オールタイム・ベスト

2023年4月13日 (木)

夫婦善哉 織田作之助

織田作之助の『夫婦善哉』は、青空文庫で読むことができる。
粗筋は、甲斐性なしの男とくっつくと女は苦労するが、いずれは落ち着くところに落ち着いたという話である。

芸者の下地ッ子の蝶子は、妻子持ちの柳吉とくっついてしまう。柳吉は理髪店の小物を扱う卸問屋の若旦那であった。床に臥す柳吉の父親は柳吉を勘当する。
やがて妹が養子と結婚して店を継いだ。柳吉は廃嫡となった。
夫婦善哉
織田作之助
青空文庫
1940年

蝶子はヤトナ芸者となって働きだした。ヤトナとは臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需要が多く、儲けも少なかった。ヤトナ芸者の仕事は体力を使ったが、蝶子はもともと陽気な性格だったから、さほど苦にはならなかった。

柳吉は仕事に就いても3ヶ月で辞めてくるし、昔取った杵柄で理髪店の小物を扱う店を始めるが、まったく流行らず閉店する。
やがて、二人の名前からとった「蝶柳」という関東煮屋をはじめ、それなりに繁盛していたものの、柳吉が遊びはじめ店を閉めることになった。次は果物やをやったが、うまくいかなかった。

柳吉が腎結核にかかり、蝶子の母親が子宮癌にかかってどちらも入院した。柳吉は手術を受けたが、母親は亡くなった。
柳吉は湯崎温泉で出養生した。蝶子は実家に帰ってヤトナで稼ぎ柳吉に仕送りした。近所の金持ちから妾にならないかとの打診があった。

芸妓仲間が鉱山の社長夫人になっていた。1000円を期限なしで貸してくれるという。その金でカフェを開いた。それなりに順調だったが、女給たちが売春を始め、一旦全員を辞めさせて、おとなしそうな女を雇い直した。
そんな折、親父の具合が悪いと柳吉の娘が伝えにきた。親父は死んだが、蝶子は葬式に出ることを許されなかった。柳吉から蝶子の父親に蝶子と別れて九州で暮らすとの手紙が送られてきた。あまりのショックで蝶子はカフェの2階でガス自殺未遂を起こした。
10日後、柳吉がカフェに現れて、養子を騙すために蝶子と別れたように見せかけて、遺産を手に入れたという。

ふたりで「夫婦善哉」という店に入って、ぜんざいを啜った。
蝶子と柳吉は義太夫に凝りだした。蝶子が三味線を弾いて柳吉が浄瑠璃を唸り、素人義大会で二等賞をもらった。賞品は大きな座布団で蝶子の大きな尻の下に敷かれている。→人気ブログランキング
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2023年2月28日 (火)

23分間の奇跡 ジェームス・クラベル

本書は『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと 』(花田菜々子/河出文庫/2020年)のなかで、紹介されている。
D1b3a6906a514302a89b681d2ff74f7423分間の奇跡
ジェームス・クラベル/青島幸男
集英社文庫
1988年

ちょうど9時に、子供たちの教室に新しい若い女教師が現れる。女教師は子供たちに国旗を切り刻ませ、その布切れを持って帰るように言う。国旗の竿を窓の外に捨てさせる。なにを質問してもいいと女教師は言うが、子供たちはいぶかる。
父親が連れ去られたことで新しい女教師に反感を持つジョニーが不満をいうと、女教師は「父親は間違った考えを抱いていたので、大人のための学校へ行っている」と教える。
女教師は子供たちに目をつぶって「キャンディーが欲しい」と神様の代わりに自分たちの指導者に祈るようにと言う。ジョニーはみんなが目を閉じている隙に、女教師がキャンディーをそれぞれの机に置いたことを見ていて教師を難詰する。しかし、女教師はジョニーの機智を褒め、キャンディーをくれるのは神ではない誰かであり、神に祈っても無意味であることを子供たちに教える。
自分の教えたことを子供たちがほぼ受け入れたと判断した女教師が時計を見ると、9時23分であった。

