オールタイム・ベスト

シカゴ・ブルース フレドリック・ブラウン

ミシガン湖が描かれ、シカゴのいくつもの通りやホテルやレストランやカフェが、あまた出てくる。シカゴのガイドのような本だ。
20歳の主人公エド・ハンターは、植字工の父ウォリーが勤める会社の見習いとして働いていた。エドの一人称単数の目で物語は語られる。
Photo_20210908083901シカゴ・ブルース
フレドリック・ブラウン/高橋真由美
創元推理文庫 
2020年 332頁

エドが、楽器屋で中古のトロンボーンを買うかどうか迷っているところで夢から覚め、物語が始まる。昨夜、父は帰ってこなかった。2人の警察官が家にやってきて、父が殴られて道で倒れて死んでいたと母に告げた。昨日は給料日で財布に紙幣が入っていたはずだ。
エドは父の死を移動カーニバルにいるアンブローズおじさんに伝えた。

母のマッジは継母で、妹の14歳のガーディはエドと血が繋がっていない。
父が再婚したのはエドが8歳のときで、ガーディは4歳の鼻垂れだった。ガーディはエドをからかうチャンスを窺っている。だから自分の部屋のドアを全開にして、パジャマの上着を着ないで寝ている。

アンブローズはエドに、警察は事件をまともに捜査しないだろうから、ふたりで犯人を捕まえようと言った。また、マッジとガーディに気を許すなとも言った。
そこからふたりの地道な捜査が始まる。父が殺されたシカゴのフランクリン・ストリートの路地には、血痕とともに瓶の破片が散らばっていた。

検死審問は葬儀場で葬儀の前に行われた。40人くらいの人が集まった。
父が最後に立ち寄ったバーの店主カウフマンは、父が持ち帰りのビール4本を買って帰ったと言った。父がバーに来たとき、2人連れがバーにいて父と入れ違いに2人は出ていったという。カウフマンは知っていることを隠しているとアンブローズはにらんだ。
エドとアンブローズはカウフマンに執拗につきまとい、レイノルズというギャングが関わっていることを聞き出した。

アンブローズが語った父の過去は、エドが初めて聞く話ばかりだった。
新聞社を経営していたこと。メキシコを放浪したり、ブラックジャックのディーラーをやったり、決闘をしたり、スペインで闘牛士を夢みたり、見せ物の一座でジャグリングをしたり、演芸場の一員だったり、父は波乱の人生を歩んできたのだ。
アンブローズは父には自殺願望があったとエドに言った。

父が生命保険に入っていたことがわかり、そのことで母と妹が警察に連行された。保険金の受け取り人は母だった。父が殺されたとき母には、父の同僚に会っていたアリバイがあった。

以前、父はゲイリーという町で暮らしていて借金がかなりあったが、シカゴに出てくる前にすべてを支払った。大金を手にしたのだ。ゲイリーいるとき、ギャングのレイノルズの裁判の陪審人に選ばれたことがあった。そこに、謎を解く鍵があった。
エドはひとりでギャングのレイノルズと繋がりがある女性のアパートに乗り込み、物語は結末へと加速していく。

最後にエドは新品のトロンボーンを手にする。冒頭の中古のトローンボーンを買おうとした夢が現実になったのだ。

本書は殺人事件の謎を紐解くミステリであり、エドが少年から大人へと成長していく物語でもある。
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八百万の死にざま ローレンス・ブロック 

話の運びの上手さには脱帽するし、何しろ文章がうまい。登場人物たちが目に浮かぶように生き生き描かれ、心理描写も見事だ。タイトルの由来は、本書の発刊当時(1917年)、ニューヨークの人口がおよそ800万人だったことによる。
91bbcdaae3eb48b081842fd3fc544885八百万の死にざま
ローレンス・ブロック/田口俊樹
ハヤカワ文庫
1988年 503頁

アル中の主人公マット・スカダーは、娼婦のキム・ダッキネンからヒモと手を切りたいから、そのことをヒモに伝えてほしいと、1000ドルで依頼を受けた。マットは500ドルは成功報酬としてもらうと返した。なんという潔さだ。マットは自分の撃った弾が子どもを殺し、そのことがきっかけで警察を辞めアル中になり離婚した。

