時代小説

白村江 荒川 徹

本屋で面陳列されている文庫本を物色する。
「歴史・時代小説ベスト10 第1位」と、書かれた派手な帯をまとい、陳列棚の最上段左端に鎮座する『白村江』を手にとる。「はくそんこう」とルビがふってあるが、「はくすきのえ」と読むのではなかったか。


白村江 (PHP文芸文庫)

白村江
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荒山 徹(Arayama Tohru
PHP文芸文庫 2020年 ✳︎10
売り上げランキング: 17,693

ページをめくると、百済の幼い王子・余豊璋が兄に追放されて離島に向かう場面から始まる。たまたまその島に立ち寄った蘇我入鹿によって豊璋は斬首を免れ、倭国に連れていかれる。そして孤児に学問や武術を身につけさせようと入鹿が作った「虎の穴」に放り込まれる。飛鳥時代を舞台にした時代小説は初めて読む。人名や地名に画数の多い見慣れない漢字が使われていて、ルビを振っているものの、読み進むのにてこずる。この時代、朝鮮半島と倭国は頻回に行き来があり、特に倭国から近い距離にある百済とは友好関係にあったという。およそ1400年前の出来事である。

数日後に本書の半分に達し、朝鮮半島では高句麗、新羅、百済の覇権争いが繰り広げられ、大国の唐が北の高句麗に攻勢をかける。高句麗はなんとかしのいでいる。一方、100年ほど平和な日々が続いていた倭国では、入鹿が帝の座を奪おうと画策するが、史実どおりに645年に中大兄皇子と中臣鎌足によって入鹿は暗殺される。この辺りから「虎の穴」でたくましく成長した亡命王子・豊璋と、朝廷の策略家である葛城皇子が中心になって話が進みだす。

やがて、新羅と同盟を結んだ唐によって百済が滅ぼされる。母国再興のために豊璋は百済に戻るが、たやすくことは運ばない。倭国は豊璋の要請に応じ、聖徳太子の方針であった半島不介入を反故にし、百済に派兵する。そして、663年8月、唐・新羅連合軍と倭国・百済連合軍の船団が白村江で激突し戦争が始まるが、たった2日で終わってしまう。最後にこの不可解な戦いの謎が解き明かされる。

文庫は巻末の解説を含めて価値が問われるとかねてから思っているが、残念なことに本書には解説がない。物足りなさを感じるが、それはおいておいても、本書は間違いなく傑作である。→人気ブログランキング

『生きる』 乙川優三郎

解説を誰が担当しどう書くかは、文庫の価値を左右する重要な要素だ。雑誌の連載や単行本で作品が発表され、その本の評価がおよそ固まってから文庫は出版される。しかるべき解説者の解説とともに満を持して再登場するわけである。歴史時代小説の抜きん出て優れた解説者である縄田一男の文章が読みたくて本書を手に取った。
『生きる』で、乙川優三郎は第127回(2002年上半期)直木賞を受賞した。縄田は直木賞受賞時の選考委員たちの評を載せている。縄田は自分の言葉だけで解説するより、歯に布を着せない感想を述べる選考委員たちの評を載せることで、より的確に本書の優れた点を伝えることができると判断したのだ。
「選考委員たちの選評も、心から優れた小説に出会う喜びを真率に表現しているように思えてならない」「これらの選評を一読してわかるように、各人の評自体が乙川優三郎に対する作品論、作家論の体裁を成している。近年、直木賞の選評が総体としてこれほどまでの高揚感を持って綴られたことは希有であった、といっていいのではあるまいか。」と書いている。


生きる (文春文庫)

生きる
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乙川優三郎 (Otokawa Yuuzaburou
文春文庫 2005年 ✳︎10

「生きる」
追腹が人間関係を軋ませる。
亡くなった城主の後を追う殉死者の数が多ければ多いほど、藩にとって名誉であるという風習が受け継がれていた。逆に殉死者が多ければ、藩にとって優秀な人物を失うことになり不利益をもたらす。追腹すべき時を逃し、苦境に立たされていく主人公の心理状態が手に取るように伝わってくる。

