時代小説

五郎治殿御始末 浅田次郎

明治維新で、武士が高い地位から引きずり下ろされた。
武士だった人のなかには、変化になんなくついていける人も、ついていけない人も、変化に抗う人もいた。そこには悲惨な話もあるが、心が温まる話もある。
本書は『歴史・時代小説縦横無尽の読みくらべガイド』(皆川博子)に紹介されていた。
新しい西洋定時表示に面食らう男は、「1日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つで終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の1日が長く、冬の1日が短いのは道理であろう」(「遠い砲音」)と述べた。まったくその通りで、論理的な破綻はない。
不定時法で暮らす江戸の人々は季節を感じながら暮らしていただろう。定時法に縛られて暮らすわれわれは、季節感が薄れてしまった。
121ef962652c4abe9dad03ce23e6ba56五郎治殿御始末
浅田次郎 
中公文庫 
2021年

「椿寺まで」
御一新から六年、天涯孤独の身の十歳の新太は、小兵衛に連れられて椿寺に向かう。武士から商人に転じた小兵衛は十蔵を丁稚として引き取った。やっと辿り着いた山寺にいる女性の存在は、新太にとっては心躍ることであった。

「箱館証文」
大河内を訪ねてきた警官が、証文を出した。五稜郭の戦いで、大河内と相手は組み合ったまま坂を転げ落ち、大河内は馬乗りに組み伏せられ脇差を喉元に当てられ、相手は命を千両で売らないかと問うた。今見せられた証文が大河内の書いたその証文だった。明治4年の新貨幣条例で1両は1円に換算された。1週間の猶予を申し出た。月給10円の官吏がどうして1000円を工面できようか。

「西を向く侍」
成瀬勘十郎は30歳、七十俵五人扶持の御徒の身分。世が世ならば出世を果たすにちがいない異能の俊才である。子供の頃から神童と目され和算術と暦法を極めた。
御一新の後、御家人たちの身の振り方は三通りあった。武士を捨てて農商に帰するか、無禄を覚悟で将軍家とともに徳川家のお膝元、駿河に移り住むか、それと新政府に出仕する道である。
勘十郎は、五年の猶予で自宅待機している。妻と子どもは先祖のいる甲府で農家暮らしをしている。暦法の専門家として新政府に出仕していた成瀬は、失職ではなく待命であり、5年間、旧録の10分の1というわずかな給与をもらっている。
駿府に越していった一家の老婆が取り壊された屋敷を終の住処といって譲らず、居残ることになった。勘十郎は屋敷の離れにお婆を住まわせることにした。
明治5年12月2日をもって晦日とし、12月3日を新年とするとの、政府からの天朝様からの通達があった。勘十郎は、薩長者が要職についている文部省に乗り込んだ。
そこで、暦の変更は人々の暮らしを混乱させとりわけ農家に混乱をもたらすと、理路整然と持論を述べるが、何も変わらない。
勘十郎は婆様を駿府に届けて甲府に去るという。御徒という名のみ残して、皆この地を去ってしまう。因みに御徒とは、いざ江戸城内で事が起これば足で駆けつけられるところに住んでいるという意味だ。
「覚え方は西向く武士」と勘十郎はつぶやく。小の月を順に並べると、二、四、六、九、侍は「士」で十一。婆様は「勘十郎はさすがにおつむがよいわ。なるほど西向く侍か」といって娘のようにころころ笑った。

「遠い砲音」
倅に肩を揺すられて、土江彦蔵は目覚めた。父に似ず倅・長三郎は聡明だ。夜ごとお殿様のご相伴にあずかるものだから、彦蔵は二日酔いだ。下屋敷に他の御家来衆がいないのだから相手をせざるを得ない。
武芸の腕を買われお馬周り役を務めていた彦蔵は近衛砲兵隊の将校に推挙された。妻は死に13歳の息子と二人暮らしである。殿は19歳。誰にも先んじて髷を落とし、刀を捨て、西洋趣味の自由な暮らしを楽しんでいるように見える。
近衛法兵営は7時に砲術調練が始まる。西洋定時を受け入れがたい彦蔵にとっては、「1日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つで終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の1日が長く、冬の1日が短いのは道理であろう」という心境なのだ。時計を見るにしても、短針と長針の組み合わせが頭に入ってこないのだ。仕える殿は19歳、西洋定時ネイティブだ。

「柘榴坂の仇討」
御一新以来、世の中は全て変わってしまったが、侍の上だけは時が止まっているようだ。
彦根藩の志村金吾は井伊直弼を襲った佐橋十兵衛を追いかけ行列を離れ、その間に直弼は水戸浪士たちに暗殺されてしまった。主君を守れなかった大罪を犯した金吾に対し、彦根藩は、直弼の墓前に水戸浪士の首を捧げることを命じた。
十兵衛は車夫になっていた。十兵衛の居場所を突き止めたその日に、新政府は「仇討禁止令」を布告した。
十兵衛の引く人力車に金吾は乗った。柘榴坂を登り切ったところで十兵衛は車を止め、「自分を討ってくれ」と願い出る。金吾は自分の刀を与え、十兵衛に一騎打ちを申し出た。
侍にとって切腹と断首とは天と地のちがいがある。正しくは死罪とは断首のことであり、切腹は死を賜るのである。
「命懸けで国を想う者を無下にするな」という直弼の言葉と「国を憂うる者の無私の心情を、おろそかにしてはならぬ。それを踏みにじって断首を下せば、命をかけて国を憂うる者がいなくなる」という上司の言葉を思い出し、金吾は一騎打ちを止めるのだった。金吾は十兵衛に「新しい人生を生きてくれ」と諭し、十兵衛はその言葉を聞き泣き崩れる。