マットはヒモのチャンスという黒人に会おうとする。ヒモといってもチャンスは6人の娼婦を抱え、それぞれにアパートを与え上がりを上納させ、羽振りのいい暮らしをしている。チャンスに会いキムの話を伝えると、キムを拘束はしないし暴力は振るわない、ただキムに会って確かめるという。女が抜けても次々に新しい女が現れるから困らないという。
チャンスはキムに会い、抜けることを承諾したという。マットに興味を持ったようだとキムは言った。

ところが、数日後、キムはホテルで殺害された。惨殺事件の記事を読んでマットは怒り、そして飲んでしまった。発作を起こして救急病院に担ぎ込まれた。元妻のアニタに電話したことも、息子たちと話したことも、アル中自主治療協会の集会に行ったことも、記憶にない。

犯人はチャンスが雇った殺し屋なのか。チャンスは弁護士を伴って検察署に現れたという。キムの死亡推定時刻に、チャンスにはアリバイがあった。マットは、ミッドタウン・ノース署のダーキン刑事にチャンスのことを伝えた。
殺人犯はキムを全裸にしてナタで66箇所傷をつけたという。サイコの仕業ではないか。

チャンスはキムの殺人犯を調べるために、マットを雇いたいという。チャンスはキムが殺されたことで、商売が上がったりだという。
マットは2500ドルで仕事を引き受けた。マットはチャンスが抱えている5人の娼婦にあたってみる。娼婦の一人ずつに話を訊くが、マットはどんな些細なことも逃さない。

マットとダーキン刑事は酒場でニューヨークの犯罪事情について話している。「腐り切った、肥溜めのようなこの町に何があるかわかるか?〈8百万の死に様〉があるのさ」と刑事は言う。ニューヨークでは毎日多数の人が殺されている。

キムにはボーイフレンドがいて、キムに高価なプレゼントをしたと、マットは推理した。そんな折、別の殺人事件が起こり物語は真犯人に近づいていく。→人気ブログランキング
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拡がる環 ロバート・B・パーカー

私立探偵のスペンサーは、上院議員に立候補した共和党のミード・アリグサンダー下院議員の警護を引き受けた。アリグザンダーに、妻のロニーが若い男とベッド上で戯れているビデオテープが送られてきた。アリグザンダーは上院議員選挙の立候補を止めて、対立候補のロバート・ブラウンを応援するようにと脅されている。
スペンサーに与えられたミッションは、ロニーに気づかれることなく解決すること。そのためにはアリグザンダーは上院議員戦から撤退し、相手の応援に回ることも辞さないという。
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ロバート・B・パーカー/菊池光 
ハヤカワ文庫
1991年

スペンサーは、ボストン・グローブ紙の友人にロバート・ブラウン候補についてのあらゆる情報を要求した。その資料を隈なく調べると、ブラウンの演説会の写真に映るギャングの手下を発見した。

アリグサンダー陣営のビラ配りの大学生がふたりの男に妨害された。ビラ配りを邪魔するごろつきををスペンサーは駐車区域で殴り倒した。その1人から、指示を出したルイスにたどり着き、その上にギャングのジョウ・ブロウがいることをつきとめた。

ロニーのフィルムを公開されればアリクザンダーが当選する可能性はゼロになる。
彼はそれを乗り越え、場合によっては逆効果になって、人々がブラウンの仕業と考え、同情票が集まるかも知れない。警察とFBIが乗り出してくるかも知れない。しかし、当選はできないだろうというのがスペンサーの予想だ。

スペンサーはアリクザンダーのオフィスで、ロニーのセックスビデオを何回か見た。筆立てに使っているジョッキーにジョージタウン大学の友愛会のロゴがあった。スペンサーは窓に映る建物から、そのフィルムが撮影されたアパートを割り出した。その部屋に住むのはジョウ・ブロズの息子ジェリイだ。浴室の鏡が片面素通しの鏡だった。ビデオはそこから撮影されていた。

ジェリイを尾行してつかんだことは、自分のアパートで高校生を相手にコカインを売りその代金が払えないと、セックスで払わせる。コカインを売りさばき、中年の女と未成年をアパートに集め乱行パーティをやり、ポルノ・フィルムを撮っている。

スペンサーは父親のジョウ・ブロズに直接交渉する。
父親に認めてもらいたいというジェリイの単独行動だった。ジョウ・ブロウは二つの道をとることができる、スペンサーを殺して、息子に関する証拠を誰にも渡していないことを願う。もうひとつはスペンサーの要求を認めて脅しを止めることだ。→人気ブログランキング

