時代小説

2022年3月 7日 (月)

一刀斎夢録 浅田次郎

『一刀斎夢録』は、『壬生義士伝』『輪違屋糸里』に続く、浅田次郎の新選組三部作の最終編。
近藤勇の天然理心流を修めた近衛師団の梶原稔中尉は、剣道の全国大会で警視庁の榊吉太郎警部に勝てないでいた。一方の榊は天覧試合を5連覇していた。
警視庁の道場に上がり込んで稽古を見ていた老人が竹刀の握りのこつを教えてくれたと、榊は梶原に語った。その人物は藤田五郎。4年前に警視庁を退職して、女子高等師範の守衛をしている。
その話を榊から聞いた梶原は、一升瓶の酒を持って藤田五郎に会いにいく。
69歳の藤田五郎の正体は、新選組三番隊組長であった斎藤一。人を斬りまくった経験から、剣の極意を語るという設定で話がはじまる。ちなみに、一刀斎とは斎藤一をひっくり返したもの。
01dacc8e6da540e195c0b9bd174f6bfc一刀斎夢録(上)
浅田次郎
新潮文庫
2013年
F7547b6fa1874f698d0e1603f628736e一刀斎夢録(下)

連夜、梶原は藤田宅に上がり込み、酒を酌み交わしながら藤田の一人語りを聞く。
わしの話を聞いても剣を捨てぬと誓えるかと、藤田は梶原に訊いた。そして斎藤一の語りがはじまる。

斎藤の人斬りの極意は、「一に先手、二に手数、三に逃げ足の速さ。他に何もない」という、なんとも実際的で拍子抜けするもの。

斎藤一は左利きに悩んでいた。どの師匠も右利きに直せと言ったが、近藤勇は違った。左利きが卑怯ではないかと悩んでいた斎藤に、近藤は「剣というものは、畢竟、斬るか斬られるかだ。己が斬られずに相手を斬るためには、さまざまな工夫をしなければなるまい。それを卑怯というてどうするね」説得力のある教えだ。流石、浅田次郎だ。

しかし、人間を糞袋と呼ぶ斜で構えた見方で新選組の隊員を語る斎藤は、隊員たちを褒めようとはしない。
「おぬしのいう天然理心流の大先輩はの、のちの世の弟子に語り継ぐほどたいそうな人物ではなかった。近藤は劣等感のかたまり。土方は見栄坊。沖田は凶暴きわまりない野犬のごとき男であった。」

京都を追われた新選組は破滅への道をたどっていく。
負け戦の連続であった戊辰戦争を語り、御一新の後に警視隊として加わった西南戦争を語る。西南戦争は西郷と大久保が士族の不満を治めるためにうった芝居であったという。そして、反乱軍の長ともいうべき西郷が英雄として上野の山に銅像が建てられたのは、筋を通したからだと、藤田はいう。
そして、明治天皇崩御の翌年、梶原と榊の天覧試合の場面で物語は終わるのである。
浅田次郎の構成の巧妙さと語りの上手さに引き込まれる作品である。 →人気ブログランキング
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五郎治殿御始末/浅田次郎/中公文庫/2021年
一刀斎夢録/浅田次郎/新潮文庫/2013年
壬生義士伝/浅田次郎/文春文庫2012年
輪違屋糸里/浅田次郎/文春文庫/2007年

2022年1月19日 (水)

仇討検校 乾禄郎

鍼聖と崇められている杉山検校(杉山和一、1610〜1694年)は、誰もが容易に鍼を打つことができる鍼管を発明し、鍼の施術に革命をもたらした人物である。本書は五代将軍徳川綱吉の御典医に登りつめた杉山検校が、実は贋者に入れ替わっていたという奇想天外の設定である。
Adauchikengyou_20220119145101仇討検校
乾禄郎 
新潮文庫 
2020年 698頁

島流しの護送船の描写から物語は始まる。八丈島に送られる鍼医だという男に、御典医の杉山検校は餞別を贈り男が乗った護送船を見送った。男は誰なのか。その疑問は最後に明らかにされる。

まずは、柘植(つげ)定十郎と盲目の杉山和一の話が並行して進む。
定十郎は伊賀の出身で父親に実践的な剣術を仕込まれていた。小手を決めてから喉を突くという手順だ。この必殺技が定十郎に災いをもたらすことになる。

高松藩は国元も江戸詰も腐っていた。藩主・生駒高俊の男色の相手をせよと、川又浅右衛門が小姓の山下小右衛門に迫り、拒んだ小右衛門に浅右衛門が斬りかかったところに、定十郎が割って入った。定十郎は浅右衛門の小手を斬り落とし喉を突き殺害した。
定十郎は、浅右衛門の弟川又甚四郎と後見人の長山源之進に、仇討ちの対象として追われることとなった。

一方、伊勢国安濃津(津)藩の家臣の嫡男・杉山和一は11歳のときに、痘瘡にかかり失明した。盲目の和一は手がつけられないくらい暴れるようになった。手を焼いた両親は、和一を江戸の鍼師・山瀬琢一に弟子入りさせた。和一は不器用でいい加減な男で、山瀬はほとほと手を焼き、6年経って破門同然で京の鍼師・入江豊明に紹介した。和一は京に向かう途中、江ノ嶋に立ち寄ったのだ。