「安穏河原」
郡奉行を務めていた羽生素平は、筋を通し退身した。一家で、江戸に出てきて妻が病気になり、娘を身売りさせざるを得なくなった。素平は金を貯めては、無頼の男・織之助に金を渡し娘を買わせ娘の近況を報告させた。娘はどんな境遇にあっても、父の教え通り人としての誇りを忘れなかった。何年かのち、苦境にありながら誇りをもつ童女に、織之助は出会う。

「早梅記」
喜蔵は足軽の家から下働きの娘を雇った。しょうぶはよく働く娘だった。独身である喜藏は根も葉もない噂が立てられた。喜藏は奉行の娘と結婚することになり、しょうぶはなにも言わず出ていった。
喜藏は出世して家老になった。妻が亡くなり、老境に達した喜藏は散歩を趣味として日々を送っている。そんな時しょうぶと思われる老女に出会う。→人気ブログランキング

露の玉垣/乙川優三郎/新潮文庫/2010年
生きる/乙川優三郎/文春文庫/2005年

『ねなしぐさ平賀源内の殺人』乾 緑郎

平賀源内は、酔って人を殺し自害しようと試みたが死に切れず、腹の創が致命傷となって獄中死したことになってる。

源内の身分は侍である。薬種を研究し医学に明るく、蘭学者であり、舶来のエレキテル、万歩計、寒暖計を見様見真似で完成させた。鉱山を探る山師の技術にも長けていて、戯作や浄瑠璃を書いて大ヒットさせた。いまで言えばマルチ・タレントだ。杉田玄白をして「非常の人」と言わしめた。抱えていればあれこれ利益を生む男だが、高松藩から奉公構(ほうこうかまえ)を受けている。藩から他家への士官を禁じられているのだ。これが源内の首を絞め続けた。


ねなしぐさ 平賀源内の殺人

乾 緑郎
宝島社 2020年 ✳8
売り上げランキング: 5,963

田沼意次に重用されるも、奉公構によって幕府に士官するわけにはいかない。といってその才能を手放すにはもったいないと、飼い殺し状態にあった。
本書の冒頭、意次の妾の家でのシーンで、意次と愛妾、嫡子の意知を前に、エレキテルの把手を回し電光を散らしている。源内は渡世のためにはなんでもしなければならなかった。愛妾が部屋の中で夢中になって飛ばす竹とんぼが、本作のマクガフィンになっている。

源内は阿蘭陀の本草学書『紅毛本草』の翻訳のため長崎に遊学したいと公儀に申し出たが、阿蘭陀翻訳御用のお墨付きはもらえたが、金は一文も出してくれなかった。
長崎平戸町にある吉雄耕牛の家に厄介になった。しかし、源内は翻訳を中途で諦め江戸に舞い戻る。
長崎遊学中、源内は下戸で萎陰(なえまら)なので、茶を飲んで話をするだけだったが、遊女の志乃と心を通わせる仲になる。

中津川の山を掘り砂金を掘り当てたものの金の鉱脈には到達できず、源内はいちじるしく信用を失墜させた。
秋田藩領内の阿仁銅山から産出される荒銅から銀を精錬し、あるいは坑道の水抜き普請を指導するために、吉田理兵衛とともに角館に来ている。屏風絵を描いた小田野武助という侍に、長崎で聞きかじった蘭画の遠近法と影について話すと、蘭画の真髄を掴むまで源内から離れるつもりはないという。阿仁銅山には1か月滞在した。

