歴史小説

バサラ将軍 安部龍太郎

南北朝の争いによって朝廷の権威が失墜した南北朝時代は、人々が己の力だけを頼りに生き始めようとした時代である。その象徴的な言葉がバサラ(婆娑羅)だ。バサラとは梵語で金剛石のこと。この時代に、バサラは神を恐れぬ勝手放題、贅沢三昧な振る舞いを指す言葉になっていた。その典型的な人物が足利尊氏の配下の高師直や佐々木道誉である。
本書には、南北朝の不安定な時代を背景に描かれた、視点の異なる珠玉の短編6編が収録されている。
Photo_20210727142901バサラ将軍
安部龍太郎 
文春文庫 
1998年

「兄の横顔」
尊氏は心のままに振る舞い、実務はからっきしだめで、もっぱら弟の直義が実務にあたったといわれている。
直義は隠岐から戻った後醍醐天皇の寵姫阿野廉子に大塔宮(護良新王)が、皇位を奪う野心があると吹き込んだ。尊氏は六波羅に残り、直義は大塔宮を奉じ関東武士を統率するために、執権として鎌倉に入った。大塔宮の動きが不穏である。父・後醍醐天皇によって大塔宮は鎌倉に幽閉され、直義は大塔宮を土牢に入れた。
信州から北条の残党が鎌倉に攻め上がってきた。数で及ばない直義は尊氏に援軍を要請したが間に合わず、直義は大塔宮を殺害して鎌倉から逃れた。直義が尊氏と合流したのは、三河であった。直義は尊氏に大塔宮を殺害したことを告げた。これで足利一族は朝敵となったのだ。尊氏が全ての責任を直義に取らせるために、大塔宮を鎌倉に下したのではないかと疑った。

「師直の恋」
高師直は、公家の牛車に嫌がらせをしている佐々木道誉の家来を叩き斬り一喝した。その牛車には妙齢の女性が乗っていた。十指に余る側室を抱えた38歳の師直はその女性に一目惚れをした。師直の妻は父から強引に押し付けられた女だった。
後醍醐天皇に仕えていた侍従の話から、師直が恋する女性は葵といい、30歳ばかり歳上の塩冶判官高貞の妻だとわかった。占部兼好に恋文を代筆してもらうことになった。葵はその手紙を半分読んで捨てたという。
侍従が、3人の子持ちの化粧を落とした面相を一度まともの見た方がいいという。そして師直は湯から上がった葵の姿を目にした。

「狼藉なり」
高師直の盟友土岐頼遠が酔って上皇に狼藉をはたらいた。重臣たちが評定を行ない死罪と結論を出した。切腹ではなく斬首である。師直は頼遠に結果を告げると、頼遠は受け入れるという。師直はどうにかするから美濃に逃れていろという。南朝派が兵を蓄えているが師直は放っておいた。いずれ合戦で武勲をあげてきた頼遠の力が必要になると踏んでいた。しかし、頼遠は大殿(足利尊氏)に判断を仰いだ。

「知謀の淵」
新田義興は南朝の後醍醐天皇側についた。竹沢右京亮は畠山国清から新田義興にとり入り騙し討ちにせよと命じられたのだ。足利側で生きるためにはこの機会を逃してはならない。恩賞は望みどおりにとらすという。
竹沢右京亮は、義興の乗った舟に水が入るよう細工を加え義興を討ち取った。勝利の宴で重鎮たちは右京亮を揶揄うような言動をした。かつての主人新田義興を騙し討ちにした自分を快く思わない者がいる。右京之介は卑怯者と罵られ馬鹿にされ、それは止まるところを知らなかった。卑怯者はいつまでたっても卑怯者だった。

「バサラ大名」
後円融帝と足利義満は同じ27歳、従兄弟の関係にある。義満は帝の寵愛深い三条の局をなんとかものにしたいと思っている。日野資康に何とかならないかと持ちかけた。資康はバサラな望みだという。義満の祖父尊氏が北朝を擁立した。幕府の武力無くしては一日たりとも立ち行かない。その弱みに漬け込んでの横暴である。義満は帝の座を狙おうとすらしている。後円融帝は、三条の局の息子6歳の幹仁親王を幼帝にしたて上皇として政治を操ろうとする。三条の局は義満を招いて息子を幼帝にすることを交換条件とした。義満は興醒めし、三条の局を無視することになる。
義満の叔母である崇賢門院が、義満の一連の狼藉を叱責した。あなたが力を失えばあなたに従う者はいなくなるが、帝は徳をもって民の上に立たれている。徳のある者であり続けようと努力することができる。帝が背負っているのはそういう宿命なのだ。帝に誓書を書けという。義満はそれに従った。

