インターネット

オンデマンド(ペーパーバック)

アマゾンを探っていると、絶版の本に「オンデマンド(ペーパーバック)」と見慣れない単語が目についた。中古本の表示がなく、オンデマンド(ペーパーバック)「1新品」となっている。要するに中古本は扱っておらず、定価の約2倍のオンデマンド(ペーパーバック)という仕様の本が1冊あるという意味である。とりあえず購入した。

「オンデマンド(ペーパーバック)」は、POD (プリント・オン・デマンド)ともいう。ネットの書籍の売り上げは、草食恐竜ブラキオサウルスの姿をグラフにした形になっていて、頭部はよく売れるベストセラー本、尻尾は古書や絶版本が相当する。たまにしか売れないが一定の需要はある「ロングテール」の部分に、「オンデマンド(ペーパーバック)」が加わった。

通常の本は出版社が定価を決める「再販制度」に基づいて数千〜数万冊を出版社が印刷して書店におろす。「再販制度」とはメーカーが小売店に対し、商品の販売価格を拘束する制度だ。本、雑誌、新聞、音楽ソフトなどは、全国一律の価格で販売されている。独占禁止法に抵触するとの批判があり見直しが迫られている。
オンデマンド(ペーパーバック)では、注文が入ってから1冊ずつ印刷する。出版社は在庫リスクや保管費用を減らせるほか、絶版となった本もPOD用のデータさえあれば販売できる。
オンデマンド(ペーパーバック)は「再販制度」の対象外で、書店が本の売値を決められる。オンディマンド(ペーパーバック)が威力を発揮するのは、出版部数が少なかった、いわば売れ筋ではなかった本だ。本来なら忘れ去られていく本が何かの理由で多少の需要が出てきたときに活躍する。

さて購入したオンディマンド(ペーパーバック)である。装丁はどことなく海賊版風である。乱暴なことに帯は表紙と一体で印刷されている。さらに、まるで工業製品のようである。どこもかしこも角ばっていて、ページを開くと硬い。1ページずつめくりづらい。ページを開くと硬い紙が開かれまいと抵抗するし、閉じると開きグセがついて開いたままになる。

さて、オンディマンド(ペーパーバック)は、絶版図書を蘇らせる光明なのか、あるいは駆逐されつつある紙文化のはかない灯火なのか、はたまたペーパレス時代の到来を加速するあだ花なのか。

なぜ本の名称に「カッコ」をつけるのか。オンディマンド・ペーパーバックでは不都合があるのか。そんな疑問を抱いていた、たった2週の間に、ペーパーバックで統一された。→人気ブログランキング

『AI以後 変貌するテクノロジーの危機と希望』

喫緊に方向性を見出さなければならないAIへの対処について、4人のAI研究者へのインタヴューを掲載し、編者が解説をくわえている。AIに、意識を持たせることができるか?道徳観を持たせることができるか?さらに自律的になりうるか? そして、AIで人間は何者になるのか? について論じている。


AI以後: 変貌するテクノロジーの危機と希望 (NHK出版新書)

丸山 俊一 + NHK取材班
NHK出版新書 2019年10月 ✳︎7
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マックス・デグマーク(宇宙物理学者、MIT教授)
初期のAIわかりやすい論理だった。現在のAIシステム、ディープラーニングによるニューラルネットワークは、多少の間違いは許容範囲という設定がなされている。しかもブラックボックスである。初期のAIと現在のAIを統合して、少なくとも人間が理解可能なAIを作ることが、デグマークのビジョンだという。ブラックボックスでは、まずいということだ。

デグマークは「意識」をもつAIを開発することを目指している。意識は主観的体験と定義できる。意識とは道徳のことでもある。
ほとんどのAI研究者はもう数10年で汎用人工知能(AGI)を実現できると思っている。

ウェンデル・ウォラック(倫理学者、イエール大学研究員)
道徳倫理には二つの立場がある。一つは自分たちが属する社会が定めたルールを守ることが道徳的だとする立場。もう一つの理論は、ベンサムの功利主義。行為の良し悪しはルールを守るかどうかではなく、行為がもたらす結果や影響によって判断される。著者が主張する第三の理論は、正しくて良い行為は性格の良い人が実現するもの。