幻の女(新訳版)

1942年発表のオールタイムベスト作品。
妻とうまくいっていない夫・ヘンダーソンには妻が周知の恋人がいる。
ヘンダーソンは妻とレストランで食事をして劇場でショーを見て、離婚を切り出そうと策を練った。妻を誘うと、「付き合っている女と行きなさい」と馬鹿にした笑いが返ってきた。憤慨したヘンダーソンは青いネクタイを床に放り、恋人に電話をかけたが留守だった。
5152f68bac134ebf833658669e2cc5c9幻の女(新訳版)
ウイリアム・アイリッシュ/黒原敏行 
ハヤカワ文庫 
2015年

ヘンダーソンは最初に出会った女性に声をかけ、ディナーをともにしショーに誘うことに決めた。
バーでカウンターに座っているオレンジ色の帽子を被った黒いドレスの女を誘った。すると女はつきあうという。
ふたりはタクシーに乗りレストランに行きディナーをともにした。その後劇場ではバンドの目の前の席に着いた。女は女性歌手が歌っているにも関わらず席を立った。しかも歌手の帽子と女がかぶっている帽子は同じデザインだった。その後再びバーに戻り1杯飲んで、女はバーに残りヘンダーソンはバーを後にした。
ヘンダーソンが家に帰るとすでに3人警官がいて、妻は青いネクタイで絞殺されていた。

警察は妻が死亡した時刻のヘンダーソンのアリバイを訊ねる。ヘンダーソンは一緒にいた女がどんな顔をしていたかまったく記憶がなかった。ましてや、名前も住所も電話番号もきいていなかった。
警察がつきそってヘンダーソンのアリバイを証言しそうな人物に訊ねるが、バーテンダーはひとりだったと明言し、タクシー運転手も女は知らないといい、レストランのウエーターもひとりだったといった。さらに、劇場のドアマンも女はいなかったと証言した。
こうしてヘンダーソンは妻殺しで起訴され、アリバイが成立することなく死刑が確定する。
ここまでのストーリーで、本書のたった四分の一である。

死刑執行までの日数が刻々と少なくなるなか、ヘンダーソンの友人が捜査を始める。
ヘンダーソンの捜査にあたったバージェス警部は、ヘンダーソンが妻を殺していないと見ているが、幻の女を探し出す時間的余裕がない。幻の女を捜索する友人に警察は協力するという。

友人はバーテンに面会し、タクシーの運転手から話を訊き、ドアマンの家を訪ねるが、女は見ていないという。彼らを不可解な事故が襲う。

そして、最後の謎解きはバージェス警部が行う。
ミステリの読者人気投票で、常に上位に食い込む本書は、伏線も展開も見事。さすが名品である。→人気ブログランキング

スイート・ホーム殺人事件

スイート・ホーム殺人事件の原題は、Home Sweet Homicide、1944年に発表されたオールタイムベストの常連作品。本書は新訳版。
ミステリ作家のシングルマザー・マリアンが育てる3人の子どもたちは、隣の家の殺人事件をマリアンが解決すれば宣伝になって、ミステリ書きの仕事が楽になると思っている。自分たちで事件の目処をつけて、マリアンが解決したことにしようとする。さらにマリアンと、事件担当のビル・スミス警部補が結婚してほしいと願っている。なんとも子どもらしい発想だ。
Photo_20210204083601 スイート・ホーム殺人事件
グレイグ・ライス/羽田詩津子
ハヤカワ・ミステリ文庫
2009年

カーステアズ家の長女14歳のダイナは忙しい母親の代わりを務めるしっかり者、12歳の次女エイプリルは学校で演劇クラスに入っていて、持ち前の演技力で関係者から情報を引き出していく。末っ子の10歳のアーチーは、2人の姉のいじられ役だが、外では悪ガキを統率する力を持っている。新聞記者だった父親はアーチーが生まれるとすぐに亡くなった。
マリアンは子ども達を信頼しているし、子ども達はミステリ書きで忙しくて家事ができないマリアンに代わって、手分けして家事をこなしていく。だから、家事作業の描写がしょっ中出てくる。子ども達は、タイプライターに向かうマリアンに、夕食を部屋まで運んでいくは、食後のコーヒーやタバコと灰皿を持ってくるはと、献身的にサービスする。
母の日に、それぞれが工夫を凝らしたプレゼントをマリアンに贈るシーンは心が暖まる。