体制が変わった。民主的を装っているが、不満分子は投獄され、宗教は否定され、子供たちに信用させるためキャンディという富が新しい支配者から分配された。→人気ブログランキング
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2022年11月16日 (水)

やりなおし世界文学 津村記久子 

有名筋の主に翻訳本の書評を書いたもの。著者はこんなことを書いたら叱られるんじゃないかという恐れがあったが、開き直って書いたという。津村ワールド全開といったところだ。
0a870663266d4057b7876e22836a8ee2やりなおし世界文学
津村記久子
新潮社
2022年5月 336頁

出だしは、『華麗なるグレート・ギャツビー』。ギャツビーの心理ゲームのその様が語られ、俄然読みたくなる。
ヴァージニア・のウルフ『灯台へ』は、1行たりとも気が抜けないと言っている。そんな手強い文体なのか。『ダロウェー夫人』を読んだ限りでは、気が抜けない手強い文体だった。

たまたま、サマセット・モームの『英国諜報部員 アシュンデン』を読みかけたところだ
った。モームは諜報員だったから、個性が豊かな人物たちが次々と現れて、その中には敵の女性スパイもいる。丁々発止のやりとりと、意外な展開が面白い。

かつて、ミステリ好きがミステリを読み始めたのはレイ・ブラッドベリからだと言った。なんでまたレイ・ブラッドベリなんだと思ったが詳しく聞かなかった。ブラッドベリはSFの長老だと思っていたので、ジャンルの違いが意外で印象に残るエピソードだ。本のタイトルを聞かなかったので、ブラッドベリの初期ミステリを集めた『お菓子の髑髏』がそうかなと思った。読んだが、どうもしっくりこない。
『やりなおし世界文学』ではブラッドベリの『たんぽぽのお酒』を傑作だと誉めている。12歳ダグラスの夏の話である。しかし、読んで面白いのだが、その面白さを文章で伝えることができないと、著者は書いている。じゃあ読んでみるか、ということで著者の書評の目論見は達せられた。

著者は中学生のときに『脂肪の塊』を読んだという友人がいて、その言い方に険があるように感じられたという。そのことが頭から離れず、読むことを避けていたというエピソードを書いている。事情は異なるが、『脂肪の塊』は娼婦の話と小耳に挟んでいて、「読まねばならぬリスト」に何十年も挙がっていたものの、つい読みそびれてしまっていたというのが当方の事情だ。それで、『やりなおし世界文学』に後押しされ、読んでみることにした。
結論をいうと、「脂肪の塊」は悲劇、「テリエ館」は喜劇で、両編とも大傑作だ。

読書に関しては中学生から、やり直したいと思っている人は結構いるんじゃないだろうか。そこをうまくついている。この『やりなおし世界文学』は、読書指南書として格が高い。→人気ブログランキング
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ダロウェイ夫人/ヴァージニア・ウルフ/丹治 愛 訳/集英社文庫/2007年
脂肪の塊・テリエ館/モーパッサン/青柳瑞穂/新潮文庫/1951年 

2022年9月24日 (土)

脂肪の塊・テリエ館 モーパッサン

『やりなおし世界文学』のなかで、著者の津村記久子は、中学生のときに『脂肪の塊』を読んだという友人がいて、その言い方に険があるように感じられたという。そのことが頭から離れず、読むことを避けていたというエピソードを書いている。
事情は異なるが、『脂肪の塊』は娼婦の話と小耳に挟んでいて、「読まねばならぬ」リストに何十年も挙がっていたものの、つい読みそびれてしまっていたというのが当方の事情だ。それで、『やりなおし・・・』に後押しされ、読んでみることにした。
結論をいうと、「脂肪の塊」も「テリエ館」も面白い。大傑作だ。
6ef6504a6d3541ce8ad0aca69234671c 脂肪の塊・テリエ館
モーパッサン/青柳瑞穂
新潮文庫
1951年 158頁

