SF・オールタイム・ベスト

2020年12月10日 (木)

ねじまき少女 パオロ・バチガルビ

2009年のヒューゴー賞やネビュラ賞など主要なSF賞を総なめにした作品。
地球温暖化が深刻な石油枯渇後の近未来、海面の上昇による水没を免れたタイのバンコクが舞台である。海岸には防潮堤がはりめぐらされている。
周辺の国々は軒並み疲弊しているが、唯一タイ王国は栄えていて、バンコクは雑多で不潔だが活気にあふれている。
Image_20201210142101ねじまき少女
パオロ・バチガルビ/
田中一江・金子浩
Image_20201210142102ねじまき少女
ハヤカワ文庫
2011年

海藻を燃やしてエネルギーを獲得し、機械や設備は人力やゼンマイで動いている。象の遺伝子を操作したメゴドントを使ってゼンマイを巻かせて動力源としている。
遺伝子操作の弊害により、動植物にも人間にも深刻な病気が蔓延している。それゆえ、病気に耐性のある作物を販売するカロリー企業が隆盛を誇り、カロリー企業から耐性種子を購入しない限り農作物の生産ができないという状況である。

政治状況は、「子供女王陛下」が幼少のため、ソムデット・チャオプラヤ宰相が摂政として君臨している。その下で、カロリー企業と組んで対外開放政策を推し進めようとする通産省のアラカット大臣と、国外からの遺伝子侵入を食い止めようとする環境省のプラチャ将軍とが対立を続けている。
環境省の検疫取締部隊である白シャツ隊が幅を利かせ、民衆を威圧し賄賂をとっている。

バンコクには、カロリー企業の関係者であるファラン(西洋人)やイエローカードと呼ばれる中国系難民がいて、その他、本書の主人公である「ねじまき」がいる。ねじまきは遺伝子操作により日本で作られたアンドロイドで、タイでは違法な存在である。主人に従うようにプログラムされ、肌が滑らかになるように毛穴を少なくしているので、ちょっとした動作ですぐにオーバーヒートしてしまう。ねじまきは新人類とも呼ばれ、バクテリアや寄生虫に感染する危険がない。

こうした複雑な状況の中で、5人の主な登場人物の視点で物語は書かれている。
まずは、ねじまきのエミコ。帰国した日本人の持ち主にバンコクで捨てられた。SMストリッパーであり娼婦。北にあるという新人類の町に行くことを夢見ている。
ファランのアンダースン・レイクはカロリー企業の経営者。タイの市場に出回る農産物の動向を調査し、種子バンクの遺伝子情報を入手しようと画策する。
アンダースンの工場で働くイエローカードの老人ホク・センは、マレーシアでの中国人大虐殺の難を逃れてバンコクに流れてきた。
ジェイディー・ロジャナスクチャイは、悪名高き白シャツ隊の隊長であるが、市民から「バンコクの虎」と慕われている。ムエタイのチャンピョンでもある。
白シャツ隊の副官である女性カニヤは、幼い頃に、白シャツ隊に住んでいる村を破壊され家族を殺害されたために笑いを失ってしまった。ジェイディーを尊敬している。

後半は、主要人物の殺人事件が起き、バンコクの町は内戦状態となる。
ともかく入り組んだストーリーであり、登場人物の一覧表がなく、呼び名も複数ある。たとえば、「ねじまき」は「新人類」と書かれたり、蔑称である「ヒーチー・キーチー」と呼ばれたりして読むに手こずる作品であるが、読後は満足感にどっぷり浸ることができる。→人気ブログランキング

2020年11月17日 (火)

タウ・ゼロ  ポール・アンダースン

核戦争によって壊滅的に破壊された地球は、スウェーデンが最大の富裕国になった。第二の地球を求めて、先発隊として男女25名ずつが、宇宙船〈レオノーラ・クリスティーネ号〉に乗り込み、代替の地球になりうる「おとめ座ベータ星」に向かった。
ハードSFの金字塔、オールタイムベストの常連作品。
Photo_20201117140401 タウ・ゼロ
ポール・アンダースン /朝倉久志
創元SF文庫 1992年