定十郎はひと月前から負越人足としてその江ノ嶋に潜り込んでいた。
そこで甚四郎に見つかってしまうが、果たし合いの結果、定十郎は甚四郎を必殺の手順で殺し、源之進の腕を切り落とした。
定十郎は京に向かう座頭の鍼師・和一を偶然にも殺害してしまう。定十郎は盲目の和一になりすまし、京に登って入江豊昭の弟子となった。そして5年が経過し、定十郎は豊明に鍼灸の腕を見込まれ、緑ノ市と改名するようにいわれた。
この辺りから話の方向性が見えてくる。

甚四郎の息子・兵庫介が祖父と父親の又候敵討(またぞろあだうち)に出るという。隻腕の源之進が後見人となった。
藤澤で、兵庫介と源之進が定十郎に出会ったとき、すでに源之進は病魔に襲われていた。定十郎は源之進に鍼を施したが、源之進は亡くなってしまう。施術する定十郎の姿を見て兵庫介はいたく感激し、仇討ちをやめて鍼師になることを決意する。
定十郎は江戸で開業することにし、藤澤の宿屋で定十郎の手伝いをしてくれた女中のおせつを連れて行くことにしたが、おせつには江戸に戻るのに躊躇いがあった。離縁した元夫がいるからだ。

兵庫介が定十郎に弟子入りを志願した。仇討ちを諦めるなら弟子入りを許すと、定十郎は兵庫介の刀を預った。兵庫介は定十郎が又候敵討の相手であることを知らないでいる。
定十郎は和一の修行仲間に正体を見破られその男を殺害した。
そうした厄介事を抱えながらも、定十郎は江戸で大評判の鍼師となっていく。
しかし口入れ屋の寅次が定十郎の素性を掴んで、診療所に顔を出し定十郎を強請った。定十郎の剣の運びから正体を悟られたのだった。虎次はおせつの前の夫であった。

阿漕な寅次は金を届けにきたおせつを強姦し妊娠させてしまう。
妊娠を隠しておせつは兵庫介と夫婦になり、やがて男の子が生まる。しばらくは平穏で幸せな日々が続いた。しかし定十郎と兵庫介は仇討ちの連鎖から逃れられない運命にあった。

ところで、御典医に上りつめた杉山検校は、大奥で思わぬ人物に出会う。それは、定十郎が和一と入れ代わり異例の出世をしたと同じように、仰天ものの大出世をした人物である。そんな仕掛けが組み込まれていて楽しい。
読後、振り返ると、作者の奇想のアイデアがそこかしこに埋め込まれ、それが見事に奏功していることに、改めて感嘆させられる。傑作だ。→人気ブログランキング
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仇討検校/乾禄郎/新潮文庫/2020年
ねなしぐさ平賀源内の殺人/宝島社/2020年
機功のイブ 帝都浪漫篇/新潮文庫/2020年
機巧のイヴ 新世界覚醒篇/新潮文庫/2018年
悪党町奴夢散際/幻冬社時代小説文庫/2018年
機巧のイブ/新潮文庫/2017年
塞の巫女 甲州忍び秘伝/朝日文庫/2014年

2021年6月24日 (木)

五郎治殿御始末 浅田次郎

明治維新で、武士が高い地位から引きずり下ろされた。
武士だった人のなかには、変化になんなくついていける人も、ついていけない人も、変化に抗う人もいた。そこには悲惨な話もあるが、心が温まる話もある。
本書は『歴史・時代小説縦横無尽の読みくらべガイド』(皆川博子)に紹介されていた。
新しい西洋定時表示に面食らう男は、「1日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つで終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の1日が長く、冬の1日が短いのは道理であろう」(「遠い砲音」)と述べた。まったくその通りで、論理的な破綻はない。
不定時法で暮らす江戸の人々は季節を感じながら暮らしていただろう。定時法に縛られて暮らすわれわれはゆとりがなくなってしまった。
121ef962652c4abe9dad03ce23e6ba56五郎治殿御始末
浅田次郎 
中公文庫 
2021年

「椿寺まで」
御一新から六年、天涯孤独の身の十歳の新太は、小兵衛に連れられて椿寺に向かう。武士から商人に転じた小兵衛は十蔵を丁稚として引き取った。やっと辿り着いた山寺にいる女性の存在は、新太にとっては心躍ることであった。

「箱館証文」
大河内を訪ねてきた警官が、証文を出した。五稜郭の戦いで、大河内と相手は組み合ったまま坂を転げ落ち、大河内は馬乗りに組み伏せられ脇差を喉元に当てられ、相手は命を千両で売らないかと問うた。今見せられた証文が大河内の書いたその証文だった。明治4年の新貨幣条例で1両は1円に換算された。1週間の猶予を申し出た。月給10円の官吏がどうして1000円を工面できようか。

「西を向く侍」
成瀬勘十郎は30歳、七十俵五人扶持の御徒の身分。世が世ならば出世を果たすにちがいない異能の俊才である。子供の頃から神童と目され和算術と暦法を極めた。
御一新の後、御家人たちの身の振り方は三通りあった。武士を捨てて農商に帰するか、無禄を覚悟で将軍家とともに徳川家のお膝元、駿河に移り住むか、それと新政府に出仕する道である。
勘十郎は、五年の猶予で自宅待機している。妻と子どもは先祖のいる甲府で農家暮らしをしている。暦法の専門家として新政府に出仕していた成瀬は、失職ではなく待命であり、5年間、旧録の10分の1というわずかな給与をもらっている。
駿府に越していった一家の老婆が取り壊された屋敷を終の住処といって譲らず、居残ることになった。勘十郎は屋敷の離れにお婆を住まわせることにした。
明治5年12月2日をもって晦日とし、12月3日を新年とするとの、政府からの天朝様からの通達があった。勘十郎は、薩長者が要職についている文部省に乗り込んだ。
そこで、暦の変更は人々の暮らしを混乱させとりわけ農家に混乱をもたらすと、理路整然と持論を述べるが、何も変わらない。
勘十郎は婆様を駿府に届けて甲府に去るという。御徒という名のみ残して、皆この地を去ってしまう。因みに御徒とは、いざ江戸城内で事が起これば足で駆けつけられるところに住んでいるという意味だ。
「覚え方は西向く武士」と勘十郎はつぶやく。小の月を順に並べると、二、四、六、九、侍は「士」で十一。婆様は「勘十郎はさすがにおつむがよいわ。なるほど西向く侍か」といって娘のようにころころ笑った。

