ピューリッツアー賞

大聖堂 レイモンド・カーヴァー

訳者は、巻末に「解題」というタイトルで、各短編のあらすじと解説を書いている。レイモンド・カーヴァーという作家を掘り出して、日本に紹介するのだからという意気込みで。。
カーヴァーが描くのは、決して着実な人生を送っている人々ではない。虐げられた人々だ。カーヴァーはちゃんとしたくても、ちゃんとできない人の苦悩を描いている。
本書は全米批評家協会賞およびピューリッツアー賞候補となった。訳者は「大聖堂」が大傑作とするが、「熱」も劣らず傑作である。
Be30496f95b940d2a084b61c5934fcad大聖堂
レイモンド・カーヴァー/村上春樹
中央公論新社
2007年

「熱」
妻のアイリーンが同僚の教師と駆け落ちした。途方に暮れたカーライルは幼いに2人の子どもを抱え奮闘した。ベビーシッターの当たりが悪くさんざんな目にあった。夏休み中は子どもの面倒をみることで手がいっぱいだった。3か月経って、アイリーンが電話をかけてきた。スピリチュアルな言葉を口にし、駆け落ち相手の男の母親ミセス・ウェブスターをベビーシッターに雇ってはどうかという。翌朝、カーライルが勤めに出る前に、ミセス・ウェブスターが現れた。ミセス・フェブスターは家事も子どもたちの面倒も完璧にこなした。カーライルは気持ちが落ち着き授業に身が入るようになった。
この後カーライルは高熱を出す。ミセス・ウェブスターの看病のおかげでカーライルは回復する。
ところが、ウェブスター夫妻は引っ越さなければならないことになった。止むに止まれぬ事情に、カーライルは納得せざるを得なかった。

「羽根」
夫婦は夫の同僚の家に招待された。クジャクがいて赤ん坊がいた。赤ん坊はひどく不細工で、食事が終わると臭いクジャクを家の中に入れることになった。帰りにクジャクの羽根を何本かもらった。その後、夫婦は同僚の家を訪れていない。

「シェフの家」
夏、アル中だった夫が戻ってきてくれという。夫はシェフの家に住んでいた。マス釣りをしたりして夏を過ごした。シェフの娘と子どもが帰ってきて住むから、出て行ってくれという。夫の計画は台無しになった。

「保存されたもの」
サンディーの夫は解雇されたあと、ソファーで過ごすようになった。
そんなとき冷蔵庫が壊れた。サンディーは競売で冷蔵庫を手に入れようと思い立ち、新聞の広告を夫と2人で目を通した。その夜の7時から近くで納屋競売があることがわかった。サンディーは父と競売に行ったことを思い出していた。あわてて調理したポークチョップを食べようとテーブルに着こうとしたとき、テーブルから水が滴り落ちていた。

「コンパートメント」
マイヤーズはフランスのストラスバーグの大学にいる息子に会いに行く。息子と暴力沙汰になり、そのことが妻との離婚に拍車をかけたとマイヤーズは思っている。マイヤーズがいるコンパートメントに男が乗ってきて、何を話しているかわからなかった。男は眠った。用を足しにトイレに行って帰ってくると、コートのポケットに入れておいた息子への土産の時計がなくなった。男かそれとも誰かが入ってきて盗んでいったのか。躊躇していると、男は停車した駅で降りた。こんなコンパートメントにはいたくないとコートを着て列車の端に行った。帰ってくるとコンパートメントが見つからない。停まっている間に切り離されたのかもしれない。小柄で浅黒い肌の人たちでほぼ満員のコンパートメントの男が、マイヤーズに入れと手招きする。男たちは席を開けてくれた。マイヤーズはそこに座った。ストラスバーグに向かっていないかもしれないと思いながら、眠りに落ちた。