安全性と社会的利益を両立させるために、AI自身が道徳的判断を下せるようにすること、それを人工道徳的エージェントと呼ぶが、求められるようになると考えている。

ダニエル・デネット(哲学者、タフツ大学教授)
AIは心を持たない「知的ツール」であるべき。自律性を持つということはAIが人間を欺くことも覚悟しなければならない。AIを、制限された、視野の狭い、隔離された、孤立した知的ツールに留めておくべきである。質問に答えてくれる賢い機械であり、それ以上の野心を持たない存在に留めおくべきだ。
AIが意識のようなものを獲得する可能性はあるが、決して人間のようになれないと断言する。

ケヴィン・ケリー(著述家・編集者)
AIの存在によって曖昧だった人間の倫理が問われている。私たちは道徳や倫理を共有できていない。
「テクニウム」とは、テクノロジーが大規模で相互に結ばれたシステムを指す。生命を「自己再生可能な情報システム」としてみると、ヒトの次の進化形を「テクニウム」と名づけた。

丸山俊一
AIの理性を論じるとき、人間の倫理や道徳がいかに曖昧なものかを思い知らされる。地域や人間によって倫理や道徳に違いがある。
啓蒙主義的な考えやデカルトの2限論的な考えはAIを論じるときに通用しない。
汎用性AIをどう捉えるか、漸進性、つまり手探りで理解が深めていくということも重要であるとする。

AI以後 変貌するテクノロジーの危機と希望』丸山俊一(編著)+NHK取材班 NHK出版新書 2019年10月
銀河帝国は必要か? ロボットと人類の未来』稲葉振一郎 ちくまプリマー新書 2019年9月
AI倫理 人工知能は「責任」を取れるのか』西垣 通 河島茂生 中公新書クラレ 2019年9月
虚妄のAI神話 「シンギュラリティ」を葬り去る』ジャン=ガブリエル・ガナシア/伊藤直子・他 ハヤカワNF文庫 2019年7月

『AI倫理 人工知能は「責任」を取れるのか』西垣 通 河島茂生

自動運転で事故が起きたら、誰が責任をとるのか。ドラバーはいない。自動運転車の使用者か設計者か。誰も責任をとらないこともありうる。AIに関して法的かつ倫理的な問題を解決する必要がある。

現在は、ロボット開発の第三次ブームとされ、このブームは2010年からはじまった。その特徴は、論理的な正確性を放棄したことにある。法律家も医者も、過去のデータから推察して判断している。とすれば、AIの出力する結論が「だいたい合っている」なら、十分に人間の代わりになるという考え方である。
その技術の中核は、「深層学習(Deep Learning)」と呼ばれるパターン認識システムである。


AI倫理 人工知能は「責任」をとれるのか (中公新書ラクレ)

中央公論新社 (2019-09-06) ✳︎9
売り上げランキング: 58,176

現時点では、簡単な文章ならば翻訳が可能であるが、外交文書などの複雑な文章を機械翻訳に委ねることはできない。言い換えれば、間違えるAIという前提にもとづき、誤りを生じたときの倫理的問題を解決しない限り、現在のAIは使い物にならない。

アイザック・アシモフのロボット三原則は、加害禁止、命令服従、自己防御である。この三原則は家電にも当てはまる。安全で便利で長持ちするという機械に求められる当たり前の特性に過ぎない。アシモフの三原則は、AI倫理を考察する上で頼りにならない。

では、AI倫理はどのような哲学理論を採用すればよいのか。
近代社会における倫理思想として、これまでは集団の公共的利益を重視する功利主義(ベンサム)と、個人の基本的権利を尊重する自由平等主義(カント)の二つが主流だった。そこへ個人的自由の最大化を目指す自由市場主義(リバタリアニズム)が支持を集めるようになった。
ベトナム戦争以降に米国社会で広まった「すべてを金で買える」というリバタリアンの価値の金銭還元主義に対する、モラリストからの強い反感を理論化したのが、マイケル・サンデルの共同体主義である。しかし近代的共同体主義には、それぞれの共同体で倫理の細目が異なるという根本的な弱点がある。

