったのは60歳代から70歳代の高齢者たちだ。
リタイアした高齢者やリーマンショックで被害を被った中産階級や、離婚や病気・ケガなどの危機を乗り越えられなかった人たちや、解雇されたり事業がうまくいかなかった人たちが、住宅ローンや家賃や公共料金の支払いができなくなり、車上生活に望みをかけたのだ。

ノマド: 漂流する高齢労働者たち
ジェシカ・ブルーダー/鈴木素子
春秋社
2018年10月 ✳︎10
売り上げランキング: 43,944

仕事を求めてキャンピングカーを走らせる季節労働者は、自らをワーキャンパー(Workamper)と呼ぶ。
ワーキャンパーを採用する企業や官公庁のなかで、最も過激な求人を行ってきたのはアマゾンのキャンパーフォースだ。秋からクリスマスかけての繁忙期に、各地の倉庫でワーキャンパーを雇う。アマゾンの仕事は、時給(11.5ドル、約1300円)が高い分かなりきつい。仕事の内容は商品の梱包と仕分けだが、広い倉庫の中を毎日ハーフマラソンの距離を歩き、3か月で10キロも痩せるという。関節痛や筋肉痛に苦しむ者にはジェネリックの鎮痛剤が無料で支給される。

クリスマスが終わると、ワーキャンパーたちは次の仕事場に移動する。仕事は、農場での果物やビーツの収穫、キャンプ地の清掃、球場でのハンバーガーやビール売りなど、いずれも長時間にわたる低賃金の肉体労働だ。

ワーキャンパーは季節的な人材確保を求める雇用側にとって、きわめて便利な即戦力である。必要とする場所に、必要とするタイミングで集まってくれる。住居と一緒にやってきて、つかの間駐車パークに企業町を作るが、その町は仕事が終わればなくなる。組合が結成されるほど長時間止まることはない。また福利厚生や社会保障を要求しない。
こうした地下経済を生み出しているのは、ウェブサイトに求人広告を載せているアマゾンをはじめとする何百という数の企業だ。
企業は「雇用機会上のハンディを持つ」労働者を雇うことで、賃金の25%〜40%の連邦税控除を受けることができるのだ。

ワーキャンパーたちは、まるでスタインベックの『怒りの葡萄』のオーキーと呼ばれるオクラホマ出身の主人公たちと同じだ。『怒りの葡萄』と異なるのは、オーキーたちが目標としたのは普通の家に住むことだが、ワーキャンパーはノマド生活をその場しのぎと考えていないことだ。

高齢になれば新しい仕事を見つけることが困難になるが、キャンピングカーとスマホがあれば、簡単に仕事が見つかるとワーキャンパーは言う。
しかし、現実は様々な困難な問題が待ち受けている。例えば仕事をしていないときの駐車スペースの確保、特に住宅地では厳しい。さらに入浴の問題、水の確保など、あるいは車の老朽化や故障、自らのケガや病気など、悩みの種は尽きない。
ノマドは非白人がほとんどいない。ここにもアメリカの人種差別が顔を出す。→人気ブログランキング

『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ

前作『サピエンス全史』は、人類の過去を歴史学のみならず政治学、生物学、心理学、哲学などの横断的な幅広い知見に基づいて書かれ、世界的ベストセラーとなった。その続編ともいうべき本書は人類の未来を予測したもの。その手法は、前作同様、話題が多方面に展開され、まるでスケールの大きなエンターテイメント小説を読んでいるかのようだ。

飢饉と疫病と戦争は、もはや人類にとって対処が可能な課題になったという。人類に降りかかる災難の多くは政治の不手際がもたらしている。人類は困難を克服しつつあり、テクノロジーをよりどころに、次のステップに進もうとしているという。ちなみに、「ホモ」とは人間、「サピエンス」は賢い人、「デウス」は神の意味である。

ホモ・デウス 上: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
河出書房新社
2018年9月 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ホモ・デウス 下: テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ
柴田裕之 訳
売り上げランキング: 88

まずは、アルゴリズムについて。
〈アルゴリズムとは、計算し、問題を解決し、決定に至るために利用できる、一連の秩序だったステップのことをいう。アルゴリズムは特定の計算ではなく、計算をするときに従う方法だ。〉
すべての事象は、人間も含めて、アルゴリズムで成り立っているという。つまりデジタル化できて計算式で表しうるということだろう。