「ささやかだけれど、役に立つこと」
母親は息子の誕生日の前日に、愛想の悪いパン屋でバースデイケーキを予約した。翌朝登校時に息子は車にはねられ、そのまま一人で帰宅したものの、事故の状況を話しているうちに力が抜け眠ってしまった。救急車で病院に連れてきてそのまま入院した。夫に連絡し、夫が病院に駆けつける。医者はショックで目を覚まさないだけだという。息子は眠り続けたまま、一時夫が家に帰ると意味不明の電話がかかる。
病院に戻るとスキャンが必要だと医師がいう。こうしているうちに子どもは息を引き取る。パン屋から電話がくる。
母親にはパン屋が悪党に思えた。予約から3日経って、パン屋に行き事情を説明すると、パン屋は出来立てのシナモンロールを出してくれた。

「ビタミン」
同棲している女の仕事上の部下を首尾よくデートに連れ出した。バーでいいムードなところに、ベトナム帰りの酔った黒人が現れて、金をちらつかせて執拗に連れの女に言い寄った。
すんでのところで逃れて車に戻ると、仕事がうまくいってない女は「お金が欲しくてたまらなかった」と言って泣く。そうなったら手を握る気にもなれず、相手が心臓麻痺になっても構いやしないという気分になって別れた。帰ると、同棲相手の女が愚痴を並べる。うんざりしながら、なんとかなだめて、やっと眠りにつく。

「注意深く」
アル中から脱却しようと、ロイドはひとり暮らしできる住まいに移った。朝食にドーナッツを食べシャンペンを飲んだ。2週間経って11時頃妻が訪ねてきた。朝から耳の穴が耳垢が詰まって気になっていた。妻がハンドバックから出てきた爪切りをふたつに分解して、ナイフのような部分にティッシュを巻きつけて、耳垢をとろうした。トイレに行かせてくれと頼んで、便器の後ろに隠したシャンパンを飲んだ。妻は大家からサラダオイルをもらうという。妻は大家からベビーオイルを借りてきた。それを温めて、横に寝転んで耳の穴にベビーオイルを入れて十分経って、耳からオイルが出てきてそれをタオルで押さえていた。聞こえるようになった。
妻は帰っていった。シャンパンを抜いて、反対の耳が耳垢で詰まるのではないかという不安に襲われた。ベビーオイルを入れたコップを洗いシャンパンを注ぎ、飲むと脂っぽかった。表面に油が浮いていた。それを捨てて、瓶に口をつけて飲んだ。大して異様なことと思われなかった。窓の外を覗くと、光線の角度から3時ごろだろうと見当をつけた。

「ぼくが電話をかけている場所」
フランク・マーティン・アルコール中毒療養所に入って、JPと近しくなった。
JPは取り止めもなく話し続けている。煙突掃除のロキシーが好きになり、ロキシーと結婚し掃除一家の一員となった。子どもが生まれて、望み通りだったが、酒の量が増えていった。ビールがジントニックになった。水筒にウォッカを詰めて仕事に出た。
大晦日に妻に電話したが誰も出なかった。ガールフレンドに電話をかけようとして途中でやめた。悪態をつく男の子との間に何か悪いことが起こってるのは聞きたくないと思った。
元旦になると、JPの妻が面会にやってきた。2人は仲がいい。JPがロキシーと初めて会ったとき、JPがロキシーに頼んだように、わたしはロキシーにキスをしてくれないかと頼んだ。ロキシーは快くやってくれた。
わたしは電話をしようと小銭をポケットから引っ張り出した。まずガールフレンドに電話しよう。

「列車」
夜遅くミス・デントは無人の駅舎にたどり着いた。這いつくばった男の頭に銃を突きつけたばかりだった。そこから逃げるように駅舎に向かったのだ。やがて靴を履いていない白髪の老人と厚化粧の女が駅舎に入ってきた。女は不満をぶつけている。老人は煙草を取り出したがマッチが見つからず、ミス・デントに目を向けたがミス・デントは首を横に振った。女が話しかけてきたので、ミス・デントは銃を持っていることから話を始めようかと思った。そこに列車がやってきた。数人の客は、乗り込んでくる3人に目をやった。老人と女は並んで座り、ミス・デントはその後方の席に座った。そして列車は走り出した。