「アーリアが来た」
5日前小浜湾に南蛮船が着いた。象が乗っているという。5人の手下を持つ馬借の源太に、若狭屋から象を京に連れていく手配をしろと声がかかった。源太は若狭屋の荷の5分の1を扱えるようにと条件を出した。
幕府には南蛮人が来るのを喜ばぬ勢力がいるという。義満は天皇の座につくつもりだったが、突然死んだ。義嗣と義持が跡目を争い義持が勝ち将軍の座についた。義持は小浜で明との貿易を行おうとしていたが、この計画が義嗣派に漏れたのだ。
黄竹青という少女が象のアーリアの背に乗って操っている。敵は竹青を遠矢で射殺しようとするだろう。そして道中、一行が襲われる。→ にほんブログ村

平城京/安部龍太郎/角川文庫/2021年
信長の革命と光秀の正義 真説本能寺/安部龍太郎/幻冬社新書/2020年
姫神/安部龍太郎/文春文庫/2018年
等伯/安部 龍太郎/文春文庫/2015年
バサラ将軍/安部龍太郎/文春文庫/1998年
婆娑羅/山田風太郎/講談社文庫/1993年

姫神 安部龍太郎 

推古天皇の御世。遣隋使を派遣する目的は、厩戸皇子が望む朝鮮半島三国と倭国の和平だった。遣隋使の水先案内と護衛の役を仰せつかったのは、宗像水軍。
遣隋使派遣に至るまでの1年間を、宗像水軍に関わる人々を中心に描く。
Photo_20210706141301姫神
安部龍太郎
文春文庫
2018年 269頁

607年8月、宗像水軍をひきいる宗像君疾風(むなかたのきみはやて)は、遣隋使として派遣された小野妹子ら一行を渡海させる任務を厩戸皇子から仰せつかり、隋の都洛陽に向かっている。
今回の遣隋使団は朝鮮半島の三国(高句麗、新羅、百済)と倭国で組織し、四カ国が隋皇帝の冊封下に入る(属国となる)ことで相互の争いを防ぐことを目的としている。厩戸皇子の呼びかけに応じ、高句麗と新羅は使者と皇帝への貢物を送ることにしたが、百済は新羅に奪われた土地を取り戻すまでは、いかなる和平にも応じないと、使者は送らず、貢物だけを送った。かくして、4国の足並みはそろわず、それぞれの国内に和平に反対する勢力が、遣隋使の派遣を阻止しようとする。

遣隋使渡海の前年、606年の初夏、宗像の海は荒れて避難が遅れた船・三艘が海にさらわれた。村長は、伽耶に大島の遥拝宮に参籠して沖ノ島の田心姫神に、波風がしずまるように祈るように頼んだ。祈りが通じたのか嵐はおさまった。
主人公の伽耶は韓子(からこ)である。韓子とは任那に住んでいた倭人と百済人や新羅人との間に生まれた子供のことである。伽耶の母親は宗像一族の長の娘で、南加羅の新羅人の豪商に嫁いだ。伽耶は5歳まで幸せに暮らしていたが、新羅が突然任那に攻め込んできたため命からがら脱出した。両親の消息は定かでない。今は巫女の修行をしている。

大島の海岸に朝鮮人と思われる大怪我を負った若い男が漂着した。伽耶は男を助けるべく宗像に運び薬師に預けた。伽耶はなぜかその男に惹かれものを感じていた。外科処置が行われたが、創が治っていないにも関わらずその男・円照は姿を消した。新羅からの諜報ではないかと疑われた。

大和からの使者が逗留している屋敷を何者かが襲った。屋敷にいた円照は無事だった。使者は宗像水軍に隋への渡航の案内を依頼しにやって来たのだ。厩戸皇子の計画に反対する者の仕業であろう。円照は厩戸皇子と和平の道を探るため倭国に向かったが、途中で何者かに襲われ傷を負って大島に流れ着いたのだった。円照は新羅の真平王の弟である。