「遠い砲音」
倅に肩を揺すられて、土江彦蔵は目覚めた。父に似ず倅・長三郎は聡明だ。夜ごとお殿様のご相伴にあずかるものだから、彦蔵は二日酔いだ。下屋敷に他の御家来衆がいないのだから相手をせざるを得ない。
武芸の腕を買われお馬周り役を務めていた彦蔵は近衛砲兵隊の将校に推挙された。妻は死に13歳の息子と二人暮らしである。殿は19歳。誰にも先んじて髷を落とし、刀を捨て、西洋趣味の自由な暮らしを楽しんでいるように見える。
近衛法兵営は7時に砲術調練が始まる。西洋定時を受け入れがたい彦蔵にとっては、「1日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つで終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の1日が長く、冬の1日が短いのは道理であろう」という心境なのだ。時計を見るにしても、短針と長針の組み合わせが頭に入ってこないのだ。仕える殿は19歳、西洋定時ネイティブだ。

「柘榴坂の仇討」
御一新以来、世の中は全て変わってしまったが、侍だけは時が止まっているようだ。
彦根藩の志村金吾は井伊直弼を襲った佐橋十兵衛を追いかけ行列を離れ、その間に直弼は水戸浪士たちに暗殺されてしまった。主君を守れなかった大罪を犯した金吾に対し、彦根藩は、直弼の墓前に水戸浪士の首を捧げることを命じた。
十兵衛は車夫になっていた。十兵衛の居場所を突き止めたその日に、新政府は「仇討禁止令」を布告した。
十兵衛の引く人力車に金吾は乗った。柘榴坂を登り切ったところで十兵衛は車を止め、「自分を討ってくれ」と願い出る。金吾は自分の刀を与え、十兵衛に一騎打ちを申し出た。
侍にとって切腹と断首とは天と地のちがいがある。正しくは死罪とは断首のことであり、切腹は死を賜るのである。
「命懸けで国を想う者を無下にするな」という直弼の言葉と「国を憂うる者の無私の心情を、おろそかにしてはならぬ。それを踏みにじって断首を下せば、命をかけて国を憂うる者がいなくなる」という上司の言葉を思い出し、金吾は一騎打ちを止めるのだった。金吾は十兵衛に「新しい人生を生きてくれ」と諭し、十兵衛はその言葉を聞き泣き崩れる。

「五郎治殿御始末」
岩井の家は代々桑名藩11万石松平越中守の家来あった。明治の時代がやってっきて桑名は天皇陛下に弓を引いた賊名を蒙って、ひどい有様になった。
父は飛び地の柏崎で北越の戦いで死んだ。
母は尾張の出で、御一新で尾張は薩長に伍したゆえ、岩井の家と母の実家は敵味方になってしまった。母は姉と尾張の家に戻り、祖父と惣領である私は桑名に残った。
屋敷は荒れ家来は逃げ遅れた老夫婦だけだった。
明治四年廃藩置県で、桑名藩は桑名県となり、翌年三重県になり、県庁は四日市に移った。祖父・岩井五郎治は桑名の役所に勤めていたが、翌年お役御免なった。桑名の上士であった祖父は、旧藩士の職を解く役目を担い、人々の恨みを一身に買っていた。
祖父は若くして禿げ上がり月代を剃る必要がなくっけ髷をつけているように見えた。
御役御免なった日、いくらか支払われる金子を断ったという。
祖父はお前は尾張の母の元に行けという。
幼い私にも噂は届いていた。父は立派な桑名藩士だが、祖父は算盤勘定しか知らぬ腰抜けだと。
そして、道具屋にすべてを売り、その金を寄る辺のべのない藩士に与え、使用人の老夫婦には多すぎる新券紙幣を当人たちが驚くほど過分に手渡した。私は尾張の母の実家の世話になりたくないといった。
死出の旅になった。祖父が脇差で私の喉を刺そうとしたとき、尾張屋忠兵衛と名乗る男が現れ、祖父を説得した。
私は尾張屋で丁稚奉公を始めた。ある日、尾張屋に警察が祖父の遺品を届けにきた。祖父は西南戦争で政府側の兵士として勇敢に戦ったという。遺品は脇差ではなく、つけ髷だった。→人気ブログランキング
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五郎治殿御始末/浅田次郎/中公文庫/2021年
一刀斎夢録/浅田次郎/新潮文庫/2013年
壬生義士伝/浅田次郎/文春文庫2012年
輪違屋糸里/浅田次郎/文春文庫/2007年

2021年5月 3日 (月)

藍染袴お匙帖 藁一本 藤原緋沙子

シーボルトに師事した外科医・桂千鶴は評判がすこぶる良い。亡くなった父・桂東湖から桂治療院を継いで、治療に犯罪捜査に奮闘している。千鶴は藍染めの袴をはいて往診するので「藍染先生」と呼ばれている。
ストーリーは、ちょっと待ってくれと言いたいくらいスピーディに進む。