著者は自らの名をつけた「N-LUCモデル」を提唱する。
個人の人権尊重という自由主義的な制約関数のもとで社会(共同体)にとって効用関数の評価値を参照しつつ、功利主義的に社会規範を定める、というのが本書で提案するN-LUCモデルのアプローチである。
大切なのはAIはそこで、データの分析やシミュレーションなどに役立てられるが、擬似人格を持つAIエージェントとして参画することはないということである。

科学技術の発展により、人間をしのぐ知性を持つ存在が生まれるとする「トランス・ヒューマニズム(超人間主義)」は、昔ながらの思想の現代版であるという。
カーツワイルの提唱する「シンギュラリティ仮説」、ボストロムの「スーパーインテリジェンス」、ユヴァル・ハラリの「ホモ・デウス」などのトランス・ヒューマニズムに関する主張を、著者たちはSFの一種に過ぎないとする。SFをもとにAI倫理を論じても無駄であると切り捨てる。

著者らは、AIが自律性をもたない他律系であることを強調する。生物と異なり、自らその作動ルールを内部で作り上げているわけではない。基本的にはコンピュータは指示通りに作動しているだけである。したがって、道徳的な主体とは無縁であり、AIに自由意志があるとか責任を求めようとするのは誤りであるとする。

『the four GAFA』四騎士が創り変えた世界 スコット・ギャロウェイ

GAFA(四騎士)とは、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンのこと。
かつてのビッグスリー、フォード、GM、クライスラーは、GAFAに取って代わられた。これらの4社は、ビッグスリーに比べ従業員数は半分以下だが株価は10倍以上であるという。
2018年8月、アップルの株式時価総額が日本の国家予算に匹敵する1兆ドルに達した。GAFAは世界を支配する手のつけられない怪物というイメージがつきまとう。
本書はGAFAがどのようにして繁栄を手に入れたか、どのようにしてその繁栄を維持していこうとしているのかについて、自らもIT企業を経営する業界の裏側を知る著者が、多視点から解説している。

the four GAFA 四騎士が創り変えた世界
スコット・ギャロウェイ/渡会圭子
東洋経済新報社 2018年8月
✳︎10

【グーグル】
グーグルはいくら費用がかかっても「世界の情報」を整理し、提供することをミッションとしている。
まずは、すでにウェブ上にある情報から始め、その後すべての場所(グーグルマップ)、天文(グーグルスカイ)、地理(グーグルアース、グーグルオーシャン)の情報を集めた。さらに、すでに廃盤になっている書籍コンテンツと情報データを集めている(グーグル・ライブラリー・プロジェクト)。別の言い方をすれば、グーグルは世界中のすべての情報をこっそり集めて自分のものしているのだ。
検索分野で90%のシェアを占めながら、せっせと訴訟とロビー活動に励んで、独占禁止法の適応を逃れている。

【アップル】
2015年12月、カリフォルニア州で28歳の男とその妻が、職場のパーティでライフルを乱射し、14人が死に21人が重傷を負い、容疑者は警察に射殺された。FBIは犯人のiPhoneのロック解除をアップルに要求したが、アップルは裁判所の命令を無視した。これは善良な企業の対応として許されることだろうか。
ジョブスは何億ドルもの資産を持っていながら娘の養育費を支払うことを拒否した。ストックオプションの問題では、ジョブスは偽証したとも言われている。ところがジョブスは神格化されているのだ。

【フェイスブック】
フェイスブックは世界中の20億の人が使っている。モバイルアプリも備えたフェイスブックは、今や世界最大のネット広告の売り手である。ほんの数年前にグーグルが従来のメディアから広告料を奪い取ったばかりであることを考えると、これは驚くべきことである。
利用者たちの何千枚もの写真を分析し、携帯電話を盗聴機として活用し、その情報をフォーチュン500企業に売りつけている。