「脂肪の塊」
脂肪の塊とは、ぽっちゃり型の娼婦のあだ名である。本名はエリザペット・ルーセ。普仏戦争(1870年〜71年)の頃、プロシアに占領されたフランスのルーアンを脱出し港町ディエップに向かう大きな乗合馬車に、彼女は乗っている。居合わせたのは、葡萄酒卸商人とその抜け目のない妻、製紙工場を3つ持っている県会議員とその親子ほどに年の離れた妻、名門の伯爵である県会議員とその妻で、以上は上流階級である。そして民主主義者の男と、修道女が2人。途中馬車は雪の中で立ち往生し、他の客たちが空腹に苦しんんでいるときに、エリザベットはバスケットに入れたご馳走を取り出し、乗客たちに分けてやる。その量が尋常でない。
身分は卑しいが、気前のいいエリザベットはプロシア兵が大嫌いなのだが、馬車はプロシア兵に止められる。乗客たちは拘束から逃れようと恩義あるエリザベットを横柄なプロシアの士官に差し出そうと、説得する。最初は、男たちが控えめに、やがて上品そうだった妻たちが露骨に、そして修道女までもが熱弁を振るうのだった。

「テリエ館」
マダムと5人の女で営まれる大繁盛の娼館の裏事情が披露される。

巻末の解説が「なに言ってんだか」と浮き上がってしまうほど、「脂肪の塊」も「テリエ館」も抜群に面白い。→人気ブログランキング
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2022年4月19日 (火)

葬儀を終えて アガサ・クリスティー

1953年に発刊。エルキュール・ポアロ・シリーズの25作目にあたる。
イギリス、エンタビーのゴシック風大邸宅に暮らす富豪リチャード・アバネシーが亡くなった。リチャードは68歳で急死した。息子が6か月前に亡くなり弟のゴードンは戦死した。リチャードにとっては弱り目に祟り目の状況であった。
葬儀の後、参列した親族は邸宅内のエンタビー・ホールで一堂に会した。
Photo_20220419085101葬儀を終えて
アガサ・クリスティー/加島祥造 
ハヤカワ文庫 
2003年 482頁

遺言執行を務める弁護士のエントウイッスルから、遺産の分配が伝えられる。遺産はリチャードの弟ティモシー、亡き弟の妻へレン、妹コーラ、甥ジョージ、姪スーザン、姪ロザムンドの6名に均等に分配されると告げられた。遺産のほとんどを手にすると思っていたティモシーは、目もくらむばかりに狼狽えた。その席上でコーラは首をかたむけて、「だって、リチャードは殺されたんでしょう?」と言い放った。コーラは子供の頃から変わっていて、思ったことをなんでも口にするところがあったから、参列者はその発言をまともに取り合わず受け流したかのようだった。しかし参列者の心にしこりのようなものを残した。この言葉があとあとまで後を引くことになる。言い方を変えると、コーラのこの言葉によって物語が成り立っているのである。

翌日、コーラは自宅で寝ているところを襲われ、斧で後頭部をズタズタにされた惨殺体で発見される。家の窓ガラスが割られていた。亡くなる3週間前に、リチャードはコーラの自宅を訪れ、何事かを話していた。

エントウィッスルは書類を作成するため、遺産相続人たちを訪問し証言を集める。エントウィッスルの調べが進むうちに、遺産相続人たちはそれぞれ金に困っていて、誰もがリチャードを殺害する動機があることがわかった。

そんなおり、リチャードとコーラの話の内容を知っているとみられるコーラの家政婦の毒殺未遂事件が起こる。
そして真相を明らかにすべく、エントウィッスルは探偵エルキュール・ポアロに調査を依頼する。