7851fc8d2a2b45c0849b0c0fe9d7c8f8藍染袴お匙帖 藁一本
藤原緋沙子
双葉文庫
2019年 ✳︎7

「藁一本」
両親を亡くした姉弟の姉が働いて金を稼ぎ、京で医学の勉強に励む弟・梅之助に仕送りをしていた。梅之助が師事する医者は金の亡者で評判が著しく悪い。梅之助はこっそり江戸に舞い戻って、姉からの仕送りの金を博打に注ぎ込んでいた。千鶴は梅之助を桂治療院で仕事をさせようとしたが、半日で姿を消した。
呉服屋の桑島屋徳兵衛が寄り合いの帰り道に、附子(トリカブト)を飲まされて毒殺された。附子の出所をたどると、桂診療所の名を語って梅之助が手に入れていた。姉弟の父親は、若い時に徳兵衛と一緒に働いていたが、徳兵衛の罠にはまり10両を盗んだ犯人に仕立て上げられた。父親は解雇され、酒浸りになり流行病にかかり亡くなった。母親も間もなく亡くなった。
徳兵衛は賭場に出入りしていて、賭場の人間を脅し借金を帳消しにさせたのだった。徳兵衛は賭場の者によって無理やり附子を飲ませ殺された。
南町奉行の与力と同心20名が賭場に入り、一味を一網打尽に捕縛した。梅之助は弱みに漬け込まれて加担したが、直接手を下したわけではないことがわかった。

「桜狩」
御目見(おめみえ)医師の候補が辻斬りで殺された。御目見医師は町医者でありながら必要なときにお城に呼ばれる。末は役高をいただけるような医者になれるという。牢医である千鶴も候補に上がっている。
お初という娘が田楽の屋台を出す巳之助を好きになって、所帯持ちか訊いてくれと千鶴に頼んだ。巳之助は兄を殺した相手を追って江戸に出てきた武士だった。
御目見医師候補の島田祥助は腕が悪いが、山城屋の娘と婚姻が決まっていて、診療所を建設中だという。山城屋は幕府御用達だ。娘婿になる男に大金を使って御目見医師に推挙することは簡単だ。そして御目見医師候補がまたも殺された。次は千鶴が狙われる。
お初が手伝うようになって巳之助の屋台は繁盛するようになった。そこに千鶴とお道が田楽を買いに現れると、浪人に斬りつけられた。浪人は巳之助が追う仇であった。巳之助によって浪人は自害に追い込まれた。
かくして桜の花びらが舞うなか、巳之助はお初に、菊池求馬は千鶴にプロポーズするのだった。→人気ブログランキング

藁一本 藍染袴お匙帖/2019年
風光る 藍染袴お匙帖/2005年

2021年4月26日 (月)

風光る 藍染袴お匙帖 藤原緋紗子

千鶴は、医学館の教授方であった父・桂東湖の遺志を継いで江戸府内でも珍しい女医となって3年が経つ。藍染川沿いにある200坪ばかりの土地に、住居を兼ねた治療院が建っていて、裏庭は薬園になっている。西陣の平織りの生地を近くの紺屋で染めた袴をはいて往診する。人は千鶴を藍染先生と呼ぶ。

主な登場人物を紹介する。千鶴は父の時代から女中として桂家に奉仕するお竹、医師を目指す助手のお道の3人で住んでいる。おじの酔楽は千鶴を娘のように可愛がる医者。南町奉行の同心、浦島亀之助はなにかにつけ治療院に顔を出し千鶴の気を引こうとする。岡っ引きの猫八こと猫目の甚八は、頼りない亀之助の代わりにこまめに動く。菊池求馬は200石旗本の当主だが仕事がない。治療院に顔を出して千鶴を助け、事件を解決に導く。千鶴とは相思相愛の仲である。
『藍染袴お匙帖』シリーズは、2010年にNHK土曜時代劇で『桂ちづる診療日録』のタイトルでドラマ化された。桂千鶴を市川由衣が演じた。

82a36d6db4be4e639989d1fdb1337a39風光る 藍染袴お匙帖
藤原緋紗子
双葉文庫
2005年

「蜻火(かげろひ)」
新しい建物を建てようと土を掘り返したところ、人骨が出てきた。南町奉行所同心定中役の浦島亀之助は千鶴の知恵を借りようと治療院にやってきた。妻に逃げられた亀之助は千鶴にぞっこんで、何かと治療院にやってくる。
徳蔵が相模屋の番頭を辞して、人骨が出た土地に店を出したのが3年前。2年前に、徳蔵一家が神隠しにあった。
千鶴はおじの酔楽先生から届いた粘土を使って、頭蓋骨にスーパーインポーズを施す。すると、それは明らかに徳蔵の顔であった。
徳蔵の妻だったおきちは、巳之助という悪徳高利貸しと一緒にいることがわかった。巳之助は徳蔵を殺して縁の下に埋め、おきちと娘をさらった。そして、阿漕な取り立てをする金貸として羽振りが良くなっていたのだ。
亀之助と大勢の小者で、巳之助一味の根城である向島の一軒家に踏み込んだ。

