直木賞

『下町ロケット』池井戸潤

ジェットコースターのように、めまぐるしく状況が変わる勧善懲悪もの。
第145回直木賞受賞作(2011年上半期)。

7年前の種子島宇宙センターでの実験衛星打ち上げシーンから始まる。
総責任者である佃航平の長年の研究の結晶である、大型水素エンジン・セイレーンを搭載した衛星の打ち上げは、あえなく失敗した。

下町ロケット (小学館文庫)
下町ロケット
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池井戸 潤
小学館文庫
2013年12月

失意の佃は研究者としての行き場を失い、父親が社長をしていた佃製作所を継いだ。
佃が引き継いでから、会社は製品開発で業績を伸ばし、父親が社長をしていたころの3倍の業績を上げるようになった。
しかし、筑波大学の客員教授の職に就いた妻・沙耶の不満は募り、別居することになる。そして離婚、娘は佃の元に残った。

そんなある日、商売敵の大手メーカー・ナカシマ工業から主力商品ステラが特許侵害で訴えられる。ナカシマ工業の目的は、裁判を長引かせ佃製作所の信用をを兵糧攻めにし、吸収合併しようというもの。
佃製作所の売り上げは下降線をたどり、メインバンクからの融資が断られ、万策つきたかに思われたときに、沙耶が知財関係では国内トップクラスの凄腕弁護士の神谷を紹介してくれた。
仲たがいして離婚したわけでなかったことが佃を救うことになる。
神谷弁護士は、ナカシマ工業の製品を特許侵害で訴えるという起死回生の策を打った。
ナカシマ工業の裁判を引き延ばす戦術をお見通しの裁判長は、和解を勧告し、双方の訴えをそれぞれ認めた。
佃製作所は難を逃れ、思いもよらない和解金を手にしたのである。

佃には別の難題がのしかかってくる。
大手の帝国工業が自社部品だけで製作を進めていた人工衛星のエンジンに不具合がみつかり、佃製作所の特許を50億で購入したいと伝えてきた。
特許を売るか、売らずに特許使用量を得るか。

ところが、佃の帝国工業への要求は、佃製作所にキーデバイスを作らせてくれというものだった。キーデバイスを作成するという佃の案に、社内では現実路線を顧みるようにと若手たちは猛反発し、社を二分する騒動となる。
佃は苦悩するが、夢を持ち続けることが将来の会社の飛躍につながると、自分の考えに固執するのだった。→ブログランキングへ

『吉原手引草』松井今朝子

吉原で10年にひとりと謳われた花魁が、身受けが決まっていたが、忽然と姿を消した。そんな不祥事にもかかわらず、妓楼は潰れずにすんだ。
3か月たって事件が風化しかけた頃、若い男が吉原に現れ事件を調べはじめる。
第137回(2007年上半期)直木賞受賞作。歌舞伎や江戸風俗に精通する著者ならではの作品を、大方の選考委員が絶賛したという。

吉原手引草
吉原手引草
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松井今朝子(Matsui Kesako
幻冬社 2007年3月 ★★★★★

客を装う粋な男が、姿を消した花魁・葛城に関わりのあった人物に接触して、話を聞き出していく。
聞き出すというよりも、それぞれの登場人物が一人語りをする。
引手茶屋の女将、妓楼舞鶴屋見世番、番頭、番頭新造、幇間、遣り手、床廻し、指切り屋、女衒たちが、吉原における自らの役割を挟みながら、葛城について語っていくことで、ストーリーが進んでいく。
葛城を悪くいう者はいない。

葛城が吉原に入ったのは14歳のとき。葛城は年相応のしつけも読み書きも身につけていたうえに、非常に利発だったという。あまりにも遅すぎるゆえ、出世は望めないと見られていたが、頂点に上りつめた。

ついには、葛城を水揚げした客や身請けが決まっていた縮問屋の店主が登場し、神隠し事件の全貌が明らかになっていく。
遊里文化の詳細が見事に描かれている。→人気ブログランキングへ

『流』東山彰良

第153回直木賞(2015年7月)受賞作。
祖父を殺した犯人を探し続ける主人公の波乱に満ちた無軌道な青春を描く。
殺人事件の背景には、日中戦争下における国民党と共産党の壮絶な抗争があった。

流
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東山 彰良(Higashiyama Akira
講談社
2015年5月 ★★★★