リチャードはコーラに何を話し、その秘密を知られたくない者によってコーラは殺されたのか?
ストーリーは作者の仕掛けた巧妙なトリックに翻弄され、意外な結末に運ばれていく。
さすがクリスティである。星5。→人気ブログランキング
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葬儀を終えて/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1953年原作発刊)
ナイルに死す/加島祥造訳/ハヤカワ文庫/2003年(1937年)
ねずみとり/鳴海四郎訳/ハヤカワ文庫/2004年(1952年)
さあ、あなたの暮らしぶりを話して/深町眞里子訳/ハヤカワ文庫/2004年(1946年)
そして誰もいなくなった/青木久惠訳/ハヤカワ文庫/2010年(1939年)
アクロイド殺し/羽田詩津子訳/早川文庫/2003年(1926年)

2022年2月10日 (木)

暁の死線(新版)ウイリアム・アイリッシュ

本作は1944年に出版された。オールタイムベストの1冊。
故郷に錦を飾ろうという心意気でニューヨークに出てきた若い男女が出会い意気投合する。しかし、男はやむに止まれず屋敷から金を盗んでいた。

踊ることが大好きなブリッキーは、すらりとした22歳の赤毛。ダンスホールで男たちと踊ることを商売にしている。
そのブリッキーと踊った男が、声をかけてきて無理やりタクシーに乗せようとした。ふたりの間に入った電気工のクィンという若い男が、相手を殴りブリッキーを救った。

Be35eb3925f14ba9a9fe97cd6d922088 暁の死線(新版)
ウイリアム・アイリッシュ/稲葉明雄 
創元推理文庫
2016年 388頁

ブリッキーとクィンは アイオワ州の田舎町グレン・フィールズの出身だった。しかも家が裏隣なのだ。ブリッキーは5年前にニューヨークに出てきた。その後にクィン一家がブリッキーの家の裏に引っ越してきて、今度はクィンがニューヨークに出てきた。そのため今回出会うまで、ふたりに面識はなかった。

クィンが豪邸の電気工事に携わったときに、隠し金庫に男が金を隠すのを見てしまった。しかも、置きっぱなしにしておいた道具箱の中に屋敷の鍵が紛れ込んでいた。そのあとクィンが勤めていた店が倒産し、一文なしになった。クィンはその豪邸から金を盗んだという。

鍵と金を元の場所に戻さなければ、金を盗んだことが警察にバレて、捕まってしまうとブリッキーは言う。ブリッキーはニューヨークから故郷に帰るチャンスだと思った。鍵と金を豪邸に返し終わったら、ふたりで6時発のバスに乗ってニューヨークとおさらばして郷里に帰ることにした。

ところが屋敷には銃で撃たれた死体が転がっていて、殺人の真犯人を見つけ出さなければ、自分たちが殺人犯と疑われてしまう。ニューヨークで成功できなかったふたりが、故郷に帰るために乗り越えなければならないハードルが、とんでもなく高くなってしまった。
そして、ちょっとした手掛かり持って、ふたりは夜の街に出ていく。

有無を言わせぬ強引な展開で、「ボレロ」のようにクレッシェンドにことが進んで、真犯人に迫っていく。

巻末に、著者のウィリアム・アイリッシュは、スコット・フィッツジェラルドと肩を並べる作家であったが、フィッツジェラルドに先を越されてしまい、仕方なくミステリを書き始めたと、解説されている。→人気ブログランキング
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暁の死線(新版)/ウイリアム・アイリッシュ(稲葉明雄)/創元推理文庫/2016年 
幻の女(新訳版)/ウイリアム・アイリッシュ(黒原敏行)/ハヤカワ文庫/2015年

2021年9月 8日 (水)

