料理・食べ物

2023年3月17日 (金)

アンソロジー カレーライス!!大盛り 杉田純子編 

カレーは、縦はピンからキリまで、本格派から学校給食まで、横の広がりは日本からインド東南アジア、英国まで、その種類は縦横無尽なのだ。インドやネパールやタイやビルマのカレー、子供の頃に食べたカレー、わが家の秘伝のカレー、あとは立ち喰いで飲んだ後に食べるカレーなどが綴られている。
推し並べて、高級ホテルのカレーは旨くないという評価。仰々しいのは旨くないということなのだ。
41ilqitq0l_sx353_bo1204203200_ アンソロジー カレーライス!!大盛り
杉田純子編 
ちくま文庫 
2018年 317頁

寺山修司の「歩兵の思想」は、いずれも歩兵であるが、堅実なライスカレー人間よりもラーメン人間のほうがいく分可能性が持てるというもの。

阿川弘之の「米の味・カレーの味」の中で、カレーの主なスパイスは漢方薬であるという記述がある。そう指摘されればそのとおりだ。
〈ターメリックが漢方の止血薬鬱金、グローブは丁子、フェンネル茴香、シナモン桂皮、ナツメグの肉荳蔲とカルダモンの小荳蔲は共に健胃剤、オレンジ・ピール陳皮、クミンが馬斤でキャラウェイが姫茴香。〉

「ビルマのカレー」(古山高麗雄)カレーは懐かしさで食べている。味ではないというもの。

角田光代の「カレー、ですか・・・・・・」は説得力がある。
〈妻や恋人のいる男性に、「彼女の作る料理で一番好きなのは何?」と訊ねたときに、彼女たちをがっかりさせる答えは「カレー」である。〉というもの。1番好きなものとしてあげるのは、妻や恋人の手料理をありがたく食べていない。だからカレーという彼女たちをがっかりさせる不適切な答えが出てくるという見解だ。

内館牧子の「カレーライス」は、著者が相撲やプロレスにのめり込んだのは幼少の頃からで、体の大きい人が好きだったという。幼少期の内館はいじめられていたから、相撲のひとり遊びをする気味の悪い子だったという。垣間見た若手プロレスラーの食べっぷりが、見事だったという話。文章が生き生きとして上手い。力が入っている。→人気ブログランキング
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アンソロジー そば/PARCO出版/2014年
アンソロジー カレーライス!!大盛り/杉田純子編/ちくま文庫/2018年
そばと私(文春文庫)
麺と日本人/角川文庫/2015年
アンソロジー 餃子/PARCO出版/2016年
アンソロジー ビール/PARCO出版/2014年
うなぎと日本人(角川文庫)
ずるずる、ラーメン(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年
ぷくぷく、お肉(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年
つやつや、ごはん(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年
ぐつぐつ、お鍋(おいしい文藝)/河出書房新社/2014年

2023年3月 9日 (木)

ランチ酒 原田ひ香

人情話とB級グルメとの取り合わせが絶妙の人気のシリーズだ。
犬森祥子はバツイチで31歳。亀山太一が社長を務める「中野お助け本舗」に勤務する「見守り屋」である。仕事をする時間は、夜の11時からから翌朝5時まで。様々な事情を抱える客のニーズに応える。キャバクラ嬢の娘の子守りであったり、老犬の世話であったり、アルツハイマーの老婆の相手など、寝ずの番で見守る。

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原田ひ香 
祥伝社文庫 
2020年10月 322頁

祥子を支えてくれるのは、北海道の高校の同級生である亀山と幸恵。東京に出てきたときも、離婚して娘をおいて家を出たときも2人の世話になった。亀山には仕事を与えてもらったし、住居も安く提供してもらっている。
小学校2年になる娘とは、月に1回会うことになっているが、元夫の都合で会えないこともある。