隣のサンフォード家から、銃声が2回聞こえてきて、1台の車が猛スピードで走り去っていった。そして2台目の車も走り過ぎた。そのあと隣の家の前にコンパーチブルが停まり、女優のポリー・ウォーカーが降りてきて、家の中に入り悲鳴をあげて飛び出してきた。ミセス・サンフォードが銃で撃たれて死んでいたのだ。ポリーが警察を呼んだ。
そこで現れたのが、独身のビル・スミス警部補と「9人の子どもを育てた」が口癖のオヘア部長刑事。
子ども達が殺人事件をマリアンに話すと、それどころじゃない執筆が忙しいと乗ってこない。

5年間空き家だった建物が放火され、サンフォード宅から警察官が離れた隙に、ダイナとエイプリルはサンフォード宅に忍び込み、ミセス・サンフォードが保管していた書類と、肖像画の目に撃ち込まれた弾丸をくり抜いて持ち去った。弾丸は32口径の銃から発せられたもの。殺害に使われた拳銃は45口径だった。
火事の最中に、3ブロック離れた家のプールで三流のギャングが銃で殺され、ミセス・サンフォードが殺された銃と同じ銃が使われていた。

エイプリルとダイナは、サンフォード宅から持ち出した書類を調べはじめる。そこには、ミセス・サンフォードが強請りに使っていた関係者たちの書類であった。
サンフォードの家を警官が見張っているのに、近所に住む老婦人が入り込んで盗みを働こうとするし、ポリーの弁護士も無断で家に入ろうとして、警官にたしなめられる。さらに画家が藪の後ろに消えて、サンフォード家に入り込むチャンスをうかがっている。書類を盗み出そうとしているのだ。
殺されたミセス・サフォードが強請りなので、真犯人らしい人物が次々に登場する。
そしてミセス・サンフォード殺害事件と過去の未解決の殺人事件とのつながりが浮かび上がってくる。

子どもたちは、ビル・スミス警部補をディナーに招待して、マリアンとの仲を取り持とうと計画する。それにしても、カーステアズ一家は実に微笑ましい。まさにスウィートホームだ。→人気ブログランキング

マダム・タッソーがお待ちかね ピーター・ラヴゼイ

オールタイムベストの常連作品。
1888年、ロンドンの写真館の助手が毒殺された。写真館のミリアム・クロウマー夫人は助手から恐喝されていた。ミリアムはデカンターで客に提供するワインに青酸カリを入れ、自殺に見せかけて助手を殺すつもりだった。しかしワインを飲んだ助手は断末魔の苦しさに床を叩いて暴れ、それに気づいた従業員が医者に連絡をした。ミリアムが外出から帰ってくると写真館には警察が来ていた。
Photo_20201205124501マダム・タッソーがお待ちかね
ピーター・ラヴゼイ/真野明裕
ハヤカワ・ミステリ文庫
1986年

さかのぼること5年前、絵画のモデルに使うという理由で、ミリアムは他のふたりの娘と裸の写真を撮られた。助手はその写真を手に入れミリアムを強請っていたのだ。収監されたミリアムは、公判の2日前にあっさり自白した。そして絞首刑の判決が下った。刑が執行されれるのは2週間後である。

事件には不可解な点がある。ミリアムはなぜあっさり自白したのか。さらに、自白調書には青酸カリが保管されていたスティール・キャビネットの鍵についての供述が曖昧であった。二つあった鍵の一つは夫のハワードが持っていて、もう一つは殺害された助手のポケットにあった。ミリアムはどうやって鍵を手に入れたのか。
事件当日、ブラントンで肖像写真家連盟年次総会が開かれていて、それに出席していたミリアムの夫であるハワード・クロウマーのチョッキからぶら下がっている鍵が写っている写真が、『写真ジャーナル』に載っている。その写真の切り抜きが内務大臣に送りつけられた。そこで、スコットランド・ヤードのクリップ部長刑事に密かに再捜査が命じられた。

クリップ刑事は夫・ハワードに面会し、怪しげな写真を売る店の店主から話を聞く。さらに、写真を撮られたほかの二人の娘の消息を探った。そして最後に死刑を待つ身のミリアムに直接面会する。

