小説論

2023年6月 1日 (木)

編集者の読書論 面白い本の見つけ方、教えます 駒井稔

本を作る立場の編集者が書いた読書案内だから、幅広く深くて、なにより面白い。書籍全般の土台の部分から攻めている。海外の図書館や書店、ブックフェアなどにも足繁く通う。
欧米では編集者の地位は作家と同等であるが、日本では編集者は黒子あれと当たり前のようにいわれてきた。そのことについて、〈「編集者は黒子である」という抽象性から抜け出して、職業人としての編集者像を明確に提示できるようにすることが私の狙いでした。敢えていまどきの言葉でいえば、編集者は「クリエイター」なのだということを強調したかったのです。〉と書いている。著者は、編集者の資質とは第一級の批評眼をもち、ビジネスパーソンであらねばならないとしている。
Photo_20230601084001編集者の読書論 面白い本の見つけ方、教えます
駒井稔 
光文社新書 
2023年 339頁

本書の特徴的なところは、ある作家が別の作家の作品について触れていることを紹介したり、つまり本同士のつながりや作家同士の縦や横のつながりについて書いていることである。具体的には、マルクスの『資本論』に、ロビンソン・クルーソーが登場するという、なんとも意外なエピソードである。
シルヴィア・ビーチの『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』に、ヘミングウェイとの交流が書いてあって、ヘミングウェイの『移動祝祭日』に「シェイクスピア書店」というエッセイがあるというようなことである。幅広い知識に裏付けされた本の紹介は、読んでみようという気にさせる。

各章は、次のような項目で成り立っている。
Ⅰ、世界の〈編集者の〉読者論、Ⅱ、世界の魅力的な読書論、Ⅲ、世界の書店と図書館を巡る旅、Ⅳ、「短編小説」から始める世界の古典文学、Ⅴ、自伝文学の読書論、Ⅵ、児童文学のすすめ。

ロシアの編集者イワン・スイチンの『本のための生涯』には、スイチンは当時のトルストイやチェーホフなどおよそあらゆるロシアの小説家とつながりがあり、政府関係者との豊富な人脈があったことが書かれている。

NRF出版部は、プルーストの『失われた時を求めて』の原稿をボツにする。原稿審査会でのジッドの発言で一度はボツになった。後にジッドは、その過ちをプルーストに謝罪する手紙を送っている。

『パブリッシャー―出版に恋をした男』(トム・マシュラー著)。ブッカー賞を創設した編集者である。
ジョン・レノンの本を2冊出版して売れ行きがよかった。レノンから本を出したがっている人物がいると、オノ・ヨーコを紹介されたが、ユーモアを介さないオノ・ヨーコがレノンの恋する相手だというのが信じられなかったという。出版は断った。亡くなった時に駆けつけると、45分待たされ、自己紹介を求められ帰ってきたという。

毛沢東は若い頃から猛烈な読書家であった。
『毛沢東の読書生活―秘書がみた思想の源泉』の著者は16年もの年月を毛沢東の秘書として過ごした。毛沢東は、読書をしていて昼寝を忘れるとか食事を忘れるのはしょっちゅうであったという。

本の中には鈍器本(鈍器となるような分厚い本)と呼ばれる本が何冊かあるが、最も厚い本は、サモセット・モームの『読書案内』である。

夏目漱石は「予の愛読書」でロビンソン・クルーソーの作者であるスティーヴンソンの文章を褒めているということを知ると、スティーヴンソンの作品を俄然読みたくなる。(宝島/スティーヴンソン/村上博基訳/光文社古典新訳文庫)

『アメリカのベストセラー』(武田勝彦/研究社出版/1967年)には、「ベストセラー」という言葉が誕生した経緯が書いてある。日本のベストセラー誕生についても触れている。
〈江戸時代には「千部振舞」という言葉があった。(中略)発行部数が千部になると、書店主と従業員がうちそろって氏神様にお詣りにゆく。そしてお祝いの宴を開く。(中略)江戸時代も末期になり町人の文化が発展すると文学物は大いに愛読された。柳亭種彦の『偽紫田舎源氏』4篇38巻(1820〜40)は、1万5千部が売りさばかれたと記録されている。この数字は当時の印刷技術を考慮すると信じ難いほどの数といえよう。〉→人気ブログランキング
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2021年3月 9日 (火)