シカゴ・ブルース フレドリック・ブラウン

ミシガン湖が描かれ、シカゴのいくつもの通りやホテルやレストランやカフェが、あまた出てくる。シカゴのガイドのような本だ。
20歳の主人公エド・ハンターは、植字工の父ウォリーが勤める会社の見習いとして働いていた。エドの一人称単数の目で物語は語られる。
Photo_20210908083901シカゴ・ブルース
フレドリック・ブラウン/高橋真由美
創元推理文庫 
2020年 332頁

エドが、楽器屋で中古のトロンボーンを買うかどうか迷っているところで夢から覚め、物語が始まる。昨夜、父は帰ってこなかった。2人の警察官が家にやってきて、父が殴られて道で倒れて死んでいたと母に告げた。昨日は給料日で財布に紙幣が入っていたはずだ。
エドは父の死を移動カーニバルにいるアンブローズおじさんに伝えた。

母のマッジは継母で、妹の14歳のガーディはエドと血が繋がっていない。
父が再婚したのはエドが8歳のときで、ガーディは4歳の鼻垂れだった。ガーディはエドをからかうチャンスを窺っている。だから自分の部屋のドアを全開にして、パジャマの上着を着ないで寝ている。

アンブローズはエドに、警察は事件をまともに捜査しないだろうから、ふたりで犯人を捕まえようと言った。また、マッジとガーディに気を許すなとも言った。
そこからふたりの地道な捜査が始まる。父が殺されたシカゴのフランクリン・ストリートの路地には、血痕とともに瓶の破片が散らばっていた。

検死審問は葬儀場で葬儀の前に行われた。40人くらいの人が集まった。
父が最後に立ち寄ったバーの店主カウフマンは、父が持ち帰りのビール4本を買って帰ったと言った。父がバーに来たとき、2人連れがバーにいて父と入れ違いに2人は出ていったという。カウフマンは知っていることを隠しているとアンブローズはにらんだ。
エドとアンブローズはカウフマンに執拗につきまとい、レイノルズというギャングが関わっていることを聞き出した。

アンブローズが語った父の過去は、エドが初めて聞く話ばかりだった。
新聞社を経営していたこと。メキシコを放浪したり、ブラックジャックのディーラーをやったり、決闘をしたり、スペインで闘牛士を夢みたり、見せ物の一座でジャグリングをしたり、演芸場の一員だったり、父は波乱の人生を歩んできたのだ。
アンブローズは父には自殺願望があったとエドに言った。

父が生命保険に入っていたことがわかり、そのことで母と妹が警察に連行された。保険金の受け取り人は母だった。父が殺されたとき母には、父の同僚に会っていたアリバイがあった。

以前、父はゲイリーという町で暮らしていて借金がかなりあったが、シカゴに出てくる前にすべてを支払った。大金を手にしたのだ。ゲイリーいるとき、ギャングのレイノルズの裁判の陪審人に選ばれたことがあった。そこに、謎を解く鍵があった。
エドはひとりでギャングのレイノルズと繋がりがある女性のアパートに乗り込み、物語は結末へと加速していく。

最後にエドは新品のトロンボーンを手にする。冒頭の中古のトローンボーンを買おうとした夢が現実になったのだ。

本書は殺人事件の謎を紐解くミステリであり、エドが少年から大人へと成長していく物語でもある。
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2021年8月20日 (金)

八百万の死にざま ローレンス・ブロック 

話の運びの上手さには脱帽するし、何しろ文章がうまい。登場人物たちが目に浮かぶように生き生き描かれ、心理描写も見事だ。タイトルの由来は、本書の発刊当時(1917年)、ニューヨークの人口がおよそ800万人だったことによる。
91bbcdaae3eb48b081842fd3fc544885八百万の死にざま
ローレンス・ブロック/田口俊樹
ハヤカワ文庫
1988年 503頁

アル中の主人公マット・スカダーは、娼婦のキム・ダッキネンからヒモと手を切りたいから、そのことをヒモに伝えてほしいと、1000ドルで依頼を受けた。マットは500ドルは成功報酬としてもらうと返した。なんという潔さだ。マットは自分の撃った弾が子どもを殺し、そのことがきっかけで警察を辞めアル中になり離婚した。

