芥川賞

『芥川賞ぜんぶ読む』菊池 良

芥川賞は84年の歴史があり、年に上半期と下半期の2回、選考される純文学の新人賞である。受賞者はいままで169人、作品は180冊に上る。著者は勤めていた会社を辞めて、1年間でそれらを読破し本書を書き上げたという。
純文学というカテゴリーは日本独特のもので、「娯楽性」よりも「芸術性」に重きをおく小説を総称する。芸術性を追求しているということだから、マジックレアリズムを駆使したり、SF的であったり、実験的な要素もありということだ。あるいは人生の究極の目的を追求したりもするから哲学的であったりもする。
ただし、芥川賞は長編はお断りである。

芥川賞ぜんぶ読む
芥川賞ぜんぶ読む
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菊池 良
宝島社 2019年6月 ✳9
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受賞者のなかには聞いたことのない作家が結構いる。芥川賞作家には一発屋が多いということかもしれない。
松本清張は『或る「小倉日記」伝』(1952年下半期)で芥川賞を獲っているが、その後の一連の作品はどう見ても直木賞作家のものである。『或る「小倉日記」伝』は、もともと直木賞の候補だったが、候補作の下読みをしていた永井龍男の助言で芥川賞に回されたという。
芥川賞を獲った後に娯楽性の高い作品を書いている作家はまだいる。五味康祐、吉行淳之介、宇能鴻一郎、田辺聖子などである。

ところで、本書の進行役として、コンビニ店員として働きながら小説家を目指す19歳の具田川龍子(くたがわりゅうこ)と、つのがいという名の漫画修行中の身で龍子の勤めるコンビニに通う男が、4コマ漫画に登場する。龍子が芥川賞を獲ろうと苦悩する様が描かれている。

既読は180中たった30作品だった。
それではなにを読むか。芥川賞では歴史小説はあまり受賞例がないというので、歴史小説の古い受賞作を読んでみようと、『平賀源内』(櫻田常久 1940年 下半期)を検索したところ、10万円以上する稀覯本になっていた。それは諦めて、わが家にある「芥川賞ぜんぶ読む」ことにしよう。とりあえず、『1R1分34秒』(町屋良平 2018年下半期)からだ。

「あらゆる時代にいい小説を書こうとしている人がいた」ということに感動した。というのが、本書を書き終えての著者の感想である。

『むらさきのスカートの女』今村夏子

むらさきのスカートの女を、ストーカーの視点で、ユーモアをまじえて小気味良いテンポで描いている。

街で、むらさきのスカートの女を知らない人はいない。
見かければ、知らんふりをする人、道を開ける人がいて、その日は運がいいとか3度見ると不幸になるとかいうジンクスまである。
わたしはむらさきのスカートの女がぼろアパートの2階に住んでいることを知っている。仕事は不定期で経済的に苦しいはずだということを知っている。なぜこうも、むらさきのスカートの女のことが気になるのか?むらさきのスカートの女と同類であるわたしは、黄色いカーディガンの訳あり女なのだ。

【第161回 芥川賞受賞作】むらさきのスカートの女
今村夏子
朝日新聞出版 2019年6月 ✳︎6
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むらさきのスカートの女が座る公園のベンチに、ページに印をつけたコンビニの就職情報誌をおいておく。まんまと引っかかりそのページの会社の面接を受けて、ホテルの清掃職に就いた。
職場で、むらさきのスカートの女は初めはおどおどしていたものの、マネージャーに可愛がられ、1週間という異例の早さでトレーニング期間を終えて独り立ちした。そこから、むらさきのスカートの女は増長していく。

痩せていたむらさきのスカートの女はふっくらとしてきて、綺麗になったと言われるようになった。時給は1000円に増え、その後1500円くらいになったらしい。
部屋に内鍵を掛けての清掃作業は禁止されているが、むらさきのスカートの女は鍵をかけるという。
所長の黒い車で一緒に出勤するようになったという。わたしは所長とむらさきのスカートの女のデートを尾行した。その夜、所長はぼろアパートに泊まった。