「花蝋燭」
やくざ者を殺したお栄が牢の中で子どもを産んだ。産後の肥立ちが思わしくなく、お栄は息を引き取った。千鶴はことの真相を明らかにしてくれるよう女囚たちに哀願された。
女中として蝋燭屋の三国屋に入ったお栄は絵心があり、お栄が絵を施した花蝋燭は三国屋に客を呼び寄せた。養子であった与茂助は店の繁盛で三国屋の跡取りになれたのだ。千鶴は仕入れで西国巡りから帰ってきた与茂助に直接真相を訊く。
殺された銀六から与茂助は強請られていた。銀六がお栄に匕首を突き付けると、お栄は銀六の手首に噛みついた。与茂助は銀六目がけて材木を振り下ろすと、避けた銀六の上に材木が倒れてきて頭に当たりそのまま銀六は死んだ。お栄は自分が手込めにされそうになって、材木で殴ったと奉行所に申し出たのである。
与茂助はお栄を妻に迎えようと思っていた。お栄が産んだ子どもは与茂助の子どもだったのだ。
 
「春落葉」
賊は裸にして後ろ手に縛り口と目に鳥もちを塗った有森藩の中間に、「これで思い知ったか」と捨て台詞をして立ち去ったという。両国橋の西詰で小鳥に芸をさせている痩せた老人・宇吉が、桂治療院に運ばれてきた。宇吉の腹には手の施しようのない腫瘤があった。
宇吉は鳥刺しである。鳥刺しとは御鷹匠の差配で鷹の餌をとる者だ。おおかたは町人が請け負うが帯刀を許されている。鷹には1日雀10羽を必要とする。そんな宇吉がなぜ江戸にいるのか。
そして、またもや鳥もち事件が起こった。おふさという長唄の師匠で、有森藩の御留守居役の須崎源之丞の妾だった。
その昔、有森藩の城下で呉服商を営んでいた井筒屋の息子兄弟が、傷ついた雉を助けようと捕まえた。兄弟は、国家老の三男坊・須崎源之丞に御鷹場で禁止されている鳥を捕獲したと、鳥もちで追い回され、弟の顔を鳥もちが覆い殺された。井筒屋は藩に事の次第を訴えたが、兄・儀一の作り話と退けられ井筒屋は追放になった。その一部始終を見ていた宇吉は、源之丞の仕業だと言い出せなかったことを後悔した。
鳥もち事件の犯人は儀一の仕業と分かった。源之丞は酒宴の席で庭に出て、鳥もちを口に放り込まれて死んだ。源之丞の隣には年老いた男の小さな骸が転がっていた。

「走り雨」
弟子のお道を人質に取られた千鶴は、ある町家まで目隠しで駕籠で連れていかれ、人質解放と引き換えに若い侍の肩の創を縫合した。
おじの酔楽が風邪をひいたから、代わりに、大目付の下妻の子どもを往診しろという。子どもはよくある便通の支障であった。下妻の妻が一昨日5人の覆面武士が侵入してきて、警護の武士が、そのうちのひとりに肩に傷を負わせたという。
千鶴は、駕籠の中で橋を渡って坂を登り鐘を聴き、石段を登り、琵琶の音を聞いたことを頼りに、連れていかれた町屋の場所を突き止め、菊池求馬とともにその家に乗り込んだ。そこには肩を切られ治療を受けた順之助がいた。
本山藩は藩主が贅沢をして農民の食い扶持までも税として納めさせた。下妻は疲弊した18ヶ村を幕領として取り上げ、石高を下げ農民たちを救ったのだ。下妻を襲った順之助たちは自分たちの藩主が正しいと誤解していたのだ。血気盛んな5人の前に、千鶴、求馬、酔楽、下妻が現れて、下妻が真実を切々と伝えるのだった。結末は泣ける。→人気ブログランキング

藁一本 藍染袴お匙帖/2019年
風光る 藍染袴お匙帖/2005年

2021年4月10日 (土)

婆沙羅 山田風太郎

婆沙羅大名と呼ばれた佐々木道誉が主人公である。
婆沙羅とは、仏語で物狂いに近いほど綺羅を飾った服装や風俗を指し、見栄を張り遠慮なく振舞うこと。
鎌倉幕府の打倒に失敗して隠岐島へ御流された後醍醐天皇は京に戻り、足利尊氏擁する光明天皇に対抗して吉野の地に南朝をたて、南北朝時代が始まった
足利尊氏を補佐するのは尊氏の弟・足利直義である。直義が尊氏に仕える悪辣な高ノ師直、師泰兄弟を討つと、道誉は直義を殺害した。尊氏が亡くなると、道誉は尊氏の息子・尊詮の寵臣となった。乱世だからこそ上手く立ち回わることで道誉の存在価値がある。
5469a3df58c04807a8d6c59e3d88357b婆沙羅
山田風太郎
講談社文庫
1993年

朝廷の監視機関である六波羅探題襲撃の計画が発覚し、後醍醐天皇は隠岐島に御流されることになった。牢内の天皇は常人の3倍の食欲があり要求が通らないと断食を始める。餓死させるわけにいかないから要求通りになる。21人の妾から隠岐島に連れていく側妾3人を真言密教の大秘法で選びたいという。牢番の検非違使である佐々木信誉は許可した。邪教立川流にのっとった大秘法は、淫卑極まりないものであった。

道誉は後醍醐天皇の御流の旅に1500人の警護をつけた。道誉は天皇はいずれ京に戻ってくると予測したが、道誉の予想通り後醍醐天皇は翌年6月に隠岐から戻ってきて、「建武の新政」が始まった。そして世は乱れに乱れた。

道誉は後醍醐天皇寄りの立場と見せておいて、鎌倉幕府を倒した功労者である楠木正成に「帝とは距離をおいた方がいいのでは」と助言した。正成は「帝が天魔鬼神でおわすとも必ずお守りして死ぬるものと覚悟している」と答えた。