杉田玄白や前野良沢らが翻訳しようとしている『解体新書』の図譜を描くようにと玄白が源内に依頼するが、秋田からついてきた武助に委ねる。

源内は、何ひとつ落ち着いて成し遂げていないことを後悔している。家をしょっちゅう開けるし、引越しも頻繁にする。まるで浮き草のごとき生活である。
そんなある日、杉田玄白が源内の引っ越し先を訪ねると、戯作を学びたいと出入りしていた久五郎という米屋の小倅が殺されていた。
さらに、昨夜屋敷の普請の相談で源内の家にきていた丈右衛門が殺されていた。
源内は大番屋に連行され、数日後、獄中死したことを玄白は知らされる。
歴史はここまでだが、本作では源内は生きているという。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

 

『機功のイブ 帝都浪漫篇』乾 緑郎

本書は、『機巧のイブ』『機巧のイブ 世界覚醒篇』に続くシリーズ第3弾である。本シリーズは、SFのスティーム・パンクに属する。スティーム・パンクとは、蒸気機関車が発達していく時代を背景としたSFやファンタジー作品のこと。イギリスでいえばビクトリア朝時代、日本でいえば明治から大正期、つまり近代化が推し進められていく頃の世界観の中で描かれる作品をいう。SFのサブカテゴリーである。

前作から25年が経過した1918年の日下國(日本)の天府(東京)と、1927年の如州・新天特別市(満州国新京特別市)が舞台となる。


機巧のイヴ 帝都浪漫篇 (新潮文庫)

機巧のイヴ 帝都浪漫篇
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乾 緑郎
新潮文庫 2020年 ✳︎10
売り上げランキング: 16,767

17歳のナオミは天府女子高等学校の5年生、良家の娘らしく人力車に乗って上品に登校した。同じく5年生の轟伊武は自転車で颯爽と登校するが、ブレーキが効かなくて、ナオミの車夫に受け止められるというドタバタの場面から物語は始まる。
伊武の養父・轟八十吉は立志伝中の人物である。新大陸から帰国後工務店を立ち上げ、成功を収めた実業家だ。護身術である馬離衝の師範であり、「国際バツリ協会」の総裁を務めている。

一方、ブロンドで碧眼のナオミはフェル電気商会の令嬢である。ナオミの母親のマグリット・フェルは、日下國にフェル電気産業の現地法人を設立して移住してから25年が経っている。男性機巧人形である仁左衛門を買い取り、さらに幕府精錬方手伝の拝領屋敷方も買い取り、そこで暮らしている。結婚してナオミを生んだが、夫は出て行った。

ナオミは画家の姫野清児(モデルは東郷青児)に熱を上げていて、姫野が滞在する猫地蔵坂ホテルに行き、そこで林田に出会う。林田は特高がマークするジャーナリストである。林田の父親は、前作のゴダム(シカゴ)万博に絡む事件で人殺しの罪を着せられて、電気椅子による死刑になった日向丈一郎である。

伊武とナオミが学校から禁止されているカフェに出入りしたり、喧嘩をしたり、伊武が姫野の裸婦モデルになったり、ナオミが汁粉屋でアルバイトをしたりで物語は進む。帝都を襲った大震災(関東大震災)から物語は大きく動き出す。

場面は1927年の如州・新天特別市に変わり、女優・張桜香は鯨の絵が書かれた腰掛けらしきもだけを大事そうに抱えてアパートに引っ越してきた。
如洲電影協会の理事長として憲兵出身の遊佐泰三が現れてから、事は不穏な方向に進みだす。

『機巧のイブ』3部作の完結編であるが、解き明かされない謎があり、続篇が期待できそうな余韻がある。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代/小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

『塞の巫女 甲州忍び秘伝』 乾 緑郎

本書は、『忍び秘伝』(2010年)を改題し文庫化したもの。
甲州武田家三代、信虎、信玄、勝頼の波乱の生き様が太い縦軸となり物語の背景を流れる。武田三代の歴史は複雑である。

永禄4(1561)年、川中島の合戦で、甲府・越後の両軍の兵の多数が命を落とした。その戦いに姿を現した蕃神「御左口神(みしゃぐちしん)」とは、一体どのような神なのか。


塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)