「轡」
アパートと美容院をやっている私のところへ、一家4人がミネソタから引っ越してきた。農家だったという。夫はどこかに勤め妻は近くのレストランに勤めた。美容院にやってきて、農業をやめなければならなかった理由を話す。それは夫が馬を飼い、競馬レースに手を出したからだという。
数ヶ月して一家がアパートから出て行った。部屋には馬具が残されていた。
馬具は否応なく家族を自分の思う方向に向かせるという。

「大聖堂」
妻の古い友人の男が家に泊まる。男は盲人だ。妻が酔い潰れてしまい、不貞腐れている夫と盲人はテレビを前にしている。TVは大聖堂を映し出している。夫は盲人に大聖堂がどんな形をしているか、説明する。そしてふたりで、大聖堂の絵を描き始めるのだった。→人気ブログランキング

/レイモンド・カーヴァー/中央公論新社/2008年
大聖堂/レイモンド・カーヴァー/中央公論新社 2007年
頼むから静かにしてくれ〈1〉/レイモンド カーヴァー/中央公論新社/2006年
短編小説のアメリカ 52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史/青山 南/平凡社ライブラリー/2006年

マンハッタン・ビーチ ジェニファー・イーガン

連作短篇『ならずものがやってくる』で、ピューリッツァー賞(2011年)を受賞したジェニファー・イーガンの作品。舞台は第二次大戦下のニューヨーク。差別に果敢に立ち向かい女性潜水士を目指すアナの物語。
12月末、11歳のアナ・ケリガンが父親のエディに連れられて、高級住宅地マンハッタン・ビーチにあるデクスター・スタイルズの屋敷を訪れるところから、物語は始まる。エディは裏金を受け渡しする運び屋をやっていたが、アナは父の仕事の内容を知らない。
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ジェニファー・イーガン/中谷友紀子
早川書房 2019年

1942年、太平洋戦時下、母と重い障害の妹とともにアパートで暮らす19歳のアナは、ブルックリンの海軍工廠で働いていた。
5年前に、なんの前触れもなくなんの痕跡も残さず、父が失踪した。

友達と訪れたナイトクラブで、アナはデクスターに出う。アナはかつてデクスターの屋敷を父親とともに訪れたことを思い出した。デクスターが父親の消息を知っていると確信し、それを確かめるためにデクスターに近づこうとする。

アナは子どもころから意志が強く、寒さにも強かった。海が大好きで、海の底を歩いてみたいと思っていた。
潜水夫の仕事に興味があるとアナは大尉に相談したが、相手にされなかった。潜水夫への憧れはアナの中でどんどん膨らんでいく。潜水具は総重量が90キロもある。女子トイレはなく、更衣室は物置だ。男しかいない世界はセクハラとパワハラが待ち受けていた。

潜水夫の道を選んだアナの奮闘、WAPSの銀行家の令嬢と結婚したデクスターのイタリア・マフィアとしての生活、マフィアの下っ端として働くエディの失踪後の生き様、この3人を軸に物語は進んでいく。

戦時中の耐久生活を強いられるなか、アナは女性であるハンディキャップと思わぬアクシデントを、持ち前の意志の強さと人を惹きつける人間的な魅力を武器に、果敢に乗り越えていく。
怒涛の展開にぐいぐい引き込まれてしまう。大傑作だ。→人気ブログランキング