まずは〈レオノーラ・クリスティーヌ号〉に搭載されている恒星間ラムジェット・エンジンについて説明しなければならない。SFファン待望の恒星間ラムジェット・エンジンは、1960年に、ロバート・ハザードにより考案された。現在ジェット・エンジンの一種として使われている。エンジン前部の吸入口から空気を吸い込んで、それを高速飛行による空気圧で圧縮して燃料の一部として使用する。ハザードのアイデアは宇宙空間に豊富にある水素原子を吸入口から取りこみ、核融合燃料として使用しようというものである。これによって宇宙船は、出発時に膨大な質量の燃料を積み込む必要がなくなる。ただし銀河系の外では物質の密度が低くなり、宇宙船の速度は上がらない可能性がある。

タウについても説明する。宇宙船の一定の速度をV、光の速度をCとすれば、タウは(1-V2乗/C2乗)の平方根になる。タウが少なくなるということは光速に近づくということである。つまりタウ・ゼロとは光速という意味だ。
ハードSFとは科学性が強い作品のこと。すでに用いられている科学技術や一般的に知られている知見に基づき、科学的・論理的に構成される。整合性のあるストーリーとして、納得しながら読むことができる。

乗組員は集団見合いの状態である。当然のことながら男女間や男同士のトラブルが起こる。寝取られたとか奪ったとか、痴話喧嘩が頻発する。登場人物たちはまるで舞台俳優のように振る舞い声を発する。

宇宙船に災難が降りかかったのは旅の3年目、星々から計算した時間では10年目に近づいたときだった。宇宙船は小星雲と衝突した。減速システムが破壊され減速できなくなった。船長以下乗組員の願いとは裏腹に、事故後、タウは未曾有の割合で減少していった。そして加速していった。

亜光速移動によるウラシマ効果で、乗員たちにとっての数年が、故郷の地球では年月が何万年も過ぎていく。何万年も過ぎてしまった地球に戻ることはできない。「おとめ座ベータ星」は諦めざるを得ない。宇宙船の中で宇宙の流浪の民になってしまうと、乗員たちは苦悩する。
未知の速度に達し、眠りが浅くなり不眠者が増え、トランキライザーの使用量が増えていく。

そして船内で厳しく禁止されていた妊娠者が現れた。犯罪である。しかし、今や船内に正気なものなどいないとすれば、生まれてくる赤ん坊は、希望の光となりうる。
解決策は、星間物質の希薄な星系を見つけて減速装置を修理し、移住可能な星を見つけるしかない。だが、そうしている間にも船の外では、何億年もの時間が過ぎ去っていくのである。→人気ブログランキングにほんブログ村

2020年8月 5日 (水)

新訳 アンドロメダ病原体 マイクル・クライトン

『アンドロメダ病原体』は、1969年にアメリカで出版された。現実に起こりうるテーマを、当時の最先端の知識と斬新なアイデアを駆使して描かれている。
宇宙からもたらされた猛毒の病原体に立ち向かった科学者たちの5日間を活写した作品である。1971年に映画化されている。本書の出版から50年が経ち、IT技術が著しい進化をとげた今でも、十分に受け入れられる内容である。
なおアンドロメダの呼称は、アンドロメダ星座やアンドロメダ銀河とはなんら関連ない。

新しい生物兵器を作り出すことを目的として、宇宙空間の微生物を回収する人工衛星からのカプセルが、アリゾナ州ピードモントに落下した。カプセルを回収しようと軍用車で向かったふたりから、人々が死んでるとの連絡があったあと、通信が途絶えた。

Photo_20200805084201アンドロメダ病原体 新訳

マイクル・クライトン/朝倉久志
早川書房
2012年 10✳︎

ワイルドファイア計画のミッションは、カプセルを回収し、住民46名と軍人2名を死に至らしめた病原体の正体を突き止めめることと、病原体を封じ込めることである。
ワイルドファイア計画のメンバーは、細菌学者のストーン、微生物学者のエヴィット、病理学者のバートン、外科医のホールの4名。

4人はヘリコプターでピードモントに向かった。人々はパジャマ姿で外で死んでいた。苦しんだ様子はなく、ハゲタカがついばんだ箇所からの出血は見られない。
円錐型のカプセルの周りにペンチとタガネが転がっていた。遺体をメスで開くと血液は凝固していた。生後2か月の赤ん坊とひとりの老人が生き残っていた。