マネージャーが、朝のミーティングで、最近バスローブなどの備品が大量になくなるので、チェックを怠らないようにと注意を喚起した。ある日、ホテルの備品が小学校のバザーに出品されていたという通報がホテルに入った。
そして、むらさきのスカートの女と所長の関係に致命的な亀裂が入る。
第161回(2019年7月)芥川賞受賞。

『ニムロッド』上田岳弘

テクノロジーが先行したポストヒューマンの世界が、作中の小説の中に描かれている。小説の書き手は荷室さんことニムロッド、主人公・中本哲史の会社の先輩である。ちなみに、ニムロッドは「旧約聖書」でバベルの塔の建造において発案者とされる人物である。
中本は小さなインターネット・サーバー会社に勤めている。法人向けのサーバーの保守を提供する、契約社員を合わせて50名ほどの会社だ。
社長に金を掘る仕事をするよう命じられた。仮想通貨のビットコインを採掘せよという。かくして採掘課の課長となった中本は、余剰のサーバーマシンを活用して、ビットコインの発掘を開始する。
第160回(2019年1月)芥川賞受賞作。

ニムロッド
ニムロッド
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上田岳弘
講談社
2019年1月 ✳8
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ビットコインは、2008年に、サトル・サカモトと名乗る人物が発表した論文が元となり、2009年から発掘が開始された。
ビットコインはその存在を保証する台帳があるだけだ。発掘は提供されるアルゴリズムに則ってPCで計算し台帳に追記する。計算したPCには報酬として新たに発行されるビットコインが送られる。
誰がいくら持っているかが台帳に記載されていて、その状態を存在すると皆で合意することでビットコインは存在することになる。
翌朝、中本が地下のサーバーでどれくらいコインを掘り当てたかをみると、日本円に換算してPC1台につき920円。余っているサーバーが11台あるから、1日10120円稼ぐ勘定になる。1ヶ月30万円だ。
創始者は新規に発行されるビットコインの上限を設けていて、掘り尽くすのは、現存する人間たちがすべて死滅するだろう2140年だという。
仮想通貨はソースコードと哲学でできているとニムロッドは言う。

中本のもとには、ニムロッドからときどきメールが届く。役に立たない「ダメな飛行機」の情報が1機また1機とシリーズで送られてくる。ニムロッドは中本の1年先輩で、文学賞の新人賞の最終選考に3回残っていずれも落ちた。最後に落選してから1年後に鬱になって、長期間会社を休み、実家がある名古屋の支社に転勤となった。

小説の中のニムロッドは巨万の富を保有している。バベルの塔を思わせる高い建築物の先端で暮らしていて、屋上には役に立たない飛行機が何台も置いてあるというマジックレアリズムの世界が展開する。

仮想通貨は、人間の欲望とテクノロジーが結びついたものだ。仮想通貨を掘ることはバベルの塔を積み上げることにつながる。バベルの塔の先端に置いた「ダメな飛行機」たちは、意味のないことに情熱を燃やすことが世の中を支えてきた、あるいは、現代社会の多くのことが将来無意味になるだろうと暗示している。そして意味のないことに意味を求めなければ、成り立たないかもしれないこれからの人類の の生き様を象徴している。→人気ブログランキング

『百年泥』石井遊佳

自らの混沌とした生き様を、マジックリアリズムの手法を用いて描いた作品。
南インドのチェンナイに来て3ヶ月半たったある日、目覚めると1階の門扉が隠れるくらいの洪水だった。アダイヤール川が氾濫し、100年に1度の大洪水に見舞われたのだ。電気・水道がとまり、インターネットが不通になった。
主人公が受け持つ日本語のクラスは当然休講になる。

百年泥 第158回芥川賞受賞
百年泥
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石井 遊佳
新潮社
2018年1月 ✴✳✳✳✳
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男に騙されて多重債務者になり、ヤミ金の借金を元夫に返済してもらった代わりに、チェンナイにある会社の日本語講師の職を斡旋してもらった。5年かけて元夫からの借金を返すことになった。
つい最近、大阪とチェンナイは友好都市の提携を結び、大阪市にあるすべての招き猫とチェンナイ市のガネーシャ像を交換したという。
日本語クラスの生徒は、名のあるIT企業の新入社員4名。一流大学を卒業したばかりの若い男たちだ。
生徒たちとやりとりは、初めはもちろんスムースに行かなかった。そのうちに無駄口の多い生徒が、質問によって授業の道筋をつけてくれているのではないかと思い始めた。