ならずものがやってくる』 ハヤカワepi文庫 2015年
マンハッタン・ビーチ』早川書房 2019年

世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今

世界8大文学賞とは、ノーベル賞、芥川賞、直木賞、ブッカー賞、ゴンクール賞、ピュリツアー賞、カフカ賞、エルサレム賞。
それぞれの文学賞について3名の鼎談形式で語られる。鼎談に参加するのは、文学部教授や小説家、翻訳家、書評家などの文学の専門家である。すべての鼎談に登場するのがアメリカ文学者である都甲幸治。『オスカー・ワオの短くて凄まじい人生』を翻訳した人物だ。
世界の文学の動向が把握できる小説ガイド。
□内は、各鼎談で取り上げられた本。
51ifoqabl_sy346_世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今
都甲幸治ほか
立東舎
2016年

ノーベル賞は国別対抗戦あるいは地域別対抗戦の様相がある。受賞者の特徴は圧倒的に高齢者が多い。何よりヨーロッパ主要言語しか読めない人が選考委員だからそうした言語で書いている人が有利。
アリス・マンローは間違って受賞したとする。カナダ人ではアリスより先にノーベル賞を獲らなければならなかった、マーガレット・アトウッドがいる。
ノーベル賞を受賞してほしい作家に、ボブ・デュランが挙げられているのはさすがだ。

ノーベル賞
『無垢の博物館』(早川書房)オルハン・パムク
『小説のように』(新潮社)アリス・マンロー
『サバイバル 現代カナダ文学入門』御茶の水書房 マーガレット・アトウッド
『僕の違和感』(早川書房)オルハン・パムク
『神秘な指圧師』草思社
『ミゲル・ストリート』(岩波書店)V・S・ナイポール
ブッカー国際賞
『菜食主義者』(cuon)ハン・ガン
国際ダブリン賞
素粒子』(ちくま文庫)ミシェル・ウエルベック
『私の名は赤』(ハヤカワepi文庫)オルハン・パムク
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ
『馬を盗む』(白水社)ペール・ペッテルソン
『世界を回せ』(河出書房新社)コラム・マッキャン
『物が落ちる音』(松藾社)ファン・ガブリエル・バスケス
全米批評家協会賞
『2666』(白水社)ロベルト・ポラーニョ
『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)トラーナ・アレクシェーヴィチ
『ノンフィクション選集』ホルヘ・ルイス・ボルヘス

ブッカー賞は最も信頼に足るという。サブタイトルにあるように「当り作品の宝庫」。作品に与えられる賞なので、同一作者が複数回受賞できる。2005年には、他言語の英訳に与えられるブッカー国際賞が設けられた。
癒着や依怙贔屓を排除するために選考委員は毎年変わり、委員は100冊以上読まなければならないというから大変だ。
10月に受賞作が決まるが、3ヶ月前にロングリストが発表され、1ヶ月前にショートリストが発表される。何ヶ月もの間イベントとして機能している。

ブッカー賞
『マイケル・K』(岩波文庫)クッツェー
日の名残り』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『終わりの感覚』(新潮社)ジュリアン・バーンズ
『ヴァーノン・ゴッド・リトル』(ヴィレッジブックス)DBCピエール
『海に帰る日』(新潮社)ジョン・バンヴィル
わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『美について』(河出書房新社)セイディー・スミス
『いにしえの光』(新潮社)ジョン・バンヴィル
『昏い目の暗殺者(早川書房)マーガレット・アトウッド
『贖罪』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『またの名をグレース』(岩波書店)マーガレット・アトウッド
『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫)マーガレット・アトウッド
『ウルフ・ホール』(早川書房)ヒラリー・マンテル
『真夜中の子供たち』(早川書房)サルマン・ラシュディ
『マンスフィールド・パーク』(ちくま文庫)ジェイン・オースチン

ゴンクール賞は1903年に始まったフランスの賞。
『愛人(ラマン)』(マルグリッド・デュラス)、『地図と領土』(ミシェル・エルベック)、『暗いブティック通り』(パトリック・モディア)の3冊について解説している。どれもレベルが高いという。

ゴンクール賞
『愛人(ラマン)』(河出文庫)(マルグリッド・デュラス)
『地図と領土』(ちくま文庫)ミシェル・エルベック
『暗いブティック通り』(白水社)パトリック・モディア