乾 緑郎
朝日文庫
2014年 ✳9
売り上げランキング: 609,769

主人公は歩き巫女の小梅である。
歩き巫女は祈祷や口寄せの他にも笑売(売春)も求められる。巫女が暮らし巫女を養成する禰津村は男子禁制で、歩き巫女見習いの小梅は、巫女の作法に加え忍びの術も会得するために厳しい毎日を送っていた。
歩き巫女は建前上は生涯未婚であるが、弓取という伴侶を持つことができる。多くの場合弓取は忍びの者である。小梅が初めて弓取と過ごす夜、思いがけないことが起こった。真田家家臣・武藤喜兵衛(真田昌幸)と一夜を過ごすことになったのだ。これを機に、二人の身分を越えた関係が育まれていく。

隻眼跛行の策士・山本勘助は父・信玄によって廃嫡されようとする武田義信に、「信玄を殺して経文を奪い、凶神を呼び寄せれば、その力は思いのままだ」と迫る。

小梅にはどこか人を惹きつける魅力があり、時に神懸かる。小梅は梅姫の生き写しとみられるくらい梅姫に似ている。 それもそのはず、忍びの者の加藤段蔵が梅姫の腹を割き赤子を引きずり出したが死んでるものと思い、甲府の辻に捨てたという。それが小梅だ。
梅姫は信玄に攻められ自害した諏訪頼重の娘で、信玄の側室という設定。

追放されていた信玄の父信虎が城に戻ってきて傍若無人に振る舞う。信虎の暗殺を兼ねて夜伽を命じられたのは新米の小梅であった。梅姫に似ていることで小梅に激昂した信虎は刀を抜いたが、胸をかきむしり命を落としたのだった。
信濃巫女衆には凄腕の女の忍びがいると噂になった。そして、戦の際には必勝祈願を、その戦勝の暁には小梅を城に出仕させるようにと、武田家の全幅の信頼を得る。

あまりの小梅の重用ぶりに何者かが小梅を拉致せよとの指令を出した、禰津村を忍びの者が包囲した。そして小梅は忍者・加藤段蔵に拉致される。小梅を奪還しようと武藤喜兵衛は蓼科山に向かった二人を追う。

なんとか喜兵衛は小梅を奪い返すが、二人は太古の諏訪に紛れ込み御左口神を目の当たりにする。喜兵衛はその姿から目を逸らした。長く凝視していれば、間違いなく見たものを狂気の淵に誘い込む。御左口神はそんな姿をしていた。小梅を連れ去った忍びの者は、蓼科山で一人残らず死んでしまった。
太古の神は、人間の野心などとは関わりのない存在だった。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代/小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

『機巧のイヴ 新世界覚醒篇』乾 緑郎

スティーム・パンクの大傑作。
前作『機巧のイブ』から100年後、万国博覧会開催を1年後に控えた新世界大陸の大都市ゴダム(シカゴ)が舞台。日下國(日本)のパビリオンは、天府(江戸)に建てられていた妓楼・十三層が解体され移築されたもの。目玉の展示物は機功人形の伊武だが、修繕がされてこなかったため眠ったままである。

それが、万博で働く見習い工・八十吉の伊武に対する純愛によって、伊武は100年の眠りから目覚めた。八十吉は護身術である馬離衝(バツリ)を心得ている。


機巧のイヴ 新世界覚醒篇 (新潮文庫)

乾 緑郎
新潮文庫 2018年 ✳︎10
売り上げランキング: 40,469

万博運営委員会の理事長のゴーラムは人形偏愛症で、〈スリーパー〉という名の寝たきりの人形を妻として大事に扱ってきた。フェル電気社主の発明家フェル女史は、自社が供給する直流電気が万博で採用されることを画策している。