マットはヒモのチャンスという黒人に会おうとする。ヒモといってもチャンスは6人の娼婦を抱え、それぞれにアパートを与え上がりを上納させ、羽振りのいい暮らしをしている。チャンスに会いキムの話を伝えると、キムを拘束はしないし暴力は振るわない、ただキムに会って確かめるという。女が抜けても次々に新しい女が現れるから困らないという。
チャンスはキムに会い、抜けることを承諾したという。マットに興味を持ったようだとキムは言った。

ところが、数日後、キムはホテルで殺害された。惨殺事件の記事を読んでマットは怒り、そして飲んでしまった。発作を起こして救急病院に担ぎ込まれた。元妻のアニタに電話したことも、息子たちと話したことも、アル中自主治療協会の集会に行ったことも、記憶にない。

犯人はチャンスが雇った殺し屋なのか。チャンスは弁護士を伴って検察署に現れたという。キムの死亡推定時刻に、チャンスにはアリバイがあった。マットは、ミッドタウン・ノース署のダーキン刑事にチャンスのことを伝えた。
殺人犯はキムを全裸にしてナタで66箇所傷をつけたという。サイコの仕業ではないか。

チャンスはキムの殺人犯を調べるために、マットを雇いたいという。チャンスはキムが殺されたことで、商売が上がったりだという。
マットは2500ドルで仕事を引き受けた。マットはチャンスが抱えている5人の娼婦にあたってみる。娼婦の一人ずつに話を訊くが、マットはどんな些細なことも逃さない。

マットとダーキン刑事は酒場でニューヨークの犯罪事情について話している。「腐り切った、肥溜めのようなこの町に何があるかわかるか?〈8百万の死に様〉があるのさ」と刑事は言う。ニューヨークでは毎日多数の人が殺されている。

キムにはボーイフレンドがいて、キムに高価なプレゼントをしたと、マットは推理した。そんな折、別の殺人事件が起こり物語は真犯人に近づいていく。→人気ブログランキング
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2021年6月 7日 (月)

拡がる環 ロバート・B・パーカー

私立探偵のスペンサーは、上院議員に立候補した共和党のミード・アリグサンダー下院議員の警護を引き受けた。アリグザンダーに、妻のロニーが若い男とベッド上で戯れているビデオテープが送られてきた。アリグザンダーは上院議員選挙の立候補を止めて、対立候補のロバート・ブラウンを応援するようにと脅されている。
スペンサーに与えられたミッションは、ロニーに気づかれることなく解決すること。そのためにはアリグザンダーは上院議員戦から撤退し、相手の応援に回ることも辞さないという。
7fe04fe2066b4f0d8c7e755268298a4e拡がる環
ロバート・B・パーカー/菊池光 
ハヤカワ文庫
1991年

スペンサーは、ボストン・グローブ紙の友人にロバート・ブラウン候補についてのあらゆる情報を要求した。その資料を隈なく調べると、ブラウンの演説会の写真に映るギャングの手下を発見した。

アリグサンダー陣営のビラ配りの大学生がふたりの男に妨害された。ビラ配りを邪魔するごろつきををスペンサーは駐車区域で殴り倒した。その1人から、指示を出したルイスにたどり着き、その上にギャングのジョウ・ブロウがいることをつきとめた。

ロニーのフィルムを公開されればアリクザンダーが当選する可能性はゼロになる。
彼はそれを乗り越え、場合によっては逆効果になって、人々がブラウンの仕業と考え、同情票が集まるかも知れない。警察とFBIが乗り出してくるかも知れない。しかし、当選はできないだろうというのがスペンサーの予想だ。