ピュリツァー賞は、アメリカ小説の典型らしいのが並んでいる。
歴史絵巻みたいに長くないといけない。成長物語のパターンも多い、なんとなくいい話で終わるのが多い。

ピュリッツァー賞
オスカー・ワオの短くてすざましい人生』(新潮社)ジュノ・ディアス
『煙の樹』(白水社)デニス・ジョンソン
ならず者がやってくる』(ハヤカワepi文庫)ジェニファー・イーガン
『停電の夜に』(新潮文庫)ジュンパ・ラヒリ
オリーヴ・キタリッジの生活』(ハヤカワepi文庫)エリザベス・ストラウト
『ヘビトンボの季節に自殺した5人の姉妹』(ハヤカワepi文庫)ジェフリー・ユージェニデス
『低地』(新潮社)ジュンパ・ラヒリ
『マーチン・ドレスラーの夢』(白水Uブックス)スティーヴン・ミルハウザー
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ

カフカ賞
ノーベル賞の一歩手前の賞という位置づけで有名になった2001年創設のチェコの賞。
村上春樹が2006年に本賞を受賞してから、彼がノーベル文学賞候補といわれはじめた。

カフカ賞
『海辺のカフカ』(新潮文庫) 村上春樹
『プロット・アゲインスト・アメリカ』(集英社)フィリップ・ロス
『愉楽』(河出書房新社)閻連科
『グルブ消息不明』(東宣出版)エドゥアルド・メンドサ

エルサレム賞
世界文学で、非常に有名かつ、ノーベル文学賞を獲っていなかったり、獲る直前の作家に与えられる賞といった感じだ。クールな作品が多いという。

エルサレム賞
恥辱』(ハヤカワepi文庫)J・M・クッツェー
『未成年』(新潮社)イアン・マキューアン
アムステルダム』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『愛の続き』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『甘美なる作戦』(新潮社)イアン・マキューアン
『夢宮殿』(創元ライブラリ)イスマイル・カダレ

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→『ノーベル賞の舞台裏

ならずものがやってくる

元パンク・ロッカーの音楽プロデューサー・ベニーと、その部下である35歳のサーシャという盗癖のある女性が登場し物語がはじまる。ふたりに関わる多くの人たちに焦点があたる12章からなっていて、すべての章に別の主人公が当てられている群像劇である。

およそ50年という時間軸のなかを行きつ戻りつしながら、ニューヨーク、サンフランシスコ、アフリカ、ナポリと舞台が変わる。そして、視点も三人称だったり、一人称だったり、あえて二人称だったりして、さらに、サーシャの娘がパワーポイントのスライドだけで書いた日記の章や、ページを上下に分けて下に長い注釈を載せた章のように実験的な試みもなされている。音楽を通して見える現代社会の人間模様が多彩な切り口で語られている。
横溢せんばかりの著者の才能が感じられる短篇集である。

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ジェニファー・イーガン/谷崎由依
ハヤカワepi文庫 
2015年

べニーは、高校生の頃、モヒカン・ヘアーのパンク・ロッカーだった。その後、辣腕の音楽プロデューサーになっている。ベニーの下で働くサーシャは、盗癖があり心理治療を受けている。今は、ベニーには息子がいて、妻はベニーの浮気の気配を察知している。
17歳の頃家出してナポリにたどり着いたサーシャは、買春して泥棒して生き延びてきた。今は、外科系の医師と結婚してふたりの子供の母親として暮らしている。
若い頃ベニーの面倒をみていたルーは、いざこざを生み出し続ける種類の男であり、幾度かの結婚に失敗し、今は2度目の脳卒中を患い病床に臥している。