尊氏は、人に対して憎悪の念を持たない、物を惜しむところがない、小事に拘らない性格である。動揺の震源地は反勢力の南朝にあるが、その存在をあたかも認めているのが尊氏である。弟の足利直義は優柔不断な兄を補う分、冷徹な合理主義者である。

尊氏に仕える高ノ師直、師泰兄弟は強欲で好色であり悪辣であった。ふたりは、次第に主を主とも思わぬようになった。足利氏の内紛である観応の擾乱で、尊氏は高兄弟を庇ったが、直義は高兄弟は許せないとふたりを惨殺した。その背後には道誉がいた。
道誉は乱世であればあるほど自分のやりたい放題がやれると思っていた。

尊氏が息子の尊詮に政務に与えた職を直義に返さなかったことで、直義は尊氏に叛旗をあげた。
道誉は寺に幽閉されていた直義を毒殺すると尊氏に持ちかけそれを実行した。
尊氏は直義の死後、悪夢を見ることが多くなった。
そして尊氏が背中の化膿が悪化して亡くなると、道誉は尊詮の寵臣となった。そのとき道誉は53歳であった。
婆沙羅大名佐々木道誉を通して百鬼横行の乱世・南北朝時代を描いた傑作。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
明治バベルの塔(山田風太郎 明治小説全集12)/ちくま文庫/1997年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年
明治断頭台/文春文庫/2012年
婆沙羅/講談社文庫/1993年

2021年3月29日 (月)

明治バベルの塔

明治時代は日本刀で人を斬る話が出てきても違和感はない。政治家は妾を持ち放題であるし、むしろ財を成した人物は本妻の他に妾がいて当たり前である。
変化についていけず存在理由を前の時代にすがろうとした者がいた。変化に身を任せ悠々と生きていく者もいた。そんな大雑把で落ち着きがない明治時代を舞台に、博覧強記の著者は奇矯なアイデアで描く。一編一編が際立って面白い極品の短編集である
Photo_20210329142801明治バベルの塔(山田風太郎 明治小説全集12)
山田風太郎 
ちくま文庫 
1997年

明治バベルの塔
明治34年7月、京橋弓町の「万朝報」の社長室。社長の黒岩涙香は40歳、論説社員の幸徳秋水は31歳であった。涙香は総理大臣桂太郎が芸者を妾にしようとしている記事を書いている。のちに大逆事件の首謀者として捉えられる幸徳秋水は「万朝報」の辣腕記者である。宗教家の内村鑑三も記者である。
涙香は足尾銅山に絡む汚職を新聞の賞金クイズを通じて暴くという突飛なアイデアを使う。

牢屋の坊ちゃん
明治28年、清国の講和全権大使李鴻章をピストルで撃った男が釧路の監獄に護送された。その男・小山豊太郎は上州の村の素封家の家で育った。父親は県議会議員、本人は慶應義塾に籍を置いたこともある。
監獄では反抗的な態度を取ったことで独房に入れられたり、「闇室五昼夜」という懲罰で狭い部屋に入れられたりした。6年過ぎて釧路監獄は廃止され網走監獄に移ることになった。その後、脱走に加わらなかったことで仮釈放となる。
夏目漱石の『坊ちゃん』の無鉄砲な主人公ならば、小山豊太郎のような獄中生活を送ったかもしれないという発想で、『坊ちゃん』の文体を模倣して描いたと、「作者後口上」で書いている。

いろは大王の火葬場
木村壮平は、政府から払い下げられた牛の屠殺場を運営し、また数多いる妾に牛鍋屋をやらせ、さらに高機能の火葬場を建てた。ところが、この高級火葬場で火葬する第一号が見つからない。宣伝効果を狙って第一号は有名人にしようと部下にセールスさせるが、適当な人物が見つからない。

四分割秋水伝
幸徳秋水を、著者独自の上半身、下半身、背中、大脳旧皮質の4つの視点から描く。上半身はタテマエ、下半身は性的な面や世俗な姿を見せる家庭など、背中は逆の反面、そして大脳旧皮質は本人も意識できない原始深部の声であると、「作者後口上」で書いている。
天皇の暗殺を企てた罪で死刑となった幸徳秋水の、裏も表も心の中もすべてを描き出すということだ。

明治暗黒星
伊庭想太郎は、元禄年間に生まれた心形刀流の第10代目である。明治34年、想太郎は強引な政治手法と金権体質から波乱に人生を送る星亨を刺殺した。2人の生き様を描く。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
明治バベルの塔(山田風太郎 明治小説全集12)/ちくま文庫/1997年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年
明治断頭台/文春文庫/2012年
婆娑羅/講談社文庫/1993年

2021年3月21日 (日)

明治断頭台

幕府が瓦解し新政府が発足したとはいえ、世の中のあらゆるところに矛盾が転がっていた。そんな明治の初期、主人公である香月経四郎と川路利良は太政官弾正台の大巡察であった。その職権はのちの検事局、警視庁、憲兵隊、会計監査院を兼ねたものであるという。2人は将来日本の警察を背負って立つ人物と目されていた。
政府は正義の具現者であるべきだというのが経四郎の信念である。川路は経四郎のそうした考え方に前のめりになるなと釘を刺す。2人は事件の謎解き合戦をはじめるのである。
Photo_20210321122501明治断頭台
山田風太郎
文春文庫
2012年

