編集者の読書論 面白い本の見つけ方、教えます 駒井稔
本を作る立場の編集者が書いた読書案内だから、幅広く深くて、なにより面白い。書籍全般の土台の部分から攻めている。海外の図書館や書店、ブックフェアなどにも足繁く通う。
欧米では編集者の地位は作家と同等であるが、日本では編集者は黒子あれと当たり前のようにいわれてきた。そのことについて、〈「編集者は黒子である」という抽象性から抜け出して、職業人としての編集者像を明確に提示できるようにすることが私の狙いでした。敢えていまどきの言葉でいえば、編集者は「クリエイター」なのだということを強調したかったのです。〉と書いている。著者は、編集者の資質とは第一級の批評眼をもち、ビジネスパーソンであらねばならないとしている。
編集者の読書論 面白い本の見つけ方、教えます 駒井稔 光文社新書 2023年 339頁 |
本書の特徴的なところは、ある作家が別の作家の作品について触れていることを紹介したり、つまり本同士のつながりや作家同士の縦や横のつながりについて書いていることである。具体的には、マルクスの『資本論』に、ロビンソン・クルーソーが登場するという、なんとも意外なエピソードである。
シルヴィア・ビーチの『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』に、ヘミングウェイとの交流が書いてあって、ヘミングウェイの『移動祝祭日』に「シェイクスピア書店」というエッセイがあるというようなことである。幅広い知識に裏付けされた本の紹介は、読んでみようという気にさせる。
各章は、次のような項目で成り立っている。
Ⅰ、世界の〈編集者の〉読者論、Ⅱ、世界の魅力的な読書論、Ⅲ、世界の書店と図書館を巡る旅、Ⅳ、「短編小説」から始める世界の古典文学、Ⅴ、自伝文学の読書論、Ⅵ、児童文学のすすめ。
ロシアの編集者イワン・スイチンの『本のための生涯』には、スイチンは当時のトルストイやチェーホフなどおよそあらゆるロシアの小説家とつながりがあり、政府関係者との豊富な人脈があったことが書かれている。
NRF出版部は、プルーストの『失われた時を求めて』の原稿をボツにする。原稿審査会でのジッドの発言で一度はボツになった。後にジッドは、その過ちをプルーストに謝罪する手紙を送っている。
『パブリッシャー―出版に恋をした男』(トム・マシュラー著)。ブッカー賞を創設した編集者である。
ジョン・レノンの本を2冊出版して売れ行きがよかった。レノンから本を出したがっている人物がいると、オノ・ヨーコを紹介されたが、ユーモアを介さないオノ・ヨーコがレノンの恋する相手だというのが信じられなかったという。出版は断った。亡くなった時に駆けつけると、45分待たされ、自己紹介を求められ帰ってきたという。
毛沢東は若い頃から猛烈な読書家であった。
『毛沢東の読書生活―秘書がみた思想の源泉』の著者は16年もの年月を毛沢東の秘書として過ごした。毛沢東は、読書をしていて昼寝を忘れるとか食事を忘れるのはしょっちゅうであったという。
本の中には鈍器本(鈍器となるような分厚い本)と呼ばれる本が何冊かあるが、最も厚い本は、サモセット・モームの『読書案内』である。
夏目漱石は「予の愛読書」でロビンソン・クルーソーの作者であるスティーヴンソンの文章を褒めているということを知ると、スティーヴンソンの作品を俄然読みたくなる。(宝島/スティーヴンソン/村上博基訳/光文社古典新訳文庫)
『アメリカのベストセラー』(武田勝彦/研究社出版/1967年)には、「ベストセラー」という言葉が誕生した経緯が書いてある。日本のベストセラー誕生についても触れている。
〈江戸時代には「千部振舞」という言葉があった。(中略)発行部数が千部になると、書店主と従業員がうちそろって氏神様にお詣りにゆく。そしてお祝いの宴を開く。(中略)江戸時代も末期になり町人の文化が発展すると文学物は大いに愛読された。柳亭種彦の『偽紫田舎源氏』4篇38巻(1820〜40)は、1万5千部が売りさばかれたと記録されている。この数字は当時の印刷技術を考慮すると信じ難いほどの数といえよう。〉→人気ブログランキング
→ にほんブログ村