言語学

2022年3月 1日 (火)

美味しい味の表現術 瀬戸賢一編 味言葉研究ラボラトリー

食にまつわる表現を10人の食の言語研究者が分析する。
味に関する表現を網羅的に触れつつ、陳腐な使い古した表現ではない表現を追求しようとしている。
基本五味とは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、これは覚えておきたい。
Photo_20220301082301美味しい味の表現術
瀬戸賢一編 味言葉研究ラボラトリー 
インターナショナル新書 
2022年

五感を駆使して表現する例として、丸谷才一の文章を紹介している。これが名文なのだ。
〈わたしは一体、白焼きが好物で、蒲焼よりも好きなくらいゐだが、野田岩の白焼はさすがによかった。あたたかくて淡白で口中でほろりと崩れ、可憐な風情で溶けてゆくのだ。〉(丸谷才一『食通知ったかぶり』)
これがなぜ名文かというと、「あたたかく」は触覚、「淡白」は視覚、「ほろりと」は触覚、「崩れ」は触覚と視覚、「可憐な風情」は視覚、「溶けてゆく」は視覚と触覚。これらがすべて味覚に合流する。五感に訴えかけている。

頻繁に使われるが、意味をよく理解しないで使っているコクを取り上げ、キレ、のどごしと続けて分析する。コク、キレ、のどごしを本書では次のようにまとめている。
〈コクとは、油脂成分が主体で甘味と熟成味に支えられた味が口中で立体化して、濃さを増しそのまま長くとどまる経時変化である。キレとは一言でいえば、味がすっとなくなる変化。感じている味がさっと消えるか、酸味や塩味あるいは適度な香辛料の刺激がほかの味のなかを一瞬でかけぬける。これがキレの正体だ。のどごしは、軽快にのどを通りすぎるなめらかな心地よさのことで、とくに冷たいものの場合それが涼感として感じられる。〉

人気テレビ番組『家事ヤロウ』で取り上げたコクについての説明がよりわかりやすい。
〈コクとは、〈5つの基本味(五味)「甘味・塩味・酸味・苦み・うま味」が単独ではなく複数融合した際に生まれるもの。また風味や食感なども加わりさらに増すもの。〉と説明された。

旨いは男言葉、美味しいは女言葉という、食の言葉のジェンダー論におよぶ。

「海の宝石箱」が、彦摩呂のテッパンフレーズになった理由は、「箱」にあるという。
北海道ロケの魚市場で、海鮮丼の中身が、イクラがルビー、アジがサファイア、鯛がオパールに見えたという。斬新で常識を超えているから強く印象に残るのである。→人気ブログランキング
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2021年10月 4日 (月)

言語学バーリトゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか 川添 愛

本の紹介に当たっては、著者を紹介するのがスジだと2週間ほど前に読んだ『批評の教室 ―チョウのように読み、ハチのように書く』(北村紗衣 ちくま新書 2021年)に書いてあった。
で、著者は今は遠ざかってしまったが、言語学を学んでいて、AIに携わったことがあり、プロレスが好きで、出版社名に東大と名がつくが、東大とは一切関係ないという人物。
現在、言語学や情報科学をテーマに著作活動を行っている。本書は、東大出版会が発行するPR紙『UP』に掲載された著者のエッセイをまとめたものというのが、巻末の著者略歴に書いてある。
5f37ff542ed24c2a9923e66269ca76eb言語学バーリトゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか
川添 愛(Kawazoe Ai
東京大学出版会
2021年‎ 224頁

バーリトゥードとは、ポルトガル語で「なんでもあり」という意味で、ここでは、ほぼ「なんでもあり」の最低限のルールで闘う格闘技のこと。シャーロック・ホームズは相棒ワトソンにバリツという日本式柔術を身につけていると話していて、バーリトゥードとバリツは語源が同じかもしれないと思ったが、調べるとバリツは武術を聞き間違えたものとされていて、なんの関係もなかった。

本書を買うことにしたのは〈AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか〉という副題を見たときに、頭の中で滝田ゆうの漫画のように電球が灯り、意味深で不気味な表紙のイラスト(コジマ コウヨウが担当)にも惹きつけられたからだ。即ネットで注文した。なにしろコロナ禍だからネットでの買い物が多い。

「絶対に押すなよ」は、ダチョウ倶楽部の上島竜兵の鉄板ネタだ。罰ゲームを食らった上島が、覚悟を決めて熱湯風呂に入ろうとバスタブの縁に手足をかけて四つん這いになったところで、自分のタイミングでやるから「絶対に押すなよ」と後ろの人物を制するが、真意は押せなのだ。押すなと言いながら押せの矛盾を、AIがどう克服するのかに興味があった。
この項では「意図」と「意味」について考察している。上島の「意図」は「押せ」だが、言葉の「意味」は「押すな」だ。著者は、この相反する状況をAIが理解できるとも理解できないとも断定していないが、ニュアンスは理解が難しいだ。
上島問題はこの項の枕の導入部分だけで、後半は自らの著書『自動人形の城(オートマトンの城):人工知能の意図理解をめぐる物語』(東京大学出版会 2017年)のPRである。それが決して嫌味ではないところが、著者の文章の巧みなところだ。

「宇宙人の言葉」の項では、著者がネットで見つけた「宇宙人の言葉は地球人の言葉とあまり変わらない」というノーム・チョムスキーの発言がネタになる。チョムスキーは、言語学界で「普遍文法」を生み出した巨匠である。プロレスならば力道山のような存在というが、同感だ。表紙イラストでは真ん中に配置されている。なお普遍文法の実証は今も行われている膨大な作業だ。
著者はいくらなんでも、「宇宙人の言葉は地球人の言葉とあまり変わらない」は、ぶっ飛びすぎだと思ったという。そのソースを調べてみると、何年か前に、「われわれは宇宙人の言語を習得できるか」という質問に、チョムスキーは「宇宙人の言語が普遍文法の原理から外れていなければ可能でしょう。言語の構成法が無限であることを考えると、その可能性は低いですね」と答えた。これに尾鰭がついて冒頭の言葉になったのだろうと著者は推論する。
「普遍文法」とは、人間の脳には個別の言葉の知識を生み出す「原型」が内蔵されているというものだ。そのあと普遍文法を俎上に上げて色々論じている。チョムスキーの「普遍文法」は、コンピュータにおけるオペレーションシステムのようなものだと思う。

本書の各項は、落語でいえば枕の部分で読み手を惹きつけ、プロレスネタや芸能ネタを絡ませて言語論を語り、柔らかい話が半分くらい難しい話が半分くらいという配合バランスになっているところがいい。→人気ブログランキング
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