【アマゾン】
小売業界は大きな転換期にさしかかっている。ここ100年で農業従事者の割合が50%から4%に低下したのと同じ現象が、これから30年の間に小売業で起こるという。
アマゾンの倉庫では、ロボットが管理し人間が働いていないのだ。
売上税を払うのを拒否し、従業員の待遇が悪く、膨大な数の仕事を消滅させながら、事業革新の神と崇められている小売業者がアマゾンだ。

GAFAと他企業の違いは、一見どうということのない1つか2つの特徴であるという。グーグルはシンプルなホームページと検索結果が広告の影響を受けないオーガニック検索、アップルはデザインとアーキテクチャ、フェイスブックは写真、アマゾンは評価とレヴュー・システムである。
私たちはこれらの企業が決して善良ではないと知りつつ、最もプライベートな領域への侵入を無防備に許している。営利目的で使用されていることを知りながら、自らの個人情報を漏らしているのである。例えば、自分のグーグルでの検索履歴を振り返れば分かることだが、誰にも知られたくないことをグーグルには平気で打ち明けているのだ。

GAFAは、あまりにも急速に巨大化したものだから怖いもの知らずで、既存のルールを無視し、約束を反故にし、法律さえ捻じ曲げてしまう強引さを持つようになった。GAFAの株はつり上げられ無限に近い資金と飛び抜けて優秀な人材が世界中から集まる。その結果、GAFAはあらゆる敵を粉砕できる力を手に入れた。→人気ブログランキング

『著作権法がソーシャルメディアを殺す』城所岩生

日本はネットビジネスの植民地と化しているという。
その原因は既得権をもつ諸団体の力が強く、せっかく生まれた日本発の画期的なアイディアが育たないことによる。日本が足踏みしている間に、同じようなアイディアが外国でビッグビジネスに育っていく。ネット業界は勝者総取りであるゆえ、日本を草刈り場にしてしまう。これは、日本にとって大きな損失であると著者は訴える。

そうしたことが起こる背景には、審議会の委員構成に問題があるという。既得権益を守る団体をバックに持つ委員の占める比率が高い。つまり役所が操作しているということだ。はじめに結論ありきの審議会運営が行われるという。

著作権法がソーシャルメディアを殺す (PHP新書)
PHP新書 2014年
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日本版フェアユースが実現されるまでに4年もかかり、さらに、その法律は見るも無残な骨抜きの形になってしまったという。
日本のデジタル経済に向きあう姿勢が問われている。規制をゆるめないと世界で戦えないことは、素人にも理解できる。イギリスのように、まずデジタル経済で世界をリードするという戦略を打ち出して、そのためにどうするかを議論するのが正しいアプローチでだという。

フェアユースとは、「公正な利用」であれば、著作権者の許諾がなくても著作物を利用できる制度。
アメリカのフェアユースでは、1)利用の目的性質、2)利用された著作物の性質、3)利用された著作物の量や実質性、4)利用行為が著作物の市場や価値に与える影響、の4つの条件を総合的の考慮し、その利用が公正な利用であったかどうかを判断する。

かつて、日本で国産検索エンジンがアメリカと同時に誕生していたが、著作権法の壁に阻まれ、アメリカに日本は負けた。日本にはフェアユースという迂回路がなく、個別の権利制限規定を追加するという対応に遅れをとった。そしてアメリカ勢の草刈り場となってしまった。こうした惨状を招いた立法、行政、司法の責任は大きいという。

アメリカは、公共の福祉が優先されどんな事業であっても国民の大半がその恩恵を受けるなら認めるというフェアユースの社会である。これに対し日本ははじめから規制がかかるオブトイン方式である。この差は大きい。
著作権法をなんとかしななければ、日本はネットビジネスの植民地化してしまう。→人気ブログランキング