仕事が終われば、待ちに待ったライチタイムである。店が開く午前11時に入店し、日の高いうちに堂々とランチ酒で喉を潤しながら料理に舌鼓を打つのが、祥子にとって至福の時だ。何しろ仕事を終えてのランチ酒である。誰に気兼ねすることもない。
あるときは肉丼に芋焼酎のロック、次の日はラムチーズバーガーにビール、別の日は回転寿司に冷酒、そして焼き魚定食にビールなど、勤務場所とその日の気分で店を選び、メニューと飲むものを合わせる。

幼い娘を引きとれなかった負目を背負って、「見守り屋』の仕事で試行錯誤を繰り返し、ランチ酒を生きる糧するアラサー女の泣き笑いが描かれている。→人気ブログランキング
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2022年11月28日 (月)

一汁一菜でよいと至るまで

料理研究家であった父土井勝とのこと、フラインスの修行時代のこと、その後の料理研究家としての仕事を語り、一汁一菜でよいという考えに至る過程を綴っている。
フランスのごく普通の家庭に下宿したとき、食事は、水から煮たスープとパンまさに一汁一菜であった。スープには胡椒を振ったり、バターを入れたり、それぞれが自分の味を作って食べた。祖母の作るうどんは、具材が多く栄養たっぷりの一汁一菜であった。
Photo_20221128141201一汁一菜でよいと至るまで
土井善晴 
新潮新書 
2022年5月

著者は父と同じように家庭料理を手がける料理人になり、「家庭料理は民芸だ」ということに気づいたという。
柳宗悦は、無名の工人が民衆のために作る日用雑器、そこにスポットライトをあて美を見いだし、「民芸」と呼んだ。
著者は、伝統的で素朴な家庭料理には美がある。それは「民芸」だと言っている。

そして、家庭料理を再定義し「一汁一菜でよいと至る」という考えにたどり着いた。
こう言い切ってしまうと、後戻りはできない。手の込んだ料理とは無縁にならざるを得ない。創作料理にも表向き手が出しにくくなる。
つまりマスコミに登場する機会が少なくなっていくだろう。あえて本書を出した著者には、強い信念を感じる。→人気ブログランキング
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2022年7月 2日 (土)

教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネスー50の麺論 青木健

ラーメン学が存在するとすれば、本書は教科書となりうる内容の本だ。
各項の長目のタイトルには著者の独自の鋭い視点がある。大胆な自説を披露していて、それが魅力である。
ラーメンフリークには物足りない本であると前置きがあり、ラーメンの気楽な入門書の位置づけであると著者はいう。
Photo_20220702081501教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネスー50の麺論
青木健 
光文社 
2022年1月 189頁

「ラーメンは体育会系、カレーは文化系」としている。その理由は、ラーメン店はライバルと切磋琢磨して進歩していく。カレー店は内装や接客、ユニフォームでも独自路線を歩むことだという指摘は、納得できて面白い。

基本的な間違いを指摘する。79ページの「東北地方の直江津のかけ中華」とあるが、直江津は東北地方ではなく新潟県の南、北陸地方に限りなく近いが 、甲信越地方である。

「日本ラーメン進化樹形図」には、関東圏を中心としたラーメン店の系譜がコンパクトにまとめられている。似た樹形図はのよく見かける。どの樹形図もそうであるが、土佐っ子や香月から、背脂ラーメンが自然発生的に生まれたかのように描かれている。これは時系列からみて不適当である。背脂がスープの表面を覆う背脂ラーメンの嚆矢は、麺の太さが違うとはいえ、新潟県燕市の杭州飯店にすべきである。1955年ごろに背脂ラーメンはすでに生まれている。土佐っ子は、ざるを使って背脂を丼のラーメンの上にふりかける大胆なパフォーマンンスで有名になった。土佐っ子がちゃっちゃラーメンを提供したのは2000年代になってからのことである。

他のラーメンに関する本も同じだが、半熟煮卵を語るときに京都の老舗料亭の名物である瓢亭卵を無視してはいけない。ラーメン界では「ちばき」が半熟煮卵を創始したとしているが、食の世界全体に目をやれば、瓢亭卵からヒントを得て半熟煮卵が生まれたのは間違いない。瓢亭卵に触れないのは正統ではないだろう。