「五郎治殿御始末」
岩井の家は代々桑名藩11万石松平越中守の家来あった。明治の時代がやってっきて桑名は天皇陛下に弓を引いた賊名を蒙って、ひどい有様になった。
父は飛び地の柏崎で北越の戦いで死んだ。
母は尾張の出で、御一新で尾張は薩長に伍したゆえ、岩井の家と母の実家は敵味方になってしまった。母は姉と尾張の家に戻り、祖父と惣領である私は桑名に残った。
屋敷は荒れ家来は逃げ遅れた老夫婦だけだった。
明治四年廃藩置県で、桑名藩は桑名県となり、翌年三重県になり、県庁は四日市に移った。祖父・岩井五郎治は桑名の役所に勤めていたが、翌年お役御免なった。桑名の上士であった祖父は、旧藩士の職を解く役目を担い、人々の恨みを一身に買っていた。
祖父は若くして禿げ上がり月代を剃る必要がなくっけ髷をつけているように見えた。
御役御免なった日、いくらか支払われる金子を断ったという。
祖父はお前は尾張の母の元に行けという。
幼い私にも噂は届いていた。父は立派な桑名藩士だが、祖父は算盤勘定しか知らぬ腰抜けだと。
そして、道具屋にすべてを売り、その金を寄る辺のべのない藩士に与え、使用人の老夫婦には多すぎる新券紙幣を当人たちが驚くほど過分に手渡した。私は尾張の母の実家の世話になりたくないといった。
死出の旅になった。祖父が脇差で私の喉を刺そうとしたとき、尾張屋忠兵衛と名乗る男が現れ、祖父を説得した。
私は尾張屋で丁稚奉公を始めた。ある日、尾張屋に警察が祖父の遺品を届けにきた。祖父は西南戦争で政府側の兵士として勇敢に戦ったという。遺品は脇差ではなく、つけ髷だった。→人気ブログランキング

藍染袴お匙帖 藁一本 藤原緋沙子

シーボルトに師事した外科医・桂千鶴は評判がすこぶる良い。亡くなった父・桂東湖から桂治療院を継いで、治療に犯罪捜査に奮闘している。千鶴は藍染めの袴をはいて往診するので「藍染先生」と呼ばれている。
ストーリーは、ちょっと待ってくれと言いたいくらいスピーディに進む。

7851fc8d2a2b45c0849b0c0fe9d7c8f8藍染袴お匙帖 藁一本
藤原緋沙子
双葉文庫
2019年 ✳︎7

「藁一本」
両親を亡くした姉弟の姉が働いて金を稼ぎ、京で医学の勉強に励む弟・梅之助に仕送りをしていた。梅之助が師事する医者は金の亡者で評判が著しく悪い。梅之助はこっそり江戸に舞い戻って、姉からの仕送りの金を博打に注ぎ込んでいた。千鶴は梅之助を桂治療院で仕事をさせようとしたが、半日で姿を消した。
呉服屋の桑島屋徳兵衛が寄り合いの帰り道に、附子(トリカブト)を飲まされて毒殺された。附子の出所をたどると、桂診療所の名を語って梅之助が手に入れていた。姉弟の父親は、若い時に徳兵衛と一緒に働いていたが、徳兵衛の罠にはまり10両を盗んだ犯人に仕立て上げられた。父親は解雇され、酒浸りになり流行病にかかり亡くなった。母親も間もなく亡くなった。
徳兵衛は賭場に出入りしていて、賭場の人間を脅し借金を帳消しにさせたのだった。徳兵衛は賭場の者によって無理やり附子を飲ませ殺された。
南町奉行の与力と同心20名が賭場に入り、一味を一網打尽に捕縛した。梅之助は弱みに漬け込まれて加担したが、直接手を下したわけではないことがわかった。

「桜狩」
御目見(おめみえ)医師の候補が辻斬りで殺された。御目見医師は町医者でありながら必要なときにお城に呼ばれる。末は役高をいただけるような医者になれるという。牢医である千鶴も候補に上がっている。
お初という娘が田楽の屋台を出す巳之助を好きになって、所帯持ちか訊いてくれと千鶴に頼んだ。巳之助は兄を殺した相手を追って江戸に出てきた武士だった。
御目見医師候補の島田祥助は腕が悪いが、山城屋の娘と婚姻が決まっていて、診療所を建設中だという。山城屋は幕府御用達だ。娘婿になる男に大金を使って御目見医師に推挙することは簡単だ。そして御目見医師候補がまたも殺された。次は千鶴が狙われる。
お初が手伝うようになって巳之助の屋台は繁盛するようになった。そこに千鶴とお道が田楽を買いに現れると、浪人に斬りつけられた。浪人は巳之助が追う仇であった。巳之助によって浪人は自害に追い込まれた。
かくして桜の花びらが舞うなか、巳之助はお初に、菊池求馬は千鶴にプロポーズするのだった。→人気ブログランキング

藁一本 藍染袴お匙帖/2019年
風光る 藍染袴お匙帖/2005年

風光る 藍染袴お匙帖 藤原緋紗子

千鶴は、医学館の教授方であった父・桂東湖の遺志を継いで江戸府内でも珍しい女医となって3年が経つ。藍染川沿いにある200坪ばかりの土地に、住居を兼ねた治療院が建っていて、裏庭は薬園になっている。西陣の平織りの生地を近くの紺屋で染めた袴をはいて往診する。人は千鶴を藍染先生と呼ぶ。

主な登場人物を紹介する。千鶴は父の時代から女中として桂家に奉仕するお竹、医師を目指す助手のお道の3人で住んでいる。おじの酔楽は千鶴を娘のように可愛がる医者。南町奉行の同心、浦島亀之助はなにかにつけ治療院に顔を出し千鶴の気を引こうとする。岡っ引きの猫八こと猫目の甚八は、頼りない亀之助の代わりにこまめに動く。菊池求馬は200石旗本の当主だが仕事がない。治療院に顔を出して千鶴を助け、事件を解決に導く。千鶴とは相思相愛の仲である。
『藍染袴お匙帖』シリーズは、2010年にNHK土曜時代劇で『桂ちづる診療日録』のタイトルでドラマ化された。桂千鶴を市川由衣が演じた。

