言語学

2022年9月13日 (火)

悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか エマ・バーン

著者は、科学者、ジャーナリスト。ロボット工学者として、人工知能(AI)の開発に携わる。BBCラジオで AIやロボット工学を解説する番組を持ち、フォーブス誌やグローバル・ビジネス・マガジン、フィナンシャル・タイムズ紙にも寄稿している 。神経科学への興味が高じて本書を書き上げた。日本での勤務経験もある(表紙カバー著者紹介より)。

複数の研究の結果を引用して統合し、より高い見地から分析するメタ解析的な視点から、悪態や汚語・罵倒語を分析している。本書の目的は、人類史のなかで罵倒語などの汚い言葉はどのように変化してきたのかを確認すること。
E2e023e4115d452bb0b0daa6ef60efb0悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか
エマ・バーン/黒木章人
原書房
2018年 263頁

汚い言葉は罵倒語、神の名の濫用などの冒涜語、呪いの言葉の三つに分類することができる。下品な言葉・罵倒語・汚語などいろんな言い方があるが、こうした言葉はタブーを利用している。タブーこそ魔力の源泉である。汚い言葉には魔力があある。
悪態・罵倒語の定義は、感情をむき出しにしたときに使う、何らかのタブーに言及する言葉である。では魔力とは一体何か。
悪態・罵倒語を発すると痛みを1.5倍我慢できる。罵倒語を発していると心拍数が上がる。

鉄の棒が脳を貫通した男性がそれまでの性格が変わって、悪態・罵倒語をしょっちゅう吐くようになり、エネルギッシュで不撓不屈の男だったゲージは現場監督から農場を渡り歩く労働者まで身を落とした。ゲージの脳のなくなった部分、左前頭葉が自制心に関与する場所だった。このエピソードは『卑語の歴史』にも登場する。

悪態・罵倒語は脳のさまざまな部位と結びつきがある。特に感情を生み出す部位とは密接な関係にある。その部位は私達がヒトに進化する以前も遠い祖先から受け継いだ古いものである。右脳は感情を、左脳は言葉(理性)を司っている。両脳にそれぞれあるアーモンド型をした扁桃は両生類や鳥類や魚類の頃からある原始的な器官である。
扁桃核を刺激すると、汚い言葉を発するようになり、切除すると、感情全体特に攻撃性のある感情の反応が小さくなる。扁桃核は汚い言葉を無駄に吐くことを制御している。

最初に団結して狩りをした原人たちに、汚い言葉や罵倒語がなかったら、種として繁栄することができなかっただろうとする。汚語を使うことは仲間の一員として認められることだ。それはチンパンジーの研究から導き出された推論である。チンパンジーは教え込めばタブーを認識できる。そして手話であるが汚い言葉や罵倒語を使うこともできることがわかった。タブーを認識できるということは汚い言葉や罵倒語を使うことができるということである。

マルチ・リンガルの人が罵倒語を使うとき母国語でない言葉を使う方が抵抗がないということは、幼児期の言葉の習得と関係があるのではないか。幼少期に親に叱られたりしながらタブーを身につけていく。

トゥレット症候群はチックなどを伴って汚語を発する。
本人の意思とは関係なく衝動的に汚語が出てくる。悪言症、汚い言葉や不適切な言葉を発するときは、普通の言葉よりも大きくはっきりと口にする。患者は恥ずかしい思いをする。悪言を自ら抑え込むと不安感に苛まれる。

悪語というのは時代によっても違うし、国によっても違う。ドイツは動物の名前、オランダは病気の例がある。汚い言葉は必ずしも下品であったり、猥雑な言葉であったりする必要はない。
イギリスのように階級制度の名残があるが社会では、その階級によってタブー視される言葉が違う。

ここからは、女性と悪態・罵倒語の関係についてだ。悪態語は女性には不利に働くことがある。21世紀になっても「男は涙を見せず、女はおしとやかに」という価値観は根強い。
なぜ女性が男のように汚い言葉や罵倒語を使わなければならないのか。それはその集団に認められることにつながる。認められるために使う。

今の日本人の発想からはかけ離れているが、女性はかくあるべしといった社会史観念に逆らおうとしてあえて、卑語を使うという。汚い言葉を使う女性を、否定的に見てしまうのは、不合理で時代遅れな価値観のせいである。

著者は汚語や悪態は集団で生活するホモ・サピエンスが生き残る上で、重要な役割があったことを指摘した。そして、女性が卑語を使うのは、その集団で認められようとしてあえて使っているという。→人気ブログランキング
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2022年3月 1日 (火)

美味しい味の表現術 瀬戸賢一編 味言葉研究ラボラトリー

食にまつわる表現を10人の食の言語研究者が分析する。
味に関する表現を網羅的に触れつつ、陳腐な使い古した表現ではない表現を追求しようとしている。
基本五味とは、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、これは覚えておきたい。
Photo_20220301082301美味しい味の表現術
瀬戸賢一編 味言葉研究ラボラトリー 
インターナショナル新書 
2022年