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『デジタル時代の著作権』中野祐子

急速に変化し続けるデジタル技術に著作権法が追いつかなくなっている。著作権法は追加された規則により継ぎ接ぎだらけで、専門家ですら把握できていないくらい複雑になっている。著作権に多様な状況が存在することを認め、それぞれに適応した特例措置を設けることが、これからの著作権のあり方であると説く。著作権について網羅されていて、テキストブックとして使える内容である。

デジタル時代の著作権 (ちくま新書)

 

デジタル時代の著作権
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野口 祐子
ちくま新書  2010年

 

デジタルネットワークがもたらした問題点(変化)として次を挙げている。
1)そもそもネットを閲覧するという行為はコピーをすることで成り立っている。複製や頒布を推し進めるデジタル技術とこれを禁止する著作権は、矛盾している。
2)著作権のルールを厳格に運用したならどうなるか。専門の権利処理チームを雇える金持ちや企業だけが、安全な表現活動ができることになり、資力のない一般の人たちは、それができなくなってしまう。
3)「アイディアは保護せず、表現だけを保護する」という著作権の大原則を、文章表現に当てはめるのは比較的容易であるが、音楽や写真などではうまく機能していない。
4)著作権が大衆にまで影響を及ぼすようになった。ブログを公表したりやツイッターでつぶやくことも著作権法の対象である。
5)ベルヌ条約(著作権の国際条約)は、登録などの特定の手続きを取らなくとも、海外では著作物が自動的に保護される「無方式主義」を採用している。このことにより権利者を登録しているデータベースがどこにもなく、権利者を探すのが困難である。

科学に世界では、公的資金で行われた実験のデータは共有できるという発想のもと、データを共有する動きが活発になっている。最先端の解析機で行った結果を共有することで、少ない研究資金でもデモデータを解析できるようになる。
データを共有するときはライセンス(利用条件)を標準化したものを用いる。ところが、データを開示するときにライセンスを厳しくしがちである。

フェア・ユースとは、「公正な利用」であれば、著作権者の許諾がなくても著作物を利用できる制度である。
アメリカのフェア・ユースでは、1)利用の目的・性質、2)利用された著作物の性質、3)利用された著作物の量や実質性、4)利用行為が著作物の市場や価値に与える影響、の4つの条件を総合的の考慮し、その利用が公正な利用であったかどうかを判断する。
フェア・ユースのデメリットは予測性が低いこと、事後にアウトとなることもある。

クリエイティブ・コモンズとは、作品が人の目に触れてからユーザーが権利処理する、という後追いの権利処理ではなく、作品を公表する段階で、権利者が自発的に、事前の許諾を与えておく仕組みを作ろうというライセンス運動のことである。
ライセンスはシンプルで洗練されたものが理想である。さらにライセンス間の互換性を進めることが重要である。

大胆な解決策として、「すべての著作権をなくして、使った分から税金のように金をとる。著作物を登録制にする」と提案している。

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『正しいコピペのすすめ』宮武久佳

著作権法は時代遅れとなり、新しいルール作りが必要となった。その際、金持ちや政治家などの都合のいい内容にならないように、「みんなの著作権」という意識を持つことが大切だと説く。ネットやSNSの発達により、著作権と向き合って生活せざるをえなくなった一般の人びと、特に大学生向けに書かれている。

著作権(copyright)とは、「無断で私の作品を利用するな」と言える権利であり、コピーする権利である。
極端なことをいうと、レストランで自分のスマホで店員に集合写真を撮ってもらうと、写真の著作権は店員にある。写真を公開するには店員の許可が必要である。

正しいコピペのすすめ――模倣、創造、著作権と私たち (岩波ジュニア新書)

 

宮武 久佳
岩波ジュニア新書  2017年3月

ではどのようなものに著作権が認められないのか。
自動車の車体や服装のファッションなどは、工業デザインや応用美術に含まれるひとつの形態とみなされ、著作権の対象ではない。ナイフやフォーク、ボールペンと同じ。
料理はアイデアであり著作権はない。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、議論はあるが、著作権はないとされる。だれが書いても同じような文章になってしまうからだ。