大和では二つの勢力が駆け引きをしていた。百済と手を組んで新羅から任那日本府を奪還しようと目論む、蘇我馬子・蝦夷親子。一方、厩戸皇子は朝鮮半島と倭国の和平を望んでいた。

朝鮮半島にたどり着く前に、遣隋使を護衛する宗方水軍は、蘇我馬子と通じている糸島水軍と戦わなければならない。宗方水軍に伽耶も同行することになったのだが、遣隋使の行く手は前途多難である。
ちなみに、沖ノ島には、本作で円照が伽耶に贈ったとされる金製の指輪が伝えられている。→人気ブログランキング

平城京/安部龍太郎/角川文庫/2021年
信長の革命と光秀の正義 真説本能寺/安部龍太郎/幻冬社新書/2020年
姫神/安部龍太郎/文春文庫/2018年
等伯/安部 龍太郎/文春文庫/2015年
バサラ将軍/安部龍太郎/文春文庫/1998年

歴史・時代小説縦横無尽の読みくらべガイド 皆川博子

本書で紹介している作家は176名、取り上げている小説は488作。すごい数だ。
本書は【時代劇は楽しい!】【こんなテーマで読み比べてみた】【幕末・明治を読む】【今とつながる物語】【この作家はこれを読め!】の五部からなる。
0fe6a53645174ca2afdb491c8d867432歴史・時代小説縦横無尽の読みくらべガイド
皆川博子
文春文庫
2017年

第1部から第4部までは、ダジャレ仕立てのタイトルが目立つ。
たとえば、「シャモナベイビー!」の項で取り上げるのは、池波正太郎の『鬼平犯科帳』と司馬遼太郎の『龍馬がいく』。『鬼平犯科帳』には五鉄の「軍鶏鍋」が何回も出てくるという。『龍馬がいく』では風邪をひいた龍馬が、峰吉少年に軍鶏肉を買いに行かせる。ところが峰吉は「鳥新」という店で30分も待たされる。話は進んで龍馬の暗殺に至ってしまう。そこで著者が話題にするのは書かれていない軍鶏のゆくへ。暗殺はおいておいて軍鶏がどうなったかを推理している。

話は広がる。池波正太郎は詳しい調理法を書かないという。そこで、池波作品に登場する料理を解説したり再現したりする本が登場する。『池波正太郎 鬼平料理帳』(佐藤隆介)を紹介したあと、料理時代小説の代表格である高田都の『みをつくし料理帖』をとり上げる。
ダジャレがちゃんと機能しているのがいい。ダジャレは本文中にもちりばめられている。著者は気の利いたダジャレを飛ばすが、流行り言葉にも敏感な万能型だ。

【幕末・明治を読む】の「豆は夜更け過ぎに餅へと変わるだろう〜旧暦新暦大混乱」や「時の名前に身をまかせ〜暮れ六つって何時?」の項は、太陽暦導入に伴う混乱を描いた作品を挙げている。明治初期ならではテーマだ。
西洋定時を受け入れがたい人にとっては、「一日が明け六つの鐘で始まり、暮れ六つの鐘で終わることに、いったいなんの不都合があるのだろうか。夏の一日が長く、冬の一日が短いのは道理であろう」(『五郎治殿御始末』浅田次郎)という心境なのだ。

【この作家はこれを読め!】の章では、「巨匠を読む」には、司馬遼太郎、池波正太郎、藤沢周平を取り上げている。「名手の世界を味わう」では、山本兼一、葉室麟、北原亞以子、宮部みゆき、平岩弓枝、宇江佐真理、杉本章子を紹介している。さらに、「今を代表する実力派たち①男性作家編」「今を代表する実力派たち②女性作家編」、「読み逃すな!注目の新進作家」「現代小説からの参入」、さらに「文庫書き下ろし時代小説①武家・剣豪編」「文庫書き下ろし時代小説②市井・伝奇編」という具合に、第五部だけでも、蟻一匹も逃さぬような網羅ぶりだ。まさに縦横無尽だ。

ところで、飛鳥時代、奈良時代の作品の紹介が手薄なのは、元々この時代の作品が少ないからだろう。本書をめくっているとつい小説を買いたくなる。本書が優秀な時代小説解説本である証拠だ。→人気ブログランキング