日向丈一郎はかつて所属していた警備会社から、伊武と図譜を盗み出す依頼を受けている。日向は日下國館から伊武を拉致し、自ら宿泊するホテルに連れて行った。
ホテルの所有者マードックは妻を殺した殺人鬼である。マードックは、日向の留守中に伊武を地下室に連れ込み、胸から恥骨までを縦に切り開いた。人形に興味のないマードックは、伊武を5000ドルでフェル女史に売ってしまう。
フェル女史は伊武をゴーラムの館に連れて行った。ゴーラムは伊武を一目見るなり心を奪われてしまう。

フェル女史は伊武のような機巧人形を作ることができないかと、図譜を読み解き、釘宮久蔵や田坂甚内の技術を習得しようとする。自らの電気会社の電力が、万博で不採用となったゴーラムへの仕返しも込めて、フェル女史は伊武を日下國に返してやるべきだと悟った。伊武がいつも大切にしている鯨の絵が書かれた腰掛けらしき箱と一緒に。

そして、万博が開催される。
万博の目玉は75メートルの大観覧車だ。大観覧車には予定通り大統領が乗り、ゴーラムは嫌がる伊武を強引にゴンドラに乗せた。
伊武を救うために、八十吉は回り出した観覧車の中心から伸びるアームにしがみつく。果たして八十吉は伊武を救い出せるのか。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代/小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

『悪党町奴夢散際(あくとう まちやっこ ゆめのちりぎわ)』乾 緑郎

幡随院長兵衛殺害のその後をミステリ仕立てにした圧巻の時代小説。文句なしの星10だ。
町奴の総元締め幡随院長兵衛が殺された。旗本奴の水野十郎の仕業ではないかとの噂が流れている。
江戸の市中では旗本奴と町奴が敵対している。旗本奴は士分である旗本の小倅たちであり、一方、町奴は同じ悪党だがそれぞれが仕事を持っている町人たちである。旗本奴と町奴は犬猿の仲で、なにかというと張り合っていて、道端で因縁をつけたり喧嘩になったりするのは日常茶飯事だ。


悪党町奴夢散際 (幻冬舎時代小説文庫)
悪党町奴夢散際

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乾 緑郎
幻冬社時代小説文庫
2018年 ✳︎10
売り上げランキング: 330,248

長兵衛は、水野の屋敷に呼ばれてから消息を絶ち、膾のように切り刻まれて神田川に浮かんだ。その1週間前に金貸しの座頭が殺されて神田川に放り込まれた。
町奴の夢乃市郎兵衛がお菊という女を寝取られたことで旗本奴を殺した。その仕返しに、旗本奴たちが夢乃と間違えて兄の四郎兵衛を殺してしまった。長兵衛が水野邸に出かけたのは、その揉め事の手打ちだろうと言われていた。

町奴は、夢之という何をしでかすかわからない爆弾を抱えていて、旗本奴の三浦小次郎は隙あらば水野を蹴落として主導権を奪おうと画策している。
そうしたむくつけき男どもの向こうを張って、「鶺鴒組」を率いるお吟はまだ16歳の小娘だが、町奴たちに一目置かれている。お吟は、師匠と仰いでいる女剣客・凄腕の佐々木累の道場に真面目に通っていて、剣と柔術ではその辺の男どもは到底歯が立たない。

一方、旗本奴側にも心が和む人物がいる。それは水野十郎の母お萬の方だ。阿波国徳島藩主である蜂須賀家の姫君だったお萬の方は、未だ30歳半ばで薙刀の使い手、十郎は頭が上がらないという設定である。好奇心旺盛なお萬の方は、旗本奴と町奴の抗争に首を突っ込みたがる。

事の真相が徐々に明らかになっていく。旗本の屋敷で開かれる賭場で、負けが込んだ年配の男が座頭から借金し、どうしようもなくなって首を吊った。その娘・お菊は座頭に仇討ちをしようと、佐々木累の道場を訪れるが、修行しても物にならないと断られる。そこで、お菊は夢之に近づき、色仕掛けで座頭殺しを持ちかけたのが事の発端だった。

