悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか エマ・バーン
著者は、科学者、ジャーナリスト。ロボット工学者として、人工知能(AI)の開発に携わる。BBCラジオで AIやロボット工学を解説する番組を持ち、フォーブス誌やグローバル・ビジネス・マガジン、フィナンシャル・タイムズ紙にも寄稿している 。神経科学への興味が高じて本書を書き上げた。日本での勤務経験もある(表紙カバー著者紹介より)。
複数の研究の結果を引用して統合し、より高い見地から分析するメタ解析的な視点から、悪態や汚語・罵倒語を分析している。本書の目的は、人類史のなかで罵倒語などの汚い言葉はどのように変化してきたのかを確認すること。
悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか エマ・バーン/黒木章人 原書房 2018年 263頁 |
汚い言葉は罵倒語、神の名の濫用などの冒涜語、呪いの言葉の三つに分類することができる。下品な言葉・罵倒語・汚語などいろんな言い方があるが、こうした言葉はタブーを利用している。タブーこそ魔力の源泉である。汚い言葉には魔力があある。
悪態・罵倒語の定義は、感情をむき出しにしたときに使う、何らかのタブーに言及する言葉である。では魔力とは一体何か。
悪態・罵倒語を発すると痛みを1.5倍我慢できる。罵倒語を発していると心拍数が上がる。
鉄の棒が脳を貫通した男性がそれまでの性格が変わって、悪態・罵倒語をしょっちゅう吐くようになり、エネルギッシュで不撓不屈の男だったゲージは現場監督から農場を渡り歩く労働者まで身を落とした。ゲージの脳のなくなった部分、左前頭葉が自制心に関与する場所だった。このエピソードは『卑語の歴史』にも登場する。
悪態・罵倒語は脳のさまざまな部位と結びつきがある。特に感情を生み出す部位とは密接な関係にある。その部位は私達がヒトに進化する以前も遠い祖先から受け継いだ古いものである。右脳は感情を、左脳は言葉(理性)を司っている。両脳にそれぞれあるアーモンド型をした扁桃は両生類や鳥類や魚類の頃からある原始的な器官である。
扁桃核を刺激すると、汚い言葉を発するようになり、切除すると、感情全体特に攻撃性のある感情の反応が小さくなる。扁桃核は汚い言葉を無駄に吐くことを制御している。
最初に団結して狩りをした原人たちに、汚い言葉や罵倒語がなかったら、種として繁栄することができなかっただろうとする。汚語を使うことは仲間の一員として認められることだ。それはチンパンジーの研究から導き出された推論である。チンパンジーは教え込めばタブーを認識できる。そして手話であるが汚い言葉や罵倒語を使うこともできることがわかった。タブーを認識できるということは汚い言葉や罵倒語を使うことができるということである。
マルチ・リンガルの人が罵倒語を使うとき母国語でない言葉を使う方が抵抗がないということは、幼児期の言葉の習得と関係があるのではないか。幼少期に親に叱られたりしながらタブーを身につけていく。
トゥレット症候群はチックなどを伴って汚語を発する。
本人の意思とは関係なく衝動的に汚語が出てくる。悪言症、汚い言葉や不適切な言葉を発するときは、普通の言葉よりも大きくはっきりと口にする。患者は恥ずかしい思いをする。悪言を自ら抑え込むと不安感に苛まれる。
悪語というのは時代によっても違うし、国によっても違う。ドイツは動物の名前、オランダは病気の例がある。汚い言葉は必ずしも下品であったり、猥雑な言葉であったりする必要はない。
イギリスのように階級制度の名残があるが社会では、その階級によってタブー視される言葉が違う。
ここからは、女性と悪態・罵倒語の関係についてだ。悪態語は女性には不利に働くことがある。21世紀になっても「男は涙を見せず、女はおしとやかに」という価値観は根強い。
なぜ女性が男のように汚い言葉や罵倒語を使わなければならないのか。それはその集団に認められることにつながる。認められるために使う。
今の日本人の発想からはかけ離れているが、女性はかくあるべしといった社会史観念に逆らおうとしてあえて、卑語を使うという。汚い言葉を使う女性を、否定的に見てしまうのは、不合理で時代遅れな価値観のせいである。
著者は汚語や悪態は集団で生活するホモ・サピエンスが生き残る上で、重要な役割があったことを指摘した。そして、女性が卑語を使うのは、その集団で認められようとしてあえて使っているという。→人気ブログランキング
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