社会学

『ラーメン超進化論 「ミシュラン一つ星」への道』田中一明

本書の要点は、1)ラーメン店が『ミシュランガイド』の1つ星に輝いた。2)ニューカマーとして女性と外国人が加わった。3)ラーメンづくりのコンセプトが変わった。の3つ。

ここ何年かのラーメンの進化は目を見張るものがある。その象徴的な出来事として挙げられるのが、『ミシュランガイド』の1つ星にラーメン店が輝いたことである。

ラーメン超進化論 「ミシュラン一つ星」への道 (光文社新書)
田中一明
光文社新書 2017年12月
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どのようような経過で、『ミシュランガイド』にラーメン店が掲載されるようになったのか。
ミシュランがラーメンに注目したのは、「ラーメンなどの大衆食を掲載しなければ、日本の食文化を十分に表現できているとは言えない」と判断したからではないかと著者は推察する。
まずは、新しいカテゴリーのビブグルマン部門が、2014年度版から設けられた。ビブグルマンとは、5000円以下でコースや単品料理などの食事が楽しめる、コストパフォーマンスの高いレストランである。
ビブグルマンにラーメン店22店が掲載されたのが、2015年度版。そしてついに、2016年度版には1つ星として「Japanese Soba Noodles 蔦」(巣鴨)が掲載され、2017年度版には「創作麺工房 鳴龍」(大塚)が掲載された。この2店は、いわば全国3万5千のラーメン店の頂点に立ったのである。

『ミシュランガイド』にラーメン店が掲載されたことで、ラーメンファンのすそ野が広がり、特に女性や外国人のファンが増えた。
2015年に始まった「ラーメン女子博」は盛況で、年々参加者数を伸ばしているという。男の目を気にしないで、女性が本音で行動できることが受けている。
また、味千ラーメン屋や一風堂に続けとばかり、海外に進出する店も多くなった。

一方、ラーメンの平均水準は上がっているのは確かだが、初めて訪れる店でどこか別の店で食べたような既視感を覚えるようなことが多いのは、ラーメンファンなら誰でも体験していることだ。それだけ、各店舗が他の店で出すラーメンを研究しているということでもある。

最先端を行くラーメン店の傾向は、味をどんどん進化させることだという。店を訪れる客が減ろうが増えようが、ラーメンの内容に満足できなくなれば、すぐさま見直しに取り掛かる。そのようなスタンスが当たり前になりつつあるという。
こしたことが、ミシュラン1つ星獲得の原動力となっている。→人気ブログランキング

『デジタル時代の著作権』中野祐子

急速に変化し続けるデジタル技術に著作権法が追いつかなくなっている。著作権法は追加された規則により継ぎ接ぎだらけで、専門家ですら把握できていないくらい複雑になっている。著作権に多様な状況が存在することを認め、それぞれに適応した特例措置を設けることが、これからの著作権のあり方であると説く。著作権について網羅されていて、テキストブックとして使える内容である。

デジタル時代の著作権 (ちくま新書)
野口 祐子
ちくま新書  2010年

デジタルネットワークがもたらした問題点(変化)として次を挙げている。
1)そもそもネットを閲覧するという行為はコピーをすることで成り立っている。複製や頒布を推し進めるデジタル技術とこれを禁止する著作権は、矛盾している。
2)著作権のルールを厳格に運用したならどうなるか。専門の権利処理チームを雇える金持ちや企業だけが、安全な表現活動ができることになり、資力のない一般の人たちは、それができなくなってしまう。
3)「アイディアは保護せず、表現だけを保護する」という著作権の大原則を、文章表現に当てはめるのは比較的容易であるが、音楽や写真などではうまく機能していない。
4)著作権が大衆にまで影響を及ぼすようになった。ブログを公表したりやツイッターでつぶやくことも著作権法の対象である。
5)ベルヌ条約(著作権の国際条約)は、登録などの特定の手続きを取らなくとも、海外では著作物が自動的に保護される「無方式主義」を採用している。このことにより権利者を登録しているデータベースがどこにもなく、権利者を探すのが困難である。