洪水の3日後に街に出ると、川の底に溜まっていた100年分の泥が道の端にず高く積まれていた。街は大洪水の後を見物しようとする群衆でごった返している。翼で飛翔する通勤者が現れたりする。
その百年泥から、大阪万博のコインペンダントや人魚のミイラや人間など、さまざまなものが現れてくる。

架空の話と現実の話が混じり合い、場所や時制が切れ目なく変わり、苦悩の過去やなんとかやり過ごせそうな現在が饒舌に語られる。筆さばきが見事だ。→人気ブログランキング
第158回芥川賞受賞作(2018年1月)。

『おらおらでひとりいぐも』若竹千佐子

本書のタイトルは、宮沢賢治の詩集『永訣の朝』の中に収められている詩の一節からきている。死にゆく妹への想いを詠んだ詩「あめゆじゅとてちてけんじゃ(雨雪を取ってきてちょうだいの意味)」のなかで、妹が発した言葉「Ora Orade Shitori egumo」からとった。詩ではこの言葉だけがローマ字になっている。

本書は、青春小説と対照的な玄冬小説であるという。玄冬とは古代中国の五行思想で冬のこと。ひとりで生きていく意味を自問自答し続ける桃子さんの心のうちを描いた作品。東北弁がことのほか効果的に使われている。

おらおらでひとりいぐも
若竹千佐子
河出書房新社  2017年11月
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東京オリンピックのファンファーレを背中に聞いて東北から上京した24歳の桃子さんは、食堂の住み込みとして働きはじめた。客として現れた周蔵と、東北弁がきっかけで付き合い結婚をした。娘と息子に恵まれふたりを育て上げた。ところが早くに最愛の夫を亡くしてしまい、今はひとりで暮らしている。

73歳の桃子さんは標準語を使っていたが、この頃は頭の中で東北弁が溢れている。東北弁をしゃべるいくつもの柔毛突起が、頭の中であれこれ意見を出す。桃子さんは理詰めで物事の意味を考えたいタイプだ。こころの中では結構多弁なのだが、現実の他人の前では失語症を患う人のように何もしゃべれない。

夫が死んで、それまで現実の世界しかないと思っていたが、夫が行った「別の世界」があると思えるようになった。
タイトルの「おらおらでひとりいぐも」は、「夫のいる別世界に行く」と捉えるのが順当だが、「これからもひとりで生きて行く」という桃子さんのささやかな決意にとることもできる。もはや青春のように、前に突き進むような威勢のいい状況ではないのだ。

桃子さんは、周蔵の死を悲しんでいるばかりでなく、喜んでいる自分もいることに気づいた。
ひとりで生きてみたかった。それを周蔵がはからってくれた。それが周蔵の死を受け入れるための意味だと桃子さんは考えた。
第158回芥川賞受賞作(2018年1月)。→人気ブログランキング

『死んでいない者』滝口悠生

葬儀がはじまってから夜中過ぎまでの、「死んでいない」親族たちの言動をユーモアを交えて、三人称多視点と神視点から描いている。
第154回(2016年1月)芥川賞受賞作。

85歳で亡くなった故人には5人の子どもがいて、親族はひ孫を入れると総勢30人ほどになる。故人の妻はすでに亡くなっている。
10月の晴れた日。暑くもなく寒くもない、いい季節に死んでくれたと何人もが口にする。

死んでいない者
死んでいない者
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滝口 悠生
文藝春秋
2016年1月