〈麺を「どんぶりのどこから抜くか」で味が変わる。すべての料理同様「そのラーメン」をより美味しくさせる食べ方はある〉というタイトルの項がある。
胡椒がついたメンマの付近の麺を抜けば胡椒の味がする。鶏油の付近に箸を突っ込み麺を抜けば鶏油の味がする。確かにその通りだ。
できれば、胡椒のついたメンマが入っているラーメンやスープの表面が鶏油に覆われたラーメンを、美味しくさせる食べ方を、著者の極意を披露してほしかった。

総じて網羅的でうまくまとめられている。→人気ブログランキング
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2021年1月23日 (土)

平成・令和 食ブーム総ざらい

本書は、平成元年(1989年)から令和2年(2020年)に至るおよそ30年間の日本の食文化のトレンドを探るものである。網羅的に語られていて、そうだった、そうだと納得させてくれる書きっぷりだ。まさに、平成・令和 食ブーム総ざらいである。
大まかな流れとしては、主に雑誌が発信していた食の情報を、ネットの普及により情報量が圧倒的に増え、グルメが定着した。平成はグルメという言葉が指す範囲が広がった時代だった。また、ブログやインスタグラムの普及により個人が発信する食に関する情報が、飛躍的に増えた。食のトレンドが次々にめまぐるしく変わっていくようになった。スイーツやパンやドリンクに光が当たった。
そして家庭料理をマスコミに登場した料理研究家を論じる。
本書はクックパッドニュースで2018年9月から始まった「平成食ブーム総ざらい!」「あの食トレンドを深掘り!」の連載がベースになっている。
Image_20210123111901 平成・令和 食ブーム総ざらい
阿古真里(Aco Mari
インターナショナル新書
2020年

第1章 情報化が進んだ30年
首都圏情報雑誌『Hanako』(1988年創刊)やグルメ情報誌『danchu』(1990年創刊)が、食トレンドを取り上げてきた。『Hanako』はティラミスを流行らせ、「デパ地下」という言葉を最初に使った。
1983年、『ビッグコミック・スピリッツ』で、グルメうんちく漫画『美味しんぼ』の連載が始まった。
1993年、『料理の鉄人』(フジテレビ系)が始った。そのあと『愛のエプロン』、『どっちの料理ショー』、SMAP×SMAPの『BISTROSMAP』と、料理バライティー番組が受け入れられた。アメリカで類似番組が作られた。
2007年には『ミシュラン東京』が発刊されている。
1998年、佐野陽光が立ち上げた『クックパッド』はレシピ・サービスの巨人に成長した。2020年3月の時点で、月間アクセス数5800万という途方もない数字になっている。

『孤独のグルメ』は、『月刊PANJA』誌上で1994年から1996年にかけて連載された。その後、『SPA!』の2008年1月15日号に読み切りとして復活し、以後『SPA!』上で2015年まで新作が掲載された。 その後映像化され、テレビ東京で放映されている。フリーの輸入雑貨商の井之頭五郎(松重豊)が全国各地に赴いて商談をしたのち、町にひっそりある庶民的な店で一人で料理を満喫するというのがパターン。
2008年、放送が開始されたテレビ東京の『男子ごはん』では、ケンタロウ、栗原心平と、二世の男性料理研究家が総菜を教えた。

2010年代、スマートフォンが普及して、フェイスブックやインスタグラムを始める人が増えた。
飲食店で出てきた料理の写真を撮ることが当たり前になってきた。もともと日本料理はヴィジュアル重視なところがある。ブログにキャラ弁が投稿され話題を呼んだ。
「インスタ映え」は2017年の新語流行語大賞の年間大賞に選ばれた。