長兵衛殺しの犯人探しで、旗本奴と町奴の関係はもつれ、そしてついに血で血を洗う全面戦争に突入する。→人気ブログランキング

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代/小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

『光秀の定理』垣根涼介

NHKの2020年大河ドラマ『麒麟がくる』は明智光秀が主人公だ。
「本能寺の変」の現場には一切触れないで明智光秀を語るという試みを、本書は見事に成功させた。本書には凡庸の歴史小説とは異なる鋭さと輝きがある。

恐ろしく腕の立つ武芸者(新九郎)と世を悟っ切った僧侶(愚息)が、光秀と酒を酌み交わし軽口を叩く間柄になった。


光秀の定理 (角川文庫)

光秀の定理
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垣根涼介
角川文庫
2016年 ✳︎9

明智家は斎藤道三の親子喧嘩(道三崩し)のあおりを食って一族は離散した。光秀は室町幕府の再建と一族離散からの失地回復という夢を抱いている。37歳のときに信長に仕えた。
光秀は室町幕府から信頼され、室町風の典麗故事に精通している。兵術・兵法に優れ、見目涼しく挙措穏やかで、経験も知識も豊富にある。上洛した際には織田家の対外折衝役としてうってつけの人物である。
信長から光秀は重宝がられ、破格の待遇を与えられた。そうしてとんとん拍子に光秀は出世する。

タイトルの「定理」とは、愚息の博打理論のことである。四つの椀の一つに石ころを入れ、相手に石が入ったと思う椀を選ばせる。愚息が石の入っていない二つの椀を除き、残りの二つの椀から再び相手に石の入った椀を選ばせる。この手順で賭けの回数を重ねていくと、親である愚息が75%の確率で勝つという。
この理論を使って、光秀は山の頂にある城を攻める4本のルートのうち、敵兵がまったく待ち伏せていないルートを選び出し、落城に成功するのである。
「モンティ・ホール問題」として知られる「ベイズの定理」の応用例というのだが、愚息が75%の確率で勝つというのは、どうにも納得できない。

それはおいておくとして、「本能寺の変」から15年後、新九郎と愚息は光秀の思い出を語る。なぜ、光秀は信長を殺さねばならなかったのか。秀吉も柴田勝家も信長を殺さなければならないと一度は思ったはずだという。
光秀軍の中核は明智系美濃源氏の郎党で占められた、いわば血族の連盟だ。家来たちには命を賭しても主君に従うという覚悟があった。しかし秀吉と柴田勝家には家来たちとの間にそのような信頼関係はなかった。したがって、信長を討つことは光秀だけが可能であったという。

信長はすべてを討伐した後、織田王朝を作るという「空恐ろしいこと」を考えていたのではないか。やがて御身は天子を超え、唐の皇帝のごときものに御成になる所存だろうという。光秀は座して独裁者が君臨する未来を待つよりも、たとえ勝算は低くとも、本能寺を襲う賭けに出たという。これが新九郎と愚息の見解である。→人気ブログランキング

光秀 歴史小説傑作選/細谷正充 編/PHP文芸文庫/2019年
光秀の定理/垣根涼介/角川文庫/2016年
室町無頼/垣根涼介/新潮社/2016年

『忍術忠臣蔵』山田風太郎

大奥仕えの伊賀忍者・無明綱太郎は、大奥女中のおゆうと祝言をあげることになった。しかし、おゆうは公方様に召されてしまう。おゆうが忠義を尽くすと言い出し公方様に処女を捧げる夜、閨に現れた網太郎は、おゆうを魚の活け造りのように肉と骸骨に切り刻んだのだった。それ以来、網太郎は女と忠義を嫌うようになった。 恐ろしく腕が立つ縄太郎は、この事件を機に恐ろしく非情になった。


忍法忠臣蔵 忍法帖 (角川文庫)