スペンサーはアリクザンダーのオフィスで、ロニーのセックスビデオを何回か見た。筆立てに使っているジョッキーにジョージタウン大学の友愛会のロゴがあった。スペンサーは窓に映る建物から、そのフィルムが撮影されたアパートを割り出した。その部屋に住むのはジョウ・ブロズの息子ジェリイだ。浴室の鏡が片面素通しの鏡だった。ビデオはそこから撮影されていた。

ジェリイを尾行してつかんだことは、自分のアパートで高校生を相手にコカインを売りその代金が払えないと、セックスで払わせる。コカインを売りさばき、中年の女と未成年をアパートに集め乱行パーティをやり、ポルノ・フィルムを撮っている。

スペンサーは父親のジョウ・ブロズに直接交渉する。
父親に認めてもらいたいというジェリイの単独行動だった。ジョウ・ブロウは二つの道をとることができる、スペンサーを殺して、息子に関する証拠を誰にも渡していないことを願う。もうひとつはスペンサーの要求を認めて脅しを止めることだ。→人気ブログランキング

2021年4月 1日 (木)

幻の女(新訳版)

1942年発表のオールタイムベスト作品。
妻とうまくいっていない夫・ヘンダーソンには妻が周知の恋人がいる。
ヘンダーソンは妻とレストランで食事をして劇場でショーを見て、離婚を切り出そうと策を練った。妻を誘うと、「付き合っている女と行きなさい」と馬鹿にした笑いが返ってきた。憤慨したヘンダーソンは青いネクタイを床に放り、恋人に電話をかけたが留守だった。
5152f68bac134ebf833658669e2cc5c9幻の女(新訳版)
ウイリアム・アイリッシュ/黒原敏行 
ハヤカワ文庫 
2015年

ヘンダーソンは最初に出会った女性に声をかけ、ディナーをともにしショーに誘うことに決めた。
バーでカウンターに座っているオレンジ色の帽子を被った黒いドレスの女を誘った。すると女はつきあうという。
ふたりはタクシーに乗りレストランに行きディナーをともにした。その後劇場ではバンドの目の前の席に着いた。女は女性歌手が歌っているにも関わらず席を立った。しかも歌手の帽子と女がかぶっている帽子は同じデザインだった。その後再びバーに戻り1杯飲んで、女はバーに残りヘンダーソンはバーを後にした。
ヘンダーソンが家に帰るとすでに3人警官がいて、妻は青いネクタイで絞殺されていた。

警察は妻が死亡した時刻のヘンダーソンのアリバイを訊ねる。ヘンダーソンは一緒にいた女がどんな顔をしていたかまったく記憶がなかった。ましてや、名前も住所も電話番号もきいていなかった。
警察がつきそってヘンダーソンのアリバイを証言しそうな人物に訊ねるが、バーテンダーはひとりだったと明言し、タクシー運転手も女は知らないといい、レストランのウエーターもひとりだったといった。さらに、劇場のドアマンも女はいなかったと証言した。
こうしてヘンダーソンは妻殺しで起訴され、アリバイが成立することなく死刑が確定する。
ここまでのストーリーで、本書のたった四分の一である。

死刑執行までの日数が刻々と少なくなるなか、ヘンダーソンの友人が捜査を始める。
ヘンダーソンの捜査にあたったバージェス警部は、ヘンダーソンが妻を殺していないと見ているが、幻の女を探し出す時間的余裕がない。幻の女を捜索する友人に警察は協力するという。

友人はバーテンに面会し、タクシーの運転手から話を訊き、ドアマンの家を訪ねるが、女は見ていないという。彼らを不可解な事故が襲う。

そして、最後の謎解きはバージェス警部が行う。
ミステリの読者人気投票で、常に上位に食い込む本書は、伏線も展開も見事。さすが名品である。→人気ブログランキング

暁の死線(新版)/ウイリアム・アイリッシュ(稲葉明雄)/創元推理文庫/2016年 
幻の女(新訳版)/ウイリアム・アイリッシュ(黒原敏行)/ハヤカワ文庫/2015年

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