82a36d6db4be4e639989d1fdb1337a39風光る 藍染袴お匙帖
藤原緋紗子
双葉文庫
2005年

「蜻火(かげろひ)」
新しい建物を建てようと土を掘り返したところ、人骨が出てきた。南町奉行所同心定中役の浦島亀之助は千鶴の知恵を借りようと治療院にやってきた。妻に逃げられた亀之助は千鶴にぞっこんで、何かと治療院にやってくる。
徳蔵が相模屋の番頭を辞して、人骨が出た土地に店を出したのが3年前。2年前に、徳蔵一家が神隠しにあった。
千鶴はおじの酔楽先生から届いた粘土を使って、頭蓋骨にスーパーインポーズを施す。すると、それは明らかに徳蔵の顔であった。
徳蔵の妻だったおきちは、巳之助という悪徳高利貸しと一緒にいることがわかった。巳之助は徳蔵を殺して縁の下に埋め、おきちと娘をさらった。そして、阿漕な取り立てをする金貸として羽振りが良くなっていたのだ。
亀之助と大勢の小者で、巳之助一味の根城である向島の一軒家に踏み込んだ。

「花蝋燭」
やくざ者を殺したお栄が牢の中で子どもを産んだ。産後の肥立ちが思わしくなく、お栄は息を引き取った。千鶴はことの真相を明らかにしてくれるよう女囚たちに哀願された。
女中として蝋燭屋の三国屋に入ったお栄は絵心があり、お栄が絵を施した花蝋燭は三国屋に客を呼び寄せた。養子であった与茂助は店の繁盛で三国屋の跡取りになれたのだ。千鶴は仕入れで西国巡りから帰ってきた与茂助に直接真相を訊く。
殺された銀六から与茂助は強請られていた。銀六がお栄に匕首を突き付けると、お栄は銀六の手首に噛みついた。与茂助は銀六目がけて材木を振り下ろすと、避けた銀六の上に材木が倒れてきて頭に当たりそのまま銀六は死んだ。お栄は自分が手込めにされそうになって、材木で殴ったと奉行所に申し出たのである。
与茂助はお栄を妻に迎えようと思っていた。お栄が産んだ子どもは与茂助の子どもだったのだ。
 
「春落葉」
賊は裸にして後ろ手に縛り口と目に鳥もちを塗った有森藩の中間に、「これで思い知ったか」と捨て台詞をして立ち去ったという。両国橋の西詰で小鳥に芸をさせている痩せた老人・宇吉が、桂治療院に運ばれてきた。宇吉の腹には手の施しようのない腫瘤があった。
宇吉は鳥刺しである。鳥刺しとは御鷹匠の差配で鷹の餌をとる者だ。おおかたは町人が請け負うが帯刀を許されている。鷹には1日雀10羽を必要とする。そんな宇吉がなぜ江戸にいるのか。
そして、またもや鳥もち事件が起こった。おふさという長唄の師匠で、有森藩の御留守居役の須崎源之丞の妾だった。
その昔、有森藩の城下で呉服商を営んでいた井筒屋の息子兄弟が、傷ついた雉を助けようと捕まえた。兄弟は、国家老の三男坊・須崎源之丞に御鷹場で禁止されている鳥を捕獲したと、鳥もちで追い回され、弟の顔を鳥もちが覆い殺された。井筒屋は藩に事の次第を訴えたが、兄・儀一の作り話と退けられ井筒屋は追放になった。その一部始終を見ていた宇吉は、源之丞の仕業だと言い出せなかったことを後悔した。
鳥もち事件の犯人は儀一の仕業と分かった。源之丞は酒宴の席で庭に出て、鳥もちを口に放り込まれて死んだ。源之丞の隣には年老いた男の小さな骸が転がっていた。

「走り雨」
弟子のお道を人質に取られた千鶴は、ある町家まで目隠しで駕籠で連れていかれ、人質解放と引き換えに若い侍の肩の創を縫合した。
おじの酔楽が風邪をひいたから、代わりに、大目付の下妻の子どもを往診しろという。子どもはよくある便通の支障であった。下妻の妻が一昨日5人の覆面武士が侵入してきて、警護の武士が、そのうちのひとりに肩に傷を負わせたという。
千鶴は、駕籠の中で橋を渡って坂を登り鐘を聴き、石段を登り、琵琶の音を聞いたことを頼りに、連れていかれた町屋の場所を突き止め、菊池求馬とともにその家に乗り込んだ。そこには肩を切られ治療を受けた順之助がいた。
本山藩は藩主が贅沢をして農民の食い扶持までも税として納めさせた。下妻は疲弊した18ヶ村を幕領として取り上げ、石高を下げ農民たちを救ったのだ。下妻を襲った順之助たちは自分たちの藩主が正しいと誤解していたのだ。血気盛んな5人の前に、千鶴、求馬、酔楽、下妻が現れて、下妻が真実を切々と伝えるのだった。結末は泣ける。→人気ブログランキング

藁一本 藍染袴お匙帖/2019年
風光る 藍染袴お匙帖/2005年

婆沙羅 山田風太郎

婆沙羅大名と呼ばれた佐々木道誉が主人公である。
婆沙羅とは、仏語で物狂いに近いほど綺羅を飾った服装や風俗を指し、見栄を張り遠慮なく振舞うこと。
鎌倉幕府の打倒に失敗して隠岐島へ御流された後醍醐天皇は京に戻り、足利尊氏擁する光明天皇に対抗して吉野の地に南朝をたて、南北朝時代が始まった
足利尊氏を補佐するのは尊氏の弟・足利直義である。直義が尊氏に仕える悪辣な高ノ師直、師泰兄弟を討つと、道誉は直義を殺害した。尊氏が亡くなると、道誉は尊氏の息子・尊詮の寵臣となった。乱世だからこそ上手く立ち回わることで道誉の存在価値がある。
5469a3df58c04807a8d6c59e3d88357b婆沙羅
山田風太郎
講談社文庫
1993年