1975年、台湾、蒋介石が亡くなった次の月、16歳の葉秋生(イエ・チョウシェン)は祖父が仕事場の浴槽に沈められて殺されているのを発見した。
犯人は怨恨絡みが考えられ、広東人だろうと思われた。
台北一の進学校に通っていた秋生は、替え玉受験を引き受けばれてしまう。
台湾で一番レベルの低い高校に転校させられた。
そこで不良たちとやりあう無軌道な日々を送る。香港映画を思わせる格闘シーンがある。受験が近づくと、少しは勉強するかと思いきや、しない。
案の定、志望校に合格せず、仕方なく陸軍学校に入ったものの、シゴキが耐えられず、中退する。
行くところがなくなった秋生は2年の兵役に。
兵役を終えると、親戚の会社に勤め無軌道な生活から軌道修正した。
そして、前から秋生が想いを寄せていた幼馴染の毛毛(マオマオ)と恋仲になるが、思い通りにはいかない。
そして、祖父を殺した人物の目星がつくと、秋生は危険を顧みず中国に渡ることを決意するのだった。

冒頭、1984年3月、秋生は山東省の青島国際空港に降り立ち、祖先が暮らしていた土地に向かった。村の外れに立つ石碑には、1943年に、祖父がこの地で行ったことが刻まれていた。風雪に晒されて一部の文字が判読できなくなった石碑は、まるで祖父の人生を象徴しているかのようである。→人気ブログランキングへ

→『火花』又吉直樹 第153回芥川賞受賞作

『若冲』澤田瞳子

「異能の画家」伊藤若冲(1716年~1800年)の半生を描いた歴史小説。
腹違いの妹お志乃は、顔料を溶いたり墨をすったり、若冲の身の回りの世話をやいた。そのお志乃の目で描かれている。
第153回直木賞(2015年7月)の候補作。

若冲
若冲
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澤田 瞳子(Sawada Touko
文藝春秋
2015年4月 ★★★★★

源左衛門(伊藤若冲)は、京・錦高倉の青物市場に店を構える「桝屋」の4代目店主。
源左衛門は、日がな一日絵を描いていて仕事にさっぱり身が入らない。源左衛門には絵を描いて金を儲けようという発想がない。若旦那ゆえ高価な顔料をふんだんに使っていた。
店を切り盛りしている母親とふたりの弟は、絵しか興味のない源左衛門に愛想をつかしている。
結婚して2年目に妻のお三輪が蔵で首を吊って死んだ。8年前のことである。
源左衛門は、お三輪をかばえなかった不甲斐なさを悔やみ、妻への懺悔の気持ちからいっそう絵にのめり込むようになった。

三輪の弟弁蔵は、姑にいびられ源左衛門に大事にされずに姉は死を選ばざるをえなかったと思っている。

若冲は、鹿苑寺大書院障壁画の製作を依頼され一旦は固辞したものの、悩みぬいた末、不吉な植物とされる芭蕉を描くことで引き受けることにした。それを機に若沖は客の求めに応じる絵も手掛けるようになった。

著者は、弁蔵の怨念が若冲を奮い立たせ、大胆で緻密な奇想の作品を描かせたという設定でストーリを作り上げている。
京を舞台に、若冲と同時代に活躍した、池大雅、円山応挙、与謝蕪村、谷文晁、市川君圭ら画師たちとの関わりを大胆な切り口で描いた傑作である。人気ブログランキングへ

【画家が主人公の小説】
→『若冲』澤田 瞳子/文藝春秋/2015年4月
→『北斎と応為』キャサリン・ゴヴィエ/彩流社/2014年6月
→『フェルメールになれなかった男』フランク・ウイン/ちくま文庫/2014年3月

『サラバ!』西加奈子

1977年5月、主人公の歩(あゆむ)は、父親の海外赴任先イランで生まれた。 
信頼のおける実直な顔をした父、直感で物事を決めその直感を貫く母、生来、世間に対して反感を抱いている変わり者の姉、そんななかで歩は、幼い頃から良い子として振舞っていた。
第152回直木賞(2015年2月)受賞作。
本作は宗教あるいは宗教らしきものが引き起こす矛盾がテーマになっている。

サラバ! 上
サラバ!
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西 加奈子 
小学館
2014年11月 ★★★★

イラン革命(1979年2月)のあと一家は帰国し、大阪に居を構え、歩は小学生になる。
やっかいの権化のような姉は、イランの幼稚園でライアーフォックスと呼ばれていた。
小学校では姉にはご神木というあだ名がついた。
姉は父親とはどうにかうまくいっていたが、母親との折り合いはどんどん悪くなっていった。

そして、父親の転勤でエジプトでの生活が始まる。
エジプトに居を移すと姉は落ち着きを取り戻した。
母はヨーロッパ旅行や買い物を楽しだ。歩は日本に帰りたかったが、姉は日本に帰りたがらなかった。
エジプシャンのヤコブと親友になる。
ふたりの間では「サラバ」がなにかにつけ合言葉になった。
ある日、父宛の手紙が届き、それが一家の不幸の始まりとなる。

青年期を過ぎた歩は、つまずきどん底であえいでいた。そんなとき、歩は姉が長年求め続けていたことがなんであるかを知り、自分を取り戻すために行動を起こすのだった。人気ブログランキングへ

『ホテルローヤル』桜木紫乃

湿原の釧路にラブホテルにまつわる7つの短篇の連作。
男の無謀な夢で建てられたホテルには、人々の悲喜こもごもの思いが詰まっている。役目が終わり廃墟となっても、ホテルローヤルは人を呼び寄せる。
登場人物の心のひだが、見事に表現されている秀作ぞろいだ。
文章が上手いし、話の運び方に余裕が感じられる。
第149回直木賞受賞作。
著者の実家は実際にラブホテルを経営していて、ホテル名はホテルローヤル、著者自身も部屋の掃除をさせられていたという。
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「シャッターチャンス」(初出のタイトルは「ホテルローヤル」)
美雪は恋人と廃墟のラブホテルの向かう。男は深雪のヌード写真を雑誌に投稿してカメラマンとして認められたいという。撮影は進み、男はそろそろお互いの実家に顔を出そうと唐突に言う。今日に限って何でそんなことを口にするのかと美雪は戸惑う。

ホテルローヤル
ホテルローヤル
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桜木紫乃
集英社
2013年1月 ★★★★*
売り上げランキング: 7

「本日開店」
檀家総代の男と住職の妻幹子はホテルで関係を持ち、幹子は3万円を手にする。夫は20歳年上で性的に不能、幹子が奉仕で稼いだ金を寺の運用に使っている。幹子は男のほかに、4人の老人に性的な奉仕をして金を受け取っている。そのひとりから「本日開店」と言って亡くなったホテルローヤルのオーナーの遺骨を預かった。遺骨の引き取り手がないという。
ある日幹子は檀家総代の男との最中に奉仕ではないものを感じてしまう。夫は幹子の微妙な変化に感ずいたようだ。男からのその日の3万円はご本尊のかかとにおかれたままになっている。

「えっち屋」
雅代は父親から任された30年続いたホテルローヤルを閉めることにした。売れるものは売って、残ったのはアダルトグッズ。グッズを卸しているえっち屋の宮川に引き取りにきてもらった。
ラブホテルをちゃんとした形で閉めるのは珍しい、ほとんどが倒産だの夜逃げだのだ、と宮川が言う。雅代は宮川の夫婦関係を聞き出す。そしてホテルを閉める記念にグッズを使って関係を持とうと持ちかける。

「バブルバス」
墓参りの読経を僧侶がすっぽかしたおかげで、お布施の5千円が浮いた。
恵はその金でホテルローヤルに夫を誘う。部屋がふたつしかない狭いアパートの、高校生の息子と小学生の娘が寝る二段ベッドの横で夫婦は寝ている。ホテルに入りふたりはバブルバスに浸かった。
解放感の中で恵は声をあげて満喫した。

「せんせぇ」
野島は高校時代の校長が勧める女と結婚した。妻は18歳から校長の愛人だった。野島は連休に妻に連絡せずに札幌の自宅に帰ろうと電車に乗った。電車の中で「せんせぇ」と呼びかけたのは、野島のクラスのまりあ。まりあの母親は男と駆け落ちし父親も家財道具ごといなくなった。学校を辞めてキャバ嬢になろうと思い札幌に見学に行くという。
札幌のマンションに着いた野島は、タクシーから降りる妻と校長の姿を見て怖じ気づいた。修羅場は嫌だ。仕方なく野島はまりあとビジネスホテルに泊まる。
翌日、行くところのないふたりは釧路へ向かう。

「星を見てた」
ミコは60歳。ホテルローヤルの掃除婦をしている。夫の正太郎は10才年下で今は仕事をしていない。子どもは3人とも家を出て働いている。年に1度、連絡をよこすのは左官になったはずの次男だけだ。次男は夜間高校を卒業した。
ミコは周りから優しくされてきた。それもこれも彼女が母の教えを守りもくもくと働いてきたからだ。ミコはときどき女社長のるり子から服のお下がりをもらう。そんなミコに、使って欲しいと次男から3万円が送られてきた。自慢の息子と思っている。ところが、ある日次男が新聞に載る。

「ギフト」
看板屋の大吉は儲け話にたやすく乗ろうとする。そのたびに義父に諭されてきた。
そんな大吉は20才も年の離れた団子屋の店員るり子に手を出した。
大吉にラブホテルを経営する儲け話が舞い込んでくる。妻はその話に孟反対だが、大吉は判を押して1億円の借金をしてしまう。
妻は離婚届をおいて息子と実家に戻った。大吉は妻の実家に出向き土下座するが、義父は大吉を相手にしない。
やがてるり子が妊娠して、つわりになる。大吉は夏だというのに、るり子のためにミカンを探し求めてデパートに行く。高価なミカンにはローヤルと書かれたシールが貼られていた。こうしてホテルの名前が決まった。 ブログランキングへ

⇒『硝子の葦』(2010年)桜木紫乃