平城京 安部龍太郎

文武天皇が25歳の若さで亡くなり、天皇の母君である元明天皇の御世(707年〜715年)が始まった。
遣唐使の船長であった主人公の阿倍船人(ふなびと)は、唐から帰国の際、船の故障と偽って港に戻り、3年後に白村江の戦いで捕虜となった人々を乗せて帰ってきた。この行為が命令に反いたとされ、謹慎処分になっていた。
Photo_20210526140901平城京
安部龍太郎
角川文庫
2021年

船人を兄の阿倍宿奈麻呂(すくなまろ)が訪ねてきて、唐の長安を模した平城京を奈良山の麓に造ることになったから、手伝って欲しいという。2年で都を造る現場の責任者になれという。権力者である藤原不比等の命令である。阿倍家にとっては白村江の戦いの汚名を挽回するチャンスだ。父の阿倍比羅夫は新羅征討軍の後将軍として闘った。

奈良の盆地を地ならしして大路小路を造らなければならない。それを1年で仕上げるためには、1日1万人の役夫が必要である。まずは役夫たちの宿舎の屋根をふく葦を難波潟で集める。船人が白村江の戦いの捕虜を助けたことは尊い行為として人々は受け止めていた。船人に協力しようと総勢四百人が集まった。

しかし問題は山ほどある。まずは平城京予定地にある古墳の移動である。豪族たちの立退きの説得を舩人がやらねばならない。さらに、冤罪によって滅ぼされ都を追われたと信じている葛城一族の立退き、もうひとつは土木工事のノウハウと膨大な労働力が期待される行基率いる宗徒が大宝律令の僧尼令により都に入れないことである。
さらに、海からの資材運びには百済の泊を利用するが、百済の泊には白村江の戦いで亡命してきた百済の民が住んでいる。白村江の戦いで百済が敗れたとき、天智天皇が多くの亡命百済人を引き受けてた。百済の泊の人々は天智天皇派のためなら労を厭わないのだ。阿倍船人はこうした難題を一つ一つ解決してゆく。

正体の知れない勢力が遷都を邪魔する。根底には天智天皇派と天武天皇派の確執がある。天智天皇派は、唐とは距離を置く方針をとる壬申の乱で敗れた一派だ。天武朝廷の流れを覆して天智天皇の系統に戻そうと心に誓っている人たちだ。一方、天武天皇派は、日本が唐の冊封国(同盟的な隷属国)となることで、白村江の戦い以来悪化している両国の関係を正常化しようと考えている。そのために行わなければないことは、大宝律令を制定し、史書の編纂を行い、都となる王城を建設することである。
船人は奈良への天皇行幸の裏警護を任されることなった。そして行幸の日、事件は起こる。

大化の改新(645年)、白村江の戦い(663年)の倭軍の惨敗、壬申の乱(672年)の後、平城京建設を描く歴史小説であり、事件の黒幕は誰かという謎を解くミステリでもある。→人気ブログランキング

平城京/安部龍太郎/角川文庫/2021年
信長の革命と光秀の正義 真説本能寺/安部龍太郎/幻冬社新書/2020年
姫神/安部龍太郎/文春文庫/2018年
等伯/安部 龍太郎/文春文庫/2015年
バサラ将軍/安部龍太郎/文春文庫/1998年

婆沙羅 山田風太郎

婆沙羅大名と呼ばれた佐々木道誉が主人公である。
婆沙羅とは、仏語で物狂いに近いほど綺羅を飾った服装や風俗を指し、見栄を張り遠慮なく振舞うこと。
鎌倉幕府の打倒に失敗して隠岐島へ御流された後醍醐天皇は京に戻り、足利尊氏擁する光明天皇に対抗して吉野の地に南朝をたて、南北朝時代が始まった
足利尊氏を補佐するのは尊氏の弟・足利直義である。直義が尊氏に仕える悪辣な高ノ師直、師泰兄弟を討つと、道誉は直義を殺害した。尊氏が亡くなると、道誉は尊氏の息子・尊詮の寵臣となった。乱世だからこそ上手く立ち回わることで道誉の存在価値がある。
5469a3df58c04807a8d6c59e3d88357b婆沙羅
山田風太郎
講談社文庫
1993年

