教育

学校に入り込むニセ科学 左巻健男

教える内容が真実であるべき学校にニセ科学など入り込む余地があるのか?と思って本書を開いた。宗教団体が絡んでいて敵は巧妙である。代表的なものは「水からの伝言」と「EM菌」だという。
Photo_20200507082201学校に入り込むニセ科学

左巻健男(Samaki Takeo
平凡社新書
2019年

「水からの伝言」とは、一部の教職員グループにより学校に持ち込まれたニセ科学。
「ありがとう」と「ばかやろう」と書いた紙を、水の入った容器に貼って凍らせると、「ありがとう」と書いた紙が貼られた氷は綺麗な結晶になるが、「ばかやろう」の方の結晶は汚いという、なんともわかりやすいもの。冷却温度によって氷の結晶の形が異なるが、書かれた文字が氷の形に影響を及ぼしたと説明する。これは手品のテクニックだ。

コンポストという箱の中に野菜くずや残飯を入れておくと、「EM(Effective Microorganisms)菌」が分解して良質の肥料になるという。EM菌は、琉球大学教授の比嘉照夫が推奨するもの。もともと「世界救世教」という宗教団体が関係した微生物資材(農業用)である。世界救世教は、国内に100万人の信者をもち、手かざしの儀式、自然農法を推奨、芸術活動を行うことを特徴とする宗教団体。

EM菌で作った肥料によって土が改良され、作物がよく育つとされたが、調べてみると他の肥料に比べて効果が弱い結果も出た。
北朝鮮がEM菌を導入し、比嘉は北朝鮮をしばしば訪れて指導していた。比嘉は「北朝鮮は21世紀には食料輸出国になる」と宣言していたが、北朝鮮はEMの使用をやめてしまった。
かつて、EM菌をネットで調べたが、すっきりした回答が得られなかったことを思い出す。現在もコンポストとともにEM菌培養液が、アイリスオーヤマが販売している。さらに、地方自治体で推奨しているところもある。
EX菌は乳酸菌や酵母などの複合体らしいが、詳細は明らかにされていない。

TOSS(Teachers' Organization of Skill Sharing 教育技術法則化運動) は、教師が自分の教え方の力量をあげ、より良い教育をし、立派な子どもたちを育てることを目標にした団体ということになっている。TOSSは「水からの伝言」を抜きにして語れないという。また、EM菌も推奨している。このようなところから、授業のノウハウを得ている小中学校の教師がいるのである。なんだか背筋が寒くなる。

ニセ科学は、科学を装い、科学っぽい雰囲気を出しているが科学ではないものを指す。ニセ科学は科学への信頼を利用してだます。→人気ブログランキング

学校に入り込むニセ科学/左巻健男/平凡社新書/2019年
給食の歴史/藤原 辰史/岩波新書/2018年

給食の歴史 藤原辰史

日本の給食の歴史は紆余曲折を経てきた。
給食により、敗戦国日本にパン食を普及させ、自国の農家を守るために小麦を輸入させたアメリカの戦略は成功した。日本の稲作の衰退はアメリカにしてやられたと言っていい。
給食は欠食児童をなくすことであり貧困対策であり、同時に平等の思想を植えつけることにもなった。政治的には戦後の暴動を防ぐためであった。
給食の無償化はたびたび浮上する意見だが、GHQの公衆衛生福祉局長として給食制度の普及に務めたクロフォード・サムスが、社会主義国を作り出すという主張したからであった。
Image_20201223210201給食の歴史
藤原辰史 (Fujihara Tatsushi
岩波新書
2018年

著者は給食の歴史を次の4期にカテゴライズしている。
一見、強引な分け方にも見えるが、給食の複雑な立ち位置から見ると、妥当と思われる。

萌芽期 19世紀後半から敗戦まで。関東大震災(1923年)が東京府の給食誕生のきっかけとなった。「禍の時代」。
占領期 敗戦後から1952年まで。ララ(アジア救援公認団体、Licensed Agencies for Releif in Asia)という慈善団体による脱脂粉乳とコッペパンの支給。1946年、文部・厚生・農林3省の通達によって散発的だったが給食が全国規模の国家プロジェクトになる。「贈与の時代」。
発展期 占領後から1970年代まで。依然として外国からの食料輸入に依存しつつも、1954年の「学校給食法」を中心に日本独自の展開を模索する時代。「占領から脱皮の時代」。
行革期 1970年代、とくに1973年の石油危機から現在まで。低成長時代に突入し行革、公的部門の合理化が進む。給食センター化が進み、学校栄養職員、調理員、教師、親などの陳情や抵抗運動が活発化する時代でもある。「新自由主義の時代」。

1950年代の段階では、クジラ肉が肉の中で一番安かった。マーガリンの主原料は鯨油であった。
1954年、紆余曲折の末「学校給食法」が制定された。
文部官僚は日本人の早老短命は食の質を忘れ偏食大食する食習が最大の原因をなす、と自虐的に述べた。
教育委員会や校長は児童が脱脂粉乳を飲むよう教師に指導したという。脱脂粉乳には教師の勤務評定が関係していた。
1970年代から、給食の合理化が始まり、センター化や材料の一括購入、1959年、新潟県燕市森井金属工業。メロンスプーンの柄を短くした先割れスプーンの誕生した。1970年代から、給食の合理化が始まり、センター化や材料の一括購入、給食事務の軽減が勧められた。
1959年、新潟県燕市森井金属工業。メロンスプーンの柄を短くした先割れスプーンの誕生した。1970年、1971年が最盛期で、「犬食べ」が問題になった。うどんや肉などもスプーンで食べていた。
問題は、先割れスプーンだけではなく、さまざまなおかずが入れられる一体型のランチ皿とスプーンの組み合わせにあった。

日本の学校給食には偏食、マナー、アレルギー、給食業務の合理化、新自由主義の中での給食、給食費未納など、解決されない問題や取り組まなければならない問題がある。→人気ブログランキング

給食の歴史/藤原辰史/岩波新書/2018年
トラクターの世界史/藤原辰史/中公新書/2017年

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