ノーベル賞作家

2020年6月13日 (土)

ペスト カミュ

ペストによってもたらされた不条理を目の当たりにした人びとはどう行動するのか。
1947年に発表されたカミュの第二作目である本書は、処女作『異邦人』や、カフカの『変身』や『審判』などとともに、不条理文学に分類される。

4月の朝、1匹の鼠の死から始まる。
やがて鼠の死体は町のそこら中で目につくようになり、鼠の死が収まると、高熱を発し鼠径部が腫れた病人が現れた。医師のリウーはアパートの門番が死ぬに至り、驚きが恐怖に変わった。そして惨劇が始まった。
最初は医師たちも市の執行者たちもペストと認めなかった。
しかし感染者と死者は増加の一途をたどり、ついには、人口20万人のアルジェリアの港町オランは封鎖された。

Image_20200613141901ペスト
アルベール・カミュ/宮崎峰雄
新潮文庫
1968年

患者は隔離するだけで、これといった治療法はない。累々と盛り上がった鼠径部のリンパ節を、除痛目的で切開するくらいだ。予防手段の血清は町に入ってこない。

6月には犠牲者が週1000名となった。
人びとはまったく妥協の余地のない状態のなかにあり、「折れ合う」とか「特典」とか「例外」とかいう言葉はまったく意味がなくなっていることを納得するまでには、多くの日数を要した。
人びとは多くの不都合を認めようとせず振る舞っていたが、やがて納得せざるをえないことに慣れていった。

埋葬は迅速に行われた。しかし、やがて食糧難の問題が起こってくると、人びとは作法通りに埋葬する要求すら考える暇がなくなっていった。そして最初は一人一人だったものが、やがて男用墓穴と女用墓穴が分かれていたが、ついには男も女も構わず折り重なるように投げ込まれ埋葬された。
8月には、埋葬場所が足りなくなった。
9月10月の2か月間、いつ果てるとも見えぬ状況が続いていた。

こうした先の見えない状況の中、疲れ切ったリウーは淡々と病人をトリアージし、鼠径部のリンパ節切開を行った。
牧師はペストが神の懲罰であり悔悛を説いた定形的なミサに見切りをつけ、病人の介護に手を貸す保健隊に入った。
町から脱出しようとあれこれ策略をめぐらしていた人物は、脱出を諦めた。
犯罪者はペスト禍にいれば、警察に逮捕されることもないと思った。

サッカー競技場の中は収容所になっていた。彼らは忘れ去られた人々であり、問題はそのことを彼らは知っていることだった。まるでそれは、死刑を待つ人びとの収容所の様相である。
こうして、常識が通用しない道理が通らない不条理が延々と続いたのである。→人気ブログランキング
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コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
感染症の世界史/石井弘之/角川ソフィア文庫/2018年
ウイルスは生きている/中屋敷均/講談社現代新書/2016年
H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ/岡田晴恵/幻冬車文庫/2019年
隠されたパンデミック/岡田晴恵/幻冬舎文庫/2019年
ナニワ・モンスター/海堂尊/新潮文庫/2014年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年
復活の日/小松左京/角川文庫/1975年
ペスト/アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/1969年

2018年9月 2日 (日)

『予告された殺人の記録』 G・ガルシア=マルケス

27年前に起こった殺人事件を、住民の証言をもとに力強い文体で描写する中篇小説。そのジャーナリスティックなアプローチは、トルーマン・カポーティの『冷血』を彷彿とさせる。
1987年に、フランスとイタリアの合作で同名のタイトルで映画化されている。
新装されたカラフルないかにもラテン風のカバーが物語を象徴的に表している。

舞台はコロンビアの辺鄙な河沿いの町。
衆人環視の中で殺人が起こる。しかも、人びとは殺人が起こることを知っていた。双子の兄弟は人を殺すことをあたり構わずに何人もに話をしていて、むしろ誰かに犯行を止めてもらうための努力を思いつく限り試みたというのが真相らしい。兄弟は犯行前に多量のアルコールを摂取した。