科学に世界では、公的資金で行われた実験のデータは共有できるという発想のもと、データを共有する動きが活発になっている。最先端の解析機で行った結果を共有することで、少ない研究資金でもデモデータを解析できるようになる。
データを共有するときはライセンス(利用条件)を標準化したものを用いる。ところが、データを開示するときにライセンスを厳しくしがちである。

フェア・ユースとは、「公正な利用」であれば、著作権者の許諾がなくても著作物を利用できる制度である。
アメリカのフェア・ユースでは、1)利用の目的・性質、2)利用された著作物の性質、3)利用された著作物の量や実質性、4)利用行為が著作物の市場や価値に与える影響、の4つの条件を総合的の考慮し、その利用が公正な利用であったかどうかを判断する。
フェア・ユースのデメリットは予測性が低いこと、事後にアウトとなることもある。

クリエイティブ・コモンズとは、作品が人の目に触れてからユーザーが権利処理する、という後追いの権利処理ではなく、作品を公表する段階で、権利者が自発的に、事前の許諾を与えておく仕組みを作ろうというライセンス運動のことである。
ライセンスはシンプルで洗練されたものが理想である。さらにライセンス間の互換性を進めることが重要である。

大胆な解決策として、「すべての著作権をなくして、使った分から税金のように金をとる。著作物を登録制にする」と提案している。→人気ブログランキング

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『インディアンの夢のあと:北米大陸に神話と遺跡を訪ねて』 徳田いつこ

著者はアメリカに在住していた頃、ロサンゼルスの歴史の浅さに馴染めなかったという。ロサンゼルスに住むことの収まりの悪さを、インディアンの遺跡に触れる旅で補っていたのかもしれないという。

アメリカの歴史を語るとき、よく言われることだが、西部開拓史の前は、一気に恐竜が跋扈する2億年前のジュラ紀・白亜紀までさかのぼり、故意にインディアンの歴史は抹消されている。
インディアンは太古からアメリカ大陸に暮らしていた。そこに、白人が新天地を求めてやってきた。黒人は白人の都合でアフリカから連れてこられた。一方、ヒスパニックは自分たちの意思でアメリカにやってきた。
にもかかわらず、インディアンは、黒人やヒスパニックよりも下、社会の最底辺に追いやられている。ネイティブ・アメリカンとしての誇りをズタズタにされている。
本書の目的は二つ。遺跡を通してインディアンが自然と共存していた過去に想いを馳せ、彼らのおおらかな生き方に触れることと、ネイティブ・アメリカンの友人たちの暮らしぶりを紹介することである。

訪れた遺跡は、〈1054年に起きた蟹座の超新星の爆発を描いた、ニューメキシコのチャコにある岩絵〉〈太陽の陽光と月の光を記録しするための壁に開けられた窓〉〈コロラド河畔に描かれている52メートルの大きさの人の地上絵〉〈サンタフェの岩絵に描かれた背中の曲がった笛吹き男ココペリ〉〈オハイオ南部ピーブルズにある全長410メートルの蛇の塚〉〈謎のピラミッドと呼ばれるモンクス・マウンド〉など。

遺跡を前にして、〈奇妙に懐かしい場所だった〉と書いているが、それは、あらゆる現代的なものをそぎ落とした、インディアンの素朴な生き様を目の当たりにすると、誰もが感じる懐かしさなのかもしれない。あるいは、著者がインディアンと同じモンゴル民族のDNAをもつ日本人だからかもしれない。
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『正しいコピペのすすめ』宮武久佳

著作権法は時代遅れとなり、新しいルール作りが必要となった。その際、金持ちや政治家などの都合のいい内容にならないように、「みんなの著作権」という意識を持つことが大切だと説く。ネットやSNSの発達により、著作権と向き合って生活せざるをえなくなった一般の人びと、特に大学生向けに書かれている。

著作権(copyright)とは、「無断で私の作品を利用するな」と言える権利であり、コピーする権利である。
極端なことをいうと、レストランで自分のスマホで店員に集合写真を撮ってもらうと、写真の著作権は店員にある。写真を公開するには店員の許可が必要である。