第2章 グルメが定着していく時代
1988年6月23日号で『HANAKO』は「デパ地下」という言葉を初めて使った。
1990年代後半、生春巻きを中心にベトナム料理が流行った。
韓国ブームは3回あったが食のブームは2回であった。
2002年の日韓サッカーワールドカップ、2003年『冬のソナタ』、2004年『宮廷女官チャングムの誓い』のヒット。
今回のブームは2018年ごろから。若者受けする、チーズタッカルビ、チーズドック、韓国式かき氷など。

ふたつのチキンライス。昭和のチキンライスはケチャップ味。平成は海南チキンライス、ジャスミンライスに茹で鶏のスライスをのせたもの。シンガポール、マレーシアなどの東南アジアの料理として2010年代半ばから流行っている。
スパイシーカレーは、2010年代半ばごろから流行った。

ゴーヤが注目されたのは、2001年NHKの朝ドラ『ちゅらさん』 の大ヒットによる。
2000年代初めに、空港で売られている「空弁」が流行り始める。それは国内線で機内食を出さなくなったからである。2000年には新幹線の食堂車も廃止されている。高速道路の弁当も「早弁」と呼ばれ人気がある。
赤身肉に注目されるようになり、2013年から熟成肉ブームが始まった。
平成はグルメという言葉が指す範囲が広がった時代だった。
2006年に始まった『B-1グランプリ』(全国のご当地グルメで町おこしを目指す企画)が脚光を浴びたのは2010年頃からだ。
2007年から始まった『秘密のケンミンSHOW』(日本テレビ系)が始まり、さまざまなご当地グルメが紹介されるようになった。
唐揚げ専門店が増えた。ニチレイフーズと日本唐揚げ協会の調べでは、2011年から2018年の間に、唐揚げ店の店舗数が3.4倍になっている。
どこの都市にも大戸屋が進出した。

第3章 スイーツ・パン・ドリンク
1988年、イタリア料理のブームが来て「イタ飯」という言葉が生まれ、デザートのティラミスが注目された。
マカロンがブームになったのは2000代半ばだった。
2005年、ピエール・エルメ・パリの旗艦店が青山にできて話題になった。もう一つマカロンブームに貢献したブランドが、ダロワイヨ。
ティラミスで始まったスイーツのの多彩さを楽しむグルメ化は、マカロンで一つのピークに達した。外国のお菓子を受け入れるようになった。タピオカ、ナタデココ、パンナコッタ、ベルギー・ワッフル、カヌレなど。カラフルな色合いがSNSの発達と重なりブームに拍車をかけた。
チョコミント・ブームが始まったのは2016年頃から。2017年8月にバラエティ番組『マツコの知らない世界』で取り上げられて人気が加速し、その年の夏猛暑も手伝って大ブームとなった。2016年ごろから流行り出した、ビーン・トゥ・バー(Bean to Bar)「カカオ豆から板チョコまで」は、ショコラティエが原材料のカカオ豆の仕入れから関わり、焙煎、成形まで一貫生産することを示す言葉。
2007年頃から、バームクーヘンがデパ地下で人気になった。
2010年ごろから、台湾発、韓国発の頭がキーンと痛くならないかき氷が日本に上陸する。
高級パンは2013年、銀座にセントル・ザ・ベーカリーという食パン専門店ができ、行列になったことから始まる。セブン・イレブンの金の食パンも乃が美も同じ頃。1ジャンルとして定着するのか廃れるのか見守るという。
アメリカのシアトルで生まれたコーヒーチェーン店のスターバックスが日本に上陸したのは1996年。その後日本中に出店網を広げ1581店に及ぶ。映画『ユー・ガット・メール』(1998年)や『プラダを着た悪魔』(2006年)で、スタバからテイクアウトする映像が流され、人気を博していった。
1994年、地ビールの生産が解禁された。2010年代に入ると地ビールはクラフトビールと名を変えて、アメリカからブームが押し寄せた。
緑茶ドリンクの成立。
2019年、タピオカ・フィーバー、ウーロン茶や緑茶にミルクや砂糖を入れてタピオカを加える。