親戚たちの略歴が説明され、また会話の中で語られる。血縁関係がところどころで挟み込まれるが、そんな話を聞いて「誰が誰だか全然かわんねえよ」と、祖父の幼馴染みが故人の三男にいった言葉は、この小説のテーマを象徴する。著者は鼻から読者に誰が誰のなにに当たるかを、わからせようと考えていない。
何しろ〈誰が誰の子どもで、誰と誰が兄弟なのか、もはや親戚のごく一部しかわからないし、当人たち同士さえ年の離れたいとことおじおばとの区別がつかない。〉という状況なのだ。大人数の親戚が集まるとこんなものだろう。

遠方すぎて都合がつかなくて来れない奴もいて、離婚して行方不明の奴もその妻だった女の話も出る。まともな奴はまともじゃない奴を、まともな奴から見た基準で選別したりする。

葬式に集まった親戚たちの普通にありそうな有様を描いた作品。

『異類婚姻譚』本谷有希子

専業主婦の主人公は、ある日、夫婦の外見が似てきたことも、目の前にいる旦那のようなものも、受け入れられないと感じた。そんな思いに至る主婦は、世の中に多くいるだろう。マザコンの国に棲息するぐうたら旦那に同化してしまう専業主婦の見込み違いを描いた作品。
第154回(2016年1月)芥川賞受賞作。
異類婚姻譚とは人間と人間以外が結婚する話のことで、例えば『雪女』や『鶴の恩返し』、『美女と野獣』や『奥様は魔女』など、世界中にあまたある。

異類婚姻譚
異類婚姻譚
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本谷有希子
講談社
2016年1月

サンちゃんは、子供なし持ち家あり、バツイチの旦那の稼ぎは人並み以上の専業主婦。ある日「自分の顔が旦那とそっくりになっていることに気がついた。」
家にいるときの旦那は、もっぱらハイボール片手にバラエティー番組を見ている。
サンちゃんは夫の顔が臨機応変に変化していることに気づく。
旦那は人といるときちんとしているが、二人だけになると気が緩むらしく、目や鼻の位置が適当になる。
ある朝、鏡を見ると、自分の顔が全体に間延びし旦那の顔に近づいていた。

二匹の蛇がお互いの尻尾を食べていく。同じだけ食べて頭にだけの蛇ボールになり、最後まで食べて何もなくなってしまう。夫婦はそんなものかなと、弟の同棲相手はいう。

なにを思ったのか旦那が毎日のように天ぷらを揚げ、ゲームに明け暮れるようになった。サンちゃんは旦那は無理して人の形をしていなくてもいいのじゃないかと思うようになった。
そして夫のようなものに大声で命令した。

サンちゃんと同じ思いにかられる主婦は、マザコンの国・日本にはごまんといるのではないだろうか。

他に収録されている、『〈犬たち〉』、『トモ子のバームクーヘン』、『藁の夫』の3篇も、テーマが異類婚姻譚に類似した物語。→人気ブログランキング

→『嵐のピクニック』2016.04.14


『スクラップ・アンド・ビルド』羽田圭介

主人公の健斗は、5年間勤めた車販売の会社を辞め、仕事を持つ母親と介護を要する訳ありの祖父と暮らしている。行政書士資格試験に独学で挑もうとしているが、花粉症がひどくてさっぱり身が入らない。死にたいが口癖の衰えゆく祖父と、再生しようと奮闘する主人公の対比が本作品のテーマ。第153回(2015年7月)芥川賞受賞作。
介護小説といえば、モブ・ノリオの『介護入門』(第131回芥川賞受賞)がある。

スクラップ・アンド・ビルド
羽田 圭介
文藝春秋
2015年8月

花粉の季節が終わりかける頃から、健斗はやる気が出てくる。まずは、弛緩した体をランニングと独自の筋トレで鍛え始め、勉強にも打ち込むようになる。
定期的に性的関係を持っていた女性と、ちょっとした言い合いのあとデートを拒否されるようになるが、たいして後悔はしていない。

健斗は、老人を辛抱強く見守り、日常生活を自立させることで肉体も脳も鍛えることが、介護の本質と考えている。一方、老人に余計なことを考えさせない、自立を促さない、世話をやき面倒をみることは、老人を弱らせ究極の尊厳死に向かわせるという持論がある。