人類は不死と至福と神性を手に入れようとするとしている。サピエンスのアップグレードは、次のように進んでいくとする。
〈じつは、無数の平凡な行動を通して、それはすでにたった今も起こりつつある。毎日、膨大な数の人が、スマートフォンに自分の人生をより前より少しだけ多く制御することを許したり、新しくてより有効な抗うつ薬を試したりしている。人間は健康と幸福と力を追求しながら、自らの機能をまず一つ、次にもう一つ、さらにもう一つという具合に徐々に変えていき、ついにはもう人間ではなくなってしまうだろう。 〉

魂などというものは突き詰めていけば存在しない。宗教は人間が都合で考え出したもので、聖典を書きそれを多種多用に解釈した。人間至上主義は、神や宗教は人間がこの世を作り出したものだから、神を冒涜するなどと気遣う必要はないと考えるという。不老不死の手段があれば、セレブたちはあらゆる犠牲わ払って、間違いなく手を出すだろうという。

ポストヒューマンとは、ごく一部のセレブ達だけの話であり、神のように振る舞う一握りの人間のことだ。これらの超人たちは、前代未聞の能力と空前の創造性を享受する。彼らはその能力と創造性のおかげで、世の中の最も重要な決定の多くを下し続けることができる。彼らは社会を支配するという。

残念ながら、庶民は超人たちに支配される劣等カーストとなる。AIたちが人間を押しのけてほとんどすべてのことをやってしまうから、劣等カーストに属する人たちには仕事がない。その余剰の人たちはどうやって生きてゆくのか。
ゲームでもやって時間を潰すことになるかもしれないというのだが、そうもいかないだろう。→人気ブログランキング

ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ  河出書房新社 2018年
『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ 河出書房新社 2016年
『ポストヒューマンSF傑作選 スティーヴ・フィーバー』山岸真編  ハヤカワ文庫 2010年

『ラーメン超進化論 「ミシュラン一つ星」への道』田中一明

本書の要点は、1)ラーメン店が『ミシュランガイド』の1つ星に輝いた。2)ニューカマーとして女性と外国人が加わった。3)ラーメンづくりのコンセプトが変わった。の3つ。

ここ何年かのラーメンの進化は目を見張るものがある。その象徴的な出来事として挙げられるのが、『ミシュランガイド』の1つ星にラーメン店が輝いたことである。

ラーメン超進化論 「ミシュラン一つ星」への道 (光文社新書)

ラーメン超進化論 「ミシュラン一つ星」への道

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田中一明
光文社新書 2017年12月
売り上げランキング: 10,755

 

どのようような経過で、『ミシュランガイド』にラーメン店が掲載されるようになったのか。
ミシュランがラーメンに注目したのは、「ラーメンなどの大衆食を掲載しなければ、日本の食文化を十分に表現できているとは言えない」と判断したからではないかと著者は推察する。
まずは、新しいカテゴリーのビブグルマン部門が、2014年度版から設けられた。ビブグルマンとは、5000円以下でコースや単品料理などの食事が楽しめる、コストパフォーマンスの高いレストランである。
ビブグルマンにラーメン店22店が掲載されたのが、2015年度版。そしてついに、2016年度版には1つ星として「Japanese Soba Noodles 蔦」(巣鴨)が掲載され、2017年度版には「創作麺工房 鳴龍」(大塚)が掲載された。この2店は、いわば全国3万5千のラーメン店の頂点に立ったのである。

『ミシュランガイド』にラーメン店が掲載されたことで、ラーメンファンのすそ野が広がり、特に女性や外国人のファンが増えた。
2015年に始まった「ラーメン女子博」は盛況で、年々参加者数を伸ばしているという。男の目を気にしないで、女性が本音で行動できることが受けている。
また、味千ラーメン屋や一風堂に続けとばかり、海外に進出する店も多くなった。

一方、ラーメンの平均水準は上がっているのは確かだが、初めて訪れる店でどこか別の店で食べたような既視感を覚えるようなことが多いのは、ラーメンファンなら誰でも体験していることだ。それだけ、各店舗が他の店で出すラーメンを研究しているということでもある。

最先端を行くラーメン店の傾向は、味をどんどん進化させることだという。店を訪れる客が減ろうが増えようが、ラーメンの内容に満足できなくなれば、すぐさま見直しに取り掛かる。そのようなスタンスが当たり前になりつつあるという。
こしたことが、ミシュラン1つ星獲得の原動力となっている。

『デジタル時代の著作権』中野祐子

急速に変化し続けるデジタル技術に著作権法が追いつかなくなっている。著作権法は追加された規則により継ぎ接ぎだらけで、専門家ですら把握できていないくらい複雑になっている。著作権に多様な状況が存在することを認め、それぞれに適応した特例措置を設けることが、これからの著作権のあり方であると説く。著作権について網羅されていて、テキストブックとして使える内容である。