予告された殺人の記録 (新潮文庫)
G. ガルシア=マルケス/野谷文昭
新潮文庫
2001年 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
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町を上げての婚礼の翌朝、処女でないことを理由に新婦が実家に帰された。母親が娘に問い詰めると、ハンサムな青年の名前を口にした。玉の輿にのせようとした母親らの説得に負けた形の意にそわぬ結婚であったから、産婆から新婦の初夜での戦略を伝授されたにもかかわらず、娘は開き直ったのだ。
過去に、娘とその青年が会っているところを目撃した者は誰もおらず、娘は大切にしていた男を守ったのだ。

よそ者の新郎だけが金持ちの裏切り者として人びとの記憶に刻まれた。彼以外の悲劇の登場人物たちは、自分たちに割り当てられた役回りを、ある種の威厳をもって演じたと言える。濡れ衣かもしれないが、殺された青年は陵辱の罪を死によってあがない、兄弟は自分たちが男であることを証明した。その結果、辱しめをうけた娘は名誉を回復した。

話はここで終わらない。
人目を避けてひっそりと暮らす出戻り女は、あろうことかその金持ち男に恋をしてしまう。そして手紙を送り続けた。
何年も経ったある日、船から一人の男が降り立ち、袋から大量の手紙を取り出した。女の前に姿を現わした男は今は初老となったかつての新郎であった。

後半に明らかにされる生々しい殺害のシーンで、ナイフで滅多刺しにされて腸をぶら下げて断末魔の苦しみにあえぐ男の壮絶な様は、『壬生義士伝』(浅田次郎著)で、満身創痍の主人公が自害する最期に重なる。どちらも、面目を保つための「大義」が死に至らしめる理由である。→人気ブログランキング

2018年8月13日 (月)

世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今

世界8大文学賞とは、ノーベル賞、芥川賞、直木賞、ブッカー賞、ゴンクール賞、ピュリツアー賞、カフカ賞、エルサレム賞。
それぞれの文学賞について3名の鼎談形式で語られる。鼎談に参加するのは、文学部教授や小説家、翻訳家、書評家などの文学の専門家である。すべての鼎談に登場するのがアメリカ文学者である都甲幸治。『オスカー・ワオの短くて凄まじい人生』を翻訳した人物だ。
世界の文学の動向が把握できる小説ガイド。
□内は、各鼎談で取り上げられた本。
51ifoqabl_sy346_世界の8大文学賞 受賞作から読み解く現代小説の今
都甲幸治ほか
立東舎
2016年

ノーベル賞は国別対抗戦あるいは地域別対抗戦の様相がある。受賞者の特徴は圧倒的に高齢者が多い。何よりヨーロッパ主要言語しか読めない人が選考委員だからそうした言語で書いている人が有利。
アリス・マンローは間違って受賞したとする。カナダ人ではアリスより先にノーベル賞を獲らなければならなかった、マーガレット・アトウッドがいる。
ノーベル賞を受賞してほしい作家に、ボブ・デュランが挙げられているのはさすがだ。

ノーベル賞
『無垢の博物館』(早川書房)オルハン・パムク
『小説のように』(新潮社)アリス・マンロー
『サバイバル 現代カナダ文学入門』御茶の水書房 マーガレット・アトウッド
『僕の違和感』(早川書房)オルハン・パムク
『神秘な指圧師』草思社
『ミゲル・ストリート』(岩波書店)V・S・ナイポール
ブッカー国際賞
『菜食主義者』(cuon)ハン・ガン
国際ダブリン賞
素粒子』(ちくま文庫)ミシェル・ウエルベック
『私の名は赤』(ハヤカワepi文庫)オルハン・パムク
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ
『馬を盗む』(白水社)ペール・ペッテルソン
『世界を回せ』(河出書房新社)コラム・マッキャン
『物が落ちる音』(松藾社)ファン・ガブリエル・バスケス
全米批評家協会賞
『2666』(白水社)ロベルト・ポラーニョ
『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)トラーナ・アレクシェーヴィチ
『ノンフィクション選集』ホルヘ・ルイス・ボルヘス

ブッカー賞は最も信頼に足るという。サブタイトルにあるように「当り作品の宝庫」。作品に与えられる賞なので、同一作者が複数回受賞できる。2005年には、他言語の英訳に与えられるブッカー国際賞が設けられた。
癒着や依怙贔屓を排除するために選考委員は毎年変わり、委員は100冊以上読まなければならないというから大変だ。
10月に受賞作が決まるが、3ヶ月前にロングリストが発表され、1ヶ月前にショートリストが発表される。何ヶ月もの間イベントとして機能している。