朝廷の監視機関である六波羅探題襲撃の計画が発覚し、後醍醐天皇は隠岐島に御流されることになった。牢内の天皇は常人の3倍の食欲があり要求が通らないと断食を始める。餓死させるわけにいかないから要求通りになる。21人の妾から隠岐島に連れていく側妾3人を真言密教の大秘法で選びたいという。牢番の検非違使である佐々木信誉は許可した。邪教立川流にのっとった大秘法は、淫卑極まりないものであった。

道誉は後醍醐天皇の御流の旅に1500人の警護をつけた。道誉は天皇はいずれ京に戻ってくると予測したが、道誉の予想通り後醍醐天皇は翌年6月に隠岐から戻ってきて、「建武の新政」が始まった。そして世は乱れに乱れた。

道誉は後醍醐天皇寄りの立場と見せておいて、鎌倉幕府を倒した功労者である楠木正成に「帝とは距離をおいた方がいいのでは」と助言した。正成は「帝が天魔鬼神でおわすとも必ずお守りして死ぬるものと覚悟している」と答えた。

尊氏は、人に対して憎悪の念を持たない、物を惜しむところがない、小事に拘らない性格である。動揺の震源地は反勢力の南朝にあるが、その存在をあたかも認めているのが尊氏である。弟の足利直義は優柔不断な兄を補う分、冷徹な合理主義者である。

尊氏に仕える高ノ師直、師泰兄弟は強欲で好色であり悪辣であった。ふたりは、次第に主を主とも思わぬようになった。足利氏の内紛である観応の擾乱で、尊氏は高兄弟を庇ったが、直義は高兄弟は許せないとふたりを惨殺した。その背後には道誉がいた。
道誉は乱世であればあるほど自分のやりたい放題がやれると思っていた。

尊氏が息子の尊詮に政務に与えた職を直義に返さなかったことで、直義は尊氏に叛旗をあげた。
道誉は寺に幽閉されていた直義を毒殺すると尊氏に持ちかけそれを実行した。
尊氏は直義の死後、悪夢を見ることが多くなった。
そして尊氏が背中の化膿が悪化して亡くなると、道誉は尊詮の寵臣となった。そのとき道誉は53歳であった。
婆沙羅大名佐々木道誉を通して百鬼横行の乱世・南北朝時代を描いた傑作。→人気ブログランキング

妖説忠臣蔵/集英社文庫/2014年
忍法忠臣蔵/角川文庫/2014年
伊賀忍法帖/講談社文庫/1999年
くノ一忍法帖/講談社文庫/1999年
甲賀忍法帖/講談社文庫/1998年
明治バベルの塔(山田風太郎 明治小説全集12)/ちくま文庫/1997年
ラスプーチンが来た/文藝春秋/1984年
明治断頭台/文春文庫/2012年
婆沙羅/講談社文庫/1993年

華岡青洲の妻 有吉佐和子

本書は、1804年(文化元年)、世界に先駆けて乳癌の切除術を成功させた華岡青洲と、その偉業を影で支えた妻と青洲の母親を描いている。封建社会の家制度のなかで繰り広げられる嫁姑の静かで壮絶な闘いを、切れ味の鋭い文章で描いた著者の渾身の傑作である。
1966年に発表された本作品は第6回女流文学賞を受賞した。この作品により、医学関係者の中で知られるだけであった華岡青洲の名前が一般に知られるようになったという。

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華岡青洲の妻

有吉佐和子
新潮文庫
1970年 ✳10

 

青洲の母親・於継(おつぎ)の話からはじまる。
於継の実家は地主で、於継は幼いころから才色兼備の誉が高く、一帯で評判の娘だった。皮膚病にかかりどの医者も匙を投げた。華岡直道が必ず治してみせるから、その暁には於継を娶らせて欲しいと言った。こうして於継は貧乏医者の家に嫁入りすることになった。於継が嫁いでから華岡家の格が上がったと囁かれた。

青洲の妻になる加恵の実家は、大名の宿である本陣を営む格式の高い武家の家柄であった。祖父が亡くなったとき、加恵は18歳になっていた。葬儀に参列した於継は、7人も子供を産んで40も超えたというのに、10歳は若く見え気品をたたえていた。