書きたい人のためのミステリ入門

著者は20年近く新人賞の下読みをしてきた。何百本という応募原稿を読んできて、「惜しいなーもう少し面白くできたはずなのに」と思うことがよくあったという。それはミステリ的お約束を踏まえていないことに起因する。ミステリは暗黙の了解が多いジャンルだという。そのお約束を、書く側だけでなく読む側の人にも知って欲しいという。ミステリの基礎体力が付けば、どこが新しいか、どこが凄いかが見えてくるという。本書はミステリの書き方を手取り足取り教えてくれる。
Photo_20210309121001書きたい人のためのミステリ入門
新井久幸
新潮新書
2020年 ✳︎10

ミステリの三つの要素は、「謎」「伏線」「論理的解決」。
できるだけ冒頭で物語の謎が示されるべきだという。
論理的解決に重きをおかれたのが、本各ミステリである。島田荘司は「本格ミステリー論」(『本格ミステリー宣言』所収)のなかで、「吸引力のある『美しい謎』が初段階で必ず必要」であり、美しい謎とは幻想味ある・強烈な魅力を要する謎で「詩美性のある謎と言い換えてもいよい、と述べた。
幻想味に関しては、ミステリのセンスから外れない限り、とんでもないものであればあるほどよい。日常的常識レベルから、理解不可能であればるほど望ましい、とする。一方、解決の論理性に関しては、徹底した客観性、万人性、日常性のあるものが望ましい。本格ミステリーとは、この両者に生じる格差もしくはそこに現れる段差の美に酔うための小説であるとある。すべてのミステリに敷衍できる。

伏線は映像として印象に残らなければならないという。伏線はダブルミーニングであることが望ましい。伏線は堂々とはって構わない。応募作品を見ていると、おっかなびっくり伏線を張ってることが多いという。読者が推理できるように印象的な手がかりを置き、解決の段になって、「ああそうだったのか。そういえば、書いてあった」と思わせてこその伏線である。
『シャーロックホームズの冒険』のなかの『唇のねじれた男』『まだらの紐』のネタを知った上で読んでみると伏線が敷かれていることがわかるという。

普段の読書で単に面白かったつまらなかったで終わらせず、どうして面白いと思ったのかどうしたらもっと面白くなるのか、突っ込んで考える癖をつける。
ミステリにおけるフェアとアンフェアの問題は『アクロイド殺し』で有名だが、大前提は地の文で嘘を吐いてはいけないということ。
文章は、一人称と三人称があり、さらに三人称多視点、神視点がある。視点のぶれには気をつける。

小説を書くときに、補助線を引くことが大切ある。
補助線とは、すでに手に入れている手掛かりに、なんらかのきっかけで別の見方や解釈が加わることで、本当の意味がわかり、全体像が見えてくることをいう。

一本のストーリーラインで語られる一つの謎を、長編として飽きずに最後まで読ませるには、相当な工夫が必要になる。閉鎖空間、少人数で語られるような物語は、そのワンシチュエーションではとても長編は持たせられない。だから各人の事情であったり、外界との接触であったり、過去のカットバックであったり、時に犯人と思しき人物のモノローグなどを入れて、読み味に変化を与えていく。そういった眼で、長編を読み返してみる。

リアルとは、作品世界に乱れがなければ、どんなに現実離れした物語でも、読者は寄り添って読むことができる。その乱れなき世界を構築することが、世界を作ることであり、読者の心をつかむことにつながる。

一貫した人物像の構築が人間を書くことの基本である。
書く前に登場人物の履歴書を作っておくという作家もいる。子供の頃から、どこでどういう経験を重ねて大人になったかまで、書く予定のないこと含めて可能な限り準備しておく。

書き過ぎないことも大切、読者が斟酌する余地を残しておく。
ともかく最後まで書ききる。うまい文章は書かなくていい。わかりやすい文章が求められる。文章は後でうまくなるという。→人気ブログランキング

2017年6月 5日 (月)

短編小説のアメリカ52講 青山 南

本書は、NHKラジオ講座『英会話』のテキストに連載していた文章をまとめたもの。本として出版するさいに多くの注を書き加えた。文庫にする際その注をすべて本文に組み込んだという。
アメリカは短編小説王国だという。ウォレス・ステグナーによると、「アメリカの発明品が短編であり、特産品が短編である」(『偉大なるアメリカの短編小説』1957年)という。また、アイルランドの作家・フランク・オコナーは、短編小説はアメリカの"a national art of form"であると言った。なぜ短編小説はアメリカの国民芸術なのか?