ブッカー賞
『マイケル・K』(岩波文庫)クッツェー
日の名残り』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『終わりの感覚』(新潮社)ジュリアン・バーンズ
『ヴァーノン・ゴッド・リトル』(ヴィレッジブックス)DBCピエール
『海に帰る日』(新潮社)ジョン・バンヴィル
わたしを離さないで』(ハヤカワepi文庫)カズオ・イシグロ
『美について』(河出書房新社)セイディー・スミス
『いにしえの光』(新潮社)ジョン・バンヴィル
『昏い目の暗殺者(早川書房)マーガレット・アトウッド
『贖罪』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『またの名をグレース』(岩波書店)マーガレット・アトウッド
『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫)マーガレット・アトウッド
『ウルフ・ホール』(早川書房)ヒラリー・マンテル
『真夜中の子供たち』(早川書房)サルマン・ラシュディ
『マンスフィールド・パーク』(ちくま文庫)ジェイン・オースチン

ゴンクール賞は1903年に始まったフランスの賞。
『愛人(ラマン)』(マルグリッド・デュラス)、『地図と領土』(ミシェル・エルベック)、『暗いブティック通り』(パトリック・モディア)の3冊について解説している。どれもレベルが高いという。

ゴンクール賞
『愛人(ラマン)』(河出文庫)(マルグリッド・デュラス)
『地図と領土』(ちくま文庫)ミシェル・エルベック
『暗いブティック通り』(白水社)パトリック・モディア

ピュリツァー賞は、アメリカ小説の典型らしいのが並んでいる。
歴史絵巻みたいに長くないといけない。成長物語のパターンも多い、なんとなくいい話で終わるのが多い。

ピュリッツァー賞
オスカー・ワオの短くてすざましい人生』(新潮社)ジュノ・ディアス
『煙の樹』(白水社)デニス・ジョンソン
ならず者がやってくる』(ハヤカワepi文庫)ジェニファー・イーガン
『停電の夜に』(新潮文庫)ジュンパ・ラヒリ
オリーヴ・キタリッジの生活』(ハヤカワepi文庫)エリザベス・ストラウト
『ヘビトンボの季節に自殺した5人の姉妹』(ハヤカワepi文庫)ジェフリー・ユージェニデス
『低地』(新潮社)ジュンパ・ラヒリ
『マーチン・ドレスラーの夢』(白水Uブックス)スティーヴン・ミルハウザー
『地図になかった世界』(白水社)エドワード・P・ジョーンズ

カフカ賞
ノーベル賞の一歩手前の賞という位置づけで有名になった2001年創設のチェコの賞。
村上春樹が2006年に本賞を受賞してから、彼がノーベル文学賞候補といわれはじめた。

カフカ賞
『海辺のカフカ』(新潮文庫) 村上春樹
『プロット・アゲインスト・アメリカ』(集英社)フィリップ・ロス
『愉楽』(河出書房新社)閻連科
『グルブ消息不明』(東宣出版)エドゥアルド・メンドサ

エルサレム賞
世界文学で、非常に有名かつ、ノーベル文学賞を獲っていなかったり、獲る直前の作家に与えられる賞といった感じだ。クールな作品が多いという。

エルサレム賞
恥辱』(ハヤカワepi文庫)J・M・クッツェー
『未成年』(新潮社)イアン・マキューアン
アムステルダム』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『愛の続き』(新潮文庫)イアン・マキューアン
『甘美なる作戦』(新潮社)イアン・マキューアン
『夢宮殿』(創元ライブラリ)イスマイル・カダレ

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→『ノーベル賞の舞台裏

2018年8月10日 (金)

恥辱

J・M・クツェーは南アフリカ出身。本作『Disgrace』(1999年)にて2度目のブッカー賞を受賞している。1回目は、1983年『Life & Times of Michael K』(『マイケル.K』)。さらに、2003年にはノーベル文学賞を受賞している。