波乱の日々を送った者にとって、時間はならずものだという。それがタイトルの由来だ。
本書は、2011年のピューリッツアー賞を受賞した。→人気ブログランキング

ならずものがやってくる』 ハヤカワepi文庫 2015年
マンハッタン・ビーチ』早川書房 2019年

オリーブ・キタリッジの生活 エリザベス・ストラウト

数学教師のオリーヴ・キタリッジ先生は不愛想で高飛車でおまけに癇癪もちである。そんなオリーヴに薬局を経営する夫のヘンリーや周りの人たちはどうつき合うのか。体が大きいオリーヴはどんな波乱を巻き起こすのか。しっぺ返しに対してどのように振舞うのか。
Photo_20201117083001オリーヴ・キタリッジの生活
エリザベス・ストラウト/小川高義
ハヤカワepi文庫
2012年

メイン州の海辺のクロズビーという架空の街で暮らす人びとの生活を描いた13の連作短篇。オリーヴの40歳代から70代の半ばまでが描かれる。短篇の一つ一つに、情報がふんだんに詰まっているので、まるでそれぞれが長編を読んだような重厚さである。上から目線の女性を描く力量に賛辞を送りたい。

オリーヴは、反抗する息子のクリスをかかえて、子育てがうまくいっていないと感じている。人がいい温厚なヘンリーも堪忍袋の緒が切れることもある。教師から解放されたあとも、教師という目を通して物事を見てしまう。
やがて足の医者になった息子が猛獣みたいな女医と結婚する。夫とともに強盗事件の巻添えをくう。夫は脳溢血で介護施設に入り、やがて夫を看取る。音信がなかった息子がいつの間にか離婚し、子持ちの女と再婚している。息子から妊娠中の妻の手伝いを頼まれ、NYに出ていく。狭くて古いアパートに長くはいられない。
60代になって新しい出会いがあるが、なにしろ一筋縄ではいかない性格なのだ。それでも、70歳代半ばになったオリーヴは相変わらずドーナッツ好きで、当然のことながら瞬発力がなくなっている。小躍りして歓喜の声をあげるような楽しいことはなかったけれど、いくつかの困難をなんとか乗り越えてきた。

愛すべきキタリッジ先生を40代から見守ってきた読者にとって、ひと安心というところにたどりつく。
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オリーヴ・キタリッジ、ふたたび/エリザベス・ストラウト/小川高義/早川書房/2020年
オリーヴ・キタリッジの生活/エリザベス・ストラウト/小川高義/ハヤカワepi文庫/2012年

オスカー・ワォの短く凄まじい人生 ジュノ・ディアス

悲惨な運命もたらす呪いをドミニカではフクという。オスカーを中心に、フクに取りつかれたカブレラ家三代を描く。骨太のストーリーに、ポップでナードな比喩がこぼれ落ちんばかりふんだんに使われる。ぶっ飛んでいる傑作だ。

オスカーは、アニメ、ゲーム、SFをこよなく愛するオタクであり、なににも増して女性に大いに興味があるが、まったくモテない。高校2年生になると、オタク気質にますます磨きがかかり、体重は110キロになった。
姉のロラは忠告する。変わらなければ、童貞のまま死ぬことになるわよと。ドミニカ人は性的にイケイケなのだ。
その後のオスカーの生活は、ロラの忠告通り女性っ気の乏しいものだった。オスカーは、女性に対しちょっとのことでのぼせ上がってしまい、ものの見事にふられ、絶望のどん底に落ちるのだった。
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ジュノ ディアス/都甲幸治・久保尚美 訳
新潮社 2011年

祖父アベラードはかなりの地位の医者であり、一族はドミニカの名家だった。
ドミニカ人はトルヒーヨの20年にも渡る極悪非道の恐怖政治に苦しめられた。ドミニカは悪霊に取りつかれていた。
美しい娘がいれば献上させ妾にし、拒めば父親は投獄され拷問される。
カブレラ家にはとびっきり美しい娘がふたりいた。アベラードはトルヒーヨから招待されたパーティに、妻と娘を連れていかなかったことで、投獄された。そのとき妻は妊娠していた。
妻は自殺し二人の娘も死に、残ったのは妻が産んだばかりのあまりにも色の黒いペリシアだった。そのペリシアがオスカーとロラの母親である。