ワイルドファイア計画の建物は5レベルに分かれている。レベルが上がるごとにクリーン度が増し、外界と遮断程度も強化されていく。病原体(「アンドロメダ病株」と命名される)が漏れれば、核爆発で研究所は病原体ごと消し去られる。

ユタ州でファントム機がの墜落した。墜落寸前、パイロットはゴムが溶けていくと言った。コックピットの中のゴムがすべて溶けていた。
さらにアリゾナ州で男性巡査が疫病発生の直前にピードモント通過し、その後、発狂し銃でカフェの客を撃ち殺し自らも命を絶った。

アンドロメダ病原体についてわかったことは、病原体は2ミクロンの細菌のサイズであり、空気によって伝播される。呼吸によって肺に吸引され、そこから病原体は血液に侵入し、血液が凝固し死を引き起こす。抗凝固剤は無効。死体からは感染しない。

X線結晶構造解析から病原体は六角形の結晶であることがわかった。培地不要、炭素と酸素と日光があれば成長できる。爆弾を落としたら核爆発の膨大なエネルギーを吸収して、とんでもないことになる。すでにピードモントには核爆弾が投下され感染源を消滅させたはずだ。
ところが、不幸中の幸いか、大統領が命令を先延ばしにしていたのだ。ピードモントには核爆弾が投下されていなかった。

泣き叫ぶ赤ん坊とアスピリンを多量に服用しメチルアルコールを飲んでいた老人が助かったのはどういう理由なのか?
そんな中、研究所が汚染され自動爆破装置が作動してしまった。爆破を阻止することはできるのか。→人気ブログランキング

2020年5月19日 (火)

復活の日 小松左京

感染症による人類滅亡の危機、そしてそこからの復活という壮大なテーマに挑んだ歴史的な名著である。本作は、1964年、東京オリンピックの年に書き下ろし作品として発表された。1980年、深作欣二監督により映画化されている。

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復活の日

小松左京
角川文庫
1975年 ✳︎10

地球を3種類の感染症が襲っている。
宇宙空間から採取した病原体からイギリスの研究所で作られた生物兵器MM-88が、アルプスの山中で起こった飛行機事故により撒き散らされた。強力な殺人能力をもつ病原体は恐ろしいスピードで世界に広がっていった。しかし、MM菌の存在を知る者は一部の研究者だけであり、その研究者すらもMM菌の病原体としての恐ろしさを知らなかった。

もうひとつは、動物に広がる感染症である。
4月の第1週、イタリアではネズミの大量死が、そして羊が突然死んだ。スイス、オーストリアの乳牛、オランダ、ドイツ、フランスをはじめ各地で家畜の奇妙な死が増え始めた。オーストラリアの羊、アメリカ南西部の乳牛、肉牛が死に、中国江蘇省ではあひるが死んだ。新種の家禽伝染病が日本の九州の養鶏場地帯に襲いかかった。

そして3番目は、潜伏期が異常に短いインフルエンザ(チベットかぜ)が流行しだした。ワクチンの製造には鶏卵が必要だが、鶏の大量死で思い通りには調達できない。全世界の防疫陣は、ワクチン製造を組織培養法に切り替え困難な戦いの準備を進めつつあった。

インフルエンザやニューカッスルのウイルスに、MM菌の核酸が重なりあうと、その効果は単独感染より著しく強くなる。同じことが普通のブドウ状球菌にも起こる。ブドウ状球菌にMM菌がくっつくと猛烈なスピードで増殖しだす。

日本ではチベットかぜが流行りはじめてから2か月しか経っていないというのに、すでに3000万人が罹患していた。都市部での死亡率は25%になっていた。
そして医師は疑う。ただのインフルエンザじゃない、他に原因がるのではないか。
死者が日本で1000万人を越えた。

世界の人口35億人のほとんどが死に絶えたが、氷に閉ざされた南極には各国から派遣された1万人の観測隊員がいた。この南極の人々が、人類復活に向けて動き出す。→人気ブログランキング