死刑執行人ベリーの行動が滑稽で不気味だ。
本書の冒頭で、ベリーの家の中が描写される。家には何人かの死刑囚の写真が飾られていて、そこにベリーの写真も追加することを妻が提案する。ベリーはその提案をまんざらでもないと思うのだ。
ベリーはロンドンに赴き、ハワードから直接話を聞き、写真を撮ってもらう。そのあとニューゲイト監獄の典獄と会う。さらにマダム・タッソー館を訪れる。
死刑執行人は受刑者の服装を含めた所持品を貰い受けることができる。ベリーは、話題性があるミリアムの蝋人形は、処刑が行われるその日に、展示されるだろうと踏んでいた。ミリアムが処刑の時に着ていた服で一儲けできると目論んでいた。
公開処刑が禁止されたビクトリア時代の今、死刑囚の蝋人形を見ようと人形館に押しかけるのだ。

原題は「Waxwork」と味気ないが、邦訳のタイトルは飛び抜けてうまい。まさにマダム・タッソーはミリアムの絞首刑を今か今かと、美貌のミリアムの蝋人形を作成して待っているのだ。本作はオールタイムベストの上位にランクされる実力を備えている。→人気ブログランキング

煙草屋の密室/ピーター・ラヴゼイ/ハヤカワ文庫/1990年
マダム・タッソーがお待ちかね/ピーター・ラヴゼイ/ハヤカワ文庫 /1986年

ママはなんでも知っている ジェイムズ・ヤッフェ

ブロンクスにひとりで暮らすママのもとに、金曜日の夜に息子夫婦が訪れて、ママの自慢の手料理をご馳走になるのが習慣になっている。息子のデイビッドはニューヨーク市警殺人課の警察官である。捜査が暗礁に乗り上げている事件について、ママにせがまれて話をする。話を聞いたあと、ママはいくつかの質問をして、豊富な人生経験と人間の心理を読み解く力で、事件を解き明かしてしまう。ママは安楽椅子探偵の天才なのだ。
本書は8話からなる連作短編。謎解きの手はずといい、ストーリーの運び方といい、著者の筆運びは見事だ。オールタイムベストの常連作品。
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ジェイムズ・ヤッフェ/小尾芙佐
ハヤカワ文庫
2015年

ママはデイビッドが警察官になったことに、ふたつの理由で反対している。危険であることと、知性と頭脳を必要とする職業につくべきだという理由である。

ママはちょっとばっかり耄碌しているのか、それとも耄碌したふりをしているのか、時々、単語を間違えそれを直そうとしないが、推理は確かだ。心理学の学位をもつ嫁のシャーリイはちょっとした嫌味を口にする。しかしママも負けてはいない。デイビッドは、嫁姑間のいさかいに発展しないように口を挟み火種を消すことに、ー余念がない。

殺人課におけるデイビッドの存在価値は、ママの家でママに情報を提供するためにあるといっても過言ではない。デイビッドは、ニューヨーク市警に勤めて5年になるが、大半の事件をママに解決してもらっている秘密を、だれかが嗅ぎつけるのではないかとびくびくしているというから、実に情けない。

寡婦であるママはまだたったの52歳、息子夫婦はデイビッドの上司である独身の警部を食事会に招いた。ママはまんざらでもなさそうだった。

ママの結婚前夜の事件を書いた最終章「ママは憶えている」で、ママの母親について語られる。そこでの母親の事件の解決ぶりはあざやかである。ママの安楽椅子探偵の才能は、母親ゆずりなのだ。
ユダヤ人の家系なので、ところどころでユダヤのしきたりが顔を出す。例えば、シナゴーグの話とか、肉を牛乳で煮てはいけないとか。→人気ブログランキング

アデスタを吹く冷たい風 トマス・フラナガン

日本で独自に編まれた7篇から成る短篇集である。本書は、ハヤカワ・ミステリの復刻希望アンケート調査で、1998年と2003年に2度にわたって1位に輝いたという。いずれの作品も特異な設定でひねりを効かせた結末が用意されている。
最初の4篇には辣腕のテナント少佐が登場する。舞台はクーデターで生まれた共和国とは名ばかりの地中海沿いの軍事独裁国家。時代は1950年代だろう。オールタイムベストの常連作品。
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トマス・フラナガン/宇野利泰
ハヤカワ文庫 2015年