正しいコピペのすすめ――模倣、創造、著作権と私たち (岩波ジュニア新書)
宮武 久佳
岩波ジュニア新書  2017年3月

ではどのようなものに著作権が認められないのか。
自動車の車体や服装のファッションなどは、工業デザインや応用美術に含まれるひとつの形態とみなされ、著作権の対象ではない。ナイフやフォーク、ボールペンと同じ。
料理はアイデアであり著作権はない。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、議論はあるが、著作権はないとされる。だれが書いても同じような文章になってしまうからだ。

著作権法の例外規定として、個人が使用する目的でコピーする場合のほか、公共性・公益性が高い、学校教育の現場、図書館サービス、福祉の現場、報道目的などでの使用がある。
たとえ個人使用であっても、映画のDVDのようにコピープロテクトがかけられていたり、パスワードが設定されたりするソフトについては、プロテクトを外したりすることは違反行為である。

著作権は著作者の死後60年、映画70年。因みに特許権20年、商標権10年。欧米の著作権は現在70年。日本に延長が迫られている。著作権が切れると、パブリックドメイン(公共財)となる。

大学教員の著者は、学生のレポートのコピペに否定的な理由として次を挙げる。
学生が考えることなく他人の考えを鵜呑みにしてしまう、どこからが他人の意見で、どこからが自分の意見か不明瞭になりがちである。他人の作品にフリーライドする違法行為である。
いま多くの大学がコピペ答案を見破る「コピペ監視ソフト」を導入しているという。学生間のペーパーで似たものを探し出す機能もある。抑止力を期待して、課題を出すときに「コピペ監視ソフト」を使うと宣言しているという。

上手なレポートを書く秘訣は、課題の意図を見極め、知らないことを知ろうとする好奇心にあるとする。よくわからない課題が出たら好奇心を高めることが大事。知らないものは書けないのだから、知る努力が必須である。

正しいコピペの仕方は、〈①自分のコンテンツとの脈絡において必要性があること、②自分のコンテンツにパーツとして取り込むこと、③自分の作った部分と引用部分がカギカッコなどによって明確に区別されていること、④自分の作った部分と引用部分のメインとサブの関係が明確であること、そして、⑤一字一句正確にコピペし、引用部分の出所を明示すること。〉→人気ブログランキング

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『モラルの起源 実験社会科学からの問い』亀田 達也

イントロでは、2015年6月の文部科学省通達に触れ、文系を廃して理系に軸を移しつつある国の政策を憂えんでいる。それならば文系学部の底力を見せてやろうという意気込みで「実験社会学」という新しい研究分野を開拓する試みが、本書の目的だという。
「実験社会学」とは〈経済学、心理学、政治学、生物学など、異なるバックグランドをもつ研究者たちが結集し、実験という共通の手法を用いて、人間の行動や社会の振る舞いを組織的に検討しようとする共同プロジェクト〉だという。

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集団意思決定は、ミツバチやアリなどの社会性昆虫のほかにも、魚類、鳥類、哺乳類、霊長類などでかなり広く認められる現象である。
規範といえそうなものは、他の動物にも見られるということである。

生物種としてのヒトにとっての最大の適応環境とは、群れ生活を選んだことであるという。
霊長類学者のダイバーが霊長類の大脳皮質を比べたところ、群れのサイズが大きい種ほど大脳新皮質が大きい。
個体間のだましだまされが頻繁に見られるほど、新皮質が大きい。

そして、既存の実験をいくつか挙げる。
実験はなるほどと思わせる工夫が凝らしているものが紹介され、意外性のある結果は導き出されていない。

新しい分野を歩き始めたという著者の高揚感が伝わってきて、読み物として引き込まれる。既存の論文を集めて解説を行っているが、このような手法は、マスコミに頻繁に登場するの人気の脳科学者たちが、すでに行っていることと変わらない。大上段に構えすぎではないだろうか。→人気ブログランキング

『大人のお作法』岩下尚文

著者はTVで「ハコちゃん」の愛称で親しまれている日本の伝統文化評論を専門とする作家。TVでは若い男優に抱きついたりして剽軽な行動をとっているが、本書ではきりりとした日本男児らしさを見せている。
本書は妻子もちの編集者が著者に、お茶屋の作法、食べ物のこと、歌舞伎や日本の風習、芸術論、社交術、スーツの誂え方などを訊ねるという形をとっている。
歌舞伎や浄瑠璃の台詞や芸妓たちが使う古い言い回しや粋な言葉がふんだんに使われていて、心地いい。