それから3年後、於継が加恵を息子の嫁にいただきたいと言ってきたのである。父親は身分が違うと暗に断ったが、於継に憧れを抱いていた加恵は乗り気であった。
そして、加恵は華岡家に嫁いだ。花婿の青洲は京都に出て半年になる。以後3年間、華岡家は切り詰めるだけ切り詰めて青洲の仕送りにあてた。於継と加恵は親子のようにうまくいっていた。

ところが、青洲が帰ってくると状況は一変した。望まれた嫁と望んだ姑の綺麗ごとの間柄は、青洲の出現によって終わったのだ。それは、少しでも青洲に気に入られようとふたりが競ったことで生じた。

青洲は全身麻酔をかけて乳癌を切ると言って憚らなかった。於継は「昔から雲平(青洲の幼名)さんはできないことをいう人ではなかった、いう通りになる」と言った。

青洲は乳癌の手術のために麻酔薬を開発しようと、多数の犬や猫を飼って実験を行った。実験を始めてから10年の歳月が経って、ようやく麻酔薬の完成の最終段階に入った。
嫁姑は実験台になることで天下晴れての喧嘩ができるのであった。ふたりに対して2回ずつ実験が行われ、実験は何とか成功したが、加恵は目を患いやがて盲目となった。
そのころ、青洲はすでに紀州に並ぶもののない帯刀を許される医者になっていた。

乳房は女の命に繋がっているから、乳房は手術ができないと言われていた。そこに牛の角に突かれ左の乳房が石榴のように割れた百姓女が運ばれてきた。縫い合わせて無事に治った。迷信だったのだ。そしてすべての準備を整え、世界初の乳癌の摘出術が行なわれた。→人気ブログランキング

ふぉん・しいほるとの娘〈上〉/吉村 昭/新潮文庫/1993年
花埋み(はなうずみ)/渡辺 淳一/新潮文庫/1975年(医師国家試験に合格した女医第1号・荻野ぎんの物語)
華岡青洲の妻/有吉佐和子/新潮文庫/1970年

光秀 歴史小説傑作選 細谷正充 編

2020年のNHKの大河ドラマ『麒麟がくる』の主要人物が明智光秀になったことで、光秀ブームが来ている。本書は光秀関連の6編のアンソロジーである。
光秀には幾つかの謎がある。出生から成人するまでどこにいて何をしていたははっきりしておらず遅咲きであること、なぜ信長を討たなければならなかったのか、黒幕はいなかったのか、最期は武者狩りで殺されたことになっているが、生き延びたという説もある。
そんな小説のネタとしてもってこいの謎をもつ光秀である。
最近は安土城跡の発掘や古文書の解明が進み、少しずつ光秀像が解明されていているという。
__20200325141201光秀 歴史小説傑作選

細谷正充 編
PHP文芸文庫
2019年 ✳︎10

冲方丁は、信長に抜擢された光秀があくまで天下を取ろうと野心を抱いた視点から書いた。「純白き鬼札」
池波正太郎は、余裕を感じさせる文章で光秀をすらすらと書いて、最後に、光秀の母の逸話には確証がないとする。「一代の栄光ー明智光秀」
新田次郎は、その光秀の母の逸話を見事な短編に仕立てている。「明智光秀の母」
凄腕の忍者・十兵衛秀光を登場させたのは山田風太郎だ。「忍者明智十兵衛」
植松三十里は、光秀の美貌の三女、嫉妬深い細川義興に嫁いだガラシャと切支丹の関係を描いた。さすが光秀の娘といわれるに値する生き様だ。「ガラシャ 謀反人の娘」
山岡荘八は、刀の鞘作りの名人・曽呂利新左衛門の相手に死んでいない光秀を登場させる。「生きていた光秀」→人気ブログランキング

光秀 歴史小説傑作選/細谷正充 編/PHP文芸文庫/2019年
光秀の定理/垣根涼介/角川文庫/2016年

白村江 荒川 徹

本屋で面陳列されている文庫本を物色する。
「歴史・時代小説ベスト10 第1位」と、書かれた派手な帯をまとい、陳列棚の最上段左端に鎮座する『白村江』を手にとる。「はくそんこう」とルビがふってあるが、「はくすきのえ」と読むのではなかったか。
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荒山 徹(Arayama Tohru
PHP文芸文庫
2020年 ✳︎10