ペリシアは年頃になると、禁じられた恋(相手はトルヒーヨの娘と結婚しているギャング)に落ち、祖国を追われニューヨークに移り住んだ。そして妊娠した。

大学を卒業しアメリカからドミニカにやってきたオスカーの目標は、SFの超大作を書くこと。そんなオスカーが元娼婦に恋をした。今度ばかりは脈がありそうなので、はねつけられても構うことなく猪突猛進する。それが命取りになった。

スティーヴン・キングは『書くことについて』のなかで、本書を紹介している。
オスカーの愛読書としてキングの小説が何回も出てくるので、キングは気を良くしたのかもしれない。→人気ブログランキング

地下鉄道 コルソン・ホワイトヘッド

南北戦争を数10年後にひかえたアメリカの南部諸州が舞台。アメリカの暗黒の歴史を、SFの要素を加味して描き出す。

女奴隷のコーラは、シーザーに誘われてラヴィーとともにランドル農場を脱走した。途中で野豚狩りの白人たちに出くわしラヴィーが捕まった。コーラは逃げおおせたが、少年と格闘したさいに重傷を負わせ、白人殺しのお尋ね者として手配されることになった。
ランドル農場の主人は、シーザーとコーラの2人に高額の懸賞金をかけ、執拗に連れ戻そうとする。捕まれば、他の奴隷たちの見せしめに、とびきり派手な拷問と死が待っているのだ。コーラの想像を絶する過酷な逃亡劇が描かれていく。

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コルソン・ホワイトヘッド/谷崎由依 訳
早川書房
2018年

コーラはアフリカから連れてこられて3代目の奴隷で、身寄りがない。母のメイベルが8歳のコーラを置き去りにして農園から脱走したからだ。メイベルは未だに捕まっていない。
コーラをはじめ、脱走を持ちかけたシーザー、サウス・カロライナでコーラに隠れ家を提供した白人の妻エセル、2メートル近くもある大男の奴隷狩り人リッジウェイの、ファミリー・ヒストリーが綴られている。ファミリー・ヒストリーが描かれることによって、物語に深みが出ている。
リッジウェイがコーラを執拗に追いかけるのは訳がある。ランドル農場で脱走を成功させた唯一の人間がコーラの母親である。コーラが引き継いでいる特別な血を、根絶やしにする必要があるのだ。

地下鉄道には、駅があり機関士と呼ばれる人物がいて、機関車が走っていることになっている。しかし、実際には鉄道があるわけではなく、地下鉄道は逃亡奴隷たちを逃がすためのネットワーク(秘密結社)のことである。ネットワークにかかわっていることが知られてしまえば、処刑される。
地下鉄道に乗ることができたからといって、奴隷州から脱出できるとは限らないが、地下鉄道は逃亡奴隷にとって北に逃れる唯一の手段なのだ。

ピューリッツァー賞、全米図書賞、アーサー・C・クラーク賞受賞作。さらに英ブッカー賞の候補でもあった。
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6度目の大絶滅 エリザベス・コルバート

地球史において、かつて5度の大絶滅が起こり、それらは「ビッグファイブ」と呼ばれている。「ビッグファイブ」のうち3つは原因が判明している。
最初の大量絶滅は、大半の生物が水の中で暮らしていたオルドビス紀後期(4億5千万年前)に起きた。氷期によってもたらされたとされる。
史上最大の大量絶滅は、ペルム紀末(2億5千万年前)に起きた。大量の二酸化炭素が地球温暖化をもたらし、海水に溶けた二酸化炭素が海水の酸性化を招いたことが原因とされる。

一番最近で最も有名な大量絶滅は、白亜紀の終わりごろ(6千5百万年前)に起こり恐竜が消滅した。ユカタン半島およびメキシコ湾に巨大隕石が衝突したことが原因であるとされる。というように、絶滅の統一理論はない。
そして現在6度目の大絶滅が進行中である。