著作権法の例外規定として、個人が使用する目的でコピーする場合のほか、公共性・公益性が高い、学校教育の現場、図書館サービス、福祉の現場、報道目的などでの使用がある。
たとえ個人使用であっても、映画のDVDのようにコピープロテクトがかけられていたり、パスワードが設定されたりするソフトについては、プロテクトを外したりすることは違反行為である。

著作権は著作者の死後60年、映画70年。因みに特許権20年、商標権10年。欧米の著作権は現在70年。日本に延長が迫られている。著作権が切れると、パブリックドメイン(公共財)となる。

大学教員の著者は、学生のレポートのコピペに否定的な理由として次を挙げる。
学生が考えることなく他人の考えを鵜呑みにしてしまう、どこからが他人の意見で、どこからが自分の意見か不明瞭になりがちである。他人の作品にフリーライドする違法行為である。
いま多くの大学がコピペ答案を見破る「コピペ監視ソフト」を導入しているという。学生間のペーパーで似たものを探し出す機能もある。抑止力を期待して、課題を出すときに「コピペ監視ソフト」を使うと宣言しているという。

上手なレポートを書く秘訣は、課題の意図を見極め、知らないことを知ろうとする好奇心にあるとする。よくわからない課題が出たら好奇心を高めることが大事。知らないものは書けないのだから、知る努力が必須である。

正しいコピペの仕方は、〈①自分のコンテンツとの脈絡において必要性があること、②自分のコンテンツにパーツとして取り込むこと、③自分の作った部分と引用部分がカギカッコなどによって明確に区別されていること、④自分の作った部分と引用部分のメインとサブの関係が明確であること、そして、⑤一字一句正確にコピペし、引用部分の出所を明示すること。〉

正しいコピペのすすめ/宮武久佳/岩波ジュニア新書/2017年
著作権法がソーシャルメディアを殺す/城所岩生/PHP新書/2013年
デジタル時代の著作権/中野祐子/ちくま新書/2010年

『人工知能の「最適解」と人間の選択』NHKスペシャル取材班

本書は、TV番組NHKスペシャル『人工知能 天使か悪魔か2017』(2017年6月放送)の取材が元となっている。その内容は、将棋の名人と人工知能との対戦「電王戦」を紹介しながら、人間を超える能力を社会のいたるところで発揮する人工知能の現状を追っている。

まずは将棋。2017年4月1日、名人とポナンザの電王戦が行われた。
これまで見たこともない手を指してくる存在に対しては、人間であれ、コンピュータであれ感動を覚えると、名人は言う。
ポナンザは今までに700万局をこなしている。人間が1年に3000局打つとしても、700万局はおよそ2000年かかる計算である。2連敗を喫した名人はポナンザは将棋における神に近い存在だという。

人工知能の「最適解」と人間の選択 (NHK出版新書)
NHKスペシャル取材班
NHK出版新書
2017年11月
売り上げランキング: 30,085

2017年2月、AIタクシーという「乗車需要予測システム」が公開された。
地域を500m四方の区画に分け、エアリアごとに向う30分間の客数の予測を数字で示す。NTTドコモが、富士通、富士通テンなどとともに開発した。東京23区での予測精度は92.9%である。
本システムを使うと、新米ドライバーで20%の売り上げ増となったという。

アメリカでは18歳以上の人口のうち1/3が犯罪者だという。刑務所に収容されているのは200万人。犯罪を起こす可能性のある人物を見出す方法はないか、あるいは再犯リスクの高い犯罪者を判別できないかは切実な問題なのだ。これらの予測を人工知能が行っている。
犯罪者は人工知能に人生を左右されることに納得がいかないという感想を述べている。

将棋やタクシーなどの限定された機能に特化した「弱い人工知能」は、社会の様々なところでその力を発揮し始めている。一方、「強い人工知能」と呼ばれる汎用性人工知能はまだ「夢のプロジェクト」であり、ひとたび実現すれば社会をとてつもない規模で変革する原動力になると期待されている。