明治2年秋、東京の5人の邏卒(明治初期の警官の称)は、平民の弱みに漬け込んで金をせびるようなことをしていた。明石町の番所に酔っ払いが保護されると、羅卒は目覚めた酔っ払いに命が助かったのだから財布ごと置いていけといった。

鍋島藩切っての剣の名手香月経四郎は、文久3年(1863年)欧州使節団護衛役として欧州行きに参加したが、病気になりパリに置き去りにされ3年後に帰ってきた。パリから追いかけてきた金髪の美女エスメラルダは、パリ代々の首切り役サンソン一家の9代目にあたる。佐賀屋敷で香月経四郎と同棲をしている。叔父の真鍋直次が令嬢のお縫を連れて現れ、金髪娘をフランスにさっさと返して、お縫と結婚しろという。
経四郎はエスメラルダの父が作ったフランス式のギロチン台を、小伝馬町牢屋敷の斬罪場に作られた小屋に持ち込んだ。

まずは3人の極悪人の首をギロチンで刎ねる。その切れ味の鋭さを見せつけておいて、5人の邏卒に次はお前たちの番だと脅したものだからビビった。以後、邏卒たちは経四郎の手となり足となって働くようになる。

ギロチンによって職が脅かされる人間もいる。江戸時代から藩に引き継がれてきた首切り役だ。罪深き人間とはいえ、せめて切り手の魂の伝わる刀を持ってあの世に送ってやるのが日本人の古来の美風であるまいかという理屈だ。首切りはなんでも実入りがいいらしい。

2人が捜査したのは、築地ホテル館での胴斬り事件、神田川の人力俥墜落事件、永代橋の首吊り事件、築地居留地の足切り事件、そして5つの首事件である。それぞれの事件は、巫女に扮した金髪のエスメラルダの降霊術で真相が暴かれる。
そして、経四郎は政府内で起こった汚職事件を調査を開始する。

最後は圧巻だ。
山県有朋が陸軍の金を山城屋に融資して大損した。その調査を中止するように西郷隆盛から川路は頼まれた。薩摩人の川路は断れようはずもなかった。問題は佐賀出身の香月経四郎だ。
経四郎に事件から手を引かせようと、エスメラルダに禁断の書の翻訳を依頼して陥穽にはめた。エスメラルダは捕まり断首の刑が決まった。川路は経四郎にエスメラルダを助けるかわりに山城屋事件から手を引くようにと持ちかけた。経四郎は承知しなかった。

エスメラルダの処刑が決まっても、経四郎は淡々と日々の仕事をこなした。斬首の日になると経四郎は小伝馬町牢屋敷に関係者を集め、口上を述べた。5つの事件の裏に邏卒が絡んでいたことを連綿と述べ、邏卒たちを牢にぶち込んだ。さて、そこから痛快な大円団に向かう。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
明治断頭台/文春文庫/2012年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年

2021年3月17日 (水)

甲賀忍法帖

73歳の家康は、秀忠のあとを国千代と竹千代のどちらにするかで迷っていた。
後継者選びを甲賀と伊賀の忍者対決で決めてはどうかと、天海僧正は提案した。伊賀が勝てば竹千代が、甲賀が勝てば国千代が三代将軍になる。
一方、甲賀と伊賀は和睦が成就しようとしていた。愛し合う甲賀弦之介と伊賀の朧が夫婦になれば400年にわたる甲賀と伊賀の悪縁が氷解する。しかし天海僧正のこの進言で、伊賀甲賀の10人ずつが選抜され、勝ち負けを競うことになってしまった。駿府城にたどり着けるのは甲賀なのか伊賀なのか。
Photo_20210317181601甲賀忍法帖
山田風太郎  
講談社文庫 
1998年

その10人とは、甲賀は、甲賀源之助、その祖父の甲賀弾正、風待将監(かざまち しょうげん)、鵜殿丈助(うどの じょうすけ)、地虫十兵衛(じむし じゅうべえ)、室賀豹馬(むろが ひょうま)、霞刑部(かすみ ぎょうぶ)、如月左衛門(きさらぎ さえもん)
、陽炎(かげろう)、お胡夷(おこい)。
一方、伊賀は、お幻(おげん)、朧(おぼろ)、小豆蠟斎(あずき ろうさい)、朱絹(あけぎぬ)、蓑念鬼(みの ねんき)、夜叉丸(やしゃまる)、蛍火(ほたるび)、雨夜陣五郎(あまよ じんごろう)、薬師寺天膳(やくしじ てんぜん)、筑摩小四郎(ちくま こしろう)。
ここで、以下の4名の術を紹介する。
甲賀源之介、殺意を帯びて襲いかかる者を自滅させる瞳術の使い手。陽炎、彼女が欲情に駆られる時は、吐息が猛毒をおび、抱いた者は死に至る。朧、おっとりした温和な性格だが、見るmだけであらゆる忍法を破る破幻の瞳を生まれつき備えている。薬師寺天膳、伊賀の副首領、何度殺されても蘇る不死の術をもつ。初手では殺されることが多いが、これによって相手の忍術を見破り、再度戦っと時には相手を殺害する術を得意とする。

まずは、源之助の祖父・弾正と朧の祖母・幻が相見えた。かつて愛し合った二人だったが、術の掛け合いでお互い事切れた。これで9人対9人になった。
選抜リストの巻物は、1巻は鷲が掴んだまま伊賀鍔の谷に向けて飛び去り、もう1巻は風待将監が所持して甲賀に向かった。和睦決裂がいち早く伝わった伊賀者たちは、書状を甲賀に届けさせてはならないと、5人の伊賀者が風待将監の待ち伏せた。