ページをめくると、百済の幼い王子・余豊璋が兄に追放されて離島に向かう場面から始まる。たまたまその島に立ち寄った蘇我入鹿によって豊璋は斬首を免れ、倭国に連れていかれる。そして孤児に学問や武術を身につけさせようと入鹿が作った「虎の穴」に放り込まれる。飛鳥時代を舞台にした時代小説は初めて読む。人名や地名に画数の多い見慣れない漢字が使われていて、ルビを振っているものの、読み進むのにてこずる。この時代、朝鮮半島と倭国は頻回に行き来があり、特に倭国から近い距離にある百済とは友好関係にあったという。およそ1400年前の出来事である。

数日後に本書の半分に達し、朝鮮半島では高句麗、新羅、百済の覇権争いが繰り広げられ、大国の唐が北の高句麗に攻勢をかける。高句麗はなんとかしのいでいる。一方、100年ほど平和な日々が続いていた倭国では、入鹿が帝の座を奪おうと画策するが、史実どおりに645年に中大兄皇子と中臣鎌足によって入鹿は暗殺される。この辺りから「虎の穴」でたくましく成長した亡命王子・豊璋と、朝廷の策略家である葛城皇子が中心になって話が進みだす。

やがて、新羅と同盟を結んだ唐によって百済が滅ぼされる。母国再興のために豊璋は百済に戻るが、たやすくことは運ばない。倭国は豊璋の要請に応じ、聖徳太子の方針であった半島不介入を反故にし、百済に派兵する。そして、663年8月、唐・新羅連合軍と倭国・百済連合軍の船団が白村江で激突し戦争が始まるが、たった2日で終わってしまう。最後にこの不可解な戦いの謎が解き明かされる。

文庫は巻末の解説を含めて価値が問われるとかねてから思っているが、残念なことに本書には解説がない。物足りなさを感じるが、それはおいておいても、本書は間違いなく傑作である。→人気ブログランキング

月人壮士(つきひとおとこ) 澤田瞳子

陰謀渦巻く宮中で繰り広げられる天皇の座をめぐる権力闘争と、凄まじいばかりの愛憎を描いた傑作。
王家の血に入り込んだ藤原氏の血への呪いがテーマである。

聖武天皇は藤原不比等の娘・宮子を母にもったため、まったき日嗣の王になれないと、藤原氏の血を呪う。妻の光明子も不比等の娘である。それまでは王家の血だけを引き継いだ皇族が天皇の座についていた。聖武天皇は藤原氏の呪縛を払拭するかのように、遷都を行い5年で還都し、唐から招聘した鑑真を重用し、国分寺・国分尼寺建立の詔を発し、巨大な盧遮那仏の建立を命じた。
周りの者には、聖武天皇の政(まつりごと)は行き当たりばったりに映っていた。

Photo_20201208083001月人壮士
澤田 瞳子
中央公論新社
2019年

首(おびと 聖武天皇)さまが崩御され、後継者として皇太子には「道祖王(ふなどおう)たつるべし」と遺詔が下された。それは誰もが知っていることだったが、中務卿・藤原仲麻呂は「道祖王さまが皇統にふさわしいとは思えない」と異をとなえた。
なにしろ道祖王は純粋な王家の血を引いていて、藤原氏にとっては皇太子になって欲しくない人物である。
聖武天皇の後、帝の地位についたのは娘の孝謙天皇(安倍)だった。孝謙天皇の寵愛をよいことに仲麻呂はやりたい放題であった。

藤原氏の高位の人物が中臣継麻呂と道鏡に、首さまの真の遺詔を探るよう要請した。
ふたりが首さまを知る人物のもとを訪れ、独白してもらう形でストーリーは進み、首さまの苦悩や藤原氏と王家の天皇の座をめぐる争いを浮き彫りにする。
外来の仏教に遣える道鏡と、仏教と敵対してもおかしくない天照大神以来の神祇を司る中臣継麻呂を、インタビュアーに仕立てるあたりは憎いばかりの配役である。