新型コロナVS中国14億人/浦上早苗/小学館新書/2020年
コロナの時代の僕ら/パオロ・ジョルダーノ/飯田亮介/早川書房/2020年
感染症の世界史/石井弘之/角川ソフィア文庫/2018年
H5N1 強毒性新型インフルエンザウイルス日本上陸のシナリオ/岡田晴恵/幻冬車文庫/2019年
隠されたパンデミック/岡田晴恵/幻冬舎文庫/2019年
ウイルスは生きている/中屋敷均/講談社現代新書/2016年
ナニワ・モンスター/海堂尊/新潮文庫/2014年
首都感染/高嶋哲夫/講談社文庫/2013年
復活の日/小松左京/角川文庫/1975年
ペスト/アルベール・カミュ/宮崎嶺雄/1969年

2019年4月11日 (木)

宇宙船ビーグル号の冒険 A・E・ヴァン・ヴォークト

本書は、1950年に発刊されたA・E・ヴァン・ヴォークトの長編SF小説『The Voyage of Space Beagle』の新訳版。それまでに発表した4つの中編を合わせて長編に仕立てているという。日本では本書がヴォークトの代表作とされているが、アメリカではそうした評価はないという。
科学者と軍人合わせて1000人の乗組員を擁する巨大宇宙探査船なかで繰り広げられる権力争いを縦軸に、未知の宇宙生物との攻防を横軸に描くスペースオペラの古典である。
人間と宇宙生物の二つの視点で描かれているので、読み手は探査船を襲う生物の思惑を知ることができる。
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A・E・ヴァン・ヴォークト/沼沢洽治
創元SF文庫
2017年

肩から太い触手を生やした巨大猫型宇宙獣のケアルには哀愁が漂う。ケアルは惑星の住民同士の絶滅戦争に耐えて生き残った実験動物なのだ。
リーム鳥型星人のテレパシー文明に接触したビーグル号の乗組員は大混乱をきたす。
何千年もの昔、故郷の星の爆発で隆盛を誇った種族は滅び、不死身の緋色の怪物イクストルは宇宙空間をさ迷っている。イクストルは原子構造を変化させてビーグル号の堅い外壁を通り抜け船内に入り込み、卵の孵化場となる人間〈グウル〉を見つけ出そうとする。
ビーグル号が渦状星雲に入ろうとしたところで、乗組員の五感に刺激が送られてきた。銀河をおおいつくすほど成長した巨大ガス状生命アナビスの生息域に足を踏み入れたのだ。その瞬間からアナビスの存亡をかけた死闘に巻き込まれる。

謎の宇宙生物と戦う一方、船内では権力争いがくり広げられている。
物理学や科学や地質学などの部長たちから見れば、総合科学(ネクシャリズム)部のグローヴナーは若造であり、総合科学は得体の知れない格下の新興の学問なのだ。しかし専門家の狭い視野では、ビーグル号が遭遇する難敵を蹴散らすことはできないだろう。グローヴナーは次第に力をつけていく。
グローヴナーの良き理解者である考古学者の苅田は、「末期農民型」社会という単語を使って敵の状況を言い表す。それはとりもなおさず、船内で繰り広げられている権力闘争を揶揄しているのである。→人気ブログランキング

2019年2月19日 (火)

フランケンシュタイン メアリー・シェリー

しばしば誤解されるが、フランケンシュタインは「怪物」を生み出したスイス人科学者の名前である。「怪物」には名前が与えられていない。本作は、1813年にイギリスの女性作家メアリー・シェリーが発表したゴシック・スリラー小説である。SF小説の嚆矢とも位置づけられている。
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メアリー・シェリー /芹澤恵
新潮文庫
2014年

イギリスの北極探検家が姉に宛てた手紙の形をとっている。探検家は、北極海で衰弱したヴィクター・フランケンシュタインを助け、ヴィクターの話を手紙に綴って姉に送る。

ヴィクターはドイツの大学で学び、「理想の人間」を作ろうと、墓を暴き死体をつなぎ合わせて怪物を作り出す。未完成の状態で怪物は実験室を逃げ出す。
怪物はドイツの片田舎で暮らす父子3人の生活を観察し、善意と寛容を学ぼうとする。森で拾った鞄から出てきた『失楽園』『プルターク英雄伝』『若きウェルテルの悩み』を読み、それぞれの感想を述べるくだりは、知性を得て、純粋な心もとうとする怪物の心情が表われている。
風貌はおぞましいほど醜悪で、身体つきは並外れてでかい怪物が、一家に認めてもらおうと姿を現すが、追い払われてしまう。
自分が認められないことに絶望し、ヴィクターに復讐しようと、ヴィクターの弟を絞殺し、その犯人としてフランケンシュタイン家の従順な女中に濡れ衣を着せ処刑に追いこむ。
さらに、ヴィクターの無二の親友を殺し、ヴィクター自身が殺人犯と疑われ牢獄に放り込まれてしまう。
怪物の心境は、揺れ幅が極端なのだ。