アデスタを吹く冷たい風
風が吹き荒さび地面に根雪が残る中、闇を裂いてトラックがやってきた。運転する商人は葡萄酒をアデスタの町に運んでいると主張する。テナント少佐は商人が銃の密輸していると睨んでいる。強制的に荷台を調べるが、銃は見つからなかった。次は尻尾をつかんでやる。

獅子のたてがみ
テナント少佐はアメリカ人医師を暗殺させたことで審問官に審問されている。スパイ行為を働いた医師を大佐の命令で殺したという。大佐を部下たちは「獅子」と呼んでいる。テナント少佐は大佐に奪われた憲兵隊長の地位に復帰しようとしている。少佐は医師のスパイ行為が無実無根であると知っていた。少佐は中尉にライフルで自宅にいる医師を撃つよう命じた。そして暗殺は実行された。

良心の問題
ブレーマンが死んだ後、主治医は家に呼ばれたという。ピストルで殺されたブレーマンの腕にはナチの収容所で入れられた番号があった。犯人のフォン・ヘルツィッヒにも、刺青をそぎ取り植皮した跡があった。

国のしきたり
バドラン大尉の密輸取り締まりのの業績はめざましいものがあった。密輸を取り締まることで、経済の混乱を防ぎ、没収物質に加え罰金を徴収し、没収品の競売により国庫の収入になった。ジェネラルから異例の感状をさずかった。ところが2年目になると、密輸の情報が伝えられ、大尉が注意を払って監視を行うも、取り立てて成果が上がらないことが続いた。
そこで大佐とテナント少佐が掴んだ密輸の情報をバドラン大尉に知らせ、お手並みを見物するということになった。

もし君が陪審人ならば
弁護士は担当した被告が無罪になった殺人事件を皮肉屋の大学教授に話をする。
無謀にも被告の妻はセントラル公園を夜中に散歩するという癖があった。散歩中にナイフで刺されて殺された。それを若い男女が見ていて、公園から駆け出していく男が夫に似ていると証言した。そして過去に夫が被告となった妻殺しの事件が語られる。

うまくいったようだわ
夫人が夫を殺したと知り合いの弁護士に連絡した。心臓をめがけて2発撃ったから間違いなく死んでいると夫人はいう。陪審員の前に立つのは嫌だという。
強盗に襲われたことにすることにした。鍵やベッドに細工を加えた。弁護士はパトカーのサイレンに驚く。弁護士が鍵を壊しているときに、夫人が警察に連絡したのだ。

玉を懐いて罪あり
15世紀のイタリア。モンターニュ伯は、ボルジア家の家宝というべき名玉をフランス太公に献上することに決めたのだが、それをモンターニュ伯の部下の兵士が盗み去ったと太公の使者にいう。
モンターニュ伯はその盗む場面を見たであろう聾啞の男に、絵画による尋問を行う。→人気ブログランキング

鷲は舞い降りた〔完全版〕 ジャック・ヒギンズ

本書は一級の冒険小説として揺るぎない地位を確立している。
1943年11月6日(土曜日)、ゲシュタポ長官ヒムラーは「鷲は舞い降りた」との連絡文を受け取った。チャーチル誘拐の奇襲部隊がイギリスの北にあるノーフォークに降り立ったという意味である。著者は50%の史実に基づき、本書を書きあげたという。
なお、1976年、ジョン・スタージェス監督により映画化されている。ミステリ・オールタイムベストの常連作品

Photo_20201024124401鷲は舞い降りた〔完全版〕
ジャック・ヒギンズ/ 菊池光
ハヤカワ文庫NV
1997年 

劣勢のナチス軍において、奇想天外の「チャーチル誘拐作戦」は、ヒットラー総督発案のムッソリーニ奪還の成功体験と総督自身の冗談がきっかけだった。しかし、チャーチル誘拐にヒットラーは否定的だった。作戦は部下が忖度して極秘裏に進められた。チャーチルはムッソリーニ奪還を、国会の演説で「軍事的な離れ業」と認めていた。