五感を駆使して表現する例として、丸谷才一の文章を紹介している。これが名文なのだ。
〈わたしは一体、白焼きが好物で、蒲焼よりも好きなくらいゐだが、野田岩の白焼はさすがによかった。あたたかくて淡白で口中でほろりと崩れ、可憐な風情で溶けてゆくのだ。〉(丸谷才一『食通知ったかぶり』)
これがなぜ名文かというと、「あたたかく」は触覚、「淡白」は視覚、「ほろりと」は触覚、「崩れ」は触覚と視覚、「可憐な風情」は視覚、「溶けてゆく」は視覚と触覚。これらがすべて味覚に合流する。五感に訴えかけている。

頻繁に使われるが、意味をよく理解しないで使っているコクを取り上げ、キレ、のどごしと続けて分析する。コク、キレ、のどごしを本書では次のようにまとめている。
〈コクとは、油脂成分が主体で甘味と熟成味に支えられた味が口中で立体化して、濃さを増しそのまま長くとどまる経時変化である。キレとは一言でいえば、味がすっとなくなる変化。感じている味がさっと消えるか、酸味や塩味あるいは適度な香辛料の刺激がほかの味のなかを一瞬でかけぬける。これがキレの正体だ。のどごしは、軽快にのどを通りすぎるなめらかな心地よさのことで、とくに冷たいものの場合それが涼感として感じられる。〉

人気テレビ番組『家事ヤロウ』で取り上げたコクについての説明がよりわかりやすい。
〈コクとは、〈5つの基本味(五味)「甘味・塩味・酸味・苦み・うま味」が単独ではなく複数融合した際に生まれるもの。また風味や食感なども加わりさらに増すもの。〉と説明された。

旨いは男言葉、美味しいは女言葉という、食の言葉のジェンダー論におよぶ。

「海の宝石箱」が、彦摩呂のテッパンフレーズになった理由は、「箱」にあるという。
北海道ロケの魚市場で、海鮮丼の中身が、イクラがルビー、アジがサファイア、鯛がオパールに見えたという。斬新で常識を超えているから強く印象に残るのである。→人気ブログランキング
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2021年10月 4日 (月)

言語学バーリトゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか 川添 愛

本の紹介に当たっては、著者を紹介するのがスジだと2週間ほど前に読んだ『批評の教室 ―チョウのように読み、ハチのように書く』(北村紗衣 ちくま新書 2021年)に書いてあった。
で、著者は今は遠ざかってしまったが、言語学を学んでいて、AIに携わったことがあり、プロレスが好きで、出版社名に東大と名がつくが、東大とは一切関係ないという人物。
現在、言語学や情報科学をテーマに著作活動を行っている。本書は、東大出版会が発行するPR紙『UP』に掲載された著者のエッセイをまとめたものというのが、巻末の著者略歴に書いてある。
5f37ff542ed24c2a9923e66269ca76eb言語学バーリトゥード Round1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか
川添 愛(Kawazoe Ai
東京大学出版会
2021年‎ 224頁

バーリトゥードとは、ポルトガル語で「なんでもあり」という意味で、ここでは、ほぼ「なんでもあり」の最低限のルールで闘う格闘技のこと。シャーロック・ホームズは相棒ワトソンにバリツという日本式柔術を身につけていると話していて、バーリトゥードとバリツは語源が同じかもしれないと思ったが、調べるとバリツは武術を聞き間違えたものとされていて、なんの関係もなかった。

本書を買うことにしたのは〈AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか〉という副題を見たときに、頭の中で滝田ゆうの漫画のように電球が灯り、意味深で不気味な表紙のイラスト(コジマ コウヨウが担当)にも惹きつけられたからだ。即ネットで注文した。なにしろコロナ禍だからネットでの買い物が多い。

「絶対に押すなよ」は、ダチョウ倶楽部の上島竜兵の鉄板ネタだ。罰ゲームを食らった上島が、覚悟を決めて熱湯風呂に入ろうとバスタブの縁に手足をかけて四つん這いになったところで、自分のタイミングでやるから「絶対に押すなよ」と後ろの人物を制するが、真意は押せなのだ。押すなと言いながら押せの矛盾を、AIがどう克服するのかに興味があった。
この項では「意図」と「意味」について考察している。上島の「意図」は「押せ」だが、言葉の「意味」は「押すな」だ。著者は、この相反する状況をAIが理解できるとも理解できないとも断定していないが、ニュアンスは理解が難しいだ。
上島問題はこの項の枕の導入部分だけで、後半は自らの著書『自動人形の城(オートマトンの城):人工知能の意図理解をめぐる物語』(東京大学出版会 2017年)のPRである。それが決して嫌味ではないところが、著者の文章の巧みなところだ。