孤独な怪物は寂しさを紛らわす伴侶を作ってくれるように、ヴィクターに頼む。ヴィクターは一時は作ろうとしたものの、伴侶が邪悪な心を持つやもしれず、さらに子孫を残すこととなれば邪悪な一族となるやもしれない。そのような約束を請け負ったことを後悔し、約束を反故にする。

やがて、ヴィクターは兼ねてから結婚の約束をしていた最愛の人と結婚するが、新婚旅行の宿に現れた怪物に新妻が殺されてしまう。さらに度重なる不幸に見舞われたヴィクターの父親も、心痛に耐えかねて亡くなってしまう。

愛する人をことごとく失ったヴィクターは、ジュネーブを出て怪物を殺害するために、北へ向かう流浪の旅に出る。そして北極海で遭難し探検家の船に拾われる。
すべてを語り終えた、ヴィクターは船上で息を引き取る。
怪物が船に現れ、自分の創造主であるヴィクターの死をいたく悲しむ。怪物は北極圏に向かい、その後人間界には二度と現れなかったのである。
愛と悲しみと残酷さに満ちた物語である。→人気ブログランキング

2018年7月25日 (水)

虎よ、虎よ! アルフレッド・ベスター

アイデアがこれでもかというくらい盛り込まれていて、ストーリーはかなり強引に進む。1956年に発表されたSFの古典。
スティーヴン・キングは、『ジョウント』というタイトルで、テレポテーションに関するSFホラーの短編を書いている。本書に敬意を払うかのように、作中で『虎よ、虎よ!』について言及している。『神々のワードプロセッサー』(扶桑社ミステリー文庫 1988年)、『ミスト 短編傑作選』(文春文庫 2018年)に収録されている。
Image_20201113095901虎よ、虎よ!
アルフレッド・ベスター/中田耕治
ハヤカワ文庫
2008

25世紀。人類にはテレポテーション(ジョウント)の能力が備わっていた。移動の能力は個人によって差があり、移動の範囲は惑星上に限られ宇宙を移動することはできないとされていた。
ジョウントにより人々の生活は激変し、古い秩序は壊れ、社会は著しく荒廃していた。
金星、地球、月、火星からなる内惑星連合と、木星、土星、冥王星の衛星からなる外衛星同盟との間で戦争が起こっていた。

火星と木星の中間地点で、戦闘艦からの攻撃を受けた、プレスタイン財閥の宇宙船《ノーマッド》が漂流していた。《ノーマッド》に、唯一生存していたのは本書の主人公ガリー・フォイル三等航海士である。
漂流して約半年がたったときに、プレスタイン財閥の輸送艇《ヴォーガ》が《ノーマッド》の近傍を航行したが、フォイルが放った信号弾を無視して飛び去っていった。
《ノーマッド》の無視を命令したのは誰なのか。フォイルはプレスタインへの強烈な復讐心を持つようになる。

《ノーマッド》をなんとか修理し地球に向かったフォイルは、火星と木系の間に広がるサルガッツ小惑星帯の野蛮民族に捕らえられ、本書のタイトルともなっている、顔全体に虎のような模様の刺青を彫られてしまう。
フォイルはサルガッツ人のロケット艇を奪って脱出し、内惑星連合の宇宙海軍に救助され地球に戻ってくる。
フォイルは苦難に遭遇するたびに、超人的な肉体と精神を兼ね備えていく。

一方、地球では、《ノーマッド》に積まれている2000万クレジットの膨大な白金と、戦争を一気に終わらせてしまうほどの破壊力を持つ物資の「パイア」を手に入れようと、フォイルの行方を追う者たちがいる。
それは、イグアナのような容貌をもつプレスタイン財閥の当主・プレスタイン、孟子の子孫である内惑星連合中央諜報局ヤン・ヨーヴィル大尉、原子爆発の事故にあい、自らが放射能を発する天才科学者のソール・ダーゲンハムの3人の怪物たちである。