そんなことはつゆ知らず、甲賀源之助と鵜殿丈助が伊賀の鍔の谷に向かっている。そこで源之助は朧と出会い、丈助は朧の世話をする朱絹にちょっかいをだす。源之助は朧と夫婦になれるとばかり思っている。

隠れ谷での宴は終わったが、朧によって集められた人々が本心から弦之助を歓迎する気持ちを抱いていたものが何人いたか。
ところが、伊賀者は風待将監を葬ったばかりでなく、卍の里に忍び込み、甲賀を襲った。和睦の日が迫っているのに伊賀者が襲ってきたことが、甲賀の古強者たちには解せなかった。
甲賀もその理由を知ることとなり、全面戦争に突入する。
相手を殺した者が次の相手と戦う、トーナメント戦のように、殺し合いが続く。
そして、最終段階に入り、残った甲賀伊賀の忍者たちは、駿府城を目指している。甲賀は弦之助と陽炎、伊賀は天膳と朧が残っている。
駿府城にたどり着けるのは甲賀なのか伊賀なのか。甲賀・弦之助ロミオと伊賀・朧ジュリエットの運命はいかに。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
明治断頭台/文春文庫/2012年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年

2021年3月 4日 (木)

ラスプーチンが来た

のちに、ヨーロッパに駐在し、ロシアの革命党員を手助けした諜報員・明石元二郎大佐の青春時代の物語である。
東条英機の父親や二葉亭四迷や森鴎外、学生の正岡子規と夏目漱石、チーホフ、内村鑑三、津田梅子、川上音二郎一座が顔を出す。このうち、二葉亭四迷と内村鑑三は濃厚にストーリーに絡む。歴史上の人物を登場させるそのさじ加減が絶妙だ。
Image_20210304155901ラスプーチンが来た
山田風太郎
文藝春秋
1984年

明石元二郎は越前黒田藩の士族の子、遠慮とか恐怖心というものを先天的に欠いた性質である。ズボラで不潔であるが、なんとも言えない愛嬌があり、友人はもとより直属の上司に認められている快男児である。

明石は参謀次長から乃木家のごたごたを鎮めるようにと頼まれた。乃木希典の妻・静子は嫁姑の確執で家を出ている。静子が相談したのが伊勢神道占の稲垣黄天。占いは当たるというが、人の弱みに付け込む悪人だ。

森有礼(ありのり)文部大臣は国語を英語になどと提案する西欧かぶれである。森有礼暗殺事件(明治22年2月)は、伊勢神宮の社殿の御帳をステッキでめくったという不敬を働いたことに激怒した内務省の役人が、暗殺に及んだ。
そのとき社殿を案内したのが禰宜を務めた竜岡左京だった。不敬な行動などなかったと竜岡が稲垣黄天に話したところ、稲垣がまったく逆の話にすり替えた。竜岡が森文部大臣の暗殺をそそのかしたという噂を流すと竜岡を脅した。
稲垣は竜岡の娘・雪香を巫女として人身御供に出せと迫っている。
竜岡の妻にはむくつけき男に抱かれたいという淫乱な性癖があって、10年前に家出して娼婦の道を選んだ。妻は血友病の遺伝子を持つが、その血は雪香に引き継がれている。

乃木家と関わるうちに、あこぎな稲垣が雪香を手中にしようしていることを知り、雪香の美貌に心ときめいた明石は、結婚を申し込んだ。血友病の遺伝子が雪香に承諾を躊躇させる。

一方、北のサハリンでは、チーホフが強制収容所を見学に来ている。町の娼館で喀血が止まらない日本人娼婦がいた。モスクワ大学医学部出身のチーホフは診察を頼まれるが、なすすべはなかった。娼婦は夏香と弟の綱太郎の母親であった。チーホフに娘宛の手紙を託した。そんななか、ラスプーチンがサハリンに現れ、チーホフは日本に上陸するというラスプーチンに娼婦の手紙を託したのだった。

ラスプーチンが日本に上陸してから、話が急展開する。
破天荒な明石元二郎、権謀術数を弄する稲垣黄天、ふたりは雪香の争奪戦を繰り広げるが、ふたりは同類の特異な人間である。そこにロシアから、特異さではふたりのはるか上をいく怪人ラスプーチンが東京に現れ、四谷の貧民窟で生活をはじめる。

ロシアで娼館を建てたいとの野心を持つ二葉亭四迷は、ラスプーチンにウラジオストクに連れてってもらおうとする。ラスプーチンは預かった雪香宛の手紙を見せた。ラスプーチンは直接雪香に渡したいという。二葉亭四迷は雪香を四谷に連れて行った。ラスプーチンは雪香をそばにおいて直接教育してみたいという。

ロシアのニコライ皇太子が、ギリシャからインド洋を経て、日本にやってきた。
ラスプーチンの日本上陸の目的は、ニコライ皇太子に会うことであった。
そして明治24年5月11日に大津事件が起こる。滋賀県の大津町で警備にあたっていた警察官・津田三蔵がニコライ皇太子に突然斬りつけ皇太子が負傷した。ラスプーチンが現れ皇太子の創に手を当てると、創は小さくなった。

雪香はラスプーチンとともに母がいるシベリアに行くという。
哀れ明石元二郎は恋に敗れたのだった。→人気ブログランキング

血友病はX連鎖劣性遺伝病で、この遺伝子を持つ女性から生まれる男児は、1/2の確率で血友病になる。女児は血友病にはならないが、1/2が血友病の遺伝子を持つことになる。

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
明治断頭台/文春文庫/2012年
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