本作品は1931年に発表された。
1969年に、忘れ去られた作家の作品として、花田清輝と平野謙の推薦で『全集・現代文学の発見』第六巻に収録されたと、巻末の解説(菅聡子)で紹介されている。
赤毛の縮れ毛にコンプレックスを持つ主人公の町子は、炊事係としてふたりの兄と従兄とひとつの家で暮らしている。町子は詩人を志し、第七官界にひびくような詩をノオトにびっしり書こうと考えている。
第七官とは何かというと、人間の五感(官)のほか直感の第六感の次にある感覚のことである。町子自身はこの第七官がどような感覚なのかしかと掴んでいるわけではない。〈第七官というのは、・・・私は仰向いて空をながめているのに、私の心理は俯向いて井戸をのぞいている感じなのだ。〉と書いている。
第七官界彷徨 尾崎 翠(Ozaki Midori) 河出文庫 2009年 |
上の兄は精神医学を学び、下の兄は家の中で肥やしを煮詰めて肥料を作り、二十日大根の栽培や蘚(こけ)の恋愛の研究をしている。従兄は音楽学校の受験に失敗し再受験のための準備をしており、それぞれが学問に取り組んでいる。
著者は巻末で『「第七官界の構図」のその他』と題して、本作品の意図について述べている。その中で登場人物については次のように書いている。
〈どうかすると分裂心理病院に入院する資格を持ちそうな心理医者を登場させたり、特殊な詩境ををたずね廻っている娘や、植物の恋情研究に執心している肥料学生や、ピアノ練習のために憂愁に陥る音楽学生を登場させ、そして彼等の住む 世界をなるたけ彼等に適した世界にすることを願いました。・・・彼等の住むに適した世界とは、あながち地球運転の法則に従って滑らかに運転して行く世界ではありません。〉
こうした問題を抱えた登場人物たちが住む家は、煮詰める肥やしの臭いで息をすることもままならないときがあり、壊れたピアノの音がやかましい。そして、主人公と従兄は頻回に眠りに落ちる。
これらが簡素な文体で描かれることにより、より一層、第七官界という幻想的でままならない世界を作り出すことに成功している。→人気ブログランキング