アメリカが短編小説王国であるのは、オコナーによると、アメリカが"a submerged population group"から成り立つ国であるからだ。アメリカには、「人目につかない人たち」「隅っこに追いやられている人たち」がたくさん住んでいる。「不親切な社会で途方に暮れ、親切な社会など標準どころか例外であると思い知らされてきた先祖」、すなわち移民を先祖とする人が多いアメリカだからこそ、短編が栄えたというわけである。トランプ政権のコロナ禍で浮き彫りになってきたのは、この構図がアメリカだということだ。
短編には、社会からはぐれた者が、社会の隅っこをとぼとぼと歩いているところが描かれているという。

52 短編小説のアメリカ 52講
こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史
青山 南
平凡社ライブラリー
2006年 ✳︎10

 『ザ・ベスト・アメリカン・ショート・ストーリーズ』がスタートしたのは1915年。エドワード・J・オブライエンがはじめた。
その理由は、映画や絵画や詩に対抗して、短編小説が質の低いものになってはいけないという危機感と、これがアメリカの短編だ、と誇れるような短編のサンプル集を作らねば、という使命感だったという。
1919年には、『O・ヘンリー賞受賞作品集』が刊行されている。

1980年代に、アメリカ短編小説界のルネッサンスがあった。
そのひとつは、1983年に、イギリスの文芸誌『グランタ』が、アメリカ短編小説の潮流の変化を伝えている。それは「ダーティ・リアリズム」という言葉に集約される。「ニューヨーカー的」な、お高くとまったテイストから脱却し、なんでもありになったということである。
もうひとつは、女流作家の台頭であり、その後、アフリカ系アメリカ人に門戸が開かれていないことが問題となった。このふたつの流れが、アメリカ短編小説界に起こったルネッサンスとされている。

小説家を志す者が大学の創作科の講座で学ぶというケースは、いまのアメリカではすっかり定着しているという。創作科の嚆矢はアイオワ大学で、1939年のことだが、いまや400を超える大学に創作科がある(2005年現在)という。
創作科という講座は、長いこと、胡散臭い目で見られてきた。それは、作家になるためには才能なり天分が必要で、文章の書き方の教育を受けたからどうこうなるものではない、という考えが根強いからだ。
アイオワ大学創作科を出て小説家になるのは1%でしかない。

アイオワ大学の案内書によれば、出版社や批評家からそれなり評価を得ている現役作家たちの、なんと1/4から1/3が、大学となんらかの形で関わったか、いまなお関わっているという。旅のガイドブックには、アイオワ・シティを舞台とした現代小説が、50以上もあると書かれているとのこと。

1998年に、レイモンド・カーヴァーの作品のほとんどはゴードン・リッシュとの合作だというショッキングな記事が、『ニューヨーク・タイムズ』紙に掲載された。リッシュは1969年から77年まで『エスクァイア』の編集長だった。カーヴァーの作品にはリッシュの手がかなり入っていて、それは改竄にも等しいという。
最初の頃はともかく、カーヴァーはリッシュに辟易していたという。
カーヴァーの作品には、長いヴァージョンと短かいヴァージョンのある作品とか、中身は同じなのにタイトルが異なる作品、などの不可解な点があるが、それはカーヴァーとリッシュとの関係がもたらしたのだ。
アメリカにおける短編についての話題は尽きない。→人気ブログランキング

/レイモンド・カーヴァー/中央公論新社/2008年
大聖堂/レイモンド・カーヴァー/中央公論新社 2007年
頼むから静かにしてくれ〈1〉/レイモンド カーヴァー/中央公論新社/2006年
短編小説のアメリカ 52講 こんなにおもしろいアメリカン・ショート・ストーリーズ秘史/青山 南/平凡社ライブラリー/2006年

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