例えば、電車の中で老人に席を譲らないのは、席を譲らない他の若者たちの理由とは違う。意図的に譲らないのだと、健斗は苛立ちながら若者たちを見つめる。
祖父の88回目の誕生日に現れた姉が、祖父の要求に安易に手を貸すことに怒りを覚える。席を譲らなかったり手を貸したりすることは、行動は同じで結果が同じだとしても、行動理論が違うと健斗は理屈っぽく考える。

健斗のストイックなトレーニングは、厳しさを増していく。
そして、粉飾決算で摘発をされた医療機器メーカーに就職が決まった。健斗は若干不本意であるが、新しい生活に一歩を踏み出すのだった。 →人気ブログランキングへ

→『』東山彰良 第153回直木賞受賞作
→『火花』又吉直樹 第153回芥川賞受賞作

『火花』又吉直樹

主人公の徳永と、彼が師匠と仰ぐ先輩漫才師・神谷との10年間の友好を描いた作品である。
神谷の笑いに対する考えは筋が通った理想論であると徳永は思う。
それを実践しようとする神谷を彼は尊敬した。
第153回芥川賞受賞作。

火花
火花
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又吉 直樹 (Matayoshi Naoki
文藝春秋  2015年3月 ★★★★
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笑いに対する神谷の姿勢は次の言葉に表わされている。
〈漫才師である以上、面白いことをするのが絶対的な使命であることは当然であって、あらゆる日常の行動は全て漫才のためにあるねん。だから、お前の行動の全てはすでに漫才の一部やねん。漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すものやねん。つまりは賢い、には出来ひんくて、本物の阿呆と自分を真っ当であると信じている阿呆によってのみ実現できるものやねん。〉

10年後、自らの理想の笑いを追求し続け落ちぶれてしまった神谷を、徳永は認めようとする。笑いに対する自説を貫くあまり人生を逸脱していく神谷をあくまで受け入れようとする主人公を描くことで、本作は成功していると思う。

本作を「人気漫才師の小説としては」という前置きで論ずる向きがあるが、そうした修飾は無用な文芸作品である。→ブログランキングへ

→『』東山彰良 第153回直木賞受賞作

『9年前の祈り』小野正嗣

障害をもつ幼い息子と暮らすさなえは、同じ悩みを抱えていたみっちゃん姉の入院している息子を見舞うことで、鬱々とした現実に希望を見出そうとする。苦悩するさなえの孤独な心情が巧みに描写されている。
第152回芥川賞(2015年2月)受賞作。

九年前の祈り
九年前の祈り
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小野正嗣(Ono Masatsugu
講談社
2014年12月 ★★★★☆

さなえは、引きちぎれたミミズのようにのたくり泣きわめくことでしか感情を表現できない4歳の息子と、海辺の田舎町の両親のもとに戻ってきた。息子の外見は別れたカナダ人の夫とそっくりで、連れて歩くと「可愛い」と言葉をかけられる。

9年前に、教育委員会の仕事をしていたさなえは、町の国際交流推進事業のカナダ研修旅行に参加した。
その旅行で、誰からも好かれるみっちゃん姉と呼ばれる初老の女と同室となった。
みっちゃん姉の息子は歩き出すのも遅く喋るのも遅く高校を出たが、土建屋を渡り歩くような生活をしているという話を、みっちゃん姉から聞く。

カナダで知り合った青年が日本に現れ、やがてさなえと結婚する。夫は外資系金融会社に転職し息子が生まれ、順風満帆と思われたのは短い期間だった。夫はベンチャー企業の立ち上げで忙しくなったと家に帰らなくなり、やがて離婚にいたった。

9年前と現在とその間を埋める話が、前後しながらストリーは進んでいく。
息子のミミズを引きちぎりたくなることもあった。息子を突き放したいと思うことも、息子の体にミミズがのたくるスイッチをみつけようとしたこともあった。ミミズの比喩はさなえの苦悩の象徴として何度も登場する。

そして、みっちゃん姉の息子が入院する大学病院に息子と船に乗り向かい、途中で、見舞いの品として魔除けのご利益があると伝えられる貝殻を拾うために、島に下船するのである。→ブログランキングへ

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