朝廷の監視機関である六波羅探題襲撃の計画が発覚し、後醍醐天皇は隠岐島に御流されることになった。牢内の天皇は常人の3倍の食欲があり要求が通らないと断食を始める。餓死させるわけにいかないから要求通りになる。21人の妾から隠岐島に連れていく側妾3人を真言密教の大秘法で選びたいという。牢番の検非違使である佐々木信誉は許可した。邪教立川流にのっとった大秘法は、淫卑極まりないものであった。

道誉は後醍醐天皇の御流の旅に1500人の警護をつけた。道誉は天皇はいずれ京に戻ってくると予測したが、道誉の予想通り後醍醐天皇は翌年6月に隠岐から戻ってきて、「建武の新政」が始まった。そして世は乱れに乱れた。

道誉は後醍醐天皇寄りの立場と見せておいて、鎌倉幕府を倒した功労者である楠木正成に「帝とは距離をおいた方がいいのでは」と助言した。正成は「帝が天魔鬼神でおわすとも必ずお守りして死ぬるものと覚悟している」と答えた。

尊氏は、人に対して憎悪の念を持たない、物を惜しむところがない、小事に拘らない性格である。動揺の震源地は反勢力の南朝にあるが、その存在をあたかも認めているのが尊氏である。弟の足利直義は優柔不断な兄を補う分、冷徹な合理主義者である。

尊氏に仕える高ノ師直、師泰兄弟は強欲で好色であり悪辣であった。ふたりは、次第に主を主とも思わぬようになった。足利氏の内紛である観応の擾乱で、尊氏は高兄弟を庇ったが、直義は高兄弟は許せないとふたりを惨殺した。その背後には道誉がいた。
道誉は乱世であればあるほど自分のやりたい放題がやれると思っていた。

尊氏が息子の尊詮に政務に与えた職を直義に返さなかったことで、直義は尊氏に叛旗をあげた。
道誉は寺に幽閉されていた直義を毒殺すると尊氏に持ちかけそれを実行した。
尊氏は直義の死後、悪夢を見ることが多くなった。
そして尊氏が背中の化膿が悪化して亡くなると、道誉は尊詮の寵臣となった。そのとき道誉は53歳であった。
婆沙羅大名佐々木道誉を通して百鬼横行の乱世・南北朝時代を描いた傑作。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
明治バベルの塔(山田風太郎 明治小説全集12)/ちくま文庫/1997年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年
明治断頭台/文春文庫/2012年
婆沙羅/講談社文庫/1993年

明治バベルの塔

明治時代は日本刀で人を斬る話が出てきても違和感はない。政治家は妾を持ち放題であるし、むしろ財を成した人物は本妻の他に妾がいて当たり前である。
変化についていけず存在理由を前の時代にすがろうとした者がいた。変化に身を任せ悠々と生きていく者もいた。そんな大雑把で落ち着きがない明治時代を舞台に、博覧強記の著者は奇矯なアイデアで描く。一編一編が際立って面白い極品の短編集である
Photo_20210329142801明治バベルの塔(山田風太郎 明治小説全集12)
山田風太郎 
ちくま文庫 
1997年

明治バベルの塔
明治34年7月、京橋弓町の「万朝報」の社長室。社長の黒岩涙香は40歳、論説社員の幸徳秋水は31歳であった。涙香は総理大臣桂太郎が芸者を妾にしようとしている記事を書いている。のちに大逆事件の首謀者として捉えられる幸徳秋水は「万朝報」の辣腕記者である。宗教家の内村鑑三も記者である。
涙香は足尾銅山に絡む汚職を新聞の賞金クイズを通じて暴くという突飛なアイデアを使う。

牢屋の坊ちゃん
明治28年、清国の講和全権大使李鴻章をピストルで撃った男が釧路の監獄に護送された。その男・小山豊太郎は上州の村の素封家の家で育った。父親は県議会議員、本人は慶應義塾に籍を置いたこともある。
監獄では反抗的な態度を取ったことで独房に入れられたり、「闇室五昼夜」という懲罰で狭い部屋に入れられたりした。6年過ぎて釧路監獄は廃止され網走監獄に移ることになった。その後、脱走に加わらなかったことで仮釈放となる。
夏目漱石の『坊ちゃん』の無鉄砲な主人公ならば、小山豊太郎のような獄中生活を送ったかもしれないという発想で、『坊ちゃん』の文体を模倣して描いたと、「作者後口上」で書いている。

いろは大王の火葬場
木村壮平は、政府から払い下げられた牛の屠殺場を運営し、また数多いる妾に牛鍋屋をやらせ、さらに高機能の火葬場を建てた。ところが、この高級火葬場で火葬する第一号が見つからない。宣伝効果を狙って第一号は有名人にしようと部下にセールスさせるが、適当な人物が見つからない。

四分割秋水伝
幸徳秋水を、著者独自の上半身、下半身、背中、大脳旧皮質の4つの視点から描く。上半身はタテマエ、下半身は性的な面や世俗な姿を見せる家庭など、背中は逆の反面、そして大脳旧皮質は本人も意識できない原始深部の声であると、「作者後口上」で書いている。
天皇の暗殺を企てた罪で死刑となった幸徳秋水の、裏も表も心の中もすべてを描き出すということだ。

明治暗黒星
伊庭想太郎は、元禄年間に生まれた心形刀流の第10代目である。明治34年、想太郎は強引な政治手法と金権体質から波乱に人生を送る星亨を刺殺した。2人の生き様を描く。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
明治バベルの塔(山田風太郎 明治小説全集12)/ちくま文庫/1997年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年
明治断頭台/文春文庫/2012年
婆娑羅/講談社文庫/1993年