第4章 時代を映す食文化
平成米騒動は1993年。世界的な異常気象で日本は冷夏に見舞われ、コメが200万トン足りなくなる。タイやアメリカから米をを輸入するが、タイ米は独特の匂いが敬遠され不評であった。
2013年『英国一家、日本を食べる』(マイケル・ブース)がベストセラーになる。そこで紹介される日本食文化の独自性を、江戸時代の鎖国により培われたと著者は解説している。
同年『フード左翼とフード右翼』(速水健朗)が発刊される。フード左翼とは食に安全性を求め、フード右翼とは食に値段の安さや量を求める。
遺伝子組み換え食品の商業栽培が1996年アメリカで始まった。遺伝子組み換え食品の問題点は、安全性に疑問があること、生態系に異変を及ぼす。さらに多国籍企業により種子が独占され食糧支配につながること。
スローフード協会は1986年イタリアで設立された
在来野菜とはその土地で代々受け継がれてきた野菜のことである。鹿児島県の桜島大根、京都府の聖護院大根、神奈川県の三浦大根。作り続ける理由はおいしいからだという。
アリス・ウォータースが始めたオーガニックムーブメント。
1/3ルール、賞味期限の1/3以内に小売店に納入し、消費者が購入後1/3賞味期限のを過ぎれば廃棄するというもの。食品ロスを減らすために見直しが迫られている。
コロナ禍とベイキング。コロナで家でパンやケーキやクッキー作りが流行って、小麦粉が高騰しているという。それで、洋菓子店のケーキの値が上がっている。

第5章 家庭料理の世界
1989年、『きょうの料理』で夏休み子ども料理教室が放映された。子ども料理に注目が集まった。買い物から調理まで一人でやる。Eテレで視聴率10%を獲得した。
ここで述べるのは料理技術の平均点が下がっているということだ。
1090年代、栗原はるみが一工夫あるオシャレな料理を教えることでカリスマ主婦と呼ばれ、スターダムにのし上がった。
団塊の世代の料理研究家として、栗原はるみのほかに、山本麗子、藤野真紀子、加藤千恵などが活躍した。
熱狂的栗原はるみのファンはハルラーと呼ばれた。栗原はるみが脚光を浴びたのは1992年に出した『ごちそうさまが、ききたくて。』がミリオンセラーを記録したことによる。家庭を支える主婦が、厳しくやりがいのあるものになりうると伝えた人でもあった。

料理の基礎がなっていない人々が多くなった。そこで、子どもが作る料理をとり上げ、母親からの教えられた料理に自分の工夫を加えた辰巳芳子に触れた。
フランスの食器メーカーから発売された、カラフルな色合いのル・クルーゼがブームになる。
ミールキットの市場が活性化したのは、2013年。売り出したのは有機野菜のインターネット通販のオイシックスである。時間があったら手料理をじっくり作りたいとの願望があるからである。→人気ブログランキング

2021年1月12日 (火)

ラーメンの本 大門八郎

本書は日本で最初のラーメンの本である。今日、隆盛を極めるラーメン文化の原点が本書にあると言っていい。
裏表紙には永六輔が食べ歩き評論家と称する著者の紹介文を載せている。著者は美味しいものを嗅ぎ分けることに長けていたという。映画監督の山本嘉次郎が大門情報に全幅の信頼をおいていたという。
本書は、Amazonで12000円の値がついている稀覯本である。
Photo_20210112144301ラーメンの本
大門八郎(Ookado Hachiroh
ごま書房
1975年

著者は、日本のミシュラン・ガイドブックの刊行をライフワークにしていた。50年前に、食のガイド本の有要性を認識していた人物なのだ。今やインターネットの普及により、食の情報を簡単に手に入れることができるようになった。ちなみに、『ミシュラン・ガイド東京』が刊行されたのは2007年。

本書の構成は、全国のラーメン店の食べ歩きレポートを右のページに、左のページにはプロのラーメンの味を家庭で再現しようと、店から得たノウハウが載っている。店主の人となりや苦労話を載せているところがなんとも好感が持てる。
1970年代のラーメンの値段は、およそ200円から300円だった。180円のラーメンもあった。