「宇宙人の言葉」の項では、著者がネットで見つけた「宇宙人の言葉は地球人の言葉とあまり変わらない」というノーム・チョムスキーの発言がネタになる。チョムスキーは、言語学界で「普遍文法」を生み出した巨匠である。プロレスならば力道山のような存在というが、同感だ。表紙イラストでは真ん中に配置されている。なお普遍文法の実証は今も行われている膨大な作業だ。
著者はいくらなんでも、「宇宙人の言葉は地球人の言葉とあまり変わらない」は、ぶっ飛びすぎだと思ったという。そのソースを調べてみると、何年か前に、「われわれは宇宙人の言語を習得できるか」という質問に、チョムスキーは「宇宙人の言語が普遍文法の原理から外れていなければ可能でしょう。言語の構成法が無限であることを考えると、その可能性は低いですね」と答えた。これに尾鰭がついて冒頭の言葉になったのだろうと著者は推論する。
「普遍文法」とは、人間の脳には個別の言葉の知識を生み出す「原型」が内蔵されているというものだ。そのあと普遍文法を俎上に上げて色々論じている。チョムスキーの「普遍文法」は、コンピュータにおけるオペレーションシステムのようなものだと思う。

本書の各項は、落語でいえば枕の部分で読み手を惹きつけ、プロレスネタや芸能ネタを絡ませて言語論を語り、柔らかい話が半分くらい難しい話が半分くらいという配合バランスになっているところがいい。→人気ブログランキング
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2020年4月 9日 (木)

暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて ル=グウィン

双方向性というブログの機能に抵抗があってそれまでブログを書くことを敬遠してきたが、ジョゼ・サラマーゴ(ポルトガルのノーベル賞作家)のブログを読んで、81歳のときにブログをやってみようという気になったという。本書はそのブログを書籍化したもの。年齢を感じさせない分析力、さらに年齢を重ねたからこそ導き出せる説得力のある言葉がつづらている。
本書のタイトルは、母校のハーバード大学から卒業生に送られてきたアンケート用紙の質問のひとつ「余暇には何をしているか?」に答えたもの。筆者はファンタジー作品『ゲド戦記』や『所有せざる人々』『闇の左手』といったSF作品のほか、思慮深い考察に基づいた評論やエッセイを数多く書いている。
Photo_20200409162601 暇なんかないわ 大切なことを考えるのに忙しくて
アーシュラ・K・ル=グウィン/谷垣暁美
河出書房新社
2020年

本書は四部に分かれている。
第一部のタイトルは「80歳を過ぎること」
この章は、年寄りになった人(著者によれば70代80代の人、生きているだけで上等な人びと)あるいはその予備軍の人びとに、共感できる内容になっている。
アメリカでとても栄えているポジティブ・シンキングを信用しないという。年寄りになったら、若者にはできない年寄りをやらなくてはならないという。
オスの愛猫パードとの生活について多くのページが割かれていて、著者の目と猫の目線から人間と猫の関係を語る。

第二部「文学の問題」では、アメリカ人は「シット」や「ファック」という言葉を使わずに生活できないものかということを、「ウッジュー・プリーズ・ファッキング・ストップ?」で触れる。「ファッキング」「シット」の罵り言葉が子供の頃に比べ、徐々に活字になり頻回に使われるようになってきた。そしてそれらを頻回に使うあまり、その2語がなければ話すことも書くこともできなくなってきていることは不思議なことだ。「シット」は言葉の響きに頻回に使う秘密がありそうだが、「ファック」という言葉には支配、虐待、軽蔑、憎悪の響きが強くあるという。アメリカ人はなぜこうも汚い言葉を日常的に使うのだろうと、つねづね思っていたが原因解明にはいたってない。
「TGANとTWON」は、タイトルに言葉遊びの感があるが、ザ・クレート・アメリカン・ノベル(TGAN)は何かといえば、『ハックルベリー・フィンの冒険』であり、『怒りの葡萄(TGOW)』を挙げる。

第三部 のタイトルは「世の中を理解しようとすること」
反抗的なはみ出し者が主人公(ヒーロー)になっている児童書は枚挙にいとまがないという。子どもであるヒーローは、周囲の偏狭で威圧的な社会と愚かで鈍感で意地悪な大人たちに対して反抗的である。ホールデン・コーンフィールドがその例であり、ピーター・パンは彼の直系の先祖にあたる。トム・ソーヤには子どもと共通する要素がある。ハックルベリー・フィンもそうだという。
さらに「怒りについて」では、フェミニズムについて論じる。ヘミングウェイ、フィリップ・ロス、ジェームス・ジョイスが嫌いで、褒める記事を見ると怒りを感じるという。一方、好みの作家を褒める記事をみるとその日一日が幸せだという。

第四部 のタイトルは「報酬」
「卵抜き」では、ゆで卵をイギリス・ヨーロッパ式に卵立てにおいて食べるとき、卵の大きい端っこ上にするか小さい方を上にするかで論争があるという。『ガリヴァー旅行記』ではこの論争で戦争になったほどだ。ちなみに著者は「大きい端っこ」派。卵の殻をうまく壊す注意が完璧であるほど、卵がよく味わえるという。こんなささいなことでも突き詰めれば、それなりの理由があるもの。

「報酬」は、何を意味するのか。著者が生み出したファンタジーやSFを筆頭に文学、広くは芸術について述べている。サンタクロースがいると信じることで、心が豊かになるということだろう。→人気ブログランキング

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