歴代の大統領が軒並み汚職で逮捕されている韓国では、国家運営にAI政治家を導入しようとする計画が持ち上がっているという。
人工知能はどんな人間より完璧でなおかつ慈悲深くなれる。
行き詰まった民主主義を変えるのは人工知能しかないとまで言い切る研究者もいる。

人工知能が登場する業界は瞬く間に変貌し後戻りはできないということを、理解しなければならない。
人工知能がスマートに最適解を導き出せるようになればなるほど、人間の曖昧で非効率的な解を尊いものとする可能性が強まってくるのではないかという。→人気ブログランキング

人工知能の「最適解」と人間の選択/NHKスペシャル取材班/NHK出版新書/2017年
人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊/井上智洋/文春新書/2016年

『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』 ジョン・ロンソン

著者はネットリンチにあった人物やネットリンチを仕掛けた人物に直接会って話を聞いている。
過去には、犯罪者に手かせ足かせをして晒し者にする、という公開羞恥刑が各国に存在したが、およそ180年前に廃止された。ところが、最近SNSの普及で公開羞恥刑が復活しているという。著者は、ネットリンチを公開羞恥刑というキーワードで解明しようとする。

まず著者は自らの経験を披露する。
著者はツイッターの成りすましに悩まされた。犯人の3人と面会し、そのやりとりをYouTubeにアップロードしたところ、犯人たちに対する非難が寄せられ、成りすましが止んだという。3人の職業はネットに関する研究者だった。著者はこのエピソードで、ソーシャルメディアは攻撃される武器にもなるし、身を守る武器にもなることを知ったという。

ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち (光文社新書)

ルポ  ネットリンチで人生を壊された人たち

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ジョン・ロンソン/ 夏目大 訳
光文社新書  2017年2月

 

捏造の暴露記事が発表されるや、ジャーナリストはネットで徹底的に叩かれ、雑誌『ニューヨーカー』のスタッフライターの職を辞さざるをえなくなった。そして、彼はキャリアも地位もすべてを失った。

ネット企業の広報部長である白人女性が、イギリスからアフリカに向かうトランジェントで、人種差別的なツイートを流した。「アフリカに向かう。エイズにならないことを願う。冗談です。言ってみただけ。なるわけない。私、白人だから!」
ファーストクラスに乗っていると書いたことも反感を買ったのかもしれないが、彼女はネットリンチにあい、職を失い社会的に抹殺された。
攻撃する者にとって、 彼女が本当に特権階級であるかどうかはどうでもいい。実際、彼女は特権階級でもなければ、人種差別主義者でもなかった。ただ、そう見さえすれば十分なのだ。

公開羞恥刑を受けた後に、立ち直る機会を得た人もいる。
ナチスの制服を着た複数の女性とのSM乱交プレーを、新聞に暴露された国際自動車連盟の会長の例がある。
彼は反論する。セックスの時は誰もが多かれ少なかれ妙なことをするものではないだろうかと。
「どれほど恥ずかしいことがあっても、堂々としていれば大丈夫」ということを証明したお手本のような人物である。
男性が合意の上でセックスしている限り、セックススキャンダルは攻撃されないことは、次の事例でも示される。かつてアメリカのメイン州で69名の売春の顧客リストが公開され、裁判で罰金刑が課せられたが、公開羞恥刑にさらされた人物はいなかった。

著者はネットリンチの実態を次のように解説している。
今どういう行為が恥とみなされ攻撃を受けるかは、ツイッターなどSNSのユーザーたちの考えに大きく左右される。SNSのユーザーの多くがこれは許せないとみなし、排除に動けば、標的になった人間は破滅してしまう。何を許せないとするかには一定のコンセンサスがあるが、司法の判断やマスメディアの主張はそれにはほとんど影響を与えない。だからこそ非常に恐ろしいとも言える。

ネットリンチの怖いところは、一定のコンセンサスがあるといっても不確定であり、一旦起こったら歯止めがきかないということだ。
著者はネットリンチを防ぐ方法を模索したが、解決策はなさそうだという結論に達する。