有名人たちのゴヒイキ店が載っている。ミヤコ蝶々、伴淳三郎、大村崑、山本リンダ、愛川欽也、こまどり姉妹、山田五十鈴、坂東三津五郎、徳川夢声、宮田輝、伊丹十三、宮本信子、ピンキー、水原弘、滝沢修と、ほとんどの方が鬼籍に入っている。

新潟は、新潟市東堀通のカトウ(現在も営業している)だけが載っている。
手打ち自家製麺を作ることの大変さに触れ、風格のある店主の顔を和田誠や山藤章二に描かせたいと、ラーメンと関係のないことを書いているが、味については触れていない。カトウはイチムラ・デパート(新潟市店は1981年7月に閉鎖)の横にある小さな店と紹介されている。→人気ブログランキング
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2019年6月11日 (火)

食の実験場 アメリカ ファーストフード帝国のゆくえ  鈴木透

著者はアメリカの食の歴史を3期に分けている。
第1は、イギリスの植民地時代から独立革命までのアメリカの形成期。白人入植者の食を支えたのは先住インディアンと黒人であった。第2は、19世紀後半から20世紀半ばにかけての産業社会の形成と工業国化の時期。食事に時間をかけないという発想がファーストフードの誕生につながった。第3は、1960年代以降の産業社会のあり方に対する抵抗と反省。ヒッピー文化や菜食主義者たちの影響によるオーガニックへ向かう動き。

イギリスの植民地時代、北部の白人入植者は先住インディアンの影響を受け、パンプキンパイ、コーンブレッドや七面鳥料理が生まれた。南部では黒人の影響を受けた米を使う料理が出現する。南部の家庭料理であるフライドチキンは、スパイスによる味付けは黒人から、揚げるという料理法は白人から受け継いでいる。
フランス人はミシシッピー川河口近くのニューオリンズを中心に住み着き、クレオールと呼ばれるフランス人と黒人の混血の人口が増えていった。
クレオール料理の代表はガンボーと呼ばれる雑炊のようなスープ。海産物、肉やソーセージ、トマトや玉ねぎ、豆など、あり合わせの材料で作ることが多いが、オクラでとろみをつけることが特徴的だ。米やオクラはアフリカ的だし、トマトやスパイスは先住民の影響があり、海産物を加えることはブイヤベースからきていてフランス的でもある。ガンボーは、アフリカ、先住インディアン、フランスの混血創作料理なのである。
クレオール料理のもう一つの代表ジャンバラヤは、トマト味のスパイシーなピラフで、具材はガンボー同様決まりはない。

Photo_20201120081901食の実験場アメリカ‐ファーストフード帝国のゆくえ
鈴木 透 
中公新書
2019年

工業国となっていくアメリカには、1890年代から1910年にかけて、主としてヨーロッパの低開発地域から移民が大量に流入した。イタリア系やユダヤ系、北欧系などが 中心で、エスニックフードの多様性が増した。
ドイツの惣菜を扱う店デリカテッセンが普及し、ハインツ社がケチャップを開発した。
ハンバーグはドイツの港ハンブルグから名付けられた。それをパンに挟んだハンバーガーは、1904年のセントルイスでの万国博覧会で誕生したいわれている。
ドイツのフランクフルトから持ち込まれたソーセージをパンに挟んだホットドッグは、コニーアイランドの遊園地で売られた。こうしてドイツの食が野外の手軽なフィンガーフードに応用されアメリカ独自の食文化へと発展していった。
自動車時代の本格的な幕開けとともに、本来食事を取ることができない場所や時間帯に食事を可能にする新たなタイプの外食産業・ファーストフードをアメリカに作り出した。

飲み物についてもアメリカならではの特徴がある。独立革命期に生じた紅茶離れは19世紀に入っても続いた。ラム酒と紅茶を飲むことは反愛国的行為とみなされた。現在、アメリカの一流ホテルで紅茶を頼むとティーパックが出てくるという。