チャーチルがノーフォークの素封家の家で、週末を過ごすという情報をつかんだのは、当地に暮らす女スパイのグレイである。ボーア人のグレイが亡夫の叔母が遺した家に暮らしはじめたのは8年前。グレイは非の打ちどころのない淑女として村人に受け入れられていた。しかし68歳である。下準備を担う男手が必要である。チャーチルが過ごす館の持ち主サー・ヘンリイ元海軍中佐はグレイに熱を上げていた。

ノーフォークの工作員に選ばれたのが、アイルランド人のIRA兵士だったデヴリン。グレイの亡夫の知人として、サー・ヘンリイの沼沢管理人の仕事に就くことになった。デヴリンが乗り込んだのは計画実行の2週間前。よそ者を監視する過疎の村で、いくらグレイのお墨付きとはいえ、35歳のチビのアイルランド人が好意的に受け入れられるわけがない。
村の若い娘がデヴリンに近づいてくるし、村一番の乱暴者はデヴリンに喧嘩を売ってくる。

軍情報局の碧眼のラードル中佐が、作戦の総指揮をとっている。誘拐の実行部隊はいくつかの奇襲作戦を成功させてきた精鋭たちからなる。隊長は魚雷にまたがり敵艦に魚雷を命中させる決死の作戦を成功させたシュナイタ中佐である。父親は国家反逆罪でゲシュタポに拘束されている。つまり非情非道のヒムラー長官の管理下にある。
奇襲部隊に落下傘の降下経験のない元イギリス自由軍兵士プレストン少尉が、上司の命令で押し込められた。自由軍兵士とは要するにチンピラのことだ。

事が順調に進んでいるとの報告を受けたヒムラーはご満悦だった。
ところが、ノーフォークにはアメリカ軍のレインジャー部隊総勢90名が、2週間の予定で戦闘訓練を行っていた。そして、奇襲部隊はノーフォークの地に降り立った。→人気ブログランキング

アリバイのA スー・グラフトン

〈わたしの名前はキンジー・ミルホーン。カリフォルニア州でのライセンスを持った私立探偵である。年令は32、2度の離婚経験があり、子供はいない。おとといある人物を殺害し、今もその事実は胸に重くのしかかっている。〉という有名な出だしから始まる。オールタイムベストの常連作品。
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スー・グラフトン/嵯峨静江
ハヤカワ文庫
1987年 

ミルフォーンは、人口8万の美しい住宅地サンタ・テレサ(カリフォルニア州サンタ・バーバラがモデル)に住んでいる。愛車のフォルクスワーゲンに必要なものを積み込んであって、そこらじゅうを精力的に調べ回る。暇があれば1時間ほどジョギングで汗を流す。

夫殺しの8年の刑を終え出所したニッキから、真犯人を探して欲しいとの依頼を受けた。ニッキは夫のローレンスを殺していないという。
腕利きの離婚担当弁護士だったローレンスは何人もの女と浮気をしていて、ニッキは愛想をつかしていた。さて一体、真犯人を突き止めるには、どこから手をつけたらいいのか。

まずは警察の事件ファイルを調べると、24歳のリビーという白人の女性会計士がローレンスの死の4日後に、ローレンスと同じように夾竹桃の粉末を飲んだことで、殺されていた。ニッキはこの事件の容疑者としても疑われていた。

ミルホーンの捜査手法はローレンスと関係のあった人物に会って、徹底的に話を聞くこと。女たらしだったローレンスの評判は著しく悪い。
しかし、ミルホーンが真犯人を調べを始めたことで、新しい殺人事件が起こってしまう。

それにしても、物語の出だしで、〈おとといある人物を殺害し〉というのは穏やかでない。それが明かされるのは最後の最後だ。中盤までは、ミルホーンの捜査は空回りしているようで、パズルのピースは当てはまるところが見つからない。しかし後半はアクセルが踏まれ、スピーディな展開となり、ハードボイルドな結末が待ち受けている。

本書は、キンジー・ミルホーン・シリーズの第1作目。1982年に発刊された。
その後、スー・グラフトン(1940年〜2017年)は、タイトルにアルファベットが含まれる作品を次々と発表し、アンソニー賞の候補になったり賞を獲得したりした。シェイマス賞、ファルコン賞などを獲得している。また、グラフトンはアメリカ探偵作家クラブ(MWA賞の選考を行う団体)の会長を務めていた。最後の作品は、「"Y" Is for Yesterday」。"Z"を書くことはできなかった。→人気ブログランキング

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