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食べるときは、食器を汚さぬよう、洋食でも和食でも食べた後の器を綺麗にして返すように。箸の先を汚さぬように心がければ、取りこぼすこともなくなるし傍目から見ても美しい。家で独りの食事をするときも、背筋を伸ばして膳に向かうという心がけを忘れてはいけない。
以前、伊奈かっぺいが、子どものころ納豆ご飯を茶碗を納豆で汚さずに食べて母親に褒められていたと誇らしげに語っていたことがあった。食器を汚さずに箸先を汚さずとは、伊奈かっぺいのこの極意のことだろう。
昨今、喰べ物に限らず何かと自分の好き嫌いを声高に話す人が多いが、子供染みて見苦しいと苦言を呈する。食ブログのことだ。

作り手と受け手のあいだが曖昧であること。それが日本文芸の特徴であるというのが著者の持論。たとえば歌舞伎は、踊りをやっている娘や奥様や芸者衆が、役者に熱を上げた。踊りがどうだとか見えの切り方がどうだとか、役者と客の距離が近かった。
今の日本人が思い浮かべる芸術はだいたいにおいて鑑賞芸術になり、机上の知識を物差しとしてガラス越しに観察し分析し解釈し理解したつもりにならずにはいられない、そんな頓珍漢な有様になっていると嘆く。

人との間の取り方をこころえ、上下関係に気配り・目配りをし、集団のなかで空気を読むことが重要であるというのが、著者の考え。→人気ブログランキング

『投資なんか、おやめなさい』荻原博子

実名入りで金融商品の嘘を暴いてしまって、著者の身の安全は大丈夫だろうかと心配になる。
投資は安いときに買って高いときに売るから、手数料を払っても、儲かるというのが大前提。客が大損しようと、会社は手数料とることで決して損することがない仕組みになっているから、あの手この手で勧誘してくる。デフレは自動的に貨幣価値が上がっているから、素人は投資に手を出さず現金を持ってじっとしているのが一番というのが結論。

投資なんか、おやめなさい (新潮新書)
荻原 博子
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著者がTVで「生命保険は、命をかけた〈宝クジ〉のようなもの」と発言したところ、生命保険協会から大クレームが来たという。
外貨建て終身保険」は、保険会社にとっては手数料を稼げるのであれこれ理屈をつけて勧めるが、入る個人にはメリットがない。3年に一度、アフターケアと称して保険のおばさんがやってくるのは、新しい保険に入れ替えてマージンを得るためである。

銀行や郵便局が、年金の代わりにと勧めてくる大人気の投資信託のスター商品「毎月分配型投信」はクズ商品と断言する。
そのカラクリは、1000万円預けると例えば毎月2万円が振込まれてくるので、危機感や投資しているという実感が持ちにくい。2016年に、1484本の「毎月分配型投信」商品のうち運用益で分配金が支払われていたのはたった2%だったという。あとは元本割れしているということだ。

投資マンション」は頭金なしでローンを組んだ場合、収支がプラスになることはない。マンションは老朽化するので、投資の対象といて失格。

個人年金保険」は、インフレになるかもしれない金利が高くなるかもれないなどの、将来の予測ができない以上、手を出さにほうがいい。
変額個人年金」は手数料が高すぎる。預けているあいだ中、手数料は払い続けなければならない。運用益が5%ぐらいないと、目減りしてしまう。
確定拠出年金」は会社で入らされるのはしかたがないとして、手を出さないほうがいい。→人気ブログランキング

巻末には、【投資に向かない人チェックリスト】【こんな金融商品、勧誘に要注意、チェックポイント】が付いている。

『教室内カースト』鈴木 翔

スクールカーストという単語は、『いじめの構造』(森口 朗、新潮社、2007年)で、はじめて紹介された。
本書ではいじめの文脈を外してスクールカーストを論じている。

現役の大学1年生が、これまでの学校生活を振り返って、スクールカーストについて語っている。
小学校ではスクールカーストは存在しない。しいて言えば特定のクラスメイトがいじめにあっていて、いじめられている児童は地位が低かったと言える。小学生は個人単位だが、中学生以降になると所属するグループの力関係の差(スクールカースト)で序列ができるという。