飲料水の確保が困難だったため、植物の根で作ったアルコール分の低いルートビアが飲まれた。医薬品であった炭酸水を瓶に詰めることに成功したのはコカコーラ社である。アメリカにおける炭酸飲料は、病人の飲み物であったことや製造に薬剤師が関わっていたこと、ドラッグストアで売られていたことから、飲む薬としての性格をもっていた。ちなみにペプシコーラの名称はペプシンという消化酵素からきている。

ヒッピーたちは、効率優先からの脱却と多様性の復権を実現する、有機農業や自然食品を追い求めた。さらにヒッピーたちは有機栽培やヘルシーからエスニックにつながっていった。そこから生まれてきたのがカリフォルニアロールである。
いまアメリカの食が向かっているのは有機栽培の野菜を使った健康食だ。創作料理の最前線ではビーガンの影響がある。→人気ブログランキング

2014年4月14日 (月)

フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人 速水健朗

著者は、『ラーメンと愛国』(20011年)で、ラーメンと日本文化について革新的な検証を行った。本書は、毎日繰り返される食と普段は遠いところにあると思われがちな政治とを、斬新な視点で結びつけた画期的な社会学のテキストである。
Image_20210123120501フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人
速水健朗(Hayami Kenrou
朝日新書
2013年

フード左翼とは、野菜中心の低カロリーな健康食を嗜好し、安全のためにお金をかけることを厭わない人たちのことである。地産地消の地域主義で健康思考の側に立つ人たちをフード左翼と呼ぶ。
一方、フード右翼とは、安全や健康を度外視して安さと量を求める。結果として、メガ盛りを好みカロリオーバーの品目を愛する人たちである。ベジタリアンは左翼、ジロリアンは右翼ということになる。
フード右翼とフード左翼の対立軸のひとつは、競争原理が持ち込まれる大量生産・大量消費を選ぶか、大量生産を批判し食の安全性を追求するかである。

アメリカの低所得者に対して食料配給クーポン制度が行われているが、このフードスタンプを利用する負け組が購入するのは、低価格で高カロリーな食品である。アメリカのあとを追いかける日本が、同じ図式に向かっていることは否めないが、日本の場合は必ずしも単純ではないという。

例えば、食の安全を語ることで原発の賛否のスタンスが問われる。その論争は家庭内でも起こりうると指摘する。
また、右翼から左翼になり得ても、左翼から右翼にはなり得ないという。実際、著者は本書の執筆中にフード右翼からフード左翼にスタンスを変えたという。→人気ブログランキング

【食に関する本】
とことん!とんかつ道/今柊二/中公新書ラクレ/2014年
美食の世界地図  料理の最新潮流を訪ねて/山本益博/竹書房新書/2014年
フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人/速水健朗/朝日新書/2013年
クスクスの謎―人と人をつなげる粒パスタの魅力/にむらじゅんこ/平凡社  新書/2012年
冬うどん 料理人季蔵捕物控/和田はつ子/ハルキ文庫  2012年
ラーメンと愛国/速水健朗/講談社現代新書/2011年
世界ぐるっと肉食紀行/西川治/新潮文庫/2011年
高級ショコラのすべて小椋三嘉/PHP新書/2010年
チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石/武田尚子/中公新書/2010年
グルメの嘘/友里征耶/新潮新書/2009年
吉田類の酒場放浪記/TBSサービス/2009年
古きよきアメリカン・スイーツ/岡部史/平凡社新書/2004年
食べるアメリカ人/加藤  裕子  /大修館書店/2003年
至福のすし「すきやばし次郎」の職人芸術/山本益博/新潮新書/2003年
フグが食いたい!―死ぬほどうまい至福の食べ方/塩田丸男/講談社プラスアルファ新書/2003年
カラ-完全版  日本食材百科事典/講談社プラスα文庫/1999年
インスタントラーメン読本/嵐山光三郎/新潮文庫/1985年
アメリカの食卓/本間千枝子/文春文庫/1984年

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