物語には個性的な3人の女性が登場する。まずは、地球に帰還したばかりのフォイルにジョウント能力の再教育を施す美貌の黒人女性ロビン・ウェンズバリー。
フォイルは捕らえられ思想犯の教育施設・洞窟病院に送られるが、そこで「ささやきライン」を通じて知り合いとなり、病院からふたりで脱走することになるジスベラ・マックイーン。
そして、アルビノで目が不自由で氷の心を持つプレスタイン家の令嬢、オリヴィア・プレスタインである。

《ノーマッド》に積み込まれている2000万クレジットの白金はどうなるのか?「パイア」とは一体なんなのか?その威力は?
フォイルは、全身全霊を傾けて荒廃しきった世界を救う手段を模索するのだった。→人気ブログランキング

2017年6月22日 (木)

一九八四年[新訳版] ジョージ・オーウェル

2017年1月20日に、ワシントンDCで行われた大統領就任式に集まった聴衆の人数を、トランプ政権の報道官が、史上最高と水増しして発表した。メディアは、聴衆が著しく少ないのはテレビ画面を見れば明らかであると報道した。
これに対して、トランプ政権の最高顧問の一人が、報道官の報告は嘘ではなく「代替的な真実(Alternative Fact)」と説明した。事実を平然とねじ曲げたこの発言に、アメリカの有権者はトランプ政権にオーソン・ウェルズの『一九八四年』で示された全体主義の影を感じとった。
そして、本書は大統領就任式後に売り上げを伸ばし、 Amazon.com の「書籍ベストセラー20」にランクインした。それが日本にも飛び火した。
原作の発刊は1949年。
Image_20201116121201一九八四年[新訳版]
ジョージ・オーウェル/高橋和久
ハヤカワepi文庫 2009年

オセアニアで3番目に人口の多い地域の首都ロンドンに住んでいる。ウィンストンは報道、娯楽、教育および芸術を管理する真理省記録局に勤めている。仕事は歴史の改竄。
何年も前から戦争が続いていて、週に20発か30発のロケット弾がロンドンに打ち込まれている。地方都市には原爆が投下された。

大きなピラミッド型の真理省の建物の壁には、「戦争は平和なり、自由は隷従なり、無知は力なり」という党のスローガンが書かれている。真向かいの建物に貼ってあるポスターには「ビッグ・ブラザーがあなたを見ている」と書かれている。
人びとは町中に設置されたテレスクリーンで見張られている。各家庭にもテレスクリーンが設置されていて管理されている。
厳重に監視され、あらゆることが〈ビッグ・ブラザー〉に強制される社会。子どもたちは親たちを非正統派の兆候が見えないかと監視している。
子どもたちの行動は、1960年代後半から中国全土で起こった文化大革命を彷彿とさせる。社会の構造は現在の北朝鮮と重なる。

古い新聞や書物は回収され破棄される。国にとって都合の悪ことは消し去られるのだ。
言葉はすべてニュースピーク言語に統一されつつある。世界的文学作品はニュースピーク言語に置き換えられていき、言葉の意味は狭められて、副次的な意味は削除されていく。
こうして、〈ビッグ・ブラザー〉の意図する形に国は造り変えられている。

ウィンストンはジュリアという若い娘と親しくなり、ふたりは密会を重ねる。
やがて、ウィンストンは革命組織「ブラザー同盟」とコンタクトをとるようになるが、何年も前から彼を監視していた男がいたのだ。
ウィンストンは思考警察に捕まり、過酷な拷問を受け洗脳されていく。→人気ブログランキング

2016年4月23日 (土)

星を継ぐもの ジェームズ・P・ホーガン

長年にわたり答を見いだせずにいる人類の進化の謎に、説明をつけてしまう。
月面で真紅の宇宙服を着込んだ男の遺体が発見される。ルナリアンのチャーリーと名付けられたその遺体は死んでから5万年以上経過していると推定され、人間と同じ特徴を兼ね備えていた。
Photo_20201117082101星を継ぐもの
ジェイムズ・P・ホーガン /池 央あき訳
創元SF文庫 1980年