デジタル時代の著作権 (ちくま新書)

 

デジタル時代の著作権
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野口 祐子
ちくま新書  2010年

 

デジタルネットワークがもたらした問題点(変化)として次を挙げている。
1)そもそもネットを閲覧するという行為はコピーをすることで成り立っている。複製や頒布を推し進めるデジタル技術とこれを禁止する著作権は、矛盾している。
2)著作権のルールを厳格に運用したならどうなるか。専門の権利処理チームを雇える金持ちや企業だけが、安全な表現活動ができることになり、資力のない一般の人たちは、それができなくなってしまう。
3)「アイディアは保護せず、表現だけを保護する」という著作権の大原則を、文章表現に当てはめるのは比較的容易であるが、音楽や写真などではうまく機能していない。
4)著作権が大衆にまで影響を及ぼすようになった。ブログを公表したりやツイッターでつぶやくことも著作権法の対象である。
5)ベルヌ条約(著作権の国際条約)は、登録などの特定の手続きを取らなくとも、海外では著作物が自動的に保護される「無方式主義」を採用している。このことにより権利者を登録しているデータベースがどこにもなく、権利者を探すのが困難である。

科学に世界では、公的資金で行われた実験のデータは共有できるという発想のもと、データを共有する動きが活発になっている。最先端の解析機で行った結果を共有することで、少ない研究資金でもデモデータを解析できるようになる。
データを共有するときはライセンス(利用条件)を標準化したものを用いる。ところが、データを開示するときにライセンスを厳しくしがちである。

フェア・ユースとは、「公正な利用」であれば、著作権者の許諾がなくても著作物を利用できる制度である。
アメリカのフェア・ユースでは、1)利用の目的・性質、2)利用された著作物の性質、3)利用された著作物の量や実質性、4)利用行為が著作物の市場や価値に与える影響、の4つの条件を総合的の考慮し、その利用が公正な利用であったかどうかを判断する。
フェア・ユースのデメリットは予測性が低いこと、事後にアウトとなることもある。

クリエイティブ・コモンズとは、作品が人の目に触れてからユーザーが権利処理する、という後追いの権利処理ではなく、作品を公表する段階で、権利者が自発的に、事前の許諾を与えておく仕組みを作ろうというライセンス運動のことである。
ライセンスはシンプルで洗練されたものが理想である。さらにライセンス間の互換性を進めることが重要である。

大胆な解決策として、「すべての著作権をなくして、使った分から税金のように金をとる。著作物を登録制にする」と提案している。

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『インディアンの夢のあと:北米大陸に神話と遺跡を訪ねて』 徳田いつこ

著者はアメリカに在住していた頃、ロサンゼルスの歴史の浅さに馴染めなかったという。ロサンゼルスに住むことの収まりの悪さを、インディアンの遺跡に触れる旅で補っていたのかもしれないという。

アメリカの歴史を語るとき、よく言われることだが、西部開拓史の前は、一気に恐竜が跋扈する2億年前のジュラ紀・白亜紀までさかのぼり、故意にインディアンの歴史は抹消されている。

インディアンは太古からアメリカ大陸に暮らしていた。そこに、白人が新天地を求めてやってきた。黒人は白人の都合でアフリカから連れてこられた。一方、ヒスパニックは自分たちの意思でアメリカにやってきた。

にもかかわらず、インディアンは、黒人やヒスパニックよりも下、社会の最底辺に追いやられている。ネイティブ・アメリカンとしての誇りをズタズタにされている。
本書の目的は二つ。遺跡を通してインディアンが自然と共存していた過去に想いを馳せ、彼らのおおらかな生き方に触れることと、ネイティブ・アメリカンの友人たちの暮らしぶりを紹介することである。

訪れた遺跡は、〈1054年に起きた蟹座の超新星の爆発を描いた、ニューメキシコのチャコにある岩絵〉〈太陽の陽光と月の光を記録しするための壁に開けられた窓〉〈コロラド河畔に描かれている52メートルの大きさの人の地上絵〉〈サンタフェの岩絵に描かれた背中の曲がった笛吹き男ココペリ〉〈オハイオ南部ピーブルズにある全長410メートルの蛇の塚〉〈謎のピラミッドと呼ばれるモンクス・マウンド〉など。

遺跡を前にして、〈奇妙に懐かしい場所だった〉と書いているが、それは、あらゆる現代的なものをそぎ落とした、インディアンの素朴な生き様を目の当たりにすると、誰もが感じる懐かしさなのかもしれない。あるいは、著者がインディアンと同じモンゴル民族のDNAをもつ日本人だからかもしれない。

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