教室内(スクール)カースト (光文社新書)
鈴木 翔
光文社新書 2012年12月

上位グループの生徒の特徴は、賑やかで、声が大きく、気が強く、仕切り屋、両性からの評価が高い、運動ができる。勉強ができるかどうかは関係ないという。
一方、下位グループの生徒は、特徴がない、地味、おとなしい、成績が低い傾向がある。
下位グループは上位のグループを好きなわけではない。上位グループは人気があって目立つぶん反発もある。
クラスでひとつのことを行おうとするときに、下のグループの者は上のグループに干渉される。
上のグループの者は、下のグループに対して何をやっても敵対する眼差しで見られることはないと思っている。

自分の力では地位は変えられない。上位のグループから落ちる者はいても、上がる者はいない。クラスが替わっても以前の立ち位置を知ってる者がいるから、地位は変わらないという。下の者は上に行くことを諦めている。
クラスの中心の男女の仲がいいと、仲の良い男女だけで「何組最高!」になってしまう。クラスイコール自分らみたいに感じてしまう。ところが、最高と感じているのは10人くらい。その他の者は居づらさを感じている。

教師は上位グループの者に声をかけることが多い。上位グループの者は宿題を忘れたとき、気の利いた言い訳をしてクラスを和ませる。下の者はうまい言い訳ができない。
高校の教師は下位の生徒の将来に危惧を抱いている。就職がうまくいかないのは下位の者たちで、上位の悪ガキはなんとか人生を生き抜いていく。

教師はスクールカーストを肯定していて、カーストが上の者には生きる力やコミニュケーション能力やリーダー性があると解釈している。
スクールカースト上位の生徒は、強い先生と弱い先生を嗅ぎ分けるることがうまく、生徒に弱い教師と嗅ぎ分けられた場合には、学級を指揮する権力がなくなってしまう。

生徒はスクールカーストを「権力」によると把握しているのに対し、教師は「能力」によると把握している。スクールカーストというシステムは、生徒は「権力と固定性」と認識し、教師からの「権力の承認」が相まって、機能するものと考えられるという。→人気ブログランキング

教室内カースト /鈴木 翔/光文社新書/2012年
女子校育ち/辛酸なめ子/ちくまプリマー新書/2011年

『女子校育ち』辛酸なめ子

著者は中学・高校が女子校、祖母・母・妹が女子校出身、母は女子校の教師というガチガチの女子校環境で育っているから、説得力がありそう。

女子校生といってもいろいろである。超セレブもいれば背伸びしている者もいる。
女子校出身者は、相手が女子校出身者かどうか見分けられるという。その特徴は、「話が合う、サバサバしている、弱々しさがない、中性的、重い物を持ったりなんでも自分でやる、女慣れというか女を引きつけるツボをわかっている」などの意見であった。女子校出身者のキャラは、コミニュケーションの取り方がうまいことらしい。
女子校にはドロドロとした陰湿な部分があると一般に思われているようだが、ドロドロとサバサバしている両方あるのが女子校だという。

女子校育ち (ちくまプリマー新書)
女子校育ち
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辛酸 なめ子
ちくまプリマー新書  2011年3月

女子校内で起こる盗難事件は学校の名誉を守るため内密にされることが多い。
とくに、キリスト教系の学校では、「神の名において罪人は許しましょう」という大前提があるため、盗難が発覚してもお咎めなしがほとんどだという。
ミッション系女子高の真骨頂のイベントはクリスマス礼拝。ハレルヤやメサイアなどの荘厳な賛美歌を歌い、暗い中キャンドルの灯をともして、キリストの誕生に思いをはせる聖夜、トランス状態になって、生徒同士が抱き合い、泣きながら涙を流すというシーンも珍しくないという。

女同士の恋愛事情について、先輩に憧れたり後輩を可愛がったりするのは良いとして、なぜか同学年の愛はタブー。女子校でモテるステレオタイプは、運動部もしくは演劇部の男役で、ショートヘア・ボーイッシュ・高身長の女子だという。宝塚の男役のイメージだ。