そしてついに、孝謙天皇により道祖王は皇太子から引き摺り下ろされ廃太子となってしまう。道祖王の後釜の皇太子には藤原仲麻呂の義理の娘を娶ったばかりの大炊王がなった。

「天皇家は山、藤原氏をはじめとする氏族は海」という比喩が本作を貫くテーマであり、海の浸食をかわしながら天皇家は山のように盤石でなければならないと、再三語られる。→人気ブログランキング

月人壮士(つきひとおとこ)/中央公論新社/2019年
落花/中央公論新社/2019年
秋萩の散る/徳間書店/2016年
師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間書店/2015年
ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録/徳間文庫/2016年
京都はんなり暮らし/徳間文庫/2015年
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記/光文社/2015年
若冲/文藝春秋/2015年
満つる月の如し 仏師・定朝/徳間文庫/2014年
泣くな道真 ―太宰府の詩―/集英社文庫/2014年

落花 澤田瞳子

平将門の生き様を、梵唄(ぼんばい)という経の詠み法を極めようとする僧・寛朝の目を通して描く。奈良・平安期の歴史小説の第一人者である著者が、将門を動、寛朝を静の対比で描き上げる。第161回直木賞(2019年7月)候補作。

「平将門の乱」とは、常陸国の平氏一族の抗争から、関東諸国を巻き込む争いへと広がり、将門軍が国府を襲撃し、朝廷に対抗して「新皇」を自称したことにより朝敵となる。しかし即位後わずか2か月たらずで藤原秀頼、平貞盛によって討伐される。
本作では、勝利の宴で惚け者が「新皇に相応しい」と叫んだことで、望んだわけでない将門が「新皇」に祭り上げられてしまう。

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澤田 瞳子
中央公論新社
2019年

寛朝は父親に疎まれ幼くして仁和寺に預けられた。寛朝の父親・敦実親王は醍醐天皇の同母弟であり、当代一の楽者としてその名を轟かせていた。楽の道では到底父に追いつくことができない寛朝は、経の読誦法である梵唄に活路を見出そうとした。

そして、常盤国の豊原是緒から教えを受けるために、東国に旅立った。下人の千歳は是緒が所持している有明という琵琶の名器を手に入れて、卑賤の身から抜け出そうという企みで従者になった。有明は天下十逸物のひとつとされる。

寛朝一行を迎い入れた武蔵権守・興世王の屋敷に盗賊が押し入って強奪を始めたとき、将門が現れると、盗賊たちは奪った反物を返しはじめた。
将門は伯父との私闘を咎められ京の検非違使庁に出頭して、坂東に戻ってきたところだという。
平将門が面倒を見ている少女のうそは、寛朝の梵唄に聞き惚れて、寛朝が将門の館に来てくれるよう頼むのだった。うその母親と将門は幼馴染、留守中に伯父が営所に火を放ち、うその母親は火傷で亡くなった。
寛朝は将門と己との対比することで、将門の人となりに敬意と憧憬を抱くのだった。

常盤国分寺の僧・心慶に名を変えた豊原是緒は、船で生活し春をひさぐ傀儡女に楽の手ほどきをしている。将門の妹と触れまわる如意と、盲目のあこやたちは心慶に最大限の敬意を払っている。卑しいあこやに有明を授けたという現実に、千歳は衝撃を受ける。有明を手に入れようとなりふり構わない策を弄するのだった。

営所の経営で財をなして領土を富ませる将門と、国府に出仕して勤務する従兄の平貞盛は、いつ戦ってもおかしくない水と油である。
堅物の常陸国司の菅原維幾にひと泡吹かせようと、藤原玄茂(はるもち)と玄明(はるあき)は企んでいる。
玄茂と玄明とあこやの傀儡女船で3日後会おうとしていると、千歳は菅原維幾に知らせた。菅原維幾が玄茂・玄明を襲い、どさくさに紛れて千歳はあこやの琵琶を奪おうと企んだのだ。
将門は玄明・玄茂の暴挙を許すようにとの書状を国府に送るが、国司の藤原維幾はこれを一蹴した。将門の義憤は激しい怒りに変じ、国府に攻め入った。国府に攻め入ったからには、将門は朝廷からすれば叛徒である。
そして、将門軍と藤原秀頼・平貞盛羅の軍の血で血を洗う壮絶な戦いが繰り広げられる。→人気ブログランキング

月人壮士(つきひとおとこ)/中央公論新社/2019年
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