ねじまき少女 パオロ・バチガルビ
2009年のヒューゴー賞やネビュラ賞など主要なSF賞を総なめにした作品。
地球温暖化が深刻な石油枯渇後の近未来、海面の上昇による水没を免れたタイのバンコクが舞台である。海岸には防潮堤がはりめぐらされている。
周辺の国々は軒並み疲弊しているが、唯一タイ王国は栄えていて、バンコクは雑多で不潔だが活気にあふれている。
ねじまき少女上 パオロ・バチガルビ/ 田中一江・金子浩 |
ねじまき少女下 ハヤカワ文庫 2011年 |
海藻を燃やしてエネルギーを獲得し、機械や設備は人力やゼンマイで動いている。象の遺伝子を操作したメゴドントを使ってゼンマイを巻かせて動力源としている。
遺伝子操作の弊害により、動植物にも人間にも深刻な病気が蔓延している。それゆえ、病気に耐性のある作物を販売するカロリー企業が隆盛を誇り、カロリー企業から耐性種子を購入しない限り農作物の生産ができないという状況である。
政治状況は、「子供女王陛下」が幼少のため、ソムデット・チャオプラヤ宰相が摂政として君臨している。その下で、カロリー企業と組んで対外開放政策を推し進めようとする通産省のアラカット大臣と、国外からの遺伝子侵入を食い止めようとする環境省のプラチャ将軍とが対立を続けている。
環境省の検疫取締部隊である白シャツ隊が幅を利かせ、民衆を威圧し賄賂をとっている。
バンコクには、カロリー企業の関係者であるファラン(西洋人)やイエローカードと呼ばれる中国系難民がいて、その他、本書の主人公である「ねじまき」がいる。ねじまきは遺伝子操作により日本で作られたアンドロイドで、タイでは違法な存在である。主人に従うようにプログラムされ、肌が滑らかになるように毛穴を少なくしているので、ちょっとした動作ですぐにオーバーヒートしてしまう。ねじまきは新人類とも呼ばれ、バクテリアや寄生虫に感染する危険がない。
こうした複雑な状況の中で、5人の主な登場人物の視点で物語は書かれている。
まずは、ねじまきのエミコ。帰国した日本人の持ち主にバンコクで捨てられた。SMストリッパーであり娼婦。北にあるという新人類の町に行くことを夢見ている。
ファランのアンダースン・レイクはカロリー企業の経営者。タイの市場に出回る農産物の動向を調査し、種子バンクの遺伝子情報を入手しようと画策する。
アンダースンの工場で働くイエローカードの老人ホク・センは、マレーシアでの中国人大虐殺の難を逃れてバンコクに流れてきた。
ジェイディー・ロジャナスクチャイは、悪名高き白シャツ隊の隊長であるが、市民から「バンコクの虎」と慕われている。ムエタイのチャンピョンでもある。
白シャツ隊の副官である女性カニヤは、幼い頃に、白シャツ隊に住んでいる村を破壊され家族を殺害されたために笑いを失ってしまった。ジェイディーを尊敬している。
後半は、主要人物の殺人事件が起き、バンコクの町は内戦状態となる。
ともかく入り組んだストーリーであり、登場人物の一覧表がなく、呼び名も複数ある。たとえば、「ねじまき」は「新人類」と書かれたり、蔑称である「ヒーチー・キーチー」と呼ばれたりして読むに手こずる作品であるが、読後は満足感にどっぷり浸ることができる。→人気ブログランキング