66度目の大絶滅
エリザベス・コルバート/鍛原多惠子 訳
NHK出版
2015年

著者は、パナマでカエルの大量死を目の当たりにし、ビッグファイブの最初の絶滅の証拠を求めてスコットランドに渡る。地中海の島では熱水噴出孔からの熱水による海水温の上昇の影響を調査し、グレートバリアリーフでは壊滅的な被害を受けているサンゴ礁を調べる。アンデス山脈の樹林帯では、樹木の組成の変化を知らされる。マサチューセッツの洞窟に入りコウモリの大量死を見届け、シンシナティ動物園でサイの人工授精に立ち会う。こうして著者は各地に出向き長期にわたるフィールドスタディを積み重ねていく。

18世紀末、フランスの博物学者キュヴィエは「現生ゾウと化石ゾウの種について」と題された公開講義で、生物の絶滅の事実を知らしめることに成功した。それまでは、種が絶滅するという概念はなかったのである。
種の誕生にかかわるダーウィンの理論は種の消滅の理論でもあったが、ダーウィンは絶滅についてほとんど関心をはらわなかった。

ショッキングな数字が並べられている。

現在、両生類はもっとも絶滅の危機に瀕していると考えられており、その絶滅率は背景絶滅率の4万5千倍という試算もある。ところがその他の多くの動物種の絶滅率も両生類に迫りつつある。造礁サンゴ類の1/3、淡水生貝類の1/3、サメやエイの仲間の1/3、爬虫類の1/5、哺乳類の1/4、鳥類の1/6がこの世から消えようとしていると推定される。・・・生命の消失にはさまざまな理由がある。しかし、その過程を丹念に追っていけば、必ず同じ犯人ーあるひ弱な種ーにたどり着く(つまり、人間である)。

ちなみに、「背景絶滅率」とは、100万種につき年あたりの絶滅種数で表される。哺乳類の背景絶滅率は、約0.25と考えられている。つまり、現在約5500種の哺乳類がいるので、背景絶滅率に従えば大雑把に言って700年ごとに1種が消えることということになる。

考古学的な証拠から、ネアンデルタール人はヨーロッパまたは西アジアで進化し拡散したが、河川や海などの障害物があったところで止まっている。現生人類のみが、そうした障害物を越え、あるいは陸の見えない海に漕ぎ出していった。そこにはなにか狂気じみたものがあるという。

ネアンデルタール人をはじめとする古人類の絶滅も現生人類が引き起こした。さらに、現代における類人猿の生存数の極端な減少も、森林伐採を行ったわれわれが主犯である。
現生人類が地上に現れたときから、その影響で種の絶滅がはじまっていることが、最近明らかになったという。人類は過剰殺戮犯なのだ。

著者は6度目の大絶滅を食い止める処方箋を示すわけではない。ただ、絶滅危惧種を救おうと懸命に努力する人びとがいることに、かすかな光を見出しているのである。→人気ブログランキング

6度目の大絶滅/エリザベス・コルバート/NHK出版/2015
サイボーグ化する動物たち/エミリー・アンテス/白揚舎/2016
外来種は本当に悪者か?/フレッド・ピアス/草思社/2016
爆発的進化論/更科功/新潮新書/2016
ゲノム編集とは何か?/小林雅一/講談社現代新書/2016
がんー4000年の歴史/シッダールタ・ムカジー/早川NF文庫/2016
破壊する創造者ーウイルスが人を進化させた/フランク・ライアン/早川NF文庫/2014
生物と無生物のあいだ/福岡伸一/講談社現代新書/2007
人はどうして死ぬのかー死の遺伝子の謎/田村靖一/幻冬舎文庫/2010
できそこないの男たち/福岡伸一/光文社新書/2008
二重らせん/ジェームス・ワトソン/講談社文庫/1986

2021年9月
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