さらに、月の裏側で地下200フィートに建設された基地の廃墟が発見される。
その基地からは、ルナリアンの男女のばらばら遺体や食料とみられる魚や野菜も発見された。魚は地球上のものではなかった。

火星と木星の軌道の中間に、ルナリアンが住んでいた惑星ミネルヴァが存在していたことが判明する。
地球が最後の氷河期が最盛期にさしかかろうとした頃、それは太陽系全体にまたがる寒冷現象が起こった時期であり、ミネルヴァは生命滅亡の危機に瀕していた。この事態を回避するために、チャーリーよりずっと前の時代に、ルナリアンは他の惑星に移住する計画を実行していた。
チャーリーの手記が解読され、ミネルヴァが惑星間にまたがる全面的な核戦争で破壊されことが推測され、さらに、ルナリアンが月に到達した時期に、月面での大規模な核戦争が起きたとの結論に達した。チャーリーはその戦争で亡くなったのだ。

一方、木星の最大の衛星ガニメデの氷の底深くから、2500万年前の巨大宇宙船が発見された。その宇宙船の乗組員は人間とは似ても似つかぬ巨大な知的生物ガニメアンであった。さらに、まるでノアの方舟のように、太古の地球上の動植物が積み込まれていた。
ガニメアンの骨格とミネルヴァ産の魚の間には進化上の一致が見られた。

物理学者、生物学者、言語学者、技術者たちの懸命の解析が行われ、諸説が飛び交うが、どれもつじつまが合わず謎は深まっていくばかりであった。
そして30人ほどの研究スタッフを集めての会議で、調査委員会の責任者のひとり、原子物理学者のハントが謎を解き明かしてみせる。→人気ブログランキング

2016年2月14日 (日)

ニューロマンサー ウィリアム・ギブソン

サイバーパンクSF・ブームの引き金となったメモリアルな作品である。ちなみに、サイバー・パンクSFとは、人体とコンピュータが接合され、脳とコンピュータの情報処理が融合した社会を描写した作品群のことである。本作品はヒューゴー賞、ネヴィラ賞をはじめとするSF各賞6冠を獲得した。
本書が、日本をバックグラウンドの一部に設定しているのは、著者夫人が日本人に英語を教えていたことの影響だという。

ケイスは電脳空間(サイバースペース)カウボーイとして一流だったが、今はチバ・シティの棺桶(コフイン)ホテルに寝泊まりするゴロツキにまで落ちぶれている。
数年前まで、ケイスはマトリックスと呼ばれる共感覚幻想の中に、肉体を離脱した意識を投じる特注電脳空間デッキに没入(ジャック・イン)して、アドレナリン全開で活動していた。しかし、ケイスはカウボーイの掟を破り、雇い主の情報を売る裏切りを働いてしまう。その報いとしてソ連製の真菌毒(マイコトキシン)を注入されて、ジャック・インできない体になった。それを紛らわすため薬を使っている。

Image_20200811122101 ニューロマンサー

ウィリアム・ギブソン/黒丸 尚訳
ハヤカワ文庫SF 1987年 10✳︎

そこに、救いの手を差し伸べるアーミテジが現れて膵臓を買い与え、手術が施され、ケイスは依存症から立ち直った。ところが、ケイスの大動脈には15個の毒嚢が埋め込まれ、任務をやり遂げるまで、アーミテジたちの手の内にいることになる。
ケイスの相棒である剃刀女モリイは、反射神経を神経外科的に加速して戦闘機能を持つ生体に改造されている。ケイスはモリイの肉体のなかに移行することを試みる。ただしケイスが何かできるわけではない、モリイのやることを一方通行で感じ取るだけだ。

アーミテジの後ろには、冬寂(ウィンターミユート)というAI(人工知能)がいることがわかった。冬寂は同族企業テスィエ=アンシュプール(T=A)によって創造された。
ケイスは冬寂の指示に従い、モリイとともにT=Aの本拠である自由界(フリーサイド)にいき、その機密部分に侵入を試みる。そして、ケイスはT=Aによって作り出された冬寂とは別の高度AIの存在を知る。冬寂はそのAIとの接触を求めていたのだ。
ふたつの高度AIが遭遇することで、起こることとは。。→人気ブログランキング

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