忍法忠臣蔵
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山田風太郎
角川文庫 2014年
✳10

縄太郎は、米沢に向かう上杉藩国家老の千坂兵衛の令息に付き添う老女と家来の一行を、宇都宮で見かけた。令息一行を追う殺気を放つ8人の武士を、縄太郎は難なく切り捨てた。
好色な上杉綱憲から側女に召された織江が、江戸屋敷から逃げてきたのである。織江はおゆうとそっくりであった。織江たちを米沢藩に届けた縄太郎は、千坂兵衛の邸に身を寄せることとなった。

上杉藩江戸屋敷から、赤穂藩浪士の暗殺の命を受けた能登忍者10名が放たれた。もし、赤穂藩の家来たちが殺されたとなれば、それを操るのは血縁関係にある吉良家か上杉藩となり、公儀と天下の憎しみを買うことになる。
国家老千坂は殺害を未然に防ぐために5人の「くノ一」を放った。赤穂の家来たちを色地獄に引きずり込むことが目的である。千坂兵衛は赤穂浪士たちが能登忍者に殺される前に、彼らを堕落させ骨抜きにしてしまおうと画策したのだった。
縄太郎の役目は、能登忍者10名と闘うことと、「くノ一」を監視することである。女忍者が赤穂の侍に少しでも情をかけようものなら、始末するという非情なもの。女嫌いの綱太郎にうってつけの任務だった。

大石内蔵助を中心に赤穂浪士たちの仇討ち計画が進行していく裏で、彼らの暗殺を狙う上杉の能登忍者たちと、色欲への堕地獄を仕掛ける「くノ一」たちが暗躍する。そうした折、織江が忠義を尽くすという理由で上杉綱憲の側女になる覚悟を決めたという。さて、無明綱太郎はどう振る舞うのか?→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
伊賀忍法帖/山田風太郎/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/山田風太郎/講談社文庫/1999年

『機功のイブ』乾 緑郎

大傑作だ。奇想の展開にページをめくる手が止まらない。
天府(江戸を想定した大都市)を舞台に、「機功人形(オートマタ)」、いまで言えばヒト型汎用AI、かつては「アンドロイド」と呼ばれる人間と見紛うロボットが登場する。タイムトラベルものではない斬新な設定である。しかも、物語の背景には公儀と女系によって継承される天帝家(朝廷)の覇権争いがあり、大きいスケールで描かれている。


機巧のイヴ(新潮文庫)

機巧のイヴ
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乾 緑郎
新潮文庫
2017年 ✳︎10
売り上げランキング: 68,205

幕府精錬方手伝という得体の知れない役職に就く釘宮久蔵は、60歳がらみの天才機巧師(ロボット制作者)である。久蔵が作った人間と区別がつかないくらい精巧な機巧人形の伊武(イヴ)と、天府の郊外に暮らしている。

5話が連作短編のかたちなしていて、巨大遊郭に君臨する遊女・羽鳥を描いた第1話「機巧のイヴ」には、公儀が催す闘蟋会(蟋蟀同士を戦わせる競技)に、無類の強さを誇る闘蟋が持ち込まれる。それは機巧化された蟋蟀だった。機巧化された蟋蟀は後半につながる伏線である。
第2話「箱の中のヘラクレス」は、有望な若手の相撲取り・天徳鯨右衛門を描いた。第1話と2話は、独立した短編としても優れた出来栄えである。

公儀隠密・田坂甚内が釘宮久蔵への巨額の金の流れを調べていると、天帝家とのつながりが見えてきた。(第3話)。
第4話では、舞台が上方(京都を想定している)の朝廷に移り、女帝に仕える隠密・春日が登場する。

甚内にとって謎は深まるばかりだ。
精錬方手伝・釘宮久蔵とその居宅に住む伊武はいったい何者なのか。幕府転覆を狙った比嘉恵庵事件と「機巧人形」つながりは何か。久蔵の機巧の師匠は恵庵だった。さらに天帝家に伝わる「神代の神器」とは何か。
そして、最終章ではロボットに魂があるかないかが語られる。

ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代/小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

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