ユーミンの『卒業写真』の歌詞に出てくる「あの人」とは、先生のことだと知って驚いたことがあっが、「♪悲しいことがあると開く皮の表紙  卒業写真のあの人は 優しい目をしてる♪」、「プラトニックラブ  アンケート結果」の項に、〈先輩だけにとどまらず、女の先生(結構歳を食った)ラブの子もいて、何かと口実をつけて会いに行ったり、出待ちしたりしていました。〉とある。なるほどそういうことだったのか。

女子校生が異性と知り合うスポットのナンバーワンは塾だそうだ。
晴れて大学生になって異性と接するようになっても、性行為について相談できる親しい友だちがいないため、AVなどから過剰な情報を得て淫乱になってしまうケースがあるという。もしくは、男性への嫌悪感が抜けないまま修道女並みの禁欲的な日々を送ってしまうこともある。

才色兼備がウリの女子アナは女子校出身が多い。逆にアイドルの自然な媚は女子校出身の人には出せないかもしれないという。
レディー・ガガはカトリック系の女子校出身。性を超越した存在感や男性受けを考えない個性的なファッションなど、女子校出身らしさが凝縮しているという。→人気ブログランキング

教室内カースト /鈴木 翔/光文社新書/2012年
女子校育ち/辛酸なめ子/ちくまプリマー新書/2011年

『人はなぜ不倫するのか』亀山早苗

ベッキー騒動に端を発し、マスコミは『週刊文春』を筆頭に、不倫報道合戦が過熱気味である。以前なら週刊誌の片隅に掲載されるにすぎなかった瑣末な不倫の記事が、大々的に取り上げられている。本書では、著者がインタビューする形で、8人の専門家がそれぞれの見地から不倫を論じている。宗教学者の島田裕巳は、不倫を罰するのは日本人特有の「世間体」であると指摘する。ベッキーは相手の両親に会いに行ったことで、この「世間体」という地雷を踏んでしまったという。
専門家の誰もが、不倫を否定できない根拠を提示している。

人はなぜ不倫をするのか (SB新書)
亀山 早苗
SB新書
2016年8月

・上野千鶴子(女性学・ジェンダー研究者):結婚を「自分の身体の性的使用権を生涯にわたってただ一人の異性に譲渡する契約のこと」と、身も蓋もない定義を披露している。不倫するのが当たり前、なんで不倫をしないのかとまでいう。
・丸山宗利(昆虫学者):人間は社会に適応しようとするあまり、自らの遺伝子を残そうとする本能が薄れていった。封印された本能の発露として不倫を位置づける。
・竹内久美子(動物行動学研究家):メスの本能として、今つがっている相手より質のいい相手がいれば、その遺伝子を取り入れたいと思うもの。女性はアラフォーになると女性ホルモンが激減し、相対的に男性ホルモンが増加することになり、性欲が増す。オスは常に交尾の機会を狙っている。中年の浮気は当然であるという。
・島田裕巳(宗教学者):宗教もなく家族制度が崩れた日本では、隠れた規範のひとつとして「世間体」がある。日本人が規則に厳しいのは、学校の清掃の時間にあるという説を唱えている。
・福島鉄郎(心理学者):「愛は4年で終わる」という(ヘレン・フィッシャー著『愛はなぜ終わるのか』)。恋愛は錯覚から始まることが多い。
不倫は独身同士と違って結婚という目的がないから、ふたりの愛情だけを頼りに進んでいく。ある意味、不倫は純愛だといえるという。
・宋美玄(産婦人科医・性科学者):中年期以降は、夫はライフパートナーでセックスパートではなくなっている。日本では数%が夫の子どもではないと、驚愕の数字をあげる。産婦人科という職業上、女性の目線で論じている。
・山元大輔(行動遺伝学者):人間の相性を判断するときに唯一根拠があるのは、100個の遺伝子が関わるMHCとよばれるタンパク質(ヒトではHLA抗原とよばれる)である。MHCの型が似ているカップルは子どもができにくい。妊娠を気づく前に自然流産してしまうという。MHCの型が異な者同士の相性がいい。
ヒトはそこそこ浮気しながら、一夫一婦制"風"で生きている。
・池谷裕二(脳科学者):恋愛には絶対的愛情が存在するが、絶対的愛情は基本的には子どもに向かうもの。恋愛感情は、子どもを愛する回路が転用された脳のバグだという。