2度の離婚歴がある52歳の男が主人公。
デイヴィット・ラウリーは現代文学の教授だったが、大規模な合理化の結果、旧ケープタウン大学付属カレッジのコミニュケーション学部とやらの准教授に格下げされた。それで、やけになっているようなところがある。
デイビットは娼婦のもとに通っているうちに、その娼婦に入れあげてしまい、探偵を使って住所を調べ女の前に姿を現したが、けんもほろろに拒否されてしまう。

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J・M・クツェー/鴻巣友季子
ハヤカワepi文庫
2007年 

この失態にも懲りずに、次にデイヴィットが手を出したのが教え子だった。
セクハラで訴えられ、学内の査問委員会での反省のないデイヴィットの態度に旗色は悪くなり、やがて新聞沙汰になり、しまいには、大学の職を失うことなる。
ここまでは、イントロである。

かつてすったもんだがあった娘・ルーシーは田舎で農地を所有していて、年長のドイツ人女性と一緒に住んでいる。市場で農作物を売ったり、犬を預かって世話をしたり、動物病院の手伝いをして生計を立てている。デイヴィットはルーシーのもとに転がり込む。
そして、ボランティアのような、懲罰のような、奉仕活動のようなことをすることになる。飼い犬の餌の肉を切ったり、犬の安楽死の助手をしたり、市場で農産物を売ったり、ともかく農家の暮らしを体験する。

そこてまかり通っているのは、力のあるものの庇護を受けなければ、女は生きていけないという土着の論理である。具体的には、地元の胡散臭い男の第3夫人になるという選択だった。デイヴィットは、理不尽な古い慣習のもとに、恥辱も何もかも受け入れて生きていくことを決意しているルーシーを、どう理解していいのか戸惑う。

一時、ケープタウンに戻ると、デイヴィットはメラニーが出演する演劇をそっと観劇したりする。反省していないような初老の男に周りの目は冷たい。

読後、殺伐とした気持ちになるのは、元教授の少しも好転しない転落の人生を見せられているからだろう。→人気ブログランキング

2012年4月14日 (土)

日の名残り カズオ イシグロ

館の新しい主人のアメリカ人が、スにイギリス旅行をすすめた。
旅の細々が語られ、スの過去が織り込まれる。
大戦の間に館では、国際会議や政府要人の会合が瀕回に行われ、スはそれらをとり仕切ってきた。
誇らしい充実した日々を送ってきたと思い返す。
かつて仕えた主人は品格のある貴族であるとスは敬服している、あるいは思い込もうとしている。
その主人はナチの協力者とマスコミや周囲から叩かれ、汚名を挽回することなく生涯を終えた。
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カズオ イシグロ
ハヤカワepi文庫
2001年

感情を表に出そうとしないスは、女中頭のミス・ケントンに「どうしてあなたはいつも嘘をついていなければならないの」と言われる唐変木なのだ。
再三、語られる品格とは、自己抑制することで執事として役目を全うしてきたことだった。
元女中頭からの手紙で、彼女が不幸な状況にあるのではないかと思い込み、あわよくば仕事に戻ってもらえるかもしれないなどと、都合のいいことを考えるのである。
その女性と巡り会い打ち明け話を聞き、自分の生き方を嘆く。
執事としての人生が、欺瞞に満ちていたことを気づいくのだった。
イギリスの古き良き貴族文化が衰退していくなか、主人公が従ったのは古い因習でありやがて社会から消えていくものであった。そこに主人公の人生も重ね合わされている。

この旅行の目的は元女中頭に会うことにほかならず、とすれば本書のテーマのひとつは恋愛である。
著者の端正な筆さばきにより上等な作品になっている。→人気ブログランキング
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【カズオ・イシグロの作品】
『クララとお日さま』Klara and the Sun 早川書房 2021年
忘れられた巨人』The Buried Giant 2015年
夜想曲集』Nocturnes 2009年
『わたしを離さないで』Never Let Me Go 2005年→DVD
『わたしたちが孤児だったころ』When We Were Orphans 2000年
『充たされざる者』The Unconsoled 1995年
日の名残り』The Remains of the Day 1989年→DVD
浮世の画家』An Artist of the Floating World 1986年
『女たちの遠い夏』(日本語版は『遠い山なみの光』と改題)A Pale View of Hills 1982年

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