明治断頭台

幕府が瓦解し新政府が発足したとはいえ、世の中のあらゆるところに矛盾が転がっていた。そんな明治の初期、主人公である香月経四郎と川路利良は太政官弾正台の大巡察であった。その職権はのちの検事局、警視庁、憲兵隊、会計監査院を兼ねたものであるという。2人は将来日本の警察を背負って立つ人物と目されていた。
政府は正義の具現者であるべきだというのが経四郎の信念である。川路は経四郎のそうした考え方に前のめりになるなと釘を刺す。2人は事件の謎解き合戦をはじめるのである。
Photo_20210321122501明治断頭台
山田風太郎
文春文庫
2012年

明治2年秋、東京の5人の邏卒(明治初期の警官の称)は、平民の弱みに漬け込んで金をせびるようなことをしていた。明石町の番所に酔っ払いが保護されると、羅卒は目覚めた酔っ払いに命が助かったのだから財布ごと置いていけといった。

鍋島藩切っての剣の名手香月経四郎は、文久3年(1863年)欧州使節団護衛役として欧州行きに参加したが、病気になりパリに置き去りにされ3年後に帰ってきた。パリから追いかけてきた金髪の美女エスメラルダは、パリ代々の首切り役サンソン一家の9代目にあたる。佐賀屋敷で香月経四郎と同棲をしている。叔父の真鍋直次が令嬢のお縫を連れて現れ、金髪娘をフランスにさっさと返して、お縫と結婚しろという。
経四郎はエスメラルダの父が作ったフランス式のギロチン台を、小伝馬町牢屋敷の斬罪場に作られた小屋に持ち込んだ。

まずは3人の極悪人の首をギロチンで刎ねる。その切れ味の鋭さを見せつけておいて、5人の邏卒に次はお前たちの番だと脅したものだからビビった。以後、邏卒たちは経四郎の手となり足となって働くようになる。

ギロチンによって職が脅かされる人間もいる。江戸時代から藩に引き継がれてきた首切り役だ。罪深き人間とはいえ、せめて切り手の魂の伝わる刀を持ってあの世に送ってやるのが日本人の古来の美風であるまいかという理屈だ。首切りはなんでも実入りがいいらしい。

2人が捜査したのは、築地ホテル館での胴斬り事件、神田川の人力俥墜落事件、永代橋の首吊り事件、築地居留地の足切り事件、そして5つの首事件である。それぞれの事件は、巫女に扮した金髪のエスメラルダの降霊術で真相が暴かれる。
そして、経四郎は政府内で起こった汚職事件を調査を開始する。

最後は圧巻だ。
山県有朋が陸軍の金を山城屋に融資して大損した。その調査を中止するように西郷隆盛から川路は頼まれた。薩摩人の川路は断れようはずもなかった。問題は佐賀出身の香月経四郎だ。
経四郎に事件から手を引かせようと、エスメラルダに禁断の書の翻訳を依頼して陥穽にはめた。エスメラルダは捕まり断首の刑が決まった。川路は経四郎にエスメラルダを助けるかわりに山城屋事件から手を引くようにと持ちかけた。経四郎は承知しなかった。

エスメラルダの処刑が決まっても、経四郎は淡々と日々の仕事をこなした。斬首の日になると経四郎は小伝馬町牢屋敷に関係者を集め、口上を述べた。5つの事件の裏に邏卒が絡んでいたことを連綿と述べ、邏卒たちを牢にぶち込んだ。さて、そこから痛快な大円団に向かう。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
明治断頭台/文春文庫/2012年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年

甲賀忍法帖

73歳の家康は、秀忠のあとを国千代と竹千代のどちらにするかで迷っていた。
後継者選びを甲賀と伊賀の忍者対決で決めてはどうかと、天海僧正は提案した。伊賀が勝てば竹千代が、甲賀が勝てば国千代が三代将軍になる。
一方、甲賀と伊賀は和睦が成就しようとしていた。愛し合う甲賀弦之介と伊賀の朧が夫婦になれば400年にわたる甲賀と伊賀の悪縁が氷解する。しかし天海僧正のこの進言で、伊賀甲賀の10人ずつが選抜され、勝ち負けを競うことになってしまった。駿府城にたどり着けるのは甲賀なのか伊賀なのか。
Photo_20210317181601甲賀忍法帖
山田風太郎  
講談社文庫 
1998年

その10人とは、甲賀は、甲賀源之助、その祖父の甲賀弾正、風待将監(かざまち しょうげん)、鵜殿丈助(うどの じょうすけ)、地虫十兵衛(じむし じゅうべえ)、室賀豹馬(むろが ひょうま)、霞刑部(かすみ ぎょうぶ)、如月左衛門(きさらぎ さえもん)
、陽炎(かげろう)、お胡夷(おこい)。
一方、伊賀は、お幻(おげん)、朧(おぼろ)、小豆蠟斎(あずき ろうさい)、朱絹(あけぎぬ)、蓑念鬼(みの ねんき)、夜叉丸(やしゃまる)、蛍火(ほたるび)、雨夜陣五郎(あまよ じんごろう)、薬師寺天膳(やくしじ てんぜん)、筑摩小四郎(ちくま こしろう)。
ここで、以下の4名の術を紹介する。
甲賀源之介、殺意を帯びて襲いかかる者を自滅させる瞳術の使い手。陽炎、彼女が欲情に駆られる時は、吐息が猛毒をおび、抱いた者は死に至る。朧、おっとりした温和な性格だが、見るmだけであらゆる忍法を破る破幻の瞳を生まれつき備えている。薬師寺天膳、伊賀の副首領、何度殺されても蘇る不死の術をもつ。初手では殺されることが多いが、これによって相手の忍術を見破り、再度戦っと時には相手を殺害する術を得意とする。

まずは、源之助の祖父・弾正と朧の祖母・幻が相見えた。かつて愛し合った二人だったが、術の掛け合いでお互い事切れた。これで9人対9人になった。
選抜リストの巻物は、1巻は鷲が掴んだまま伊賀鍔の谷に向けて飛び去り、もう1巻は風待将監が所持して甲賀に向かった。和睦決裂がいち早く伝わった伊賀者たちは、書状を甲賀に届けさせてはならないと、5人の伊賀者が風待将監の待ち伏せた。

そんなことはつゆ知らず、甲賀源之助と鵜殿丈助が伊賀の鍔の谷に向かっている。そこで源之助は朧と出会い、丈助は朧の世話をする朱絹にちょっかいをだす。源之助は朧と夫婦になれるとばかり思っている。

隠れ谷での宴は終わったが、朧によって集められた人々が本心から弦之助を歓迎する気持ちを抱いていたものが何人いたか。
ところが、伊賀者は風待将監を葬ったばかりでなく、卍の里に忍び込み、甲賀を襲った。和睦の日が迫っているのに伊賀者が襲ってきたことが、甲賀の古強者たちには解せなかった。
甲賀もその理由を知ることとなり、全面戦争に突入する。
相手を殺した者が次の相手と戦う、トーナメント戦のように、殺し合いが続く。
そして、最終段階に入り、残った甲賀伊賀の忍者たちは、駿府城を目指している。甲賀は弦之助と陽炎、伊賀は天膳と朧が残っている。
駿府城にたどり着けるのは甲賀なのか伊賀なのか。甲賀・弦之助ロミオと伊賀・朧ジュリエットの運命はいかに。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
明治断頭台/文春文庫/2012年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年

ラスプーチンが来た

のちに、ヨーロッパに駐在し、ロシアの革命党員を手助けした諜報員・明石元二郎大佐の青春時代の物語である。
東条英機の父親や二葉亭四迷や森鴎外、学生の正岡子規と夏目漱石、チーホフ、内村鑑三、津田梅子、川上音二郎一座が顔を出す。このうち、二葉亭四迷と内村鑑三は濃厚にストーリーに絡む。歴史上の人物を登場させるそのさじ加減が絶妙だ。
Image_20210304155901ラスプーチンが来た
山田風太郎
文藝春秋
1984年

明石元二郎は越前黒田藩の士族の子、遠慮とか恐怖心というものを先天的に欠いた性質である。ズボラで不潔であるが、なんとも言えない愛嬌があり、友人はもとより直属の上司に認められている快男児である。

明石は参謀次長から乃木家のごたごたを鎮めるようにと頼まれた。乃木希典の妻・静子は嫁姑の確執で家を出ている。静子が相談したのが伊勢神道占の稲垣黄天。占いは当たるというが、人の弱みに付け込む悪人だ。

森有礼(ありのり)文部大臣は国語を英語になどと提案する西欧かぶれである。森有礼暗殺事件(明治22年2月)は、伊勢神宮の社殿の御帳をステッキでめくったという不敬を働いたことに激怒した内務省の役人が、暗殺に及んだ。
そのとき社殿を案内したのが禰宜を務めた竜岡左京だった。不敬な行動などなかったと竜岡が稲垣黄天に話したところ、稲垣がまったく逆の話にすり替えた。竜岡が森文部大臣の暗殺をそそのかしたという噂を流すと竜岡を脅した。
稲垣は竜岡の娘・雪香を巫女として人身御供に出せと迫っている。
竜岡の妻にはむくつけき男に抱かれたいという淫乱な性癖があって、10年前に家出して娼婦の道を選んだ。妻は血友病の遺伝子を持つが、その血は雪香に引き継がれている。

乃木家と関わるうちに、あこぎな稲垣が雪香を手中にしようしていることを知り、雪香の美貌に心ときめいた明石は、結婚を申し込んだ。血友病の遺伝子が雪香に承諾を躊躇させる。

一方、北のサハリンでは、チーホフが強制収容所を見学に来ている。町の娼館で喀血が止まらない日本人娼婦がいた。モスクワ大学医学部出身のチーホフは診察を頼まれるが、なすすべはなかった。娼婦は夏香と弟の綱太郎の母親であった。チーホフに娘宛の手紙を託した。そんななか、ラスプーチンがサハリンに現れ、チーホフは日本に上陸するというラスプーチンに娼婦の手紙を託したのだった。

ラスプーチンが日本に上陸してから、話が急展開する。
破天荒な明石元二郎、権謀術数を弄する稲垣黄天、ふたりは雪香の争奪戦を繰り広げるが、ふたりは同類の特異な人間である。そこにロシアから、特異さではふたりのはるか上をいく怪人ラスプーチンが東京に現れ、四谷の貧民窟で生活をはじめる。

ロシアで娼館を建てたいとの野心を持つ二葉亭四迷は、ラスプーチンにウラジオストクに連れてってもらおうとする。ラスプーチンは預かった雪香宛の手紙を見せた。ラスプーチンは直接雪香に渡したいという。二葉亭四迷は雪香を四谷に連れて行った。ラスプーチンは雪香をそばにおいて直接教育してみたいという。

ロシアのニコライ皇太子が、ギリシャからインド洋を経て、日本にやってきた。
ラスプーチンの日本上陸の目的は、ニコライ皇太子に会うことであった。
そして明治24年5月11日に大津事件が起こる。滋賀県の大津町で警備にあたっていた警察官・津田三蔵がニコライ皇太子に突然斬りつけ皇太子が負傷した。ラスプーチンが現れ皇太子の創に手を当てると、創は小さくなった。

雪香はラスプーチンとともに母がいるシベリアに行くという。
哀れ明石元二郎は恋に敗れたのだった。→人気ブログランキング

血友病はX連鎖劣性遺伝病で、この遺伝子を持つ女性から生まれる男児は、1/2の確率で血友病になる。女児は血友病にはならないが、1/2が血友病の遺伝子を持つことになる。

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
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眠狂四郎無頼控(一)

直木賞作家・柴田錬三郎の傑作『眠狂四郎無頼控』は、1956年(昭和31年)5月から『週刊新潮』に、毎週読み切りという短編連作の形で掲載された。翌 1957年に書籍化され、文庫は1960年に発刊され70刷を重ねている。超ロングセラーである。
眠狂四郎は、ころび伴天連と日本人女性との混血という生い立ちである。そういう出自のせいか虚無感漂う二枚目で、豊臣秀頼佩刀とされる「無想正宗」を帯び、眠りを誘う秘剣「円月殺法」により小気味いいくらいに悪人をばったばったと斬り捨てる。
Image_20201118154701眠狂四郎無頼控(一)
柴田錬三郎
新潮文庫
1960年

時代は1800年代前半、シーボルトが西洋医術を日本にもたらすかわりに、スパイ活動を行った頃だ。
江戸城内に権力をほしいままにしているのは、老中筆頭水野忠成である。将軍家斉とその生父一橋治済の殊寵を得ていて、他の閣僚は手の出しようがなかった。ところが昨年、水野越前守忠邦が、京都所司代・侍従より西丸老中に任じ、家斉の世子家慶の補佐役として登場するや、幕閣内には変化が現れはじめた。
この忠邦の江戸城登場を、水野忠成一統が看過するはずはない。こうして両陣営の暗闘が繰り広げられるのである。

水野忠成一統には、ご禁制の貿易により得た舶来品を賄賂としてばら撒き幕閣内を暗躍する廻船問屋越前屋、さらに越前屋と手を組んだ奥医師・室矢醇堂がいて、悪事に手を染めている。
一方、忠邦の側頭役・式部仙十郎は、眠狂四郎に情報を与えつつ後ろ盾となっている。という善と悪との対立が基本スキームである。

それぞれの章は次章への余韻を残しながら、眠狂四郎の円月殺法で悪を叩き斬って終わる。
早春のひな祭りにはじまり、四季折々の描写が挟み込まれるところも、本書の魅力である。美保代と静香というふたりの若い女性と狂四郎の絡みも見逃せない。また、昭和30年代を風刺する語句を歌い込んだ江戸の戯れ歌が登場するのは洒落ている。

解説は『沈黙』を書いた遠藤周作である。切支丹つながりかと思いきや、そのあたりのことは触れておらず、何しろ面白くて時代を先取りしていてインテリ向けだと書いていて、連載されていた頃、本作が大人気であったことをうかがわせる。

「雛の首」
眠狂四郎は賭場の壺振りの金八を伴って水野越前守の屋敷に乗り込んだ。間者である寵妾・美保代の部屋に忍び込み手篭めにした後、狂四郎が叫んでいる隙に、金八は雛を盗んだ。狂四郎と美保代は白州に引っ立てられる。狂四郎は水野忠邦に幕政の紊乱を質すよう進言し、将軍から忠邦が拝領した小直衣雛の首を刎ねる勇気があるやと迫る。忠邦は雛の首を刎ねる。狂四郎は美保代に矢を放った庭番を円月殺法で斬り捨てた。

「霧人亭異変」
狂四郎は水野越前守の屋敷で斬った庭番の家を訪ね、妹の静香に遺品の十字架を届けた。静香も隠れ切支丹であった。狂四郎はぜすすきりすと復活節の逮夜に、大奥付医師邸に忍び込む。地下室の板戸を蹴って開け、30名の衆徒の見守る中、まりあ観音をまっぷたつに斬った。そこにいた備前屋は、狂四郎の両親のどちらかが異人ではないかと指摘した。

「隠密の果て」
常磐津の師匠・文字若の家に金八が美保代を匿ってもらいにやってくる。越前守の側頭役式部仙十郎から頼まれたという。文字若は掏摸の先輩だった。賊が押し入り文字若を縛り上げ、美保代を刺し男雛の首が盗まれた。備前屋は隠れ伴天連を通じて外国からの珍品を手に入れ賄賂に使っていた。異国の香の匂いから賊が割り出され、狂四郎の円月殺法の餌食となる。

「踊る孤影」
狂四郎の生い立ちが語られる。

「毒と柔肌」
備前屋の魂胆は、狂四郎が持っている女雛の首を奪い男雛の首と揃えて、水野忠成に忠邦の弾劾の品として差し出せば、さぞや高く売れるだろうというもの。水野忠邦が実権を握った暁には、隠れ切支丹は根絶やしにされる。越前屋は静香に狂四郎に操を捧げる代わりに女雛を手に入れるよう説き伏せた。静香は狂四郎の寝ぐらとする貧乏寺で待っていた。

「禁苑の怪」
狂四郎が式部仙十郎に手渡した阿片は、奥医師・室矢醇堂を襲って薬箱を奪って手に入れたものである。西丸大奥に出没する白衣の幽霊と将軍家慶の四男・政之助の衰弱ぶりを、仙十郎は本丸老中水野忠成一統のめぐらした陰謀と睨んだ。狂四郎を送り込み事の解決を図ろうとする。

「修羅の道」
阿片と男雛の首を交換しようと、奥医師・室矢醇堂の屋敷に乗り込んだ狂四郎を待っていたのは備前屋が雇った13人の刺客であった。
一方、古寺の静香のもとに護衛者の喜平太が現れ、静香を当身で気を失わさせ連れ去ろうとする。狂四郎が現れ喜平太と一戦交えるが、そこに落水楼老人が現れ、静香を預かるという。狂四郎と静香はいとこ、落水楼老人はふたりの祖父にあたる。

「江戸っ子気質」
式部仙十郎は、水野忠邦の異母弟長谷川主馬を本丸老中側が自分たちに寝返らせようとしていることに気づいていた。主馬は吉原で酒浸りの日々を送っているという。狂四郎が主馬に辻斬りしてはどうかと声をかける。狂四郎が仕組んだ辻斬りの相手役になる掏摸が、主馬の懐の印籠を奪い敵方に操られていることを探ろうというもの。

「黒魔祭」
下腹部に黒い十字架が書かれた若い女性の遺体が川から2年続けて上がった。狂四郎は美保代に囮となるよう頼んだ。狂四郎の読み通り美保代は拉致され、かつて松平主水正、つまり狂四郎の祖父、の屋敷に連れ込まれた。狂四郎の出自が明らかになる。

「無想正宗」
狂四郎の愛刀の由来が描かれる。女の蝋人形の首を持ち帰った狂四郎を、むささびこと喜平太が襲う。

「源氏館の娘」
狂四郎は相模の源氏館と呼ばれる豪壮な館を訪れた。蝋人形の頭部に詰め込まれていた200枚の小判を包んでいた古紙に源氏館と書かれていたからだ。館の娘は小判の受け取りを拒否する。

「斬奸状」
男前の男が背後から斬り付けられ殺される事件が立て続けに起こった。死体には斬奸状が乗せてあり、斬ったのは眠狂四郎で、西丸老中水野越前守が浮華軽佻の世に対する警醒の為、命じられたと書かれていた。狂四郎は囮を仕掛ける。

「千両箱異聞」
廻米問屋駿河屋から用心棒の依頼がきた。徳川家を転覆させるための軍資金千両を奪うと脅迫状が舞い込んだという。狂四郎は用心棒を引き受けたが。。

「盲目円月殺法」
奥医師・室矢醇堂と妾が同衾のまま殺害され、小直衣雛の男雛の首が盗まれた。評定所留役勘定組頭の戸田隼人が男雛を持参して、静香に女雛の首を渡してほしいという。政権争奪の禍因を断てと命じられたという。狂四郎と隼人は剣を交える。

「仇討無常」
狂四郎は、親の仇を討ちたいと12歳の少年に声を掛けられ、詳細を母親に訊こうとするが断られる。狂四郎は宿敵・備前屋に仇討ちの設定を頼むのだった。

「切腹心中」
飲み屋に現れた武士は狂四郎に切腹の作法を訊ねた。調書を無くしたという。しかし調書の内容は、林肥後守に伝わっていた。その男小堀藤之進は切腹を申し出たが、許されなかった。狂四郎は調書紛失の真相を探る。

「処女侍」
料亭での喧嘩のあげく殺傷沙汰になり、奥津知太郎は身分が上の侍を斬り付けた。
狂四郎は知太郎に決して切腹するな、相手の傷が癒えてから果し合いを申し込むと言え。それまで出奔しろと知恵を授けた。許婚が知太郎の自害した父親の首を引っさげて相手の屋敷に乗り込む。

「嵐と宿敵」
むささび喜平太との一騎打ちが繰り広げられる。

「夜鷹の宿」
むささび喜平太に刺された肩の傷から破傷風にでもなったのだろうか。狂四郎は意識が遠のき震えが止まらなかった。夜鷹の住まいに転がり込む。

「因果街道」
宿で隣の部屋の若い男女の切羽詰まった話を聞く。臆病者の夫は仇討ちはひとりでは返り討ちにあうからと、色仕掛けを妻に促すのだが。。→人気ブログランキング

生きる  乙川優三郎

解説を誰が担当しどう書くかは、文庫の価値を左右する重要な要素だ。雑誌の連載や単行本で作品が発表され、その本の評価がおよそ固まってから文庫は出版される。しかるべき解説者の解説とともに満を持して再登場するわけである。歴史時代小説の抜きん出て優れた解説者である縄田一男の文章を読んでみようと本書を手に取った。

『生きる』で、乙川優三郎は第127回(2002年上半期)直木賞を受賞した。縄田は直木賞受賞時の選考委員たちの評を載せている。縄田は自分の言葉だけで解説するより、歯に布を着せない感想を述べる選考委員たちの評を載せることで、より的確に本書の優れた点を伝えることができると判断したのだ。
「選考委員たちの選評も、心から優れた小説に出会う喜びを真率に表現しているように思えてならない」「これらの選評を一読してわかるように、各人の評自体が乙川優三郎に対する作品論、作家論の体裁を成している。近年、直木賞の選評が総体としてこれほどまでの高揚感を持って綴られたことは希有であった、といっていいのではあるまいか。」と書いている。

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乙川優三郎 (Otokawa Yuuzaburou
文春文庫
2005年

「生きる」
追腹が人間関係を軋ませる。
亡くなった城主の後を追う殉死者の数が多ければ多いほど、藩にとって名誉であるという風習が受け継がれていた。逆に殉死者が多ければ、藩にとって優秀な人物を失うことになり不利益をもたらす。追腹すべき時を逃し、苦境に立たされていく主人公の心理状態が手に取るように伝わってくる。

「安穏河原」
郡奉行を務めていた羽生素平は、筋を通し退身した。一家で、江戸に出てきて妻が病気になり、娘を身売りさせざるを得なくなった。素平は金を貯めては、無頼の男・織之助に金を渡し娘を買わせ娘の近況を報告させた。娘はどんな境遇にあっても、父の教え通り人としての誇りを忘れなかった。何年かのち、苦境にありながら誇りをもつ童女に、織之助は出会う。

「早梅記」
喜蔵は足軽の家から下働きの娘を雇った。しょうぶはよく働く娘だった。独身である喜藏は根も葉もない噂が立てられた。喜藏は奉行の娘と結婚することになり、しょうぶはなにも言わず出ていった。
喜藏は出世して家老になった。妻が亡くなり、老境に達した喜藏は散歩を趣味として日々を送っている。そんな時しょうぶと思われる老女に出会う。→人気ブログランキング

露の玉垣/乙川優三郎/新潮文庫/2010年
生きる/乙